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書評『中国と韓国は息を吐くように嘘をつく』(徳間書店)高山正之
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    書評/宮崎正弘

     

    『正論』の巻頭言を纏めた最新版だから、殆どの文章は読んだ記事もあるが、基軸は朝日新聞批判である。
    絶望的な馬鹿新聞を、いまさら俎上の載せて斬っても、馬鹿が治る可能性は薄いが、保守陣営のなかでさえ、記事を疑いながらも騙されているお人好しが多い。だから、本書の役割はやはり大きい。
    戦後、GHQがやらかした日本精神壊滅施策は予測以上の功を奏し、馬鹿を大量生産した。その世代は『あほー世代』として後世の歴史家が書くことになるだろう。
    そのGHQに便乗し、ときに権力に媚びて、ますます日本を貶めた朝日新聞が、こんにちまだ日本に存在していること自体が奇々怪々である。聞くところに拠れば、最近東大生の朝日就職希望組が激減したとも言うのだが。。。。

    さて本書で採り上げられている話題は全方位で、ヒラリーの陰謀から韓国のダメさ加減まで、国内的には三浦和義から少年の猟奇殺人まで。あまり詳細をここで紹介してしまうと読者が本を買わない、営業妨害になると言われそうなので、一つだけに留める。
    それはアイリス・チャンの妄言、誹謗批判の続きである。

    評者(宮崎)の経験でも南京に鳴り物入りで解説されたフェイク記念館(ダイギャクサツ記念館)の中庭に、金ぴかの像が聳えているが、これ、アイリスチャンである。
    その周りに市民がピクニックがてら弁当を拡げて「この女、誰?」と言っていたのには別な驚きもあったが、そのことは措く。
    彼女が死んだとき、香港のメディアまで、彼女を『中華民族のヒロイン』と書いた。すでに彼女のペンギンブックス「レイプオブナンキン」は、すべてがフェイクであることは、120%証明されており、いまさら、その出鱈目を指摘する積もりはない。

    問題はその後に起きた。彼女の人生が暗転したのだ。
    増長し、ハイになった彼女はクーリーの悲劇の歴史ドキュメントに挑んだのだ。アメリカの西部開拓史とはインディアンを虐殺、殲滅し、ついでにバッファローを殲滅したことだが、カリフォルニアに達して、西部まで鉄道が繋がっても、鉱山労働者不足に陥った。そこでアメリカ人は、奴隷を清国から大量にいれることにした。これがクーリー貿易である。

    おりからのゴールドラッシュ。中国人労働者は奴隷とも知らず、また使役されたあと、ダイナマイトで殺されることも知らず新大陸にやってきた。
    アイリスは、この真実を暴いた。
    フェイクの『南京虐殺』を高く高く評価して止まなかった米国ジャーナリズムが、この作品には戦慄し、そして罵倒を始める。
    百八十度の評価変えが起きたのだ。
    「あ、これがアメリカ人を怒らせたな、だからノイローゼになって拳銃で自殺したのだ」と考えていたが、高山氏も、そう結論した。
    評者は『TIME』書評欄で、信じられないほどの悪罵に満ちたアイリスへの酷評と罵倒を読んだ。
    「『歴史の裏付けもない』、『『軽率な駄作』とこき下ろした』(28p)
    高山氏は、その後日譚を綴る。
    「落ち込む彼女にこんどは米国の出版社が再起のチャンスを与えてきた。『パターン死の行進』を書いてみろ、日本の悪口をもっともらしく書くのがおまえの仕事だと。(しかし)アイリス・チャンには支那人には珍しく良心があった。調べれば歩いたのはたったの60キロ。日本軍は食事も休息も与えていた。米国人の嘘に呆れた。でも嘘はもう書きたくない。悩んで鬱になって、その果てに彼女はサンノゼ市の自宅近くで拳銃自殺した」

    posted by: samu | 書評 | 22:58 | - | - | - | - |
    書評『南洲翁遺訓を読む  わが西郷隆盛論』(到知出版社)/渡部昇一
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      書評/宮崎正弘

       

      渡部さんに西郷を論じた本があるのは納得できる。
      なぜなら氏は山形県鶴岡出身。幕末、庄内藩は?川に忠実で、三田の薩摩屋敷を襲撃し、焼き討ちにした。
      官軍と戦った「東北列藩同盟」では、会津落城後も闘いつづけ、ついに降伏したときは、苛烈な処分を覚悟していたところ、「寛大な措置を」という西郷の決断のもと、会津がやられたような非道い処分がなかった。
      感激した藩士等が明治になってから、鹿児島へ何回も通い、西郷の訓話を集めて編纂されたのが『大西郷遺訓』(南洲翁遺訓)の初版の由来である。この旧庄内藩士の本は千部印刷されて、その後、いろいろな解釈本も出回り、どれほどの影響力を後世にもたらしたか計り知れず、平成の御代においても、岩波文庫版のほか、数種類が上梓されているほどである。
      渡部氏は、このなかで幾つかの重要なポイントを指摘され、原文と現代語訳のあとに、独自の解釈を付け加えているのだが、ここでは二つのことを採り上げたい。

