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時代を超えた芸術「海道東征」に愛国の神髄を聴いた/新保祐司
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    ≪日本の戦後精神史上の事件≫

     4月19日の夜、東京で交声曲「海道東征」が高らかに鳴り響いた。日本の戦後の精神史上における一つの転換を告げる事件であった。これは、「海ゆかば」の作曲家・信時潔の評価がその代表作の復活によって正されたということであり、戦後長きにわたって封印されてきたこの曲の真価が広く認められたということである。

     しかし、交声曲「海道東征」の復活を、戦前への回帰とか戦前の日本を良しとする考え方の表れだとかのとらえ方をする向きもあるようなので、ここでこの曲の芸術としての価値について書いておくのも無駄ではあるまい。

     昭和15年、紀元2600年の年に奉祝曲として作られたこの曲は、そのような機会音楽でありながら、それを超えた芸術的な高みに達している。確かにその頃、当時の時代思潮に「便乗」した芸術も多く作られたであろうが、たらいの水と一緒に赤子を流すようなことをしてはならないであろう。戦前のものに対して、そのような愚挙を戦後の日本人はしてきたのである。最近の教育勅語をめぐる騒ぎもそのようなものであろう。

    いつの世にも時代の風潮に「便乗」したものが出てくるもので、戦後には「戦後民主主義」に「便乗」したものが輩出したではないか。今、戦後の「贋の偶像」の凋(ちょうらく)が進んでいるが、一方、保守的な考え方が主流になってくれば、またそれに「便乗」したものが出て来るのは、このところ世間を騒がせている事件をみれば分かる。

     ≪時代を超えて評価された芸術≫

     この曲が発表された当時、どのように聴かれていたか、例を挙げよう。詩人の谷川俊太郎氏は、昭和6年生まれであるが、過日亡くなった大岡信氏が眼の詩人だとすれば、谷川氏は耳の詩人ともいえると思う。その氏が、戦後60年の年に出た「海ゆかばのすべて」というCDに付された解説書に「私の『海ゆかば』」と題した文章を寄稿している。その中で、「子どもの私はそれまでも音楽がきらいではなかったが、音楽にほんとうにこころとからだを揺さぶられたのは、『海ゆかば』が最初だった」と書いている。

    そして、「海道東征」については、「『海ゆかば』をきっかけに私は西洋音楽に目覚めたと言っていい。ベートーベン、バッハ、ショパン、ドボルザーク…自分の感動だけを頼りに、私は次々に好きな曲を発見していったのだが、それらと並んで私が愛聴したのが北原白秋詩・信時潔曲の『海道東征』だ。この八枚組のSPも手元にあるが、ジャケットがぼろぼろになっている」と経験を語っているのは、この曲が音楽として優れたものであることを示している。

     童謡「サッちゃん」の作詩でも知られる作家の阪田寛夫氏は、音楽を深く愛した人であった。平成17年に亡くなったが、大正14年生まれで「海道東征」を生で聴いている。昭和61年に発表した中篇小説「海道東征」の中で、昭和15年11月30日に大阪で初めてこの曲を聴いたときの感動を書いている。

     当日演奏された3曲のうちで「圧巻は二百人以上の合唱のついた『海道東征』だった。第一章『高千穂』の越天楽のような連続音の中から、いきなり心ひろびろと歌いだすバリトン独唱がすばらしかった。言葉がよく聞えて、しかも輝かにひびきわたり、ふしはいい気持でなぞりたくなるほど明るく楽しげだから、『神坐(かみま)しき』とか『み身坐(みま)しき』といった耳なれぬ言葉ごと、いきなりそっくり覚えてしまった」と回想している。そして阪田氏も、谷川氏が持っていた8枚組みのSPレコードを手に入れていた。

    これらは戦前の経験の話だが、平成15年に紀尾井ホールで「海道東征」が演奏されたとき、これを聴いた川本三郎氏は『白秋望景』の中で「予想をはるかに超えた神々しいばかりに美しい曲で、粛然、陶然とした。とくに児童合唱団が歌うところはその美しさに圧倒された」と書いている。このように、ものの本質を聴き取る耳を持った人たちの高い評価を考えれば、この曲が時代状況を超えた芸術であることが知れるであろう。

     ≪似せがたい高い「姿」に倣え≫

     本居宣長に「姿ハ似セガタク、意ハ似セ易シ」という言葉がある。愛国の精神であろうが保守の心であろうが「意」は誰でも「便乗」して言えるのである。似せ易いことである。しかし、北原白秋と信時潔が作った芸術に表現された国を思う心の姿は似せがたいのである。われわれは、この曲を聴いて自分の精神をこの高い「姿」に倣うように努めなければならない。「意」にただ同調してみても仕方がないのである。

    今回のプログラムは、シベリウスの交響詩「フィンランディア」から始まった。当時帝政ロシアの圧政下にあったフィンランドの独立への強い願いが込められた名曲である。私は、信時潔は日本のシベリウスといってもいい存在ではないかと思っているが、この2人の名曲によって、至純なる愛国心の神髄を聴き取ることができた、すばらしい春の一夜であった。(文芸批評家、都留文科大学教授・新保祐司 しんぽ ゆうじ)

     

    posted by: samu | 頑張れ日本 | 10:54 | - | - | - | - |
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