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明治維新150周年に当たって想う/加瀬英明
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    近代日本の出発点を学ぼう

    今年は明治維新から150年になることから、政府が「明治維新150周年」を祝うことになっている。

    それなのに、国民のなかに明治維新150周年を祝うことに、反対する声が聞かれない。

    これは感慨深いことだ。日本国民がようやく明治維新を祝うようになったのだ。

    明治維新は先人たちが行った偉業だった。日本がやっと立ち直りつつある。

    今日では明治維新が行われたからこそ、日本が貪欲な西洋列強の餌食になることなく、独立を全うして近代国家として発展することができたことに、異論を唱える者はいまい。

    今から50年前の昭和43(1968)年に、明治維新100年が巡ってきた。

    ところが、50年前の日本では、政府はもちろん、民間にも維新100周年を祝う気運がまったくなかった。100周年を話題にすることもなかった。日本は朦朧としていた。

    昭和43年には、日本が国民総生産(GNP)でアメリカに次ぐ、世界第2位の経済大国になったというのに、6月に東大医学部学生が東大安田講堂を占拠して、機動隊が出動し(翌年、大規模な安田講堂占拠事件が発生)、10月に学生が新宿駅を占拠し、11月に4000人以上の学生が安保粉砕を叫んで、首相官邸に乱入した。大学紛争が全国の115校の大学に波及した。

    そのわきで大手新聞が、2年後に迫った日米安保条約改定へ向けて、60年安保騒動が再現されることを期待して、「70年危機」を煽っていた。

    国家の自立意識の欠如

    この年にはすでに敗戦からほぼ半世紀、独立を回復してから15年もたっていたのに、アメリカによる占領によって蒙った深い傷から、立ち直ることができなかった。国家意識を喪失してしまっていたために、国民が明治維新が紡いだ輝かしい歴史を、思い遣ることができなかった。

    昭和43年から半世紀が過ぎて、いま、ようやく占領憲法の改正の是非が問われ、国論を二分するようになっている。それでも現行憲法を改正できるのか、まだ前途は険しい。

    人は頭部に酷い外傷を負わされたり、異常体験をすると、自分が何者か分からなくなる記憶喪失に陥ることがあるという。今日の日本でも、日本がどのような国であってきたか、はたして国家なのか、分からない者が多い。

    自尊こそが大切だ

    世界史を振り返ると、このように国家が記憶を喪失する症状を患った例は、日本の他にない。私にはなぜ日本がこのような状態に、いまだに陥っているのか、説明することができない。読者諸賢に教えを乞いたい。

    日本国民は敗戦から今日まで、人であれば正常な人間関係――国家として正常な国際関係を結ぶことが困難な自閉症を、病むようになっている。国の存立を危ふくするものだ。1日も早く癒さなければならない。

    自閉症は正しくは早期幼児自閉症と呼ばれ、この症状を患っている者は、言語障害をともなうが、自己のみに関心が集中し、自分を責めたてて、自立することができない。

    マッカーサーの暴言はいまでも正しいのか

    昭和21年に、マッカーサー元帥が「日本国民は12歳だ」と発言したことが、総司令部の指示によって、当時の日本の新聞に大きく報じられている。いまでも日本のなかで護憲派が国家の安全をひたすらアメリカに委ねて、自国に対して成人としての責任を果すことを頑なに拒んでいる。

    きっと、昭和21年ごろから幼児性の疾患を病んで、歳をとることがないのだろう。

    日本国憲法は大多数の日本国民によって、「平和憲法」と呼ばれて親しまれてきたが、先の戦争後の日本の平和は、アメリカの軍事力によって守られてきた。この憲法はアメリカの保護なしに、成り立たない。「“アメリカの力による平和”憲法」と、呼ぶべきである。

    成人の日の意義を考えよう

    今年も1月8日に、『成人の日』が巡ってきた。『成人の日』は占領下で、昭和23年に制定された。

    テレビが日本各地で、『成人の日』の式典が賑々しく行われたことを報じた。しかし、日本は国として、まだ「成人の日」を祝うことができないでいる。いつになったら、「成人の日」を迎えることができるのだろうか。

    昨年11月に、都内の名門私立大学の国士舘大学において、建学100周年を記念して「『東京裁判』シンポジウム」が催された。

    櫻井よしこ氏、西修駒澤大学名誉教授、高橋史朗明星大学特別教授と、私が招かれて討論が行われた。櫻井氏、西氏、高橋氏は、私が敬愛してやまない学識者である。私はシンポジウムから、多くを学んだ。

    午前と午後にわたったシンポジウムは、それぞれ30分講演した後に、パネル討論が行われて、東京裁判と、もう1つの占領政策の柱だった「ウォア・ギルト・インフォメーション・プログラム」が、日本国民の精神をいかに歪めてきたか、追及した。

    東京裁判は国際法を、無惨に踏み躙ったものだった。占領軍が行った言論統制と、「ウォア・ギルト・インフォメーション・プログラム」は、言論の自由を約束したポツダム宣言に、大きく違反するものだった。

    私はパネル討論が終わる寸前だったが、どうしても1つ訊ねたいことがあった。

    司会をつとめた国士舘大学法学部のS教授に、「1つお伺いしたいことがある」と前置きして、「28年後に先の戦争が終わってから、100周年になりますが、アメリカが行った東京裁判と『ウォア・ギルト・インフォメーション・プログラム』によって、日本が惨めな状況に置かれているというシンポジウムを、また行うことになるでしようか?」と、質問した。

    S教授は答えなかった。私はこのシンポジウムに参加することを求められた時に、戦後72年もたつのに、まだ東京裁判を日本が直面する問題として取り上げることに、忸怩たるものがあった。

    東京裁判は無法な復讐劇

    東京裁判は無法な復讐劇だったし、アメリカの占領政策は復讐心と、当時のアメリカを支配していた白人優位信仰に基く傲りから、日本が野蛮国だときめつけた偏見が生んだものだった。

    そこで、独立を回復してから15年か、20年以内に、アメリカが占領下で行ったことが蛮行であったと総括して、アメリカを赦すかたわら、日本が独立国として誇りを取り戻すべきだった。

    真の独立国を目指そう

    私は日本が独り立ちできない咎を、いまだにアメリカの占領政策に負わせるのは、異常なことだと思う。

    これでは、韓国が72年も前に終わった「日帝時代」について、日本をいまだに執拗に非難しているのと、変わらないのではないか。このために、韓国は自立できないでいる。日本と韓国は、似ているところがあるのか、訝らざるをえない。

    もちろん、過去に遡って、東京裁判と「ウォア・ギルト・インフォメーション・プログラム」を検証することは、近現代史研究の一環として有意義なことであることは、いうまでもない。だが、東京裁判をはじめとする、アメリカの対日占領政策は、学問的な研究の対象にとどめるべきだ。

