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私案「憲法九条3項」について/門田隆将
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    憲法改正論議が国会で高まってきた。国論を二分する重要な問題だけに、私も関心は大きい。特に、昨年5月3日、安倍首相が憲法九条への“加憲”に言及してから、この論議は一気に具体的な話へと移ってきた感がある。

    昨年来、私も講演等で憲法の話をする際に、実際の憲法九条「3項」の私案を紹介させてもらう機会が多くなっている。

    私は、長い間、憲法改正には「反対」だった。それは、日本が実際の意味での「集団的自衛権」を行使できることになれば、「中国との交戦」が必然になると思うからだ。憲法を改正した上で、日本は、南シナ海で遠くない将来に勃発するであろう「紛争」に顔を突っ込み、あの“核大国”中国と本当に戦争をするのか、という意味である。

    少々、説明が必要だろう。いろいろな見方はあろうが、憲法九条のおかげで、日本は集団的自衛権の発動が禁じられてきた。2015年9月、安全保障関連法が成立した時、「日本は集団的自衛権を獲得した」とマスコミは大批判を展開した。しかし、実際には、これは極めて個別的自衛権に近いものであり、一般的な集団的自衛権とは異なる。

    欧州で、自由主義圏の「北大西洋条約機構(NATO)」と共産圏の「ワルシャワ条約機構(WTO)」がお互い集団的自衛権の行使を武器に、「均衡」という名の平和を長く維持してきたことは周知のとおりだ。

    加盟国のうち一国でも攻撃を受けたら集団で反撃する――寄らば撃つぞ、の気概は集団的自衛権の根本であり、実際に“抑止力”の面で大きな力を発揮してきた。集団的自衛権とは、このことを言う。一方、2015年に安全保障関連法成立で定められた「武力行使新3要件」とは、以下である。

    (1)我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険(筆者注・存立危機事態)があること
    (2)これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
    (3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと。

    安全保障関連法で新たに生み出された「存立危機事態」と、この武力行使の「新3要件」を見れば、NATOにおける集団的自衛権とは「根本的に異なる」ことがわかる。それは、前述のように極めて「個別的自衛権に近いもの」なのである。

    では、具体的に尖閣諸島を守るために動いてくれた米艦が他国に攻撃された場合、どうなるだろうか。アメリカの若者が日本のために血を流しても、肝心の日本が知らぬ顔を決め込めば、その時に日米関係は終わる。それを回避するために、つまり、安全保障の隙間(すきま)を埋めるために上記の規定がつくられ、個別的自衛権に極めて近いかたちでの限定的な集団的自衛権が行使できるようになったのである。

    しかし、問題はその「先」である。日本が憲法改正によって、つまり九条の改正によって真の意味での「集団的自衛権を獲得」すれば、どうなるだろうか。アメリカは、東アジアの安定のために日本の力を重視している。つまり、アメリカは、拡大路線で“覇権国家”への道をひた走る中国に対抗するため、NATOと同じ条約機構を西太平洋に構築したくて仕方がない。

    これを仮にWPTO(西太平洋条約機構West Pacific Ocean Treaty Organization)とでも名づけよう。NATOが集団的自衛権の「抑止力」により、3度目の世界大戦勃発を長く防いできたように、仮称「WPTO」によって、中国の「膨張を防ぐ」というものだ。

    中国が1992年2月、領海法を制定発布し、悪名高い“中国の赤い舌”と呼ばれる九段線を東シナ海、南シナ海に引いてから、東アジアは「悪夢の時代」へと突入した。

    日本国固有の領土である尖閣諸島をはじめ、フィリピンからわずか230キロしか離れておらず、同国のEEZ(排他的経済水域)内にあるスカボロー礁や、ベトナム・マレーシア・フィリピンが領有を主張するスプラトリー諸島に至るまで、中国は勝手に「自国の領土である」と国境線を引いたのである。

    そして、それらの岩礁を強引に埋め立て、基地建設を進めている。周辺国がすでに“我慢の限界”に達していることは言うまでもない。

    スカボロー礁で、中国と、米軍の支援を受けたフィリピンとの紛争が生じたら、憲法九条改正後の日本は一体、どうするのか。本来は、国際秩序を守るために中国と対峙し、堂々と米軍と共にフィリピンを助けなくてはならないだろう。しかし、それは、中国との「戦争勃発」を意味する。

    日本は、フィリピンや台湾、ベトナムを見捨てるのか。それは、国際的にも、そして、国内的にも大きな議論となるだろう。しかし、焦土の中から戦後日本がスタートした歴史を考えれば、国民は、憲法九条が変わるとしても、「集団的自衛権」を獲得しないかたちでの改正を選択するのではないかと私は想像する。

    2月5日、自民党の石破茂元幹事長は大阪市で講演し、憲法九条改正で2項を維持して、自衛隊の根拠規定を明記する安倍晋三首相の案について「受けがいいかもしれないが、私はそれがあるべき姿とは思わない」と持論を展開している。

    時事通信の報道によれば、石破氏はこのとき、「集団的自衛権が認められないから、領土・領空・領海を米国に好きに使わせるのはあるべき独立国の姿ではない」と指摘し、「わが国の独立した体制とは何であるか問うていかねばならない」と語ったという。

    私は、逆に石破氏に聞きたい。ならば、集団的自衛権を完全に獲得・行使するために「2項」を削除し、「中国と戦争をしますか」と。私は、石破氏の論に賛成する国民は「少数である」と思量する。憲法九条の「1、2項」はやはり維持すべきだと私は思う。なぜなら、これは「侵略戦争」に対する規定と解すべきものだからだ。

    「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
    「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」

    この憲法九条の1、2項を「侵略戦争」に対する規定と見なさなければ、日本国民は自分たちの命を守る(自衛する)ことも許されず、いずれかの国が攻めてきた場合、抵抗もできないまま殺されるしかない。そんな国家があるはずもないし、解釈も許されるはずがない。さらに言えば、これでは自衛隊も「違憲」の存在でしかないのである。

    自国を守るための戦争以外は絶対に行わない。「ただし、自衛隊によって、日本は自衛権を有し、国の独立は永遠に守り抜く」――そのことを九条に書き加え、自衛隊を完全に「合憲」とする。そのための九条「3項」は以下のとおりだ。

    「ただし、日本国民の生命・財産および国土を守るために、自衛力の保有は妨げられない。自衛隊によって、わが国に対するいかなる国の侵略も干渉も許さず、日本は永遠に独立を保持することを宣言する」

    前記1、2項にこの3項を続けて読んでいただきたく思う。1、2項で、「侵略戦争」と「集団的自衛権」を否定し、3項で、国民の生命・財産および国土を守るために日本が「自衛権」と「自衛隊」を有していることを明記し、さらには、日本へのいかなる国の「侵略」も「干渉」も許さず、日本が永遠に独立を保持することを宣言するのである。

    実質的な集団的自衛権を否定したままであることに、反対の人は多いと思う。しかし、私は、少なくとも、石破氏の言う「2項」を削除した上での改正案が、国民投票で「50パーセント以上」の支持を得られるとは、とても考えられない。

    昨年来、私は講演等で、このシンプルな3項案をことあるごとに話している。国民が考える際の“たたき台”のひとつとして考えていただきたく思う。憲法の条項とは、誤解さえ生じないものであれば、シンプルなものがいい。

    石破氏が唱えるような「2項削除」による改正ではなく、日本が「侵略戦争」と「集団的自衛権」を否定した上で、「自衛権」と「自衛隊」を有し、いかなる国からの「侵略」も「干渉」も許さないことを明確にすれば、それで十分だと思う。広く、ご批判、ご感想をいただきたく思う。

    posted by: samu | 頑張れ日本 | 09:36 | - | - | - | - |
    日本人の魂を揺さぶる「海道東征」と「海ゆかば」の公演/西村眞悟
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      日本人が日本人である限り、楠正成は忘れられることなく甦り続ける。
      特に、国家に危機が迫るとき、
      日本人は、幕末でも、日清日露戦役でも、大東亜戦争においても、
      楠正成を思い、正成のように天皇と国家の為に力を尽くそうと奮い立ってきた。
      楠正成の本拠地である千早赤坂の金剛山を東方に眺める大阪和泉の信太山に駐屯する
      戦前は陸軍歩兵第三十七連隊、現在は陸上自衛隊第三十七普通科連隊のマークは、
      戦前戦後一貫して楠正成の旗印の、「菊水」である。
      では、一三三六年、湊川で朝敵の汚名を着せられて戦死した楠正成のことを、
      我が国の一般庶民までが忠臣として知るようになり、
      危機において日本人が楠正成を思って奮い立つようになったのは
      何時からで、その切っ掛けは何であろうか。
      私は、それを、
      正成討ち死にから三百五十六年を経た元禄五年(一六九二年)、
      水戸の徳川光圀によって正成戦死の地である湊川に
      「嗚呼忠臣楠子之墓」
      という石碑が建てられたこと、即ち、湊川建碑、であろうか、と思う。
      ここから、正成は弟とともに死に臨んで七生報國と念じたとおり甦り始めた。
      この建碑から十年後に
      大石内蔵助ら赤穂浪士が足利の本家筋の吉良上野介の首を討ち取ったとき、
      庶民は次のように謳った。
      楠のいま大石となりにけりなほも朽ちせぬ忠孝をなす
      つまり人々は、楠正成が大石内蔵助となって甦り足利を討ち取って
      主君に対する忠孝をなしたと思ったのだ。
      これは、楠正成の忠孝の思いと生涯が、既に庶民に至る迄知られていたことを示している。
      西国街道沿いに建てられた一つの石碑が、
      建てた徳川光圀の思いを遙かに超えて、我が国の歴史を創造する日本人の
      「国民精神」・「士魂」を育む大きな切っ掛けとなったといえる。