      第一は革命家としての西郷の陰謀である。
      およそ戦時において軍事行動に謀略はつきものであり、これを冷徹に行える者が勝利を導く。つまり英雄にはつねにダークサイドがある。
      西郷の陰謀、じつは沢山あってきりがない。薩摩藩邸焼き討ちにしても、背後で庄内藩士を焚きつけたし、公武合体から倒幕に急変するや、坂本龍馬が邪魔になったため、隠れ家を内通させたのも、西郷と考えられている。
      渡部昇一氏はこういう。
      「若き日の西郷は策略軍略に長けた大軍師、大参謀でした」。(中略)その典型が「薩摩屋敷を根城にした関東攪乱です。西郷は相楽総三、伊牟田尚平などを使って、江戸中に火をつけたり強盗をしたりして、不安に陥れ」、「江戸取り締まりの庄内藩まで攻撃したので、(報復として)庄内藩は薩摩屋敷を焼き、それが鳥羽伏見の戦いに結びついた」
      相楽ら「赤報隊」の残虐非道も、用済みとなるや、「官軍にあるまじき非道」といって処刑している。
      その良心の呵責と反省から、西郷は「遺訓」のなかに、「一事の詐謀を用うべからず」という表現を披瀝していると渡部氏は解釈している。
      もう一点が税金である。
      『租税を薄くして、民を豊かにする』というのが西郷の基本信条である。
      それは「南洲は若い頃、取りたてられて郡方書役助(こおりかたかきやくすけ)という農村を見回って村役人を指導する役目でありました。給料は四石です。(中略)十年間、この仕事をしました。すなわち薩摩藩の一番底辺の世界に直接ふれたわけです。当時、日本中どこでも百姓が過酷な年貢で苦しめられていたと思いますが、薩摩藩はとくにひどくて、元来、同情心の強い」西郷は税金問題に鋭敏で、減税をなし国力を富ますという、政治テーゼが産まれた、とする。
      全体に、やさしい解説がなされ、西郷の人となりを学ぶ本となっている。
       

      posted by: samu | 書評 | 23:05 | - | - | - | - |
      書評/『尖閣だけではない、沖縄が危ない!』(ワック)惠 隆之介
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        書評 /宮崎正弘

        なぜ沖縄は中国に操られ、米軍基地で裨益する「県民」が反対するのか?
        行政単位で最大の予算配分、飲酒過剰で長寿王国は返上

        衝撃の内容を含む新刊、恵さん渾身の力作である。
        沖縄独立を主張するグループがあるが、民族主義の純粋な浪漫主義かと思えば、これを背後で操っているのは中国だという。
        沖縄経験の長いケント・ギルバード氏によると、反米軍基地にあつまる左翼には、日当がでているうえ、殆どが外人部隊、なかに韓国人活動家も多数混ざっているそうな。
        この歪んだ沖縄独立論の横行を放置すれば、やがて沖縄の真の独立は失われ、チベットやウィグルの悲運の二の舞を演じるだろうと恵氏は危機を警告する。
        沖縄の二大メディアは極左である。不思議なことである。
        米軍基地に反対を叫んでいる『市民』とは、じつは「県民」ではない。沖縄の行政単位では、米軍基地の誘致を本心では望んでいる。
        恵さんは、その現場で或る村長から基地誘致を要請された実話も紹介している。
        沖縄関連予算は、じつに1兆2000億円にのぼるから庁舎はまるでチャウシェスク宮殿のミニチュア版のごとし。林立する豪華なマンション、ホテル。。。。。贅沢に慣れてしまって深酒をするため、長寿日本一の座から滑り落ちたのはご愛敬と言うべきだろうか。
        地元民が反米であろう筈があろうか?
        かねてからの疑問を本書はさらりと解いてくれる。
        まず国庫支出金で沖縄県には3858億円。地方交付税は3575億円。これらの普通会計のほかに『沖縄振興予算』と「防衛省関連予算」が加わる。合計の国費受取額は、なんと1兆2240億円で、県民ひとりあたり86万1000円である(ちなみに全国平均は12万円だ)。
        それなのに毎年、沖縄県知事が東京へ予算折衝にやってきて、『たかる』のである。アレレ、何処かの国の圧力団体に似ているなぁ。
        さて本書にはいくつもの貴重な情報が配置されているが、紙幅の関係でひとつだけ。
        かのペルー提督は黒船を率いて、六回、沖縄に寄港している。その時の記録が残されているが、「沖縄は事実上も、また法律上も正に日本の一部である」と断定している。
        そして「那覇には薩摩藩の旗が翻っており、守備隊が配置されている」。
        さらに琉球の貿易はすべて日本と行われており、この沖縄が清国に属することはあり得ないと結論している。
        左翼にとって、この不都合な文献は紹介されることはなく沖縄の歴史もまた『左翼ガクシャ』等によって改竄された。
        中国船は尖閣諸島の周辺海域をチョロチョロ動き回っているが、『尖閣だけではない。沖縄が危ない』のである。
        □▽◎□◇ □▽◎□◇
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        書評 /宮崎正弘

        福山隆『米中は朝鮮半島で激突する』(ビジネス社)

        タイミング良く、日本の危機管理と対応の適正な方法を提言
        なぜ米中は必然の宿命として軍事対決に至るのか、地政学的にやさしく解説


        著者は元陸将(つまり陸軍大将)、四半世紀前に、氏が韓国の駐在武官だったとき、ソウルでお目にかかったこともある。
        本書のサブタイトルは「日本はこの国難にどう対処すべきか」となっている。
        おりしも、朝鮮半島に戦雲が近づき、一隻の米空母が日本海に入った。もう一隻が横須賀あたりに、そしてあと一隻の空母がインド洋からか、地中海からか、日本海にやってきたら、本当の戦争が起こる。
        戦々恐々の北朝鮮は時間稼ぎだが、トランプも「金正恩はちょっとばかり頭が切れる男だな」(PRETY SMART COCKIE)とへんに持ち上げてみせ、空母の戦闘態勢が整うのを待つ。
        中国は介入するのか、北朝鮮に圧力をかけるのか、鵺的な覇権国家ゆえに、なにか別の企みがありそうだし、ロシアとて黙ってはいないだろう。
        いざ戦争がはじまったら日本はどうするのか?