    独立国は自立していなければならない

    戦後70年以上もわたって、東京裁判と「ウォア・ギルト・インフォメーション・プログラム」を、日本を病ませている大きな要因として取り上げるより、なぜ、日本がいまだに対日占領から立ち直ることができないのか、いったい日本の民族性のどこに、脆弱なところがあるのか、考えたい。

    日本が明治に開国してから、今日の人種平等の世界を創出したことによって、世界のありかたを大きく変えたことを踏まえたうえで、今後、日本が有力な独立国として、さらに世界にどのように貢献できるものか、考えるべきであろう。

    posted by: samu | 歴史認識 | 09:34 | - | - | - | - |
    東アジアにおけるバーチャルとリアル/西村眞悟
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      朝鮮半島という厄介な空間について記しておきたい。朝鮮半島において現在進行中の事態を見ていて、またも、思い出して記しておきたくなったのは、古田博司筑波大学大学院教授の平成28年(2016年)2月10日の産経新聞に掲載された「正論」である。
      この「正論」は、「南北の『政略劇』にだまされるな」と題された朝鮮半島に関する論評で、「ここ最近の韓国と北朝鮮のドタバタ劇を見ていて、日本の国民はうんざりしているのではないだろうか。その庶民の常識は正しい。」という一文で始まり、「庶民である日本国民は、あくまでも『助けず、教えず、関わらず』の非韓3原則で対応し、彼らの騒ぎに巻き込まれないように、対岸の火事を見るがごとくにし、・・・日本からの援助を求める韓国内の声に耳を貸してはならない。」と述べたうえで、「なにしろコリアは、豊臣秀吉軍の災禍いまだ覚めやらぬ頃、満州軍の侵攻を受けるや、『日本に助けてもらおう』という声が平然かつ澎湃として起こる国である。」、
      「歴史に学ぶとは、このような民族の行動パターンに学ぶことを言うのであろうか」という一文で終えられている。
      そして、この冒頭と末尾の間に、北朝鮮のミサイル発射や砲撃や韓国哨戒艇撃沈という行動経過をたどった上で、次の見事な朝鮮半島における南北間の説明がある。
      ここまでたどれば、北朝鮮のネライは明らかだろう。金大中・盧武鉉政権時代の国家支援と秘密支援の蜜食いが体質化し、その後もオドシとタカリを繰り返すようになったのである。

      そして、現在、この二年前に古田教授によって指摘されていた北朝鮮のタカリが、北朝鮮の韓国で行われる平昌オリンピック参加で行われているという訳だ。
      何しろ、今の韓国の文世寅大統領は、北朝鮮を「蜜食い体質化」した韓国からの「国家支援と秘密支援」の韓国側実務担当者だったのだ。この度、北朝鮮はヨダレを垂らしてオドシ・タカリをしたのである。
      そして、このオドシとタカリの果てに北朝鮮は、中距離に続く大陸間の核弾頭ミサイル(ICBM)完成を掌中に入れた。この結果は、北朝鮮と今や韓国の大統領に上り詰めた親北派文世寅の共作である。
      従って、文世寅大統領の韓国を今までの韓国と思っていてはならない。即ち、北朝鮮という共産主義独裁体制と自由主義陣営を分ける「38度線」は、現在、韓国の釜山と我が国の対馬を隔てる幅50kmの対馬海峡に既に南下していると観るべきである。
      ちなみに、北朝鮮のタカリの相手は韓国であるが、韓国のタカリの相手は、何処か、・・・それは日本だ。

      とはいえ、本年に入って一ヶ月と五日しか経っていない本日、世界とりわけ東アジアの雰囲気は一変している。雰囲気一変の切っ掛けは、つい二週間ほど前の北朝鮮の平昌オリンピック参加情報だ。

      それまでは、アメリカによる北朝鮮攻撃が迫っているという緊迫感があった。しかし、北朝鮮のオリンピック参加の情報が流れて後は、「平和の祭典」オリンピックの報道ばかりになった。ということは、北朝鮮が「平和の祭典」に参加するということと同時に、北朝鮮の独裁者が、ICBMを手に入れるという危険性が忘れられたのだ。
      つまり、何がリアルで、何がバーチャルかが分からなくなっている。特に、急に平昌オリンピック情報を大量に流しはじめて、氷上を滑る女の子の素直な魅力的な笑顔を大写しにする我が国のマスコミは、あきらかに、バーチャルとリアルの区別がつかなくなってバランスが狂っている。
      さらに、このマスコミ以上に狂っているのが国会にいる面々だ。本日の国会でも、まだ、森友問題をやっているではないか。
      これこそ、ポリティカル・インフォメーション・ウォーフェア(情報戦争)に翻弄されている我が国の惨めな情景だと思わざるをえない。

      今のところ、この情報戦争の勝者は北朝鮮であろう。平和の祭典への参加というバーチャルな仮装をリアルな姿だと思わせ、核弾頭ミサイルというリアルな現実をバーチャルなものとして隠している。さらにこの情報戦争にこっそりと参戦して勝者のうま味を味わっているのが中共で、もう一人の勝者は文世寅で大多数の韓国国民は被害者である。
      そして、負けているという意識がなく敗けているのは我が日本である。その負けている証拠の第一、38度線が既に対馬海峡に南下していることを意識していない。
      第二、多くの日本人を拉致して抑留している北朝鮮がオリンピックに参加することの偽善を国際社会に訴えるべきであるという発想すらない。
      第三、尖閣への中共の侵攻が北朝鮮問題を遙かに超える国難であることの自覚がない。
      第四、北朝鮮の核弾頭ミサイルが既に日本に着弾可能であることを忘れている。
      以上、本年に入って、特に顕著に行われているのは新しい戦争だ。バーチャルとリアルの混合戦争ポリティカル・インフォメーション・ウォーフェア情報戦争。
      その結果、我が国のマスコミと政治は、国際情勢における現実感覚を喪失し、バーチャルとリアルの区別がつかなくなっている。