      では、戦後体制から脱却し、
      本来の日本を取り戻して、
      迫りつつある国難を克服しなければならない現在、
      これからの我が国の歴史を切り開く「湊川建碑」の如き切っ掛けは何であろうか。
      その時は気付かなくとも、
      後に振り返れば発火点であったと思えるものは何であろうか。
      私は、それを、産経新聞による
      交聲曲「海道東征」と「海ゆかば」
      の復活であろうかと思っている。

      二月二日午後六時半から、大阪ザ・シンフォニーホールで、
      産経新聞が主催して交聲曲「海道東征」が公演された。
      管弦楽は、 大阪フィルハーモニー交響楽団
      合唱は、 大阪フィルハーモニー合唱団
      児童合唱は、 大阪すみよし少年少女合唱団
      そしてソロは、テノールとバリトン、ソプラノとアルト

      交聲曲「海道東征」は、
      カムヤマトイワレヒコ(神倭磐余彦命)が天孫降臨以来の悲願である
      国土統一を宣言して兄弟達と共に日向国から東征へと船出し、
      度重なる苦難のなかで三人の兄を失いながら、
      八咫烏に先導されて遂に大和盆地に至り、
      橿原の地を宮と定めて神武天皇に即位するまでの物語を、
      神武天皇の即位から二千六百年の節目となる皇紀二六〇〇年(昭和十五年)を期して、
      晩年の北原白秋が作詞し、
      その詩の荘厳さに感動した信時潔が雄渾な交聲曲として作曲し、
      同年十一月二十一日に、東京音楽学校奏楽堂で初披露され、
      次に日比谷公会堂で演奏され、全国にラジオ中継され大きな感動を与えた。
      その曲目は次の通り、
      勇壮な神武東征の全八章の物語で、
      男独聲もしくは女独聲と続く合唱で組み立てられている。
      第一章「高千穂」、第二章「大和思慕」、
      第三章「御船出」、第四章「御船謡」
      第五章「速吸うと菟狭」、第六章「海道回顧」、
      第七章「白肩の津上陸」、第八章「天業恢弘」

      しかし、
      戦後は敗戦による被占領状態のなかで、
      占領軍の意向によって我が国の神話を教えることが禁じられ、
      「海道東征」の公演も出来なくなり、そして忘れられた。
      しかし、産経新聞は、
      その紙面において、我が国の「神話」の連載を始め、
      次に「戦後71年 楠木正成考 『公』を忘れた日本人へ」を連載する(現在継続中)。そして、遂に戦後七十年を経た三年前の暮れ、
      産経新聞は、大阪ザ・シンフォニーホールにおいて
      戦後始めて交聲曲「海道東征」を公演した。
      この公演では、「海道東征」の次に、
      同じく信時潔作曲の「海ゆかば」が歌われた。
      その歌は、とうてい一度で済むはずがない。
      最後は、ザ・シンフォニーホールに集う全聴衆が立ち上がって
      オーケストラと合唱団とともに「海ゆかば」を歌ったのだ。
      海ゆかば 水漬く屍
      山行かば 草生す屍
      大君の 辺にこそ死なめ
      かへりみはせじ
      皆、涙を流して歌っていた。
      この時、信時潔の「海道東征」と「海ゆかば」の旋律が魂を揺さぶって、
      我が国の「国民精神」と「士魂」の甦りを促しているのを全身で感じた。

      そして、産経新聞は、昨年も本年二月二日も、
      「海道東征」と「海ゆかば」の公演を主催したのである。
      よって、
      元禄五年の徳川光圀の湊川建碑が後世に及ぼした同じ偉大な精神と魂への作用を
      平成の御代の最後に、
      産経新聞の「海道東征」と「海ゆかば」の公演が果たすと実感する。

      posted by: samu | 頑張れ日本 | 16:31 | - | - | - | - |
      日本の歴史を世界に誇ろう/宮崎正弘
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        日本史の見直しが始まって久しいが、暗い「封建時代」とか、鎖国による「近代化の遅れ」とか、「支配階級の搾取」とか、後ろ向きで、古めかしい死語がまだ歴史学界の一部に通用している。
        明治以降、欧米崇拝の波は国学を後景に押しやり、儒学は捨てられ、国を挙げての西洋礼賛となった。鹿鳴館ボケとも言われた。
        ところがよく考えると欧州はせいぜい十世紀に文明らしきものを築いて、人種的には無縁のギリシア・ローマを祖先に借用することで歴史の古さを語ろうとした。
        米国も歴史が浅いため欧州史を援用し、はては恐竜時代を北米大陸史の嚆矢とした。
        近年、この西洋中心史観の間違いが指摘され、アジアの文明が世界史を領導した真実が多くの場面で語られる。

        この流れから取り残されているのが日本の歴史学だ。マルクス主義歴史観の学閥が形成され、ボスが君臨し、その学閥の解釈を克服できず、本当のことが言えない空気があるらしい。
        それでも多くの人が素朴な疑問に気がつき始めた。
        仁?天皇陵はピラミッドより大きい。
        パンテオン宮殿より伊勢神宮、出雲大社の規模は遙かに大きい。
        十七条憲法はマグナカルタより六世紀も早い時期に成立している。
        東大寺の大仏開眼は当時の万博だった。
        遣隋使・遣唐使の廃止はもはや唐から学ぶことがなかった事実の証明である。
        源氏物語はシェイクスピアより五世紀もはやく世界最古の恋愛物語だ。
        仏像は世界一流の宗教芸術であり、江戸時代の浮世絵はゴッホら西洋の画家に衝撃的影響をあたえた。
        日本の仏教は鎌倉で頂点を迎え、衰退はしたものの国民の信仰は変わらない。欧米を席巻したキリスト教は日本でもいまも1%以下である。
        日本の城は都市設計の観点ばかりか建築技術でも世界一の美しさを誇る。
        これだけでも日本の歴史は世界に誇れることが明白だが、近年の考古学はさらに鮮やかに戦後左翼の歴史観の迷妄を打ち砕いた。
        すなわち日本の縄文時代は一万五千年前後まで遡ることが可能である。たとえば青森県の三内丸山縄文遺跡から出た遺骨は外傷なく、すくなくとも千年、平和が続いたことを物語る。弥生時代になって例えば吉野ヶ里遺跡が語るように戦争があり備えが強化された。
        黄河、ナイル、インダス、チグリス・ユーフラテス河が世界の四大文明という基礎知識も揚子江文明の遺跡が次々と発見されて怪しくなったばかりか、日本の縄文時代は中華文明とは別個の、独自の文明圏の形成がなされていた史実が明らかになった。
        かくしてGHQの「太平洋戦争」「東京裁判」史観で洗脳されてきた日本人が歴史の真実に本格的に目覚めるべき時が来た。明治百五十年はそういう年であってほしい。

        (この文章は『北国新聞』コラム「北風抄」、1月22日付けの再録です

        posted by: samu | 頑張れ日本 | 14:18 | - | - | - | - |
        我が国の抑止力は歴史と自衛隊にあり/西村眞悟
        0

          先の本通信において、
          産経新聞(平成30年1月23日朝刊)が報道した
          元海将の伊藤俊幸氏が、三重「正論」懇話会で自衛隊について述べたことに触れた。
          その記事で私が注目したのは、同氏の次の発言だ。
          「自衛隊については
          『平成15年成立の武力攻撃事態対処法で防衛出動が可能になっており、
          すでに専守防衛ではない』と述べた。
          北朝鮮や強引な海洋進出を続ける中国に対し、
          常に抑止力を働かせているとして、
          『日本の防衛は米国に守ってもらっているとよく言われるが、大きな間違いだ』
          と強調した。」
          即ち、伊藤元海将は、