        その問題が本書の肯綮にある。
        福山氏は、アメリカも中国も、ともにマハンの「海洋権力」という海の地政学の門徒であることが共通であり、したがって、いずれ勝負をつけなければいけなくなると衝突への必然性を説く。
        これが本書の一番の特徴である。
        なぜ不可避的に米中が軍事衝突へいたるかは、本書にあたっていただくとして、世にはびこる平和的解決論の虚妄を、実務経験的立場から、それとなく揶揄しているのだ。
        問題は日本の危機管理である。
        「核戦争にエスカレートしないようにお互いが『手加減』を加えて戦い、双方の領土・市民を直接攻撃することには慎重になると思われる。その代わり、在日米軍基地のある日本という『戦場』においては、両国は遠慮会釈なく振る舞うだろう。米軍は家族や軍属を含め、激突以前に日本から逃げ出すだろうl」
        しかし「有事に於いては日本は米国と一定の距離を維持する必要がある」と福山氏は言う。
        古典的教科書ともいえるマハンの『海洋権力史論』がいうには「海軍は商船によって生じ、商船の消滅によって消える」。つまりマハンのシーパワーとは「海軍力の優越に拠って制海権を確立し、その下で海上貿易を行い、海外市場を獲得して国家に富と偉大さともたらる力」だからだ。
        嘗て世界の七つの海を支配して英国海軍も海上交通路の要衝を抑えて、覇権を確立した。中国はそのマハンの教え通りに黄海、東シナ海から南シナ海へのシーレーンの要衝を抑え、チョークポイントに軍事施設を建設し、マラッカの先への商船の通り道のあちこちに拠点を確保しようと死にものぐるいである。
        大日本帝国華やかなりし時代、時の明治政府はドイツからメッケルを顧問に招き陸軍士官で教鞭を取らせた。それが陸戦でも日露戦争を勝利に導いた原動力のひとつとなった。
        帝国海軍は、じつはマハンを招聘しようとしていたという秘話も、さりげなく本書に挿入されている。

        posted by: samu | 書評 | 11:06 | - | - | - | - |
        書評『日本人にリベラリズムは必要ない』(KKベストセラーズ)田中英道
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          書評/宮崎正弘/

           

          平明に、しかし強烈な田中版の「反革命宣言」 リベラリズムを根源的に徹底的に批判した爆弾

           

          本書は痛快極まりない、壮烈な風のような読み物である。「リベラリズムの悪」を根底から暴き、的確に批判しているからだ。
          リベラリズムの残党がまだ日本にいることは嘆かわしいが、だからといって寛容であるわけにはいかない。この悪を日本から追い出そうとする意味で、本書は田中英道版の「反革命宣言」だ。
          しかも難解な語彙、晦渋な表現を一切はぶいてやさしく論じられているから、高校生でも理解できる内容である。。
          そもそも日本の哲学、思想は世界的に高いレベルにあった。文学、音楽、芸術、絵画においても、むしろ西洋人が模倣したのだ。江戸の春画、美人画に衝撃を受けてゴッホもゴーギャンも模倣から入った。「源氏物語」は世界初の恋愛小説、三島は世界的文豪だ。
          日本人が忘れていた伊藤若沖を発見し、戦後その作品を大量に収集していたのはアメリカ人の富豪だった。独特で伝統的な日本美の価値を西洋のほうが見いだしたのだ。
          日本刀の芸術をひそかに尊敬して戦後のどさくさに買い集めたのは欧米人。そういえば幕末に日本からメキシコ銀と等価交換などと詐欺の手口で大量の小判を持って行ったのはアメリカ人だった。
          戦後、左翼が意図的に否定した人々に音楽家の信時潔、画家の藤田嗣治、作家の中河與一、文芸家の保田輿重郎、ジャーナリストの徳富蘇峰らがいる。同時に左翼リベラルは福沢諭吉を意図的な誤解で評価し(近代化の祖などと持ち上げたが、福沢はナショナリトであり『文明論之概略』は自衛、軍隊強化を説いているのである)、原節子は、周囲の左翼が馬鹿に見えて映画にでることを辞めた。保田は奈良の故郷に引き籠もり、長く沈黙した。いま保田は全集がでたうえ、個々の作品は文庫版となって広く読まれ始めた。
          田中氏は言う。
          「西欧の思想を有りがたがるな」「マルクスやフロイトやフランクフルト学派にコンプレックスを抱くのは馬鹿である。
          そもそもリベラルとは『破壊思想』なのだ。
          それが分からないからグローバリズムを受け入れ、日本の経済金融政策はリベラル左翼の本質を隠した『新自由主義』とかの面妖な理論がまかり通る。悪質で詐欺的で他人をたぶらかす、国家を破壊するのがリベラリズムである。
          日本に本当のインテリが少ないのは、リベラリズムへの譲歩をしているからで、そんな必要はないのだ。
          そしてリベラルと訣別する時代がやってきた。
          米国にトランプ大統領が出現した。日本でも安倍首相がいる。延時潔の「海道東征」が大阪で東京で演奏会を開くと超満員の人出が見られるようになってきた。藤田嗣治への評価は熱風のごとし。
          正常に正統に復帰しようとする風潮がようやく本格化してきたのは心強い。
          田中氏は最後に、このトランプの出現を単なる「現象」とは捉えず、本流の流れと見る。
          「トランプ大統領はそうした少数派インテリの批判に動ぜず、本当の社会の現実を知っている者たちに語り始めた」
          それがともすれば粗野に見えても「大多数の国民にはわかりやすい」。
          だから左翼メディアやリベラルは論客らがトランプをポピュリズムと呼んで、侮蔑・軽蔑したが、トランプを「攻撃する彼らこそ、今は少数派インテリというただの『反対勢力』になっていることを知らない」のである。

          posted by: samu | 書評 | 10:55 | - | - | - | - |
          書評『日本が果たした人類史に輝く大革命』(自由社)植田剛彦、ヘンリー・ストークス
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            書評 宮崎正弘

             