      posted by: samu | 政治認識/中国韓国 | 09:43 | - | - | - | - |
      賃上げ主導の「脱デフレ」 政府は緊縮財政で邪魔するな /田村秀男
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         安倍晋三首相は1月22日に衆参両院本会議で行った施政方針演説で、賃上げ主導による脱デフレに意気込んだ。経団連と連合も3%賃上げに前向きなので機運は上々だが、ちょっと待てよ。20年間も日本経済に取りついてきたデフレ病を、賃上げ頼みで克服できるのだろうか。
         日本の慢性デフレの期間は1930年代の大恐慌時代の米国をはるかに上回る歴史上未曽有の経済事象で、米欧流の経済学教科書では説明できない。特徴は緩慢な物価低落傾向の中で賃金がしばしば物価以上の幅で下がることだ。
         モノやサービスの値下がりは一般の家計にとってみれば悪くないことなので、デフレ病の自覚に乏しいのだが、何となく懐具合が寂しくなってきたと感じる。日銀の「生活意識に関するアンケート調査」によれば、デフレが始まって以来、「暮らし向きが悪くなった」との回答比率が「良くなった」を上回っているのはそんな背景による。
         従って、賃上げが脱デフレの鍵になるという考え方は、正社員、パートを問わず勤労者全体に恩恵が及ぶという条件付きだとしても、いかにももっともらしい。慢性デフレが始まった平成9年12月を100とした賃金水準と消費者物価指数を見ると、昨年9月時点では賃金は96.5であるのに対し、物価は100.1。両者間のギャップは3余りだから、3%賃上げは確かにつじつまが合うが、単純過ぎる。
         全体的なモノやサービスの需要の伸びを表す経済成長率が名目で1〜2%の中で3%賃上げが全雇用の9割を占める中小・零細企業に浸透するとは考えにくい。人手を確保するためとはいえ、製品需要、つまり売り上げが2%程度しか伸びないのに、経営者がそれ以上の幅で賃上げに踏み切るには覚悟がいるだろう。
         繰り返すが、日本では物価下落を上回る速度で賃金が下がる「賃金デフレ」に陥りがちだ。今は物価がわずかずつ上がる傾向にあるが、賃上げ率がインフレ率を下回る限りデフレ圧力が加わり、需要が押し下げられる。総需要を左右する政府・日銀の財政・金融政策が、賃上げ以上に脱デフレの鍵を握るはずだ。
         金融は、日銀の異次元緩和政策が円安局面を演出し、輸出企業を中心に企業収益を好転させてきたが、円安は外部要因によって左右されがちだ。日銀の黒田東彦総裁は大規模な金融緩和とマイナス金利政策の堅持を強調して、円高阻止に努めているが、トランプ政権要人の「ドル安容認」が伝わった途端、外国為替市場で円が大量に買われる始末だ。円高による収益源を恐れる企業は賃上げに慎重になりかねない。
         財政はどうか。グラフは22年度から30年度までの国の一般会計からみた財政の緊縮・拡張度と、民間給与の増減額を対比させている。緊縮・拡張度は前年度に比べた歳出の増減額から税収の増減額を差し引いて算出した。財政支出が増えると拡張型と解釈する向きもあるが、税収の増加額がそれを上回ると民間の所得を政府が奪う、つまり、緊縮型とみなすのが当然だ。30年度は国の一般会計予算案を、前年度の補正後と比較している。
        イメージ 1
         24年12月にアベノミクスが始まって以降、24年度を含め明確な拡張型に転換したのは28年度のみだ。対照的に民間給与はほぼ一貫して増加し、国内需要増に貢献している。消費者物価指数と並ぶ代表的なインフレ指標である国内総生産(GDP)項目の総合物価指数であるデフレーターは給与が上がれば上向くが、緊縮財政によって下押しされるトレンドが読み取れる。
         緊縮財政の最たるものは、26年4月の消費税率8%への引き上げだ。26年度の給与増額2.7兆円に対し、財政の緊縮額は8.4兆円、GDPの1.6%にも上った。巨額の民間需要を政府が取り上げる。その後、デフレーターがマイナスに落ち込んだのは増税のせいである。
         安倍首相は、施政方針演説で「4年連続の賃上げにより、民需主導の力強い経済成長が実現し、デフレ脱却への道筋を確実に進んでいる」と強調したが、民間給与がつくり出す需要増を奪い取ってきたのは政府のほうである。
         政府は31年10月に消費税率10%への再引き上げを予定しているばかりか、軽減税率導入に先駆けてサラリーマン増税を予定するなど、緊縮財政路線を堅持している。賃上げ主導で脱デフレを早めに実現するつもりなら、安倍政権はさっさと大型補正を組んで財政の緊縮度をゼロにし、民需の足を引っ張らないようにすべきだ。さて、春闘でどれだけの賃上げになるのか。
        posted by: samu | 経済認識 | 10:08 | - | - | - | - |
         反対強い中での安倍首相の訪韓決意/櫻井よしこ
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          『週刊ダイヤモンド』 2018年2月3日号
          新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1217
           

          1月24日、安倍晋三首相が2月9日に行われる平昌五輪の開会式に出席するとの考えを、開会式出席に最も強く反対していた「産経新聞」のインタビューで明らかにした。

          自民党内には反対の見地から大きな波紋が広がった。この開会式には主催国の韓国でも強い反対論がある。南北朝鮮の選手による合同行進で韓国国旗の「太極旗」ではなく、「統一旗」という奇妙な旗が使用されるのが一因だ。

          韓国保守論壇を主導する趙甲済氏は「自国内で国旗を降ろすのは、敵軍に降伏する時、或いは国が滅びる時だ」「文在寅政権は大韓民国を北朝鮮の政権と同じレベルに引きずり降ろすのか」と憤っている。

          安倍首相はなぜ開会式に出席するのだろうか。米国政府からの働きかけがあったと、一部の関係者は語る。それが事実なら、開会式に出席するペンス米副大統領と同格の麻生太郎副総理の出番であろう。日本国総理大臣は米国副大統領より格上だ。米国はそのような非礼な依頼はしないだろう。

          一方、時事通信は自民党の二階俊博幹事長や公明党の山口那津男代表らが首相の出席を求めたことが背景にあると報じた。両氏をはじめ幾人かの政府要人からその種の発言があるのは事実だ。しかし本当の答えは首相の発言の中にあるのではないか。

          首相は以下の点を語っている。

          ・2020年に日本も五輪を開催する。日本人選手達を激励したい。

          ・文大統領と会談し、慰安婦問題での合意を韓国側が一方的に変えることは受け入れられないと直接伝える。

          ・ソウルの日本大使館前の慰安婦像撤去も当然強く主張する。

          ・北朝鮮への圧力を最大化していく方針はいささかも忘れてはならない。

          こうした点に加えて、首相はこう語っている。

          「会ってこちらの考えを明確に伝えなければ、相手も考え方を変えるということはない。電話などではなく実際に首脳会談を行い、先方に私の考え方を明確に伝えることが重要だ。なるべく早い段階で行ったほうがいいと考えてきた」

          有体に言えば、文大統領が慰安婦像を撤去することも、考えを改めて慰安婦問題の合意を尊重することも、恐らくないだろう。だが、説得できるとしたら、それは日本国の最高責任者である自分自身だ。問題が困難であっても解決の方向へ持っていく責任は自分にはある。その責任に目をつぶることはしないという決意が見てとれる。

          注目すべきは、「なるべく早い段階で行ったほうがいいと考えてきた」というくだりだ。米国の依頼でも政界実力者の要請でもなく、自身の判断だと言っているのだ。

          首相は、開会式出席に強い反対があることも、そうした気持ちになることも十分に理解できるとして、「何をすべきかを熟慮して判断し、実行するのは政権を担う者の責任です」とも語っている。