          自衛隊は、常に抑止力を働かせ、我が国を防衛している、

          と言ったのだ。
          この潜水艦の艦長を経験した伊藤元海将の発言を知り、
          我が世界最強の潜水艦の艦長として、
          現実に我が国を海に潜航して中共から守ってきた武人としての自信と誇りを感じ、
          畏敬の念をもつとともに、
          多くの国民は、
          この自衛隊の現実に日本を守る日々の努力に思い至らず、
          漫然と日本はアメリカに守ってもらっていると思っていることに戦後の悲哀を感じた。
          さらに、この悲哀と同時に、
          自衛隊に守られているにも拘わらず、
          自衛隊を危険視することで国民の共感を獲得しようとする議員と左翼集団に
          憤りを感じる。

          そこで、本稿では、抑止力と歴史について記したい。
          歴史について記すのは、戦後の我が国の抑止力は特に歴史に淵源しているからだ。

          抑止力とは、
          相手に対して、攻撃してくれば、
          軍事的な対応によって損害を与える姿勢を示し、
          相手に攻撃を思い止まらせる軍事力であり、
          抑止する側に、その軍事力を行使する意思と能力があることを
          相手に正確に認識されていることを要件とする。
          その抑止には、
          相手に耐えがたい打撃を与える威嚇により攻撃を断念させる懲罰的抑止と
          相手の目的達成可能性計算に働きかけて攻撃を断念させる拒否的抑止がある。
          また、抑止手段には、
          核による抑止(核抑止)と通常兵器による抑止(通常抑止)がある。
          我が国は、単独では核による抑止力は持たず通常抑止力だけを有している。

          では、この抑止力に関して、
          現在の我が国の弱点は何か。
          それは、「軍事力を行使する意思」があるのか否か、である。
          つまり、「憲法九条」である。
          そこで、「憲法九条」によって我が国に軍事力行使の意思がないとするならば、
          「憲法九条」は我が国から抑止力を奪っていることになり、
          相手はためらうことなく我が国を攻撃できる。
          即ち、「憲法九条」こそ、我が国に戦争を呼び込む条項である。

          そこで、相手、つまり、中共やロシアや朝鮮、は、
          我が国が、「憲法九条」の文言通り、
          一切、軍事力を行使しないと見ているのか?!
          私は、相手もアホではない、
          そのようには見ていない、
          日本人は軍事力を行使する、
          と判断している。
          そして、その理由を、
          我が国の歴史と自衛隊の実績に求める。

          つまり、
          我が国の歴史を見れば、
          我が国は何かの切っ掛けで、断固とした軍事行動に出る、
          と相手は判断せざるを得ない。
          我が国では、その歴史を教えないが、
          相手(中露朝鮮)は、
          我が国の歴史を常に見て、骨身にしみて日本人を知っている。
          その歴史は、明治から昭和までの
          日清日露戦役から満州事変、日華事変そして大東亜戦争だ。
          これらの時に、日本人は、
          我慢に我慢を重ね、遂に打って出る。
          一旦、打って出たらトコトンやる。
          映画昭和残俠伝の高倉健さんは、その日本人の姿を体現している俳優だ。
          この我が国の歴史が、
          我が国の抑止力である!
          従って、戦後日本人が平和ぼけでも、
          我が国に抑止力があった。
          そして、相手も、このことを知っているので、
          総理大臣が我が国に命を捧げた英霊を祀る靖国神社に参拝するのを非難するのだ。

          さらに、我が国に
          「軍事力を行使する意思」=「抑止力」を付与しているのは、
          自衛隊の実績である。
          その最も象徴的な実績は、世界が見ていた。
          2011年(平成二十三年)3月11日の東日本大震災と巨大津波の
          被災地における十万数千の自衛隊員の連日連夜・不眠不休の救助救援活動と
          3月17日午前9時40分から10時までの間に
          上部が爆発で吹っ飛んだ福島第一原子力発電所原子炉建屋の真上にホバリングして
          約三〇トンの水を原子炉に撒いた
          陸上自衛隊の二機の巨大ヘリCH47チヌークの同時刻に世界に流れた映像である。
          その放水作戦の直後、
          アメリカのオバマ大統領が総理大臣の菅直人に電話で言った。
          「テレビで見てたよ、素晴らしい」
          そして、アメリカ軍が本気モードに入っていった。
          この放水作戦を第一ヘリコプター団の金丸章彦団長に命令した
          中央即応集団の宮島俊信司令官は、
          本気モードに入ったアメリカ軍を見て言った。
          「自分の国を命がけで守ろうとする姿勢に、彼らは感動し、
          それまで以上に支援を約束してきた。
          明らかにスイッチが入った。軍人とはそういうものですよ」
          以上、「ドキュメント自衛隊と東日本大震災」、瀧野隆浩著、ポプラ社、より。
          この放水作戦の前には、
          あるアメリカ軍将官が、人の命をなんとも思わないような作戦はするべきではないと、
          自衛隊に言っていたという。
          また、現実に放水を実施した第一ヘリコプター団の
          金丸章彦団長とともにいた自衛隊将校は、
          中共軍の将校が、放水作戦を見て次のように言ったと報告してくれた。
          「日本人は昔と少しも変わっていない。
          簡単に命をかけてくる。
          もし、日本に対して核弾頭ミサイルの発射準備をすれば、
          日本人は確実に飛行機に爆弾を満載して
          ミサイルに突っ込んでくるだろう」

          仮に上部が爆発で吹き飛んだチェルノブイリの原子炉の真上に
          ロシア軍のヘリがホバリングして水を撒く映像が世界に流れれば、
          世界中が驚いたはずだ。
          陸上自衛隊は、まさに、それを行い、
          福島第一原発の真上のCH47は世界を驚かせた。
          そして、市場速報を映すモニターで東京市場の株価が下げ止まった。

          さて、先の通信では、
          現在の久しぶりの寒波以上の悪天候のなかで苦闘した
          明治三十五年一月の青森と弘前の八甲田山雪中行軍隊のことを書いた。
          本稿では、
          明治三十八年一月の乃木第三軍のことを書いておきたい。
          私には、例年寒くなれば、時々日露戦争の乃木軍のことを思い、
          これよりもっと寒い中で戦い続けていたのだと追想する癖がある。
          百十三年前の一月一日午後四時三十分頃、
          旅順要塞のロシア軍は、
          乃木第三軍の前哨へ司令官ステッセルの軍使を派遣して降伏を申し入れた。
          乃木第三軍は、
          旅順攻撃に十三万人の兵員を投入し五万九千の死傷者を出していたが、
          満州軍総司令部は、一刻も早く北進するように第三軍に促していた。
          それ故、第三軍は、
          一月十三日に旅順に入城し、十四日に慰霊祭を挙行し、十五日に北進を開始する。
          その慰霊祭は、
          水帥営北方の旅順を眺める高地に
          「第三軍将士戦死病没者之霊位」と
          乃木希典軍司令官が墨書した木柱を立てて行われた。
          そして、十四日、
          雪の舞う中で祭文を乃木軍司令官が朗読した。
          朗読が進むにつれて整列する将兵の間から嗚咽が漏れていたという。

          乃木希典ら、・・・我が第三軍殉難将卒諸士の霊を祭る。
          嗚呼、諸士と、
          この栄光を分かたんとして幽明あい隔だつ、
          ・・・悲しいかな。
          地を清め、壇を設けて、諸士の英魂を招く。
          こい願わくば、魂や、彷彿として来たり、饗けよ・・・

          そして、翌十四日、第三軍将兵は、
          一万七千の戦死者をだす奉天大会戦において、
          最も過酷な日本軍左翼の戦闘に参加するために北上を開始する。
          旅順が陥落しなければ日本は滅ぼされた。
          次の奉天で負ければ、我々は日本人として生まれなかった。
          明治百五十年の間で、
          旅順要塞を攻めた乃木希典率いる第三軍将兵が
          我が国の興廃を背負うという最も過酷な任務を引き受け続けたのだ。
          まさしく、英霊!

          posted by: samu | 頑張れ日本 | 14:48 | - | - | - | - |
          第百九十六回国会における安倍内閣総理大臣施政方針演説
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            一 はじめに

             百五十年前、明治という時代が始まったその瞬間を、山川健次郎は、政府軍と戦う白虎隊の一員として、迎えました。
             しかし、明治政府は、国の未来のために、彼の能力を活かし、活躍のチャンスを開きました。
             「国の力は、人に在り。」
             東京帝国大学の総長に登用された山川は、学生寮をつくるなど、貧しい家庭の若者たちに学問の道を開くことに力を入れました。女性の教育も重視し、日本人初の女性博士の誕生を後押ししました。
             身分、生まれ、貧富の差にかかわらず、チャンスが与えられる。明治という新しい時代が育てた数多(あまた)の人材が、技術優位の欧米諸国が迫る「国難」とも呼ぶべき危機の中で、我が国が急速に近代化を遂げる原動力となりました。
             今また、日本は、少子高齢化という「国難」とも呼ぶべき危機に直面しています。
             この壁も、必ずや乗り越えることができる。明治の先人たちに倣って、もう一度、あらゆる日本人にチャンスを創ることで、少子高齢化もきっと克服できる。今こそ、新たな国創りの時です。
             女性も男性も、お年寄りも若者も、障害や難病のある方も、全ての日本人がその可能性を存分に開花できる、新しい時代を、皆さん、共に、切り拓いていこうではありませんか。