            本書は日新報道から2015年に出た『目覚めよ日本』の改訂版である。
            前掲出版のおりに評者(宮崎)は以下のような書評を書いている。
            ここに再録してみよう。
            「読み終えて清涼剤をまとめて十本ほど呑んだような爽快感が残った。快著であり、同時に画期的な問題を提議する著作である。
            脳幹に爽やかな一陣の風が吹いた。
            ストークス氏が担った歴史的作業とは、欧米ジャーナリストのなかで、とくに在日外国人特派員のなかにあって最古参の氏はただひとり敢然と「東京裁判史観は間違い」であり、「日本の大東亜戦争の目的はアジア植民地の解放戦争だった」と正当に評価した初めての英国人であり、南京大虐殺の嘘を世界に向けて発信している稀有の存在である。
            慰安婦、強制連行、性奴隷に関しても資料をふんだんに使っての反論がなされる。
            ストークス氏は「GHQ史観」とも「東京裁判史観」とも言わず、独自の「連合国戦勝史観」と定義されるように、歴史に対する凛とした態度が明瞭に示されている。
            かくいうストークス氏とて、東京赴任当時から上記のような歴史観を抱いていたわけではなく、英紙フィナンシャルタイムズ、ロンドンタイムズ、そしてニューヨークタイムズの東京支局長として滞在半世紀におよぶ裡に、三島由紀夫氏ら多くの友人・知己を得て、考え方が自然と固まってきた、日本に対する冷静な視点から到達した結論である。
            そうだ、ストークス氏は英語で三島伝記を書いた初めての外国人でもある。
            だから率直にその思想遍歴を次のように語る。
            「私はいわゆる『南京大虐殺』をはじめとして、マッカーサーが日本占領下で演出した東京裁判が、一部始終、虚偽にみちたものであり、日本が侵略国家であったどころか、数世紀にわたって、白人による植民地支配のもとで苦しんでいたアジアを解放した、歴史的におおいに賞賛するべき偉業を果たしたことを、(半世紀の滞在を通じて)理解するようになった」と。
            また対談相手の植田剛彦氏は辣腕のジャーナリスト、アメリカ通として活躍され、多くの著作がある論客だが、鋭い筆法のなかに独特のユーモアが含まれ、つい笑いに誘われた箇所も数カ所ある。
            その植田氏がストークス氏の発言を継いでこう言う。
            「マッカーサーは、日本に『平和憲法』を強いたり、トンチンカンなことが多かった。日本国憲法は、占領軍に銃剣をつきつけられて、1946年に公布されましたが、日本を土足で踏みつけたようなものでした。(中略)それなのに、今日でも多くに日本人がこの土足を頭の上に戴いて、満足している」
            そして惰眠をむさぼり続けてきた日本の平和ぼけはヒトラー台頭時の英国に似ているとして植田氏が続ける。
            「ヒトラーが1939年にポーランドに侵攻して、第二次世界大戦の火蓋が切られたときに、イギリスは不意を突かれた(中略)。いまの日本の状況と、驚くほどよく似ています」
            ストークスはその後『右翼』といわれたチャーチルが登場し、勝利に導くのだが、「今日の日本に、もし、チャーチルのような人物がいたとしたら、跳ね上がりの『右』だといって、白い目で見られてきたことでしょう。だから三島由紀夫はいまでも、『極右』ときめつけられている」
            だから、日本は東京裁判の再審をおこなうべきなのだとストークス氏は貴重な、大胆な提言をされる。
            「東京裁判では、一方的に、敗戦国のみが、裁判を装った『復讐劇』によって、私刑を受けたわけです。ブレイクニー弁護人は『侵略戦争それ自体は犯罪ではない』と主張し、さらに『もし侵略戦争が犯罪であるというなら、原爆を投下した者、その命令を下した司令官、その国の指導者の名も挙げられる。
            彼らは、この法廷のどこにいるのか』と、裁判が一方的であることを訴えました。私は、『東京裁判』それ自体を、国際法に則って、『再審』することで、日本の正義は充分に立証されると、強く思うのです」。
            戦後七十年をむかえて歴史戦で大外交攻勢をかける中国、韓国と、それを背後で黙認し、いや擁護さえしながら米国は「安部談話」に介入している。内政干渉である。このような未曾有の歴史戦を前にして、私たちは東京裁判の再審を行わなければならないのである」(引用終わり)。

            さて、この改訂版に加えることが二つある。
            それは明快な解説を書いているのがケント・ギルバート氏であり、じつはケントさん、この本の解説以来、ストークス、植田氏の主張の影響をうけてか、まさしく「日本に目覚め」、最近の旺盛な、日本人を鼓舞する物語をつぎつぎと発表されるようになった。
            その意味で、あたらしい外国人の日本論の論客を産んだ書でもある。
            ついで著者のひとり、植田剛彦氏は4月4日に伝統ある「聖マゥリツィオ・ラザロ騎士団」の騎士に叙任されるという慶事があった。

            posted by: samu | 書評 | 10:03 | - | - | - | - |
            書評『トランプが中国の夢を終わらせる』ワニブックス/河添恵子
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              藤岡信勝 書評

               