          首相訪韓には前向きの要素もある。文大統領に日韓関係についての日本の危機感を伝え、北朝鮮問題での日米韓の結束の重要性を説くことも当然すべきだ。北朝鮮有事の際に、拉致被害者救出のために自衛隊の行動などに関して、韓国が協力してくれるよう説得する機会でもある。

          朝鮮半島をめぐる力学の中で、ペンス副大統領と共に安倍首相が訪れることで、日米関係の緊密さを、中国などの関係諸国に顕示できる。その政治的意味は軽くはないはずだ。

          今回の件は首相のロシア外交を連想させる。見通しが甘いなどといわれながらも貫き通している。首相はその言葉のように、「熟慮して判断」したのだ。自民党内はおろか、世論の強い反対もある訪韓は、政治家としての判断だ。しっかりと見守っていきたい。

          posted by: samu | 政治認識/中国韓国 | 09:37 | - | - | - | - |
          日本の歴史を世界に誇ろう/宮崎正弘
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            日本史の見直しが始まって久しいが、暗い「封建時代」とか、鎖国による「近代化の遅れ」とか、「支配階級の搾取」とか、後ろ向きで、古めかしい死語がまだ歴史学界の一部に通用している。
            明治以降、欧米崇拝の波は国学を後景に押しやり、儒学は捨てられ、国を挙げての西洋礼賛となった。鹿鳴館ボケとも言われた。
            ところがよく考えると欧州はせいぜい十世紀に文明らしきものを築いて、人種的には無縁のギリシア・ローマを祖先に借用することで歴史の古さを語ろうとした。
            米国も歴史が浅いため欧州史を援用し、はては恐竜時代を北米大陸史の嚆矢とした。
            近年、この西洋中心史観の間違いが指摘され、アジアの文明が世界史を領導した真実が多くの場面で語られる。

            この流れから取り残されているのが日本の歴史学だ。マルクス主義歴史観の学閥が形成され、ボスが君臨し、その学閥の解釈を克服できず、本当のことが言えない空気があるらしい。
            それでも多くの人が素朴な疑問に気がつき始めた。
            仁?天皇陵はピラミッドより大きい。
            パンテオン宮殿より伊勢神宮、出雲大社の規模は遙かに大きい。
            十七条憲法はマグナカルタより六世紀も早い時期に成立している。
            東大寺の大仏開眼は当時の万博だった。
            遣隋使・遣唐使の廃止はもはや唐から学ぶことがなかった事実の証明である。
            源氏物語はシェイクスピアより五世紀もはやく世界最古の恋愛物語だ。
            仏像は世界一流の宗教芸術であり、江戸時代の浮世絵はゴッホら西洋の画家に衝撃的影響をあたえた。
            日本の仏教は鎌倉で頂点を迎え、衰退はしたものの国民の信仰は変わらない。欧米を席巻したキリスト教は日本でもいまも1%以下である。
            日本の城は都市設計の観点ばかりか建築技術でも世界一の美しさを誇る。
            これだけでも日本の歴史は世界に誇れることが明白だが、近年の考古学はさらに鮮やかに戦後左翼の歴史観の迷妄を打ち砕いた。
            すなわち日本の縄文時代は一万五千年前後まで遡ることが可能である。たとえば青森県の三内丸山縄文遺跡から出た遺骨は外傷なく、すくなくとも千年、平和が続いたことを物語る。弥生時代になって例えば吉野ヶ里遺跡が語るように戦争があり備えが強化された。
            黄河、ナイル、インダス、チグリス・ユーフラテス河が世界の四大文明という基礎知識も揚子江文明の遺跡が次々と発見されて怪しくなったばかりか、日本の縄文時代は中華文明とは別個の、独自の文明圏の形成がなされていた史実が明らかになった。
            かくしてGHQの「太平洋戦争」「東京裁判」史観で洗脳されてきた日本人が歴史の真実に本格的に目覚めるべき時が来た。明治百五十年はそういう年であってほしい。

            (この文章は『北国新聞』コラム「北風抄」、1月22日付けの再録です

            posted by: samu | 頑張れ日本 | 14:18 | - | - | - | - |
            ◆マクロン大統領の大胆な「歴史認識」/長谷川良
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              マクロン大統領の大胆な「歴史認識」 1月26日 長谷川良

              フランスのエマニュエル・マクロン大統領は就任以来、世界の指導者をパリの大統領府(エリゼ宮殿)に招待する一方、自ら世界を飛び歩いている。一時期、大統領の国民の支持率は低下したが、ここにきて再び上昇してきた。40歳の若き大統領は、フランソワ・オランド、二コラ・サルコジといった前任者が夢見ても実現できなかったフランスの外交を世界に示している。

              大統領就任直後、5月29日、ウラジーミル・プーチン大統領をパリ郊外のベルサイユ宮殿に招き、同年7月14日の慣例の革命記念日軍事パレードにトランプ米大統領夫妻を招いた。そして今年に入ると早速、中国・北京を訪問し、習近平国家主席と会談し、シリア危機や北朝鮮の核問題などを話し合っている。米中ロ3大国首脳と会談する40歳の青年大統領の姿を見たフランス国民の中には往年時代のフランスの外交を思い出した者もいただろう。

              独週刊誌シュピーゲル最新号(1月20日号)はマクロン大統領の外交の足跡を振り返っているが、そこに興味深いエピソードが掲載されていた。マクロン大統領の外交を理解する上で参考になるばかりか、慰安婦問題で韓国と険悪な関係の日本にも参考になる新鮮な視点が見られるのだ。

              マクロン大統領は同国の植民地だったアフリカ諸国を訪問し、ブルキナファソでは演説後、一人の女学生から質問を受けた。

              「マクロン大統領、私は大学生だが、わが国では勉強していても頻繁に停電になってしまいます。どうしたらいいのですか」

              マクロン大統領はじっくりと女学生の方を見ながら傾聴した後、
              「あなたは間違っている。あなたは自国が依然フランスの植民地だという認識で私に電力不足の解決を求めている。その質問はあなたの国の政府関係者にするべきだ。私はフランス大統領であって、ブルキナファソの問題を担当していない」

              マクロン大統領のこの返答が世界に配信されると、多くの人々はマクロン大統領は傲慢だ、非情だ、といった反応が見られた。フランス国内でも同様だった。

              当方はマクロン大統領の返答に正直いって新鮮な感動を覚えた。女学生には「わが国はフランスの植民地だった。だからフランス大統領に苦情の一つでもいって、その解決を聞きたい」という思いがあったのだろう。マクロン氏は即、「私はあなたの国の諸問題を担当していない。私はフランス大統領だ」と答えたのだ。この答えに間違いは一つもない。自国の諸々の問題はその国の統治を担当した政府関係者が取り組み、解決しなければならない。マクロン氏はごく当たり前のことを指摘したまでだ。

              マクロン氏はフランスの植民地化時代の負の遺産を忘れている、という批判も聞かれる。それに対し、大統領は、「私は過去問題より、現在と未来の問題解決に取り組みたい」と表明してきた。よく言われる「未来志向の政治」だ。貴重な時間とエネルギーを過去問題の対応で消費するのは止め、現在、そして将来直面する多くの問題の解決策に頭を悩ますべきだという論理だ。これもまったく正論だ。