            二 働き方改革

             「働き方改革」を断行いたします。
             子育て、介護など、様々な事情を抱える皆さんが、意欲を持って働くことができる。誰もがその能力を発揮できる、柔軟な労働制度へと抜本的に改革します。戦後の労働基準法制定以来、七十年ぶりの大改革であります。
             長年議論だけが繰り返されてきた「同一労働同一賃金」。いよいよ実現の時が来ました。雇用形態による不合理な待遇差を禁止し、「非正規」という言葉を、この国から一掃してまいります。
             所得税の基礎控除を拡大する一方、サラリーマンなど特定のライフスタイルに限定した控除制度を見直すことで、働き方に左右されない税制へと改革します。
             我が国に染みついた長時間労働の慣行を打ち破ります。史上初めて、労働界、経済界の合意の下に、三六協定でも超えてはならない、罰則付きの時間外労働の限度を設けます。専門性の高い仕事では、時間によらず成果で評価する制度を選択できるようにします。
             「新たな働き方を開発すれば、大手に負けない戦い方ができる。」
             若いベンチャー経営者が私に語ってくれました。テレワークや週三日勤務を積極的に導入することで、家庭の事情で大企業を辞めた優秀な人材を集めることに成功しています。
             働き方改革は、社会政策にとどまるものではありません。成長戦略そのものであります。ワーク・ライフ・バランスを確保することで、誰もが生きがいを感じて、その能力を思う存分発揮すれば、少子高齢化も克服できるはずです。
             新しい時代を切り拓く「働き方改革」を、皆さん、共に、実現しようではありませんか。

            三 人づくり革命

            (全世代型社会保障)
             少子高齢化を克服するために、我が国の社会保障制度の改革を力強く進めていかなければなりません。
             来年十月に引き上げる予定の消費税財源を活用し、お年寄りも若者も安心できる「全世代型」の社会保障制度へと、大きく転換してまいります。同時に財政健全化も確実に実現します。この夏までに、プライマリーバランス黒字化の達成時期と、その裏付けとなる具体的な計画をお示しいたします。
             現役世代が抱える、介護や子育ての不安を、解消します。
             二〇二〇年代初頭までに、五十万人分の介護の受け皿を整備します。四月から介護報酬を引き上げ、ロボットなどを活用して、現場で働く皆さんの負担軽減、労働環境の改善に取り組みます。
             介護人材の確保に向けて、処遇改善を進めます。既に、自公政権で月額四万七千円の改善を行いましたが、来年秋からは、リーダー級の職員の皆さんを対象に、更に、八万円相当の給与増を行えるような処遇改善を実現することで、他産業との賃金格差をなくしてまいります。
             保育施設についても、この五年間で、政権交代前の二・五倍以上のペースで、当初の目標を上回る五十九万人分の受け皿を整備してまいりました。こうした中で、子育て世代の女性の就業率は、五ポイント上昇し、過去最高となりました。今や、二十五歳以上の全ての世代で、米国よりも高くなっています。
             女性活躍の旗を高く掲げ、引き続き、待機児童の解消に全力で取り組みます。補正予算の活用に加え、経済界の拠出金負担を引き上げ、「子育て安心プラン」を前倒しします。待機児童対策の主体である市区町村への支援を都道府県が中心となって強化します。二〇二〇年度までに三十二万人分の受け皿整備を目指し、来年度十万人分以上を整備いたします。
             これまで、自公政権で、保育士の皆さんの処遇を月額三万円相当改善し、更に経験に応じて四万円の加算を行ってまいりました。これに加えて、今年度、月額三千円の処遇改善を実施します。来年も更に三千円引き上げ、他産業との賃金格差を埋めることで保育士の確保に全力で取り組みます。

            (教育の無償化)
             これまで段階的に進めてきた幼児教育の無償化を、二〇二〇年度を目指し、一気に進めます。お約束した、幼稚園、保育園、認定こども園に加え、無償化の対象について、現場や関係者の皆様の声を踏まえ、この夏までに結論を出してまいります。
             格差の固定化は、決してあってはならない。貧困の連鎖を断ち切らなければなりません。
             生活保護世帯の子どもたちへの支援を拡充します。公平性の観点から給付額を見直す一方、食事など生活習慣の改善、放課後の補習など、子どもたちへのきめ細かな支援を充実します。大学に進学する際には、住宅への扶助について、現行制度を改め、給付水準を維持するとともに、新生活に必要な費用を援助する新しい制度を創設します。
             本年より、児童扶養手当の所得制限を引き上げ、五十万を超える世帯で支給額を増やします。さらに、来年からは、支払回数を年三回から六回に増やすことにより、ひとり親家庭の生活の安定を図ってまいります。
             児童養護施設で育った若者が、先日、自分の夢を、私に語ってくれました。
             「自動車の完全自動運転を実現させたい。」
             彼は、この春、学費免除と給付型の奨学金を得ることで、青山学院大学理工学部への進学が叶(かな)いました。
             「春からは、初めての土地で頼る者もいない不安はありますが、皆様に頂いたチャンスを活かし、自分の夢に向かって全力を尽くします。」
             子どもたちの誰もが、夢に向かって頑張ることができる。これが当たり前となる社会を創ることは、私たち大人の責任であります。
             どんなに貧しい家庭に育った子どもたちでも、高校、高専にも、専修学校、大学にも進学できるチャンスを確保します。二〇二〇年度までに、公立高校だけでなく、私立高校についても、現行の加算額を大きく引き上げることで、実質的な無償化を実現します。
             来年度から、新たに一万七千人の大学生の授業料を減免します。昨年からスタートした給付型奨学金についても、この春から、新たに二万 人の子どもたちに支給します。
             その支給額を、再来年四月からは、学生生活を送るために必要な生活費が賄えるよう、大幅に増やすとともに、住民税非課税世帯の意欲ある全ての子どもたちに支給します。授業料の減免措置も思い切って拡充いたします。これに準じる経済的に厳しい家庭の子どもたちにも、しっかりと必要な支援を行います。これらの施策を通じて、真に必要な子どもたちの高等教育無償化を実現します。
             大学の在り方も、また、変わらなければなりません。社会のニーズにしっかりと応えられる人材を育成できるよう、学問追究のみならず人づくりにも意欲を燃やす大学に限って、無償化の対象といたします。
             これらの高等教育無償化に向けた詳細な制度設計について、夏までに結論を出してまいります。

            (多様な学び)
             この春から、道徳が、全ての小学校で正式な教科となります。公共の精神や豊かな人間性を培い、子どもたち一人ひとりの個性を大切にする教育再生を進めてまいります。
             フリースクールの子どもたちへの支援を引き続き行います。いじめや発達障害など様々な事情で不登校となっている子どもたちが、自信を持って学んでいけるよう、環境を整えていきます。
             若い頃、何らかの事情で学校に通えなかった皆さんには、夜間中学での学びの場を提供してまいります。
             若宮正子(まさこ)さんは、八十歳を過ぎてから、コンピュータを学び、ゲームを開発。世界中から注目を集めました。
             「人生百年時代、学齢期の教育だけでは不十分です。」
             若宮さんはこう述べました。いくつになっても、誰にでも、学び直しと新たなチャレンジの機会を確保する。雇用保険制度も活用し、リカレント教育の抜本的な拡充を図ります。
             人生百年時代を見据えて、教育の無償化、リカレント教育の充実など、経済社会の在り方を大胆に改革していく。あらゆる人にチャンスがあふれる一億総活躍社会に向けて、人づくり革命を、皆さん、共に、進めていこうではありませんか。

            四 生産性革命

            (中小・小規模事業者の生産性向上)
             五年間のアベノミクスにより、日本経済は、足元で、二十八年ぶりとなる、7四半期連続プラス成長。四年連続の賃上げにより、民需主導の力強い経済成長が実現し、デフレ脱却への道筋を確実に進んでいます。本年、就職を希望する大学生の九割近くが、既に内定をもらって新年を迎えることができました。過去最高の内定率です。正社員の有効求人倍率も一倍を超え、正社員への転換が加速しています。
             他方、中小・小規模事業者の皆さんは、深刻な人手不足に直面しています。キャリアアップ助成金を拡充して、人手確保を支援することと併せ、生産性向上に向けた攻めの投資を力強く支援します。
             三年間で百万者のIT導入を支援します。自治体の判断により、固定資産税をゼロにする新たな制度をスタートします。積極的に取り組む自治体では、ものづくり補助金や持続化補助金による支援を重点的に実施します。
             下請取引の適正化に向け、製造業や小売・流通などの分野で、業界毎(ごと)の自主行動計画の策定を進めます。六万社を対象に改善状況の調査を行い、厳格な運用を確保することで、取引条件の改善に努めてまいります。
             経営者の高齢化が進む中で、事業承継税制を抜本的に拡充し、相続税を全額猶予といたします。併せて、中小・小規模事業者の特許料を半減し、オンリーワンの技術やノウハウを守り、次世代に引き継いでいきます。
             中小・小規模事業者の生産性向上を進めることで、賃金上昇、景気回復の波を、全国津々浦々へと広げてまいります。