              今、もっとものっている元気印の女性ノンフィクション作家、河添恵子さんの新著が出た。書名は『トランプが中国の夢を終わらせる』(ワニブックス刊、1296円+税)。25日発売でアマゾンに予約注文していたのだが、本日(15日)著者から現物が送られて来たのですぐに読んだ。以下はその感想文である。
               本書の内容をひとことで言うと、近現代の世界政治を彩る人物相関絵巻図である。登場人物の数は、ざっと200人を下らない。この中で私が名前を知っているのは、たかだか3割程度である。半世紀を生きてきた著者が、中国語、英語、日本語の3つの言語を縦横に駆使し、30年にわたって40か国を取材して回った知見がぎっしりと詰め込まれている。圧倒されるような、凄まじい情報量である。
               この中には知らなかった事実が沢山あるのだが、私はどうしても、歴史にかかわる人物に興味を惹かれる。そこで本書の中で、私にとって最も魅力に富む、男女一人ずつの人物を取り上げてみたい。
               第一は、ロイ・マーカス・コーンという名前の人物である。コーンは検事(のちに弁護士)として、1950年代初頭、「赤狩り」を推...進したジョゼフ・マッカーシー上院議員の手足としてはたらいた。マッカーシーは「共産主義のスパイが政府機関に潜入し、枢要なポストを占めている」「国務省内に57人の共産主義者がいる」などと告発し、いわゆるマッカーシー旋風を起こした。1995年に公開されたヴェノナ文書によれば、スパイ潜入の規模はマッカーシーの予想をうわまっていた。
               ところで、アメリカの新大統領トランプの執務室には、コーンの写真が飾られているという。なぜか。年齢的には19歳上のコーンは、亡くなるまでの13年間、実はトランプの顧問弁護士だった。ふたりは1日に5度は話をするほど近しい関係にあった。トランプのアグレッシブで好戦的なビジネス手法は、コーンがトランプに仕込んだものだった。「モスリムやテロリストに関する排他的な政策、歯に衣を着せぬ表現、それらすべてがコーンの受け売りだ」と証言する人もいる。だから、リベラル系のメディアは、大統領選挙戦中に「トランプはコーンの作品」と揶揄していた。
               ハリウッドは「赤狩り」の対象となったから、コーン=トランプへの憎しみは強い。著者は「我々日本人がハリウッドの怨念に引きずられ、トランプ政権の本懐を見誤ってはなりません」と書いている。マッカーシーからトランプへ、こういう反共思想の水脈があったとは興味深い。コーンについて、もっと知りたくなった。
              第二の魅力的な人物は、中国人の女性で、その名を陳香梅という。2015年の9月と10月、北京と台北で「抗日戦争勝利70周年記念行事」が開催された。その場に90歳の老婆が招待され、両岸のメディアが大きく報じた。それが陳香梅なのだが、この人は、アメリカの軍人クレア・シェンノートの未亡人で、英語名はアンナ・チェン・シェンノートという。シェンノートは、1930年代に、日本軍と戦争状態にあった中国国民党政府を支援し、日本軍を攻撃するために1940年に義勇兵をよそおってアメリカ空軍兵らを組織したフライング・タイガーの指揮官だった。ついでに言うと、このフライングタイガーの写真を載せて歴史教科書に取り上げているのは、つくる会の教科書(自由社刊)だけであることを覚えておいでいただきたい。(エヘン!)
               彼女は日本でこそ無名だが、アメリカのワシントンを拠点に、戦後の米中台外交の中枢に長期にわたり身を置いた超大物、ナンバーワンのロビイストなのだという。まさに抗日の国共合作を体現したような女性だ。では、彼女は戦後史の裏側でどんなことをしていたのか。この先は、ぜひこの本を読んでいただきたい。俗に歴史の陰にオンナありというが、歴史戦を仕掛けられている日本としては、恐るべき人物だ。
               こういう、実に面白い本なので、歴史好きの方には特にオススメだ。書名にはあまりこだわる必要はない。
               気がついた誤植を2つ。
               。毅献據璽牽弦毀棔「コーンの性的思考」は「性的嗜好」ではないか。
               ■沓哀據璽減能行から。「ナチスの迫害から逃れるためアメリカに移住したユダヤ人が、アメリカ映画産業に本格的に参入したのは1900年初頭のことで」。年代の整合性は大丈夫ですか。
               誤植は少ない。出版社はがんばってつくったようで、売り上げにも協力したい。

              posted by: samu | 書評 | 09:50 | - | - | - | - |
              書評/『世界が地獄を見る時』(ビジネス社)門田隆将 vs 石平
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                宮崎正弘/書評
                日本は米国と電撃的に台湾を国家承認せよ
                トランプは本気で中国に経済戦争を仕掛けると予測する

                意外な顔合わせ、しかも熾烈なボキャブラリーを駆使しての激突対談。つぎつぎと機関銃の連射のように発射される「門田砲」に対して「石砲」は爆発的火力で応酬する。
                連続パンチ、アッパーカットのあとの結論がまた素晴らしい。
                日本と米国は一緒になって台湾を電撃的に外交承認せよ、と外務省が聞いたら腰を抜かすような提言で締めくくられている。
                むろん北京は青筋立てておこり台湾にミサイルを撃ち込むだろうが、本書の副題が「日米台の連携で中華帝国を撃て」だから、さもありなん。

                さて、戦後の「世界秩序」を白昼堂々と無視して強盗のように、傍若無人にふるまう習近平の中国だが、その行動原理の基礎にあるのは華夷秩序、中華思想という、中国人以外には絶対に理解できない思い上がった意識がある。
                結局、いまの国際秩序なるものは中国人から言えば西洋列強の帝国主義の結果であるとしか認識していないことである。
                中国を最初に侵略したのは大英帝国。そして「最後にきた大日本帝国は、力で華夷秩序に致命的な一撃を与え、完全に崩壊させてしまった。そして、ようやく大日本帝国が沈んだと思ったら、こんどは米国の帝国主義がアジアで幅を利かせ、アジアの覇権を握った」とする石平氏は、この認識から中国は力への信仰が進んだと総括する。
                「中国がこれからやることは、近代以降、西欧列強帝国主義によって、西洋あるいは米国から押しつけられた秩序を破壊するのは、むしろ正義であり、当然である、ということになります。つまり、これを破壊したうえで、中国本来の意味での理想的な秩序を取りもどす。経済の意味に於いても、政治の意味に於いても、もう一度、華夷秩序を作り上げるのが、中国の歩むべき道だ」
                という単純で短絡的で、原始的な発想に繋がる。元中国人の石平氏だからこそ断定できる中国のパラノイア発想の源泉だ。

                しかしながら門田氏は、そうして時代錯誤の中国を次のように論駁する。
                「列強の帝国主義時代が終わりを告げたことを受けて、世界は戦後の国際秩序の構築を目指しました。東西冷戦がありながれも、基本的には力による現状変更、要するに領地や了解を奪い合いにいく『侵略』は許されない土壌が出来た。ところが、あろうことか、国連常任理事国の中国が、二十一世紀を迎えて、おおっぴらに現状変更に乗り出してきた。それが許されると思っているところが驚き」であるという。
                そして門田氏は、こう続ける。
                「華夷秩序を主張する神経は、ほかのどの国にも理解されません。中国にかかれば、人類の英知とも言える国際司法裁判所の判断や海洋法の条文も『紙くず』に過ぎません。俺たちは力をつけたのだから、そんなものには従わない、と平気で踏みにじる。しかも、そうした見解を中国の殆どの人がもっています」
                この現実は驚異的な時代錯誤だが、中国人は気にしている気配がない。