              同時に、マクロン氏は女学生に、「あなたの国はもはやフランスの植民地でありませんよ。フランスと同様、立派な独立国家です。自信を持ってください」といった思いが込められていたのではないか。とすれば、かつて植民地だった国の女学生への最高の励ましの言葉だ。

              マクロン氏は常に相手と可能な限り、対等の立場で話そうとする。トランプ米大統領に対しても超大国の米大統領といった恐れとか不必要な尊敬を払わない。同じように、アフリカの女学生に対しても、フランス国民と同様の立場で話す。シュピーゲル誌の記事のタイトルも「Der Furchtlose」(恐れ知らず)だ(「マクロン大統領の書きかけの小説」2017年10月21日、「ファースト・ドッグの不始末」2017年10月26日参考)。

              マクロン氏の上記のエピソードは、韓国と歴史の認識問題で対立する日本にも参考になる点が多くある。文在寅大統領が旧日本軍の慰安婦問題を追及し出した時、安倍晋三首相は、「大統領、韓国はもはや日本の植民地ではありません。わが国と同様立派な独立国家ではないですか。韓国内の諸問題について、私は責任を担っていません。私は日本の総理大臣です」と説明すれば十分だ。これこそ慰安婦問題に対する日本側の究極の返答といえるわけだ。
              歴史とそれ以外の問題を別々に扱う“ツートラック”政策を標榜する文大統領には、「貴重な時間と人材を現在と未来の問題の解決に投資すべきではないか」とやんわりと助言すれば終わりだ。

              第2次世界大戦から70年以上が経過した。戦争を体験した国民は年々少なくなってきた。日本でもマクロン大統領のように歴史の負の遺産を背負わない大胆な指導者が出てくるのは時間の問題だろう。



              株式日記と経済展望(私のコメント)

              日本は歴史問題に対して毅然と対処しなければなりませんが、過去の歴史に囚われてしまったら前に進むことができなくなります。歴史は歴史の問題として対処すべきであり、アメリカや中国などは歴史の浅い国だから歴史とイデオロギーを分けることができない。中国なども建国70年も経っていない。

              日本などは建国2600年以上経っている国であり、世界最古の国家でもある。それが歴史に拘っていたらとんでもない事になってしまう。いちいち過去の出来事に対してどちらが悪いなどと判定を下していたら収拾がつかなくなる。しかしアメリカや中国など建国まもない国では、自分の事はさておいて相手の国の歴史問題をネタにできる。

              ヨーロッパでも500年前まで遡れば、主要な国で一つの王朝が続いてきた国はない。日本は天皇家が2600年以上も続いている。フランスも革命で王様を断頭台に乗せてしまったが、革命政府も王様をうまく利用して権威付ければ政権の安定維持に利用できただろう。王様をいちいち断頭台に乗せていたら中国みたいになってしまう。

              韓国も李王家を国王として存続させていれば、韓国こそ朝鮮半島唯一の国家と主張できたのでしょうが、李王家の末裔は日本に住んでいたが途絶えてしまった。日本でも大東亜戦争の敗戦責任を取らせて断頭台に送ることも出来たのだろうが、日本国民はそうしなかった。歴史感覚がそうさせたのかもしれない。

              日本に正義があったのかアメリカに正義があったのか、歴史的にはまだ結論が出ていない。私自身は大東亜戦争は植民地開放と人種差別撤廃の正義の戦争と見ていますが、アメリカはそのような歴史観を認めない。しかし世代が変わればアメリカにも日本の主張を理解する歴史学者も出てくるかもしれない。

              アメリカでも黒人のジェラルド・ホーンという歴史学者が「人種戦争」という本を出版したが、私の主張と同じだ。


              「人種戦争」 アメリカにとって日本人が犯した最大の罪は、有色民族に誇りをいだかせることによって、白人の誇りを貶めたことだった 2016年1月5日 株式日記


              最近ではこのような主張をしても日本では反論してくる人がいなくなったが、アメリカでもそのような認識に変わるかもしれない。アメリカは近い将来有色人種国家となると予想されていますが、黒人のオバマ大統領の登場はその前兆だ。そうなれば歴史観も変わってくるだろう。アメリカ黒人の開放は1960年代になってからだ。それを変えたきっかけが大東亜戦争だ。

              アジア諸国は、自力では植民地からの独立を勝ち取ることはできなかったが、大東亜戦争で英米軍は日本軍のよって敗走させられた光景を目の前に見てアジア人は自信を持った。それまでは白人はより高度な進化した人種として捉えられて、有色人種はよりサルに近い存在とみられていた。

              マクロン大統領の発言を、このような視点で見れば、アジア、アフリカ諸国も自国の独立国家としての責任をもって国内問題に対処すべきであり、フランスが関与する問題ではないといった見方も当然だろう。しかし歴史問題をほじくり返して中国や韓国は歴史問題を蒸し返してくる。結局は自国の問題を自国で解決できないから日本を歴史問題で攻撃せざるを得ないのだ。

              posted by: samu | 歴史認識 | 14:22 | - | - | - | - |
              我が国の抑止力は歴史と自衛隊にあり/西村眞悟
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                先の本通信において、
                産経新聞(平成30年1月23日朝刊)が報道した
                元海将の伊藤俊幸氏が、三重「正論」懇話会で自衛隊について述べたことに触れた。
                その記事で私が注目したのは、同氏の次の発言だ。
                「自衛隊については
                『平成15年成立の武力攻撃事態対処法で防衛出動が可能になっており、
                すでに専守防衛ではない』と述べた。
                北朝鮮や強引な海洋進出を続ける中国に対し、
                常に抑止力を働かせているとして、
                『日本の防衛は米国に守ってもらっているとよく言われるが、大きな間違いだ』
                と強調した。」
                即ち、伊藤元海将は、

                自衛隊は、常に抑止力を働かせ、我が国を防衛している、

                と言ったのだ。
                この潜水艦の艦長を経験した伊藤元海将の発言を知り、
                我が世界最強の潜水艦の艦長として、
                現実に我が国を海に潜航して中共から守ってきた武人としての自信と誇りを感じ、
                畏敬の念をもつとともに、
                多くの国民は、
                この自衛隊の現実に日本を守る日々の努力に思い至らず、
                漫然と日本はアメリカに守ってもらっていると思っていることに戦後の悲哀を感じた。
                さらに、この悲哀と同時に、
                自衛隊に守られているにも拘わらず、
                自衛隊を危険視することで国民の共感を獲得しようとする議員と左翼集団に
                憤りを感じる。