            (政策の総動員)
             明治時代、豊田(とよだ)佐吉は、織機を作る小さな会社を立ち上げました。
             「研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし」
             愛知に生まれた小規模事業者は、その後、織機の自動化への挑戦、自動車の開発、次々と最先端のイノベーションにチャレンジすることで、世界に冠たる大企業へと成長しました。
             IoT、ロボット、人工知能。今、世界中で「Society 5.0」に向かって、新たなイノベーションが次々と生まれています。この「生産性革命」への流れを先取りすることなくして、日本経済の未来はありません。二〇二〇年を大きな目標に、あらゆる政策手段を総動員してまいります。
             三%以上の賃上げを行い、積極的に投資を行う企業には、法人税負担を二十五%まで引き下げ、世界で十分に戦える環境を整えます。他方、収益が拡大しているにもかかわらず、投資に消極的な企業には、研究開発減税など、優遇税制の適用を停止します。
             生産性革命に向けた新法を制定します。規制のサンドボックス制度を創設し、既存の規制にとらわれることなく、企業が革新的なサービスやビジネスモデルにチャレンジできる環境を整えます。革新的なイノベーションに挑戦する企業には、思い切って、法人税負担を二十%まで軽減します。
             コーポレートガバナンス改革も行い、生産性革命に向けた果断な経営判断を後押ししてまいります。
             イノベーションの拠点となる大学の改革を進めます。経営と研究の分離によるガバナンス改革を支援します。民間資金を積極的に取り込む大学に支援を重点化し、政策資源を若手研究者へと大きくシフトします。統合的かつ具体的なイノベーション戦略を夏までに策定し、速やかに実行に移してまいります。

            (行政の生産性向上)
             行政も、また、生産性向上に向けて努力を進めていかなければなりません。
             社会保障などに係る申請手続を大胆に簡素化し、法人の設立登記は、オンラインで二十四時間以内に完了するようにします。あらゆる電子申請において添付書類ゼロを実現します。公文書管理の透明性を高めながら、行政事業レビューを徹底的に実施し、行政改革を不断に進めてまいります。
             PFI法を改正し、運営の自由度を更に高めることで、民間のノウハウや資金を活用した、公共インフラの充実、サービスの向上につなげます。
             新たなイノベーションを生み出す、規制・制度改革を大胆に進めます。ビッグデータ時代に対応し、行政が保有する様々なデータから新たな付加価値を生み出すため、公開、民間開放を原則とします。通信と放送が融合する中で、国民の共有財産である電波の有効利用に向けて、大胆な改革を進めてまいります。

             

            五 地方創生

            (農林水産新時代)
             戦後以来の林業改革に挑戦します。豊富な森林資源を有する我が国の林業には、大きな成長の可能性があります。
             森林バンクを創設します。意欲と能力のある経営者に森林を集約し、大規模化を進めます。その他の森林も、市町村が管理を行うことで、国土を保全し、美しい山々を次世代に引き渡してまいります。
             我が国を取り巻く広大な海にも、豊かな恵みがあります。漁獲量による資源管理を導入し、漁業者による生産性向上への創意工夫を活かします。養殖業へ新規参入が容易となるよう、海面の利用制度の改革を行います。水産業改革に向けた工程表を策定し、速やかに実行に移してまいります。
             全ての食品事業者に、国際的なスタンダードに基づく衛生管理を義務付け、おいしい日本の農水産物の世界展開を力強く後押しします。
             攻めの農政によって、農林水産物の輸出は、五年連続で過去最高を更新するペースです。生産農業所得は直近で三兆八千億円となり、過去十八年で最も高い水準となっています。四十代以下の若手新規就農者は、統計開始以来、初めて三年連続で二万人を超えました。
             農林水産業全般にわたって改革を力強く進めることで、若者が、夢や希望を持てる、農業、林業、そして水産業を、「農林水産新時代」を、皆さん、共に、築いていこうではありませんか。

            (地方大学の振興)
             ナスの生産性で日本一を誇る高知県。ナス農家では、新たな農法を実現することで生産性を二割向上しました。
             これを可能としたのは、県と高知大学が長年取り組んできた、湿度やCO2などを厳密に管理する技術です。オランダと協力し、世界レベルの園芸農業研究を行う高知大学には、フィリピンやケニアなど世界中から学生が集まり、日本人学生の九割は県外からやってきます。
             地方への若者の流れを生み出す。先端科学、観光、農業など特定の分野で世界レベルの研究を行う、キラリと光る地方大学づくりを、新たな交付金により応援します。学びの場としても、そして働く場としても、若者が「地方にこそチャンスがある」と、飛び込んでいける。こうした地方創生を進めてまいります。
             高知大学で、食品ビジネスを学んだ安岡千春さんは、日高村で栽培されたトマトを使って、ソースやジャムの商品開発に挑みました。今や、全国から注文が集まり、年間一千万円以上を売り上げる人気商品。特産品のトマトが新しい付加価値を生み、日高村の新たな活力につながっています。
             地方の皆さんの創意工夫や熱意を、一千億円の地方創生交付金により、引き続き応援します。社会保障分野においても地方独自の取組を後押しするため、都市に偏りがちな地方消費税を、人口を重視した配分に見直すことで、財源をしっかりと確保します。
             草を引き、畔(あぜ)を守り、水を保つ。毎日、汗を流して田畑を耕す農家の皆さんの世代を超えた営みが、中山間地域、故郷(ふるさと)の豊かな山々を守り、地域が誇る特産品を生み出し、そして、我が国の美しい田園風景を作り上げてきました。それぞれの地方にしかないモノ、それぞれの特色を活かすことで、全国津々浦々、地方創生を力強く進めてまいります。

            (観光立国)
             明治時代に建設された重要文化財の一つである旧奈良監獄は、三年後にホテルへと生まれ変わります。我が国には、十分活用されていない観光資源が数多く存在します。文化財保護法を改正し、日本が誇る全国各地の文化財の活用を促進します。自然に恵まれた国立公園についても、美しい環境を守りつつ、民間投資を呼び込み、観光資源として活かします。多くの人に接していただき、大切さを理解してもらうことで、しっかりと後世に引き渡してまいります。
             日本を訪れた外国人観光客は、五年連続で過去最高を更新し、二千八百六十九万人となりました。地方を訪れる観光客は、三大都市圏に比べて、足元で二倍近いペースで増えています。
             観光立国は地方創生の起爆剤です。
             沖縄への観光客は、昨年九月までで、ハワイを上回りました。四年前、年間僅か三隻だった宮古島を訪れるクルーズ船は、昨年は四十倍以上の百三十隻となりました。クルーズ船専用ターミナルの二〇二〇年供用開始に向けて、岸壁の整備を本格化いたします。アジアのハブを目指し沖縄の振興に引き続き取り組んでまいります。
             IR推進法に基づき、日本型の複合観光施設を整備するための実施法案を提出します。これまでの国会における議論を踏まえ、依存症対策などの課題に対応しながら、世界中から観光客を集める滞在型観光を推進してまいります。
             羽田、成田空港の容量を、世界最高水準の百万回にまで拡大する。その大きな目標に向かって、飛行経路の見直しに向けた騒音対策を進め、地元の理解を得て、二〇二〇年までに八万回の発着枠拡大を実現します。
             観光促進税を活用し、瞬時に顔を認証して入管審査を通過できるゲートを整備するなど、観光先進国にふさわしい快適な旅行環境の整備を行います。
             二〇二〇年の訪日外国人四千万人目標の実現に向けて、全力を尽くしてまいります。

            (安全と安心の確保)
             二年後の東京オリンピック・パラリンピックを目指し、受動喫煙防止対策を徹底します。お年寄りや障害のある方が安心して旅行できるよう、あらゆる交通手段のバリアフリー化を進めます。成人年齢を十八歳に引き下げる中で、消費者契約法を改正し、若者などを狙った悪質商法の被害を防ぎます。
             危機管理に万全を期すとともに、サイバーセキュリティ対策、テロなど組織犯罪への対策など、世界一安全・安心な国創りを推し進めます。
             災害時に、国が主要な道路の復旧を代行する制度を創設し、より早く人命救助や生活必需品の輸送を行えるようにします。防災インフラの整備が迅速に進められるよう、所有者が不明な土地を自治体が利用するための手続を整備します。
             昨年も、全国各地で自然災害が相次ぎました。防災、減災に取り組み、国土強靱(じん)化を進めるとともに、熊本地震や九州北部豪雨をはじめとする災害からの復旧・復興を引き続き、力強く支援してまいります。