                石平氏は、この背景に流れる、もうひとつの中国人の危機意識に「生存空間」があるという。
                つまり「民族が生存していく上で、ひとつの空間が必要である、それは国土、水、空気、海など全部含めての『生存空間』というものです。エリート達はいまの中国は生存空間の危機に陥っていると思っています。人口の膨張により、中国の伝統的な国土だけでは、いまの中国人民を養うのは物理的に不可能だと捉えている」からだと、ちょっと日本人の発想にはない、見えない理由を付け加える。

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                宮崎正弘/書評
                いま西側社会を揺らす難題は、難民をいかに扱うかである。
                クルド族もロヒンギャもすでに日本に這入り込んでコミュニティを形成


                大家重夫『シリア難民とインドシナ難民』(青山社)
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                シリア難民が世界を揺らしている。
                シリアからトルコ経由で地中海へ漕ぎ出したボロ船には、定員オーバーの難民が公海上で救助を求める。国際法にもとづき、近くの船は救助に向かわなければならず、そうやって助かった人々はギリシア領や、イタリアに帰属する島々にいったん収容される。
                しかし悪質な密輸業者に騙されたり、航海中に嵐に遭遇して海の藻屑ときえた犠牲者の数も夥しい。
                数百万とも見積もられる難民がシェンゲン協定の穴を狙って、西欧を目指し、最終的にはドイツへ這入り込もうとする。
                このためメルケル政権は人気急落。ネオナチ、ドイツのための選択肢が台頭し、ドイツ社会はガタガタになった。
                あたかもゲルマンの大移動、欧州政治が根底から揺らぎ、ドイツでフランスでオランダで、ナショナリズム運動が勃興し、英国はEUから脱出し、いずれEU解体、ユーロ崩壊という近未来が展望されるまでに暗いシナリオが提示された。
                さて、この難民問題、日本も例外ではないのである。
                埼玉県蕨市。クルド族の難民集落ができて、ワラビスタンと言われているという。その数二千人。いやはや、知らなかった。日本は何時の間に、この厄介なクルド族を難民認定したのか?
                ミャンマーを追われたロビンギャ。日本が期待して祭り上げたスーチー政権も、このロヒンギャ弾圧という政策には変わりがない。
                スーチー政権をヒューマニズムに溢れると言ったのは誰だ?
                このロヒンギャ族が、230人、すでに日本に上陸し、しかもこのうちの200名が群馬県舘林市でコミュニティを形成しているという。
                この話も知らなかった。
                嘗てベトナムから大量のボートピーポルが輩出し、日本も米国の圧力に根負けして、数千名を受け入れ、大村の収容所に保護した。このうち日本への定住を望んだのは少数で、大概はフランスへ出て行った。
                「ボートピーポル」なんて名ばかりで、殆どがベトナム華僑だった。
                フランス植民地時代に支配者に追従し、ベトナム人を弾圧してきた層であり、ベトナム人から恨まれていた。
                ベトナム戦争で米軍が負けたとき、米軍傀儡政権側の人々は、とうに米国へ亡命していた。
                あまつさえボートピーポルを偽装した中国人が大量に紛れ込んだが、日本の当時の取り締まり側にはベトナム語と広東語の区別が出来なかった。
                「結局、偽装難民の上陸者は、平成元年か五月から平成二年四月末までに23隻の船舶で、2830人にのぼった」(136p)のである。
                偽装の嘘がばれるに手間取ったが、究極には「強制送還」した。
                本書は、こうした難民問題の基本を考えるテキストでもあり「入国管理および難民認定法」「国籍法」「外国人登録法」など法律、これらの判例。そして国際条約の「難民条約」「地位議定書」などが一連掲載されている。

                日本は難民に冷たいという国際非難がある。
                冗談だろうとおもいきや、国連でも批判され、80年代に米国の『難民大使』だったダグラス氏と評者(宮崎)も米国で会ったことがあるが、『日本は人道上、もっと難民を受け入れるべきである』と非難めいた口調だったので反論した。
                「日本は朝鮮半島から二百万。中国から百万の難民を受け入れてきた。合計300万人の、いわゆる難民は日本各地にコミュニテイィを形成し、多くが日本社会に溶け込んでいる」。
                溶け込めないのは日本語を学ぼうとせず、単にカネ稼ぎにやってきて、当てが外れ犯罪行為に走る輩なのだと答えたことがある。
                本書は現場で難民対策に従事してきた筆者ならではの体験的実態報告と、これから日本はいかにしてこの難民対策にあたるべきか有益な提言をしている。
                とくに行政を一本化し『外国人庁』の設置が必要と説かれている。
                ほかにも上陸前の日本語教育、エンジニアの認定。亡命希望への対応など、礒がなければならない問題点が整理され、日本では稀有の提言書となっている。
                 

                posted by: samu | 書評 | 18:12 | - | - | - | - |
                書評/『日本をダメにするリベラルの正体』(ビジネス社)/山村明義
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                  宮崎正弘/書評
                  日本のリベラルは「知の荒廃」を象徴してあまりある
                  鳥越某の惨敗でリベラルの退潮がはっきりと示されているのに。。。

                  リベラルが日本では誤った使い方をされている。なんだか知性のある良識派とか、自由主義とか、アメリカで認識されているリベラリズムとはたいそうな懸隔がある。
                  なにしろ政権与党の自民党も、リベラル・デモクラティック・パーティだから。
                  桜井よしこ氏はこう言っている(ダイアモンドオンライン、16年8月2日号)
                  「リベラルという表現は、むしろ愚かな人という意味合いさえ(アメリカでは)含み始めた。だから皆、いま、自分はリベラルだと言うより、プログレッシブ(進歩的)だと言っている」。
                  もっと率直に言えば、米国でリベラリズムというのは治癒の見込みのない愚者という意味で使われる。
                  80年代のレーガン革命は「レーガン・デモクラット」という新しい投票行動を生んだが、それは民主党支持者が、当時の民主党執行部の時代錯誤的リベラリズムに愛想をつかし、大挙して保守主義に雪崩れ込んできたからだった。
                  ハンフリーとか、マクガバン、デュカキス等々。
                  当時、評者(宮崎)は、取材でよくワシントンへ出かけていたので、共和党関係者とりわけレーガン支持の若者達と議論すると、「Liberal―Pinky−Fool」という熟語が飛び出してきた。
                  説明の必要もないだろうが、リベラルって、結局、愚かな馬鹿という意味で会話が成り立っていた。
                  それくらい退嬰的というか、反進歩的タームなのであるにもかかわらず、日本では良識的自由主義という意味と取り違えられて頻度はげしくメディアでも使われている。
                  リベラリズムを巧妙に煽って、保守主義に挑む論調は朝日新聞に典型的に見られる。