                そこで、本稿では、抑止力と歴史について記したい。
                歴史について記すのは、戦後の我が国の抑止力は特に歴史に淵源しているからだ。

                抑止力とは、
                相手に対して、攻撃してくれば、
                軍事的な対応によって損害を与える姿勢を示し、
                相手に攻撃を思い止まらせる軍事力であり、
                抑止する側に、その軍事力を行使する意思と能力があることを
                相手に正確に認識されていることを要件とする。
                その抑止には、
                相手に耐えがたい打撃を与える威嚇により攻撃を断念させる懲罰的抑止と
                相手の目的達成可能性計算に働きかけて攻撃を断念させる拒否的抑止がある。
                また、抑止手段には、
                核による抑止(核抑止)と通常兵器による抑止(通常抑止)がある。
                我が国は、単独では核による抑止力は持たず通常抑止力だけを有している。

                では、この抑止力に関して、
                現在の我が国の弱点は何か。
                それは、「軍事力を行使する意思」があるのか否か、である。
                つまり、「憲法九条」である。
                そこで、「憲法九条」によって我が国に軍事力行使の意思がないとするならば、
                「憲法九条」は我が国から抑止力を奪っていることになり、
                相手はためらうことなく我が国を攻撃できる。
                即ち、「憲法九条」こそ、我が国に戦争を呼び込む条項である。

                そこで、相手、つまり、中共やロシアや朝鮮、は、
                我が国が、「憲法九条」の文言通り、
                一切、軍事力を行使しないと見ているのか?!
                私は、相手もアホではない、
                そのようには見ていない、
                日本人は軍事力を行使する、
                と判断している。
                そして、その理由を、
                我が国の歴史と自衛隊の実績に求める。

                つまり、
                我が国の歴史を見れば、
                我が国は何かの切っ掛けで、断固とした軍事行動に出る、
                と相手は判断せざるを得ない。
                我が国では、その歴史を教えないが、
                相手(中露朝鮮)は、
                我が国の歴史を常に見て、骨身にしみて日本人を知っている。
                その歴史は、明治から昭和までの
                日清日露戦役から満州事変、日華事変そして大東亜戦争だ。
                これらの時に、日本人は、
                我慢に我慢を重ね、遂に打って出る。
                一旦、打って出たらトコトンやる。
                映画昭和残俠伝の高倉健さんは、その日本人の姿を体現している俳優だ。
                この我が国の歴史が、
                我が国の抑止力である!
                従って、戦後日本人が平和ぼけでも、
                我が国に抑止力があった。
                そして、相手も、このことを知っているので、
                総理大臣が我が国に命を捧げた英霊を祀る靖国神社に参拝するのを非難するのだ。

                さらに、我が国に
                「軍事力を行使する意思」=「抑止力」を付与しているのは、
                自衛隊の実績である。
                その最も象徴的な実績は、世界が見ていた。
                2011年(平成二十三年)3月11日の東日本大震災と巨大津波の
                被災地における十万数千の自衛隊員の連日連夜・不眠不休の救助救援活動と
                3月17日午前9時40分から10時までの間に
                上部が爆発で吹っ飛んだ福島第一原子力発電所原子炉建屋の真上にホバリングして
                約三〇トンの水を原子炉に撒いた
                陸上自衛隊の二機の巨大ヘリCH47チヌークの同時刻に世界に流れた映像である。
                その放水作戦の直後、
                アメリカのオバマ大統領が総理大臣の菅直人に電話で言った。
                「テレビで見てたよ、素晴らしい」
                そして、アメリカ軍が本気モードに入っていった。
                この放水作戦を第一ヘリコプター団の金丸章彦団長に命令した
                中央即応集団の宮島俊信司令官は、
                本気モードに入ったアメリカ軍を見て言った。
                「自分の国を命がけで守ろうとする姿勢に、彼らは感動し、
                それまで以上に支援を約束してきた。
                明らかにスイッチが入った。軍人とはそういうものですよ」
                以上、「ドキュメント自衛隊と東日本大震災」、瀧野隆浩著、ポプラ社、より。
                この放水作戦の前には、
                あるアメリカ軍将官が、人の命をなんとも思わないような作戦はするべきではないと、
                自衛隊に言っていたという。
                また、現実に放水を実施した第一ヘリコプター団の
                金丸章彦団長とともにいた自衛隊将校は、
                中共軍の将校が、放水作戦を見て次のように言ったと報告してくれた。
                「日本人は昔と少しも変わっていない。
                簡単に命をかけてくる。
                もし、日本に対して核弾頭ミサイルの発射準備をすれば、
                日本人は確実に飛行機に爆弾を満載して
                ミサイルに突っ込んでくるだろう」

                仮に上部が爆発で吹き飛んだチェルノブイリの原子炉の真上に
                ロシア軍のヘリがホバリングして水を撒く映像が世界に流れれば、
                世界中が驚いたはずだ。
                陸上自衛隊は、まさに、それを行い、
                福島第一原発の真上のCH47は世界を驚かせた。
                そして、市場速報を映すモニターで東京市場の株価が下げ止まった。

                さて、先の通信では、
                現在の久しぶりの寒波以上の悪天候のなかで苦闘した
                明治三十五年一月の青森と弘前の八甲田山雪中行軍隊のことを書いた。
                本稿では、
                明治三十八年一月の乃木第三軍のことを書いておきたい。
                私には、例年寒くなれば、時々日露戦争の乃木軍のことを思い、
                これよりもっと寒い中で戦い続けていたのだと追想する癖がある。
                百十三年前の一月一日午後四時三十分頃、
                旅順要塞のロシア軍は、
                乃木第三軍の前哨へ司令官ステッセルの軍使を派遣して降伏を申し入れた。
                乃木第三軍は、
                旅順攻撃に十三万人の兵員を投入し五万九千の死傷者を出していたが、
                満州軍総司令部は、一刻も早く北進するように第三軍に促していた。
                それ故、第三軍は、
                一月十三日に旅順に入城し、十四日に慰霊祭を挙行し、十五日に北進を開始する。
                その慰霊祭は、
                水帥営北方の旅順を眺める高地に
                「第三軍将士戦死病没者之霊位」と
                乃木希典軍司令官が墨書した木柱を立てて行われた。
                そして、十四日、
                雪の舞う中で祭文を乃木軍司令官が朗読した。
                朗読が進むにつれて整列する将兵の間から嗚咽が漏れていたという。

                乃木希典ら、・・・我が第三軍殉難将卒諸士の霊を祭る。
                嗚呼、諸士と、
                この栄光を分かたんとして幽明あい隔だつ、
                ・・・悲しいかな。
                地を清め、壇を設けて、諸士の英魂を招く。
                こい願わくば、魂や、彷彿として来たり、饗けよ・・・

                そして、翌十四日、第三軍将兵は、
                一万七千の戦死者をだす奉天大会戦において、
                最も過酷な日本軍左翼の戦闘に参加するために北上を開始する。
                旅順が陥落しなければ日本は滅ぼされた。
                次の奉天で負ければ、我々は日本人として生まれなかった。
                明治百五十年の間で、
                旅順要塞を攻めた乃木希典率いる第三軍将兵が
                我が国の興廃を背負うという最も過酷な任務を引き受け続けたのだ。
                まさしく、英霊!