            (東日本大震災からの復興)
             東北三県では、来年の春までに、九十九%の災害公営住宅の建設、高台移転の工事の九十八%が完了する見込みです。
             「私たちの町が大好きです。」
             先般訪れた岩手の大槌高校では、高校生たちが、町の将来を真剣な眼差しで語り合っていました。震災の困難を、自らの力で乗り越えようとする彼らの思いを胸に刻み、これからも復興に向けた街づくりを力強く後押しします。
             「東北の復興なくして、日本の再生なし」。その決意の下に、引き続き、生業(なりわい)の復興、心の復興に、全力で取り組んでまいります。
             福島では、帰還困難区域において復興再生拠点の整備が動き出しました。二〇二二年度を目指し、除染やインフラ整備を進めます。その上で、どんなに長い年月を要するとしても、全ての地域の避難指示解除に向けて、復興・再生を着実に前に進めてまいります。
             福島イノベーション・コースト構想が、いよいよ本格化します。浪江町では、この夏、世界最大級の水素製造工場の建設を開始します。再生可能エネルギーから水素を生み出す、まさに「CO2排出ゼロ」の新しいエネルギー供給のモデルです。オリンピック・パラリンピックでは、福島産のクリーンな水素を使って、「復興五輪」を世界に向けて発信してまいります。
             沖合では、世界初の浮体式洋上風力発電の本格稼働が始まりました。洋上風力発電の更なる導入に向けて、発電のために海域を占用することを可能とする新たな制度を整備します。
             原発事故で大きな被害を受けた福島において、未来のエネルギー社会の姿をいち早く示し、世界の脱炭素化を牽(けん)引してまいります。

            六 外交・安全保障

            (積極的平和主義)
             パリ協定における二〇五〇年の目標に向けた戦略策定に取り組みます。日本の強みである環境技術で、世界の経済成長と気候変動対策の両立に貢献します。
             持続可能な開発目標の実現に向けて、貧困対策や保健衛生、女性のエンパワーメントなど、人間の安全保障に関わるあらゆる課題の解決に、国際社会での強いリーダーシップを発揮していきます。
             先月、EUとの経済連携協定交渉が妥結しました。十一か国によるTPPについても閣僚間で大筋合意に達しました。早期の発効を目指します。引き続き、自由貿易の旗手として、自由で公正なルールに基づく二十一世紀型の経済秩序を世界へと広げてまいります。
             我が国は、長年、あらゆる中東の国々と良好な関係を築き、難民・人道支援、経済支援など、この地域の平和と安定に積極的な役割を果たしてきました。今後とも、中東和平の実現にできる限りの貢献をいたします。
             「積極的平和主義」の旗の下、これからも我が国は、国際社会と手を携え、世界の平和と繁栄に力を尽くしてまいります。

            (北朝鮮問題への対応)
             しかし、その平和と繁栄が、今、脅かされています。北朝鮮の核・ミサイル開発は、これまでにない重大かつ差し迫った脅威であり、我が国を取り巻く安全保障環境は、戦後、最も厳しいと言っても過言ではありません。
             北朝鮮に、完全、検証可能かつ不可逆的な方法で、核・ミサイル計画を放棄させる。そして、引き続き最重要課題である拉致問題を解決する。北朝鮮に政策を変えさせるため、いかなる挑発行動にも屈することなく、毅然とした外交を展開します。
             三年前、私たちは平和安全法制を成立させました。北朝鮮情勢が緊迫する中、自衛隊は初めて米艦艇と航空機の防護の任務に当たりました。互いに助け合うことのできる同盟は、その絆を(きずな)強くする。
             皆さん、日米同盟は、間違いなく、かつてないほど強固なものとなりました。

            (防衛力の強化)
             北朝鮮による挑発がエスカレートする中にあって、あらゆる事態に備え、強固な日米同盟の下、具体的行動を取っていく。日米の緊密な連携の下、高度の警戒態勢を維持し、いかなる事態にあっても、国民の命と平和な暮らしを守り抜いてまいります。
             安全保障政策において、根幹となるのは、自らが行う努力であります。厳しさを増す安全保障環境の現実を直視し、イージス・アショア、スタンド・オフ・ミサイルを導入するなど、我が国防衛力を強化します。
             年末に向け、防衛大綱の見直しも進めてまいります。専守防衛は当然の大前提としながら、従来の延長線上ではなく国民を守るために真に必要な防衛力のあるべき姿を見定めてまいります。

            (日米同盟の抑止力)
             我が国の外交・安全保障の基軸は、これまでも、これからも日米同盟です。
             トランプ大統領とは、電話会談を含めて二十回を超える首脳会談を行いました。個人的な信頼関係の下、世界の様々な課題に、共に、立ち向かってまいります。
             先月末、沖縄の米軍北部訓練場四千ヘクタールが、戦後、七十年余りの時を経て、土地所有者の皆様の手元へ戻りました。本土復帰後最大の返還です。地位協定についても、初めて、環境と軍属に関する二つの補足協定を締結しました。
             これからも、日米同盟の抑止力を維持しながら、沖縄の方々の気持ちに寄り添い、基地負担の軽減に全力を尽くします。米軍機の飛行には、安全の確保が大前提であることは言うまでもありません。米国に対し、安全面に最大限配慮するとともに、地域住民に与える影響を最小限にとどめるよう、引き続き、強く求めていきます。
             学校や住宅に囲まれ、世界で最も危険と言われる普天間飛行場の全面返還を一日も早く成し遂げなければなりません。最高裁判所の判決に従い、名護市辺野古沖への移設工事を進めます。移設は、三つの基地機能のうち一つに限定するとともに、飛行経路が海上となることで安全性が格段に向上し、普天間では一万数千戸必要であった住宅防音がゼロとなります。安倍内閣は、米国との信頼関係の下、沖縄の基地負担軽減に一つひとつ結果を出してまいります。

            (地球儀を俯瞰(ふかん)する外交)
             総理就任から五年。これまで、七十六か国・地域を訪問し、六百回の首脳会談を行い、世界の平和と繁栄に貢献するとともに、積極果敢に国益を追求してまいりました。これからも、地球儀を俯瞰(ふかん)する外交を一層積極的に展開いたします。
             自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的価値を共有する国々と連携する。米国はもとより、欧州、ASEAN、豪州、インドといった諸国と手を携え、アジア、環太平洋地域から、インド洋に及ぶ、この地域の平和と繁栄を確固たるものとしてまいります。
             太平洋からインド洋に至る広大な海。古来この地域の人々は、広く自由な海を舞台に豊かさと繁栄を享受してきました。航行の自由、法の支配はその礎であります。この海を将来にわたって、全ての人に分け隔てなく平和と繁栄をもたらす公共財としなければなりません。「自由で開かれたインド太平洋戦略」を推し進めます。
             この大きな方向性の下で、中国とも協力して、増大するアジアのインフラ需要に応えていきます。日本と中国は、地域の平和と繁栄に大きな責任を持つ、切っても切れない関係にあります。大局的な観点から、安定的に友好関係を発展させることで、国際社会の期待に応えてまいります。
             本年は日中平和友好条約締結四十周年という大きな節目に当たります。経済、文化、観光、スポーツ、あらゆるレベルで日中両国民の交流を飛躍的に強化します。早期に日中韓サミットを開催し、李克強首相を日本にお迎えします。そして、私が適切な時期に訪中し、習近平国家主席にもできるだけ早期に日本を訪問していただく。ハイレベルな往来を深めることで、日中関係を新たな段階へと押し上げてまいります。
             韓国の文(ムン)在寅(ジェイン)大統領とは、これまでの両国間の国際約束、相互の信頼の積み重ねの上に、未来志向で、新たな時代の協力関係を深化させてまいります。
             日露関係は、最も可能性を秘めた二国間関係です。昨年九月、国後島、択捉島で、初めて、航空機による元島民の皆様のお墓参りが実現しました。北方四島での共同経済活動、八項目の経済協力プランを更に前進させ、日露の結び付きを深めます。長門合意を一つひとつ着実に進めることで領土問題を解決し、日露平和条約を締結する。プーチン大統領との深い信頼関係の下に、北朝鮮問題をはじめ、国際社会の様々な課題について、協力する関係を築き上げていきます。
             中国、ロシアも含め、全会一致をもって、先月、北朝鮮に対する国連制裁措置を、前例のないレベルにまで高める、強力な国連安保理決議が採択されました。地域の平和と繁栄のために、近隣諸国との連携を一層強化してまいります。