                  著者の山村氏は、まずリベラル派といわれる人々はダブルスタンダードであると指摘し、大江健三郎や、瀬戸内寂聴、坂本龍一、内田樹、山本太郎、古賀茂明らの名前を挙げる。このなかにはネオリベラルで売り出し中の三浦瑠麗という政治学者も入るという。
                  しかし、「この『リベラル勢力』は、いま完全にほころびているのだ。最大の問題は、彼らが知的な人たちに見えて、実は根本の部分に政治哲学を持っていないことだ。端的に言えば日本の『リベラル』と呼ばれる政治勢力はリベラリズムとはほとんど何の関係もない。彼らの拠って立つのは、ただ『反権力』という立ち位置のみである」と手厳しい。
                  しかい、まったくその通りである。

                  日本のリベラルとは「知の荒廃」を象徴してあまりあるうえ、鳥越某の都知事選惨敗でリベラルの退潮がはっきりと示されている。
                  彼らは中国や北朝鮮の核武装、人権抑圧をスルーするという際立った特性を持ち、寛容をかかげながら、他人を強要する不自由、愛のリティや弱者が常に正しいという恐怖政治が、彼らの理想らしいのだ。
                  そして彼らは保守の復活に我慢が出来ないらしいのだ。
                  昨年あたりから日本会議を「カルト集団」と頓珍漢な攻撃を始めた。批判本だけで十冊もでたが、どれもこれも的外れ、そのうえ、批判本を読んで日本会議に加盟したという人が相当でてきて逆効果となったのは一種のアイロニーだろう。
                  かくして本書はリベラリズムの欺瞞と二重基準と、その妖しげな人脈、その没論理を徹底的に追求した快著である。

                  posted by: samu | 書評 | 09:40 | - | - | - | - |
                  書評『出会いの幸福』(ワック)曾野綾子
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                    宮崎正弘/書評


                    人生は『出会い』であり、ふとした出会いが印象深い想い出となる
                    ほんの数分の出会いでも貴重な邂逅となった人々がいた

                    名エッセイを次々と書かれて世に問われる曾野さんには、ファンが多い。WILL巻頭の随筆も随分長いこと続いていると思っていたら本になった。一度読んで忘れているのもあれば、初めて読んだ箇所もある。
                    とくにこの随筆集に強烈な印象をもつ人が何人もでてくるが、曾野さんはペルー大統領辞任直後から自宅にフジモリ大統領を匿った逸話は広く知られる。
                    その『亡命』生活の最中だったか、評者(宮崎)も加瀬英明邸でフジモリ大統領と会ったことがある。
                    おどろくほど日本語が上達されていた上、英語もかなり流暢だった。矢継ぎ早に、中国経済の現状について質問が飛び出した。曾野さんは、フジモリ大統領が曾野家のプレハブ住宅に突如移り住んでからの生活ぶり、そして食事から興味の範囲までを克明に記憶して、この最後のサムライの日本での生活を書いた。
                    チリの章も面白く読んだ。
                    というのも、チリでアジェンデ大統領の社会主義政権の腐敗、大統領府を武器庫にしたあとに軍事クーデターがおこり、その直後に曾野さんはサンチャゴに入った。その時に抱いた率直な印象は貴重な記録でもある。
                    これまた評者の個人的なことだが、先月にサンチャゴに立ち寄って、クーデターの現場となった大統領府をみたが、前の広場にはアジェンデ大統領の巨大な銅像があり、逆にピノチェット大統領の銅像がない、という価値倒錯の現在のチリの思想状況を知っていたので、往時との格差について思いを走らせたのだった。
                    もう一つの思いが百瀬博教氏のことである。
                    曾野さんは、ある日突然、無名の百瀬を名乗る青年から詩集を贈られ、なぜかひらめくものがあって読んだそうである。そしてフランス料亭に彼を招いて食事をして、というような付き合いをされていた由。
                    思い出したのだ。
                    百瀬博教氏は2008年1月28日に急逝した。
                    新聞には百瀬博教さんのことを「裕次郎の用心棒」と報じたが自宅風呂場で発見。自殺?事故死?(同日夕刊、29日産経朝刊)。
                    「三島由紀夫の用心棒」を自称する作家の安部穣二氏は、雑誌『室内』を主宰されていた山本夏彦氏が、その文才を見つけ出した。安部さんと小生は45年近いき合いだが、最初は小金井一家の代貸しと言っていた。
                    藤島さんの事務所によく訪ねてきて、話が滅法面白く、抱腹絶倒。あれを小説化したら面白い、と当時から指摘していたのは作家の藤島泰輔氏だった。藤島さんは安部氏の第七番目だかの奥さんとの結婚式で介添えを務めた。
                    六年間のオツトメを終えて娑婆に戻った百瀬さんのトレードマークは『永遠に若く』の帽子だった。
                      百瀬博教氏の文才を最初に発見し、大胆にも『週刊文春』に手記を連載させたのは花田紀凱氏である。文士とはもっとも縁が薄い人物が濃密で情緒的な裕次郎時代の回想を綴った。
                    その花田さんの紹介で、評者も百瀬氏を知ったが、初対面の時から妙にウマがあって、『三島さんに会いたかった。あの自決には衝撃を受けた』と語った。
                    そしてなぜか百瀬さんは詩集をくれた。その詩集は純朴そのものの作風で、いまとなっては遺書代わりとしか思えない。そのときに連れてきていた秘書に一緒の記念写真を撮らせ、その写真をなぜか次に偶然サイデンスティッカーさんの追悼会で会ったら、持参してくれていた。
                    「どうして私が、この会にでると分かったのですか?」と訊くと、
                    百瀬さんが『カンですよ、第六感』と言って笑った。
                    百瀬氏とサイデンスティッカーさんとが、どこでどうつながっていたのか、うっかり聞かなかった。 
                    こうして思いで深き人々が次々と登場してくるのが曾野さんの新著の特色で、読み込む内に夕食をとることを忘れていた。

                    posted by: samu | 書評 | 09:26 | - | - | - | - |
                    書評/『戦争を始めるのは誰か』(文春新書)/渡邊惣樹
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                      宮崎正弘/書評
                      嘘で塗り固められ、情報操作され、歪められてきた戦後史観は誤謬だらけだ
                      第二次世界大戦は、本当は誰が始めたのか。日独は悪役に仕立て上げられたのだ