                posted by: samu | 頑張れ日本 | 14:48 | - | - | - | - |
                「 中国マネーの後には死屍累々 」櫻井よしこ
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                  『週刊新潮』 2018年1月25日号
                  日本ルネッサンス 第787回

                  1月8日、成人の日のニュースに驚いた。東京23区の新成人、約8万3000人の内、1万人余り、8人に1人が外国人だというのだ。

                  とりわけ外国人比率が高いのが新宿区で46%、以下、豊島区38%、中野区27%、荒川区26%、台東区26%だった。国籍による内訳は示されていないが、留学生に占める比率などから、新成人の多くが中国籍の若者だと見てよいだろう。

                  日本が広く開かれた国であるとはいっても、区によっては新成人の約半分が外国人という現実の意味を、深く考えなければならない。とりわけ中国の人々はどこにいても、中国共産党の指導の下にある。その、中国はどんな方向に向かっているのか。

                  1月12日、中国共産党の政治局会議で「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」が中国憲法に盛り込まれることが確認された。

                  現役の主席の思想が憲法に書き込まれるのは毛沢東以来のことだ。習氏は自らを毛沢東に並ぶ権力の座に押し上げ、中華民族が「世界の諸民族の中にそびえ立つ」ことを目指している。その手段は強い経済力と強い軍事力である。貧しい国には返済しきれない程の巨額の資金を提供し、返済が滞ると国土や港を取る。相手国で中国への反発が高まりそうになると、金の力で、或いは知識人や留学生を総動員して、政治の力で封じ込める。軍事的圧力もかける。

                  だが、そのような中国の帝国主義的横暴に世界各国が、小さなアジアの国々も含めて、気づき始めている。最も警戒心の薄いのが日本ではないだろうか。その意味で以下の事例を日本人は心に刻んでおきたい。

                  昨年11月、25億ドル(約2750億円)に上るネパールのブディガンダキ水力発電所の建設計画が突然、キャンセルされた。利益の殆んど全てが中国企業に吸い取られ、ネパールは得るものがないという理由からだった。

                  欧州連合(EU)は、中国企業によるハンガリーからセルビアに至る高速鉄道建設計画に関して、ハンガリーがEUのルールに反して中国企業と契約したとして調査を開始、事業は中断に追い込まれた。

                  破綻への道

                  親中派のアウン・サン・スー・チー氏が率いるミャンマーでも異変が起きている。中国企業が取りかかった30億ドル規模の石油精製工場建設を、ミャンマー側が拒否したのだ。

                  パキスタンは中国を「鉄の兄貴」(Iron Brother)と呼ぶが、中国が力を入れていたディアメル・バシャ・ダム建設計画を中断した。中国がダムの所有権を要求したのが理由だ。

                  同ダムは、パキスタンとインドが領有権を争う戦略的に重要な地域、カシミール地方に立地するが、これを中国は自国領にしようと企んだと思われる。

                  トランプ米大統領が今年1月4日に軍事援助を停止したこともあり、パキスタンは中国への傾斜を強めるが、彼らは元々中国への依存度が高く、総額600億ドル(約6兆6000億円)のさまざまなプロジェクトを組んでいる。その中で中断されたのは前述のダムだけではない。

                  ホルムズ海峡の出入口を睨むグワダル港は事実上中国海軍の拠点にされたが、そこに空港建設計画が浮上した。加えて中国西部からカラチを経てグワダルに至る鉄道建設も計画されていた。だが、いずれの計画についても昨年11月、両国の話し合いは物別れに終わった。中国依存度の高いパキスタンでさえ中国のプロジェクトに「ノー」と言ったことに世界は驚いた。

                  タイは150億ドル(約1兆6500億円)の高速鉄道計画を2016年に一旦中断し、昨年7月、タイ企業の受注分を増やすとともに中国の技術による建設が決まった。

                  中国が計画し、貸し付け、圧倒的に中国企業が受注するこれらインフラ事業は、受け入れ国が抵抗すればわずかに修正されるが、根本的な修正は一切あり得ない。貧しい国々は潤沢な貸付金に目が眩み、破綻への道だとわかっていても踏みとどまれない。

                  タンザニアがそのいい例だ。バガモヨ市の港建設を含めて彼らは中国から110億ドル(約1兆2100億円)という巨額資金を借り入れた。プロジェクト遂行にはタンザニア政府が2.8億ドル(約308億円)、総額の2.5%を負担しなければならない。だが、タンザニア政府はそれさえも捻出できない。金利や元金の支払いは不可能だろう。つまり、事実上借金地獄に落ちたのである。これから、タンザニアに何が起きるか。スリランカの事例から容易に見てとれる。

                  スリランカ政府は中国資本を借り入れて建設した要衝の港、ハンバントタの経営に行き詰まり、株の80%を99年間中国企業に譲った。事実上の売却である。中国はイギリスに香港を99年間支配され、期限が来たとき取り戻した。そんな力が99年後のタンザニアやスリランカにあるだろうか。

                  中国による政治工作

                  小国が奪われ続けるこうした事例が中国の進出する先々で起きている。

                  オーストラリアのターンブル首相は、押し寄せる中国の影響力に対処するために、昨年12月、外国人による政治献金を禁止する法案を議会に提出した。地元メディアは中国が組織的に豪州政治への浸透工作を行っていると報じ、その一例として野党労働党のサム・ダスチャリ上院議員が党の政策に反して、中国の南シナ海での領有権主張を支持する発言をしたことを伝えた。

                  産経新聞も昨年11月21日、豪州で、政治家や留学生を利用した中国による政治工作が活発化していることを報じている。ブランディス司法長官は中国共産党がロビー団体や財界人などを駆使し、地方や連邦政府に組織的な工作を仕掛けていると懸念を表明した。豪州の大学で学ぶ20万人近くの中国人学生が、在豪の中国大使館や領事館の指示を受け、中国に不利な内容の授業内容に集団で抗議をするなど、露骨な中国擁護活動を頻繁に展開しているというのだ。

                  貧しく力の無い国々に対して、中国政府は極悪サラ金業者のように振る舞い、他の国々には巧妙に政治的影響力を及ぼそうとする。或いは軍事力の行使も厭わない。

                  資金と技術が欲しい中国は、日本に笑顔で一帯一路への協力を呼びかけているにも拘らず、尖閣諸島の接続水域には軍艦と攻撃型原子力潜水艦を同時に侵入させる。3隻の公船もその後領海に侵入した。関係改善を求めながらなぜこんなことをするのかと問うのは愚問である。中国はそういう国である。その中国の資本に国土を買い取られ、多数の人口が流入しつつあるという現実を、日本はもっと警戒しなければならないだろう。

                  posted by: samu | 政治認識/中国韓国 | 14:36 | - | - | - | - |
                  「中国のグーグル」と言われる「百度」のロビン・リー/宮崎正弘
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                    「AIをマスターした者が誰であれ、世界の支配者になる」(プーチン)
                    中国共産党御用達、「中国のグーグル」と言われる「百度」のロビン・リー
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                    ロビン・リーはクリスチャンネーム。なぜ中華世界の若者が、こういう英語名が好きなのか、ともかくリーは世界的な著名人である。本名は李彦宏。49歳。
                    アリババのジャック・馬(馬雲)。テンセントのポニー馬(馬化騰)と並んで中国IT業界の三羽烏。中国人の若者があこがれる大金持ち。三人のいずれもが貧困の零細企業を立ち上げネット革命の波に乗って瞬く間にチャイナドリームを実現した。

