PR
Search
Calendar
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>
New Entries
Category
Archives
Profile
Links
mobile
qrcode
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
渡部昇一さんの至言 「諸国民」とのつきあい方/湯浅博 
0

    葬送の聖歌が流れていた。聖イグナチオ教会の大きな主聖堂の天窓から、幾筋もの春の光が差し込んでくる。それは、敬虔(けいけん)なキリスト教徒である上智大学名誉教授、渡部昇一さんにふさわしい追悼のミサであった。バイオリン奏者の次男、基一さんが奏でるバッハの無伴奏曲が心にしみる。

     出がけに、出版社から届いた遺作『知の湧水』(ワック)を持参していた。参列に向かう電車の中で読んだのは、冒頭の「護憲派に見る知的貧困」の一節である。着物姿の遺影は、いつもの笑みをたたえているが、悲願の憲法改正を見ることなく帰天されたのは心残りだったかもしれない。

     弔辞を述べた元東京都知事の石原慎太郎さんによる「混迷の世界で、あなたを失ったのは痛恨の極み」という呼びかけは、2人に通底する「国を思う心」からであろう。2人は戦勝国の占領政策基本法というべき日本国憲法を、日本人がこのまま護持していてよいのかを世に問うてきた。

     占領下の昭和23年の雑誌「社会思想研究会月報」11月号に、交流のある後の都立大学教授、関嘉彦さんが「戦争放棄」に疑問を提起し、新憲法を自由に議論させるべきであると書いた。早速、占領軍の事前検閲に引っかかり、英語で「削除」と朱で書き込まれたことが占領基本法であることを証明している。

    大学人としての渡部さんは、専門分野の英語学を超えて、戦後の論壇に自由主義の気概を示してきた。世間は彼を「保守の論客」「知の巨人」とたたえた。

     渡部さん自身は、とうにメディアが使う右翼と左翼、保守とリベラルの対立構図を否定し、むしろ「全体主義と自由主義の闘いである」と位置づけていた。東西冷戦期から左の全体主義に傾斜した論壇で、少数派の言論人として孤高の闘いを続けてきたのだ。

     渡部さんは病の床で、安倍晋三首相の憲法改正への意欲を聞いたであろうか。首相は憲法改正に向けた議論の停滞にしびれを切らし、「2020年に新憲法施行」との決意を表明した。自民党内も緊急事態条項の挿入に傾斜し、憲法9条の“本丸”に踏み込もうとしない。この流れを一気に引き戻そうとしたのだろう。

     安倍首相は戦争放棄の9条1項と、戦力と交戦権を否認する2項をそのままに、自衛隊の存在を「3項」として明記する意向を示した。首相の真意は2項削除にあると思われるが、そこを迂回(うかい)して3項の挿入だけにとどめたのは、「実現可能性」を優先したとしか思えない。

     いまとなっては、渡部さんがこの提案をどう思われたかは分からない。安倍提案をベースに、政治家たちが「国を思う心」を持って、どこまで2項に切り込めるかが問われてくるだろう。

    渡部さんは先の安保法制をめぐる騒ぎの際に、「デモのありかたが韓国風になってきた」と感じていた。首相の肖像を侮辱するようなことは60年安保反対闘争にはなかったし、議場内でプラカードを抱えた反対党議員のやり方は韓国国会そっくりだと思う。

    そして、憲法前文がいう「平和を愛する諸国民」を信頼し、「われらの安全と生存を保持しようと決意した」とは何事かと怒る。どこに生存を外国にまかせる国があるのか。隣の諸国民は「敵性の顕(あらわ)な国々」ではないのか。そして彼は、安保法制を否定した憲法学者に「日本の安全保障が日本が占領下にあった時と同じでよいのですか」と繰り返し問いかける。

    渡部さんは前文がいう「諸国民」とのつきあいについて、「君子ノ交リハ淡クシテ水ノ如(ごと)ク」あるべしと推奨している。至言である。聖堂を後にすると、午後の陽光を浴びたサツキの淡いピンクが目にしみた。4月17日、心不全のため死去。享年86。(ゆあさ ひろし)

    posted by: samu | 頑張れ日本 | 09:45 | - | - | - | - |
    スポンサーサイト
    0
      posted by: スポンサードリンク | - | 09:45 | - | - | - | - |