            七 おわりに

             皇室会議を経て、皇室典範特例法の施行日が、平成三十一年四月三十日となりました。天皇陛下の御退位と皇太子殿下の御即位が、国民の皆様の祝福の中でつつがなく行われるよう、全力を尽くしてまいります。

            (力を結集する)
             「五十年、八十年先の国土を富ます。」
             百五十年前。天竜川はたびたび氾濫し、村人たちは苦しめられてきました。子々孫々、洪水から村を守るため、金原(きんぱら)明善(めいぜん)は、植林により治水を行いました。
             六百ヘクタールに及ぶ荒れ地に、三百万本もの木を植える壮大な計画。それでも、多くの人たちが明善(めいぜん)の呼び掛けに賛同し、植林のため、共に、山に移り住みます。
             力ある者は、山を耕し、苗木を植える。木登りが得意な者は、枝を切り落とす。女性や子どもは蔦(つた)や雑草を取り除く。それぞれが、自身の持ち味を活かしました。
             多くの人たちの力を結集することによって築き上げられた森林は、百年たった今でも、肥沃な遠州平(えんしゅう)野の守り神となっています。
             多くの人の力を結集し、次の時代を切り拓く。あらゆる人にチャンスあふれる日本を、与野党の枠を超えて、皆さん、共に、作ろうではありませんか。
             五十年、百年先の未来を見据えた国創りを行う。国のかたち、理想の姿を語るのは憲法です。各党が憲法の具体的な案を国会に持ち寄り、憲法審査会において、議論を深め、前に進めていくことを期待しています。
             未来は、与えられるものではありません。私たち一人ひとりの努力で創り上げていくものであります。私たちの子や孫たちのために、今こそ新たな国創りを、共に、進めていこうではありませんか。
             御清聴ありがとうございました。

            posted by: samu | 頑張れ日本 | 10:24 | - | - | - | - |
            新聞は「現実」を見据えよ 若者は「見限っている」/・門田隆将
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              ジャーナリズムがフェイクニュースと印象操作に明け暮れた1年が終わり、新たな年が始まったことで、私はこれまでにも増して元日の社説に注目した。

               さまざまな場で私は、現在が「左右対立の時代」ではなく、「観念論と現実論」との闘いの時代と評してきた。左と右、リベラルと保守−いまだにそんな古い価値基準にとらわれている人が多いことに、違和感を覚える。昨夏、読売がこの点について興味深い記事を掲載した。早稲田大学現代政治経済研究所との共同調査で、若者が、リベラルとは「自民党や日本維新の会」であり、保守とは「公明党や共産党」であるという認識を持っていることをリポートしたのだ(8月11日付)。

               安倍政権がアベノミクスや“地球儀を俯瞰(ふかん)する外交”を展開し、日本維新の会が大阪都構想に挑戦するなど変革を目指しているのに対して、旧来の体質のままの公明党や共産党が「保守勢力である」という斬新(ざんしん)な考えを持つ若者たちについて初めて言及したのだ。国内外のさまざまな現実に対応していこうという人々と、イデオロギーに固執して現実を見ようとしない理想論、すなわち観念に縛(しば)られた人々との意識の差について考えさせられる記事だった。

               2カ月後の総選挙では、この分析を裏づける結果が出た。各種世論調査で、29歳以下の若者の半分近くが「比例投票先」として自民党に投票していたことが明らかになったのだ。全世代の中で若年層が安倍政権の支持基盤になっていることが浮き彫りになった。だが、現実を分析できない新聞は、これを「若者の保守化」と論じた。

              観念論の代表は朝日である。元日の社説で朝日は、〈来たるべき民主主義 より長い時間軸の政治を〉と題して、安倍政権は迷走しており〈与えられた豊富な時間を大切に使い、政策を着実に積み上げてきただろうか〉と非難を展開した。だが、その根拠は〈国政選挙を実に頻繁に行ったことにある〉という珍妙なものだった。なんと、民主党の野田政権による解散総選挙も入れてこの5年間に5回も〈選挙を行った〉と批判した。実際には安倍政権は5年間に2回解散総選挙を打ったが、これはこれまでの通常の衆院選の間隔と変わらない。社説は、この強引な印象操作ののちに、〈若い人の声をもっと国会に届けるため、世代別の代表を送り込める選挙制度を取り入れてみては、という意見もある〉と、意味不明の主張を行っている。

               「はあ?」と思わず声を上げてしまった。就職や結婚、家族の構築…といった将来の人生のために最も「現実」を見据(みす)えている若者と、主義主張にこだわるだけの新聞との乖離(かいり)は、広がるばかりだ。新聞が、自分たちの方が時代遅れであることに気づいても、もはや手遅れだろう。なぜなら若者は新聞を信用していないし、とっくに「見限っている」からだ。

              posted by: samu | 頑張れ日本 | 15:26 | - | - | - | - |
              戦後の惰眠から覚醒し日本文明の「魂」を復興させよう/新保祐司
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                昨年12月19日、ミューザ川崎シンフォニーホールで交声曲「海道東征」が演奏された。アンコールで演奏された「海ゆかば」を聴きながら、戦後七十余年がたって、ついに日本文明の復興が始まったのではないかと思った。

                ≪「海道東征」こそ代表的作品≫

                 日本は一国一文明の宿命にあるが、それを国粋的に捉えてはよくないであろうし、日本文明の今後の発展につながる発想でもない。

                 神武天皇の東征を題材としたこの「海道東征」にしても、西洋の近代詩に大きな影響を受けた北原白秋が、最晩年に日本の『古事記』や『万葉集』の言葉を使って創作した民族の叙事詩に、バッハをはじめとする西洋音楽を深く学んだ信時潔が作曲したものである。決して「日本的な、あまりに日本的な」音楽ではなかった。

                 西洋に影響を受けたにもかかわらずではなく、西洋に学んだがゆえに、日本文明の近代における代表的な作品となった。これが、明治以降の日本文明の宿命である。

                 「海道東征」は、日本文明の柱の一つとして聴かれ続けるであろう。昭和15年の「紀元二千六百年」の奉祝曲として作られたこの名曲は、日本文明がはっきり刻印された芸術だからである。

                敗戦によって戦後、日本文明は西欧文明、特にアメリカ文明に浸潤されてきたが、近来、日本文明に対する関心あるいは誇りが蘇生しているのは喜ばしいことである。しかしそれが「日本的な、あまりに日本的な」文化への回帰になってはならない。

                 例えば、『百人一首』のかるたは、家庭で正月の遊びとして使われていた。それにより日本文明の歌による表現が、子供の心に染みこんでいたのである。しかし、この風習が失われつつあることを嘆いて『百人一首』を単に復活させようとしても、真に日本文明の将来に役立つことではない。

                ≪古典を世界に開かれたものに≫

                 音楽評論家の吉田秀和氏が、詩人・中原中也の思い出を語っている中に、興味深いものがある。昭和初期の頃と思われるが、中也が吉田氏に好んで歌って聴かせたのは、『百人一首』の中にある紀友則の「ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ」であった。これを中也は、チャイコフスキーのピアノ組曲《四季》の中の6月にある「舟歌」にあわせて歌ったという。

                 「彼は、枕詞(まくらことば)の『ひさかたの』は、レチタティーヴォでやって『光のどけき春の日に』から歌にするのだったが、そこはまた、あのト短調の旋律に申し分なくぴったりあうのだった」と回想している。日本の紀友則の歌を、ロシアのチャイコフスキーの音楽にあわせて歌うというような創意が、近代の日本文明の画期的な表現であった。このように日本の古典というものも、現代に、あるいは世界の文明に開かれたものに変奏する必要があるのである。

                吉田氏は昭和37年に書いたこの文章で、日本の現代文学の特徴の一つは多くの人に愛される詩人と詩に乏しいことだが、それは、現代の日本人の精神と言葉とが深い所で分裂してしまっている証拠ではないか、と指摘した。その上で「それは、しかし、一国の国民が魂を失ったようなものではないだろうか」と書いているが、戦後とはそういう時代だったのである。

                 戦前には、北原白秋のような国民詩人がいたのであり、「海道東征」は、日本人という「一国の国民」の「魂」を歌ったものであった。だからこそ、この曲は見事に復活したのである。そして、日本文明の復興とは、この「魂」の復興に他ならない。

                ≪奉祝曲としてふさわしい≫

                 皇太子さまの即位・改元が来年5月1日に決定した。126代の天皇となられる。今後、さまざま奉祝行事が行われることになるであろうが、初代の天皇である神武天皇の東征と橿原の地での即位を描いた「海道東征」は、奉祝曲としてこれほどふさわしいものはないのではないか。2月2日には大阪で演奏会が開かれる。即位に向けて全国各地で奉祝演奏会が開催されることを願っている。