                    なかでも注目がロビン・リーこと李彦宏である。山西省陽泉出身で北京大学へ首席合格。ニューヨーク州立大学へ留学し、むろん英語は流暢だが、米国ではウォールストリードジャーナルのソフトエンジニアとして働いた。
                    アメリカ人の同僚は「ところで中国にはコンピュータはあるのかい?」と聞いた。

                    2000年、北京へ帰国して創業。グーグルの中国版を創設し、あたりに当たって、「百度」は2017年度経常利益が170億ドル。李個人の資産は130億ドルとも言われる。株価を時価総額で換算しているから、毎年中国の長者番付は入れ替わるが、ジャック馬、ポニー馬と並んで、ロビン李の三傑はつねにトップファイヴにいる。

                    さて問題はかれらの狙いである。
                    中国共産党が狙うのはビッグデータで国民を監視し、ネットによる支配だ。つまり中国共産党がビッグブラザー、そのためにIT革命の成功者をくわえ込み、共産党に協力させ、つぎにAI革命を先行させて、世界の覇権を握る野心を燃やす。

                    まさにプーチンが言ったように「AIをマスターした者が誰である、世界の支配者になる」のである。

                    すでにソフトの暗号公開を義務づけられ、データの提供が求められ、グーグルなどは中国市場を去った。中国の強引な遣り方に欧米勢はいきり立ったのだ。

                    百度は経常利益の2・3%をR&D(研究開発)に注ぎ込んで次世代のAI開発に余念がない。すでに自動運転自動車の試作品は公開している。


                    ▼買い物の記録も、検索履歴もすべてがビッグブラザーという支配者に握られた
                    アリババで買い物をすれば、忽ちにして個人情報は管理される。ビットコインもすべて記録される。百度の検索エンジンを利用すれば、その検索の傾向、系列など個人データは記録され、権力に掌握される。
                    顔面記憶データは、中国全土どこにでも張り巡らされた監視カメラによって、手配された被疑者は、およそ六、七分で拘束されるシステムがすでに完成した(これはBBCの貴社が実際に試して分かった)。

                    失敗したと見られたバイクシェア、自転車シェアという「ウーバー」類型のビジネスも競合段階をすぎて淘汰が進んだ。

                    数社が倒産した段階で、「いまさら何を?」と業界が首を傾げるのだが、ひょっこりと新参社が現れた。つまり中国共産党系の企業がデータを蓄積するために、倒産企業買収などで一気に市場を制圧しようと目論んでいるのである。

                    こうした観点から中国のAI開発、ビッグデータの開発をみておく必要があり、日本の財界や経済界のようなAI未来楽観論は、平和ぼけの最たるものということである。

                     

                    posted by: samu | 政治認識/中国韓国 | 11:04 | - | - | - | - |
                    日本国憲法の原文は英語 翻訳憲法が導いた東アジアの不安定さ/加瀬英明
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                      過ぎ去った歴史に「もし、そうだったら」(イフ)を問うことは、けつして無益ではないと思う。貴重な教訓を学ぶことができるはずだ。

                      今年は日本国憲法が制定されてから、71年目になる。

                      現行憲法が占領下で強要されたことは、原文が英語であることから、明らかだ。いったい、どこの国の憲法の原文が外国語によって、書かれているものだろうか。

                      異常なことだ。私は日本が独立を回復してから、今日まで後生大事に墨守してきた現行憲法を、「翻訳憲法」と呼んできた。

                      現行憲法はマスコミや日本国民の大多数によって、「平和憲法」と呼ばれて親しまれてきた。

                      だが、世界の歴史が記録されるようになってから、軍事的空白が生まれると、かならず周辺の勢力によって埋められることを、教えている。原文が占領者の国語である英語によって書かれた現行憲法は、日本に非武装を強いたが、アメリカが軍事的空白を埋めてきた。

                      「平和憲法」と呼ぶのは、誤まっている。正しく呼べば、「“アメリカの力による平和”憲法」なのだ。それを、“日本国民の精神がもたらす平和”だと思い込んできたとしたら、何と愚かなことだろうか。

                      新年に当たって、神社や寺を詣でて「家内安全」の護符を貰ったからといって、戸締りをいっさいしなくて、すむわけがない。「息災」は仏の力によって、災害を消滅させることを意味するが、現行憲法の前文と第九条は、一片のお札にしかすぎない。

                      では、これまでの70年を振り返って、「イフ」を問うてみたい。

                      まず、もし、アメリカが71年前に、日本を完全に非武装化した現行憲法を強要するかわりに、第1次大戦に敗れたドイツに強いたベルサイユ条約のように、軍備に制限を加えるのにとどめたとしたら、占領下にあった日本政府が軍備を完全に放棄するという、突飛な発想を持つはずがなかった。

                      1947年5月に日本国憲法が施行されたが、朝鮮戦争がその僅か3年1ヶ月後に勃発したために、アメリカも、マッカーサー元帥も、日本に非武装を強いる憲法を与えるべきでなかったと悔いた。もっとも、占領軍は絶対に正しいことを装っていたから、過ちを認めるはずがなかった。

                      もう一つの「イフ」は、もし、日本がサンフランシスコ講和条約によって独立を回復してから、「マッカーサー憲法」を改正して、イギリスか、フランス並みの軍備を整えていたとしたら、今日のように北朝鮮や、韓国、中国から侮られることが、なかったはずだ。

                      イギリスと、フランスは経済規模を示すGDPで、それぞれ日本の半分しかない。両国は航空母艦と、核ミサイルを搭載した原子力潜水艦を保有している。両国が平和愛好国であることは、いうまでもない。

                      日本がもしイギリス、フランス並みの軍備を整えていたとすれば、北朝鮮が日本列島をミサイルの試射場がわりに使い、中国が傍若無人に尖閣諸島を奪取しようとすることがなかった。

                      日本がアメリカの軍事力にひたすら縋って、“専守防衛”を国是としてきたことが、軍事的空白をつくりだして、今日、東アジアを不安定な状況に陥れている。一日も早く“翻訳憲法”の妖夢から、醒めなければならない。

                      posted by: samu | 歴史認識 | 10:59 | - | - | - | - |