                      渡邊氏の新作書き下ろしである。
                      幕末の列強の進出からペリー来航、開国、日清・日露の戦い、大東亜戦争へと至る歴史のパースペックティブを、新発見の資料とくに公開されたアーカイブに眠ってきたデータなどを通して重厚に検証し直してきた渡邊氏の数々の労作の数々を私たちはすでに読んできた。
                      この一作は「渡邊史観」の総仕上げと言えるかも知れない。
                      私たちは戦後の「後智恵」でしか、歴史を見てこなかった。それが大変な間違いであることは、ようやく日の眼を見た新資料で、あるいは新証言で、従来の史観の誤謬が明らかになった。たとえば日本で言えば「十五年戦争史観」の間違い、戦後の「太平洋戦争史観」という大間違いに多くの人が気がついた。
                      大満州帝国の歴史的評価はまだ定まらないが、すくなくともGHQがなしたWGIPの基本的指令が行き渡っていたことを、ようやく日本の知識人は把握した。

                      「FDRが、フーバー大統領の恐る恐る始めたケインズ的経済運営をこれほどまでに詰まっていたことは『正史』に書かれていない。当選後には、選挙公約を見事なまでに裏切って、国家財政を火の車とし、ケインズ的経済運営手法を積極的に導入したのが借金王と呼ばれることになるFDRだった」。
                      彼は借金を誤魔化すためにも戦争を始める必要があった。
                      ところが「フーバーを無能な大統領と貶め、FDRを賛美する歴史家はこの事実を書こうとしない」のである。これがいまも米国の歴史学界とジャーナリズムに蔓延る左翼史観であり、ただしい歴史を言う本物の知識人に修正主義のレッテルを貼って貶める。この知的荒廃ぶりは日本の状況に酷似している。

                      さてルーズベルトという大悪人が仕掛けた世紀の陰謀に日本は巻き込まれた。相棒はチャーチルだった。スターリンは漁夫の利を得たばかりか望外の獲物を手に入れた。戦後の東西冷戦は、ルーズベルトの誤算から生まれた。
                      ヒトラーは、ホロコースト以前、ドイツ経済を再建した英雄と見なされていた。
                      ドイツの再建は、英国の利益でもあった。第二次世界大戦は、ベルサイユ体制の不条理により、英国の愚策とポーランドの拙劣な外交が火に油を注ぎ、おこった。オーストリア国民はドイツ帝国への併合を熱烈に歓迎したのだった。
                      ところが「全く間違ったFDRとチャーチルの外交を正当化するたった一つの方法が、ドイツと日本を最悪国として解釈することだった。戦前のドイツと日本を、自由を抑圧し世界覇権を求める全体主義の国、つまり民主主義の敵として描くことで、FDRとチャーチルの戦争指導の過ちを覆い隠した」(中略)
                      「歴史修正主義は米英両国の外交に過ちがなかったのか、あったとすれば何が問題だったのか、それを真摯に探ろうとする歴史観に過ぎない」のである。
                      しかし英米で、歴史修正主義は忌み嫌われ、学閥から排斥され、ジャーナリズムが敵視し、この知的荒廃がつづく限り、歴史の真実はなお埋もれたままになるだろう。

                      そして本書で渡邊氏が一番言いたかったことは次の文言ではないか。

                      「フランクリンルーズベルト(FDR)がソビエトを承認した1932年11月16日が、日本のその後の運命を決定づけた日に思える。極東、とりわけ中国への赤化工作への危機感を持ち、ソビエトの工作を資本主義体制への挑戦とみなし、強い危機感をもった日本は、繰り返しその体制を同じくする、そして同じように共産主義を警戒するはずのアメリカに、日本の立場の理解を求めた。防共のパートナーとなるよう訴えた。それが見事なほどに拒否されたのが、1932年11月16日だった。
                      この日こそが、戦後の東西冷戦の第一歩でもあった。アメリカの無理解に対して、日本はその後も懸命の努力を続けた。しかし同時にソビエトの西漸の防波堤の役割を果たそうとしているドイツへの期待を高めざるを得なくなるのである。アメリカのソビエト承認が生んだ外交ドミノだった。日本は1934年夏、ドイツに帝国海軍艦隊を親善訪問させ、陸海軍高官をドイツに派遣した」(174p)

                      しかし勝利の女神は悪魔の側にほほえんだ。
                      「現代では多くの人々の心に、この時期にはまだ顕在化していないホロコーストのイメージが染みついている。曇った心のプリズムを通して、ヒトラーやナチスドイツを見てしまう。それがヒトラードイツはアプリオリに悪の国だとする解釈の原因である」(314p)。

                      真因であるベルサイユ条約態勢の不条理は軽視され、チェンバレンの愚策もポーランドの稚拙な外交も、無視されるかスルーされている。
                      「本当のことをかいてしまうと、連合国が作り上げた戦後体制の正統性が崩れる。敗戦国を一方的に断罪した二つの戦争法廷の根拠も失われる。だからこそ歴史修正主義に立つ歴史家は徹底的に嫌われてきた」わけである。

                      新書版だが、びっしりと書き込まれており17行詰め328ページという浩瀚、雄に一冊の単行本を越える量がある。

                      posted by: samu | 書評 | 10:20 | - | - | - | - |