                この即位の決定を知ってから、北畠親房の『神皇正統記』を読み直した。その中で、大変強い言葉に出合った。「代くだれりとて自ら苟(いやし)むべからず、天地の始は今日を始とする理なり」と。

                 今日、世界や日本の状況を見るとき、誰しも「代くだれり」の思いは深いであろう。『徒然草』には「何事も、古き世のみぞ慕わしき。今様は、無下(むげ)にいやしくこそなりゆくめれ」とある。しかし、このような慨嘆はいつの時代にも繰り返されたものにすぎない。それに対して、親房は「天地の始は今日を始とする理なり」と言い切るのである。

                 年末に「海道東征」を聴いて、心が晴朗になった。平成30年を迎えて、「天地の始は今日を始とする」と決意し、戦後の惰眠から覚醒して日本文明の復興に取り組まなくてはならない。(文芸批評家、都留文科大学教授・新保祐司 しんぽゆうじ)

                 

                posted by: samu | 頑張れ日本 | 11:21 | - | - | - | - |
                安倍内閣総理大臣 平成30年 年頭所感
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                  新年あけましておめでとうございます。

                   本年は、明治維新から、150年の節目の年です。

                   「高い志と熱意を持ち、
                    より多くの人たちの心を動かすことができれば、
                    どんなに弱い立場にある者でも、成し遂げることができる。」

                   明治初期、わずか6歳で岩倉使節団に加わった津田梅子の言葉です。性別に関係なく個人の能力が活かされる米国社会に学び、帰国後、女子高等教育機関を立ち上げました。そして、その生涯を、日本人女性の可能性を開花させることに捧げました。

                   150年前、明治日本の新たな国創りは、植民地支配の波がアジアに押し寄せる、その大きな危機感と共に、スタートしました。

                   国難とも呼ぶべき危機を克服するため、近代化を一気に推し進める。その原動力となったのは、一人ひとりの日本人です。これまでの身分制を廃し、すべての日本人を従来の制度や慣習から解き放つ。あらゆる日本人の力を結集することで、日本は独立を守り抜きました。

                   今また、日本は、「少子高齢化」という国難とも呼ぶべき危機に直面しています。

                   「人口が減少する日本は、もう成長できない。」

                   6年前、日本には、未来への悲観論ばかりがあふれていました。

                   しかし、この5年間のアベノミクスによって、名目GDPは11%以上成長し過去最高を更新しました。生産年齢人口が390万人減る中でも、雇用は185万人増えました。いまや、女性の就業率は、25歳以上の全ての世代で、米国を上回っています。

                   有効求人倍率は、47全ての都道府県で1倍を超え、景気回復の温かい風は地方にも広がりつつあります。あの高度成長期にも為しえなかったことが、実現しています。

                   未来は、変えることができる。

                   女性も男性も、お年寄りも若者も、障害や難病のある方も、一度失敗を経験した人も、誰もが、その能力を最大限に発揮できる「一億総活躍」社会を創り上げることができれば、日本は、まだまだ力強く成長できる。私は、そう確信しています。

                   未来は、私たちの手で、変えることができるのです。

                   すべては、私たち日本人の志と熱意にかかっている。150年前の先人たちと同じように、未来は変えられると信じ、行動を起こすことができるかどうかにかかっています。

                   子供たちの未来に大胆に投資する。子育てや介護の不安に向き合い、社会保障制度を「全世代型」へと大きく改革する。いくつになっても、誰にでも、学び直しとチャレンジの機会がある社会を創る。

                   毅然とした外交を展開するとともに、いかなる事態にあっても国民の命と平和な暮らしを守り抜く。

                   未来を見据えた新たな国創りに向かって、昨年、国民の皆様から総選挙でお力を頂いて、大きな一歩を踏み出すことができました。

                   本年は、「実行の一年」であります。昨年の総選挙でお約束した政策を一つひとつ実行に移してまいります。2020年、さらにその先を見据えながら、安倍内閣は、新たな国創りに向けて、国民の皆様と手を携え、改革を力強く進めていく決意です。

                   最後に、国民の皆様の一層の御理解と御支援をお願い申し上げるとともに、本年が、皆様一人ひとりにとって、実り多き素晴らしい一年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。

                  平成三十年一月一日
                  内閣総理大臣 安倍 晋三

                  posted by: samu | 頑張れ日本 | 10:09 | - | - | - | - |
                  【朝日の訴状への初見コメント】小川栄太郎
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                    【朝日の訴状への初見コメント】朝日新聞社は、拙著『徹底検証 森友加計事件 朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪』の中身を巡って、私と出版元の飛鳥新社に対し、5000万円の損害賠償請求を提訴しました。今後の対応の詳細は明日以後、出版社および顧問弁護士と協議しつつ詰めてゆきますが、以下、訴状の初見の印象からの簡単なコメントをまず発表します。
                    執行役員の言葉として以下が掲げられています。
                    「小川氏の著書の事実に反した誹謗・中傷による名誉毀損(きそん)の程度はあまりにひどく、言論の自由の限度を超えています。建設的な言論空間を維持・発展させていくためにも、こうしたやり方は許されるべきではありません。やむを得ず裁判でこの本の誤りを明らかにするしかないと判断しました。」
                    笑止千万とはこのことです。私の言説が言論の自由の限度を超えているというなら公称650万部の新聞社は、たった9万5千部しか出ていない本のかよわい一著者に5000万円の賠償請求をするのではなく、650万人の読者に向かい、小川の非を鳴らし、朝日新聞の報道がいかに正しかったかを説得しなさい。それで私の社...会生命、言論人生命は終わります。私が事実に反した誹謗中傷本の著者として社会生命を失えば、朝日新聞社は言論機関として自己の正当性を堂々と証明できるのです。
                    裁判所に判断を委ねる必要など、社会的に圧倒的強者であり、自説を証明できる膨大な紙面と圧倒的な読者数を誇る朝日新聞社の取る道としてあ�ってはならぬ最悪の邪道と言う他ありません。
                    それよりも、朝日新聞の再三にわたる「言論の自由の限度を超えた」捏造―珊瑚礁事件、従軍慰安婦、吉田調書、森友加計捏造報道などなど―についての、今尚決して清算、克服されていると言い難い損害を出来る限り客観的に算定し、日本国民の総意としての損害賠償を朝日新聞社に徹底的に、「最終的且つ不可逆的に」国民の総意として求める時期が来たのではないでしょうか。とりわけ従軍慰安婦報道については、日本国内では社会的な事件となり全社的な謝罪をしたにも拘らず、国際世論の鎮静に向けて朝日新聞は全く努力せず、世界での慰安婦問題の拡散は留まるところを知りません。この日本国家をあげての損害を金額算定すれば天文学的数値に上るでしょう。  
                    そうした自社の「言論の自由の限度」をはるかに超えた現況をなかったかのようにしておきながら、自社に批判的なドキュメンタリーについて、紙面を使っての検証や反論のプロセスを一切省き、表現の細部ばかりを争点にしていきなり巨額の賠償請求訴訟を起こすことは、自由社会を破壊する言論弾圧に他なりません。
                    しかも、この訴状は、私の12月5日発出の朝日新聞社への回答をほぼ全く踏まえていません。
                    〈千葉光宏・朝日新聞社執行役員広報担当の話〉
                     「小川栄太郎氏の著書には、森友・加計学園に関する朝日新聞の一連の報道について事実に反する記載が数多くありました。本社には一切取材もないまま、根拠もなく、虚報、捏造、報道犯罪などと決めつけています。具体的にどう違うか指摘し訂正を求めましたが、小川氏は大半について「私の『表現』か『意見言明』への苦情に過ぎません」などとして応じませんでした。」
                    馬鹿を言うなという言葉を吐くのも虚しい気持ちになります。私は朝日新聞申入れの「具体的にどう違うか指摘し訂正を求め」た項目に全て丁寧に反論しています。その事実をこの訴状及び千葉氏のコメントはほぼ完全に隠蔽し、私との言論戦から逃げて、まるで私がろくな回答をせず不誠実な対応をしたかのような印象操作の上で、訴訟を挑んできたのです。
                    その上、前回の申入書と同様、個々の訴因がばかげています。一例のみをあげれば、私以外の多くの方が悪質な捏造として批判している5月17日付の「総理のご意向」スクープの黒い枠で文章を覆い隠した写真について、「新聞の一般的な手法」だなどと、常識的な感覚では理解に苦しむ開き直りをするなど、私が朝日新聞主導の「捏造」と主張する大筋の主張を覆し得ない細部表現への無理筋の抗議に終始しています。
                    私は今後も全くひるまずに批判すべきは批判し続けますが、今回の訴訟を見て、言論人の中には、朝日新聞を批判することが訴訟リスクを含むと考え、批判を手控える方も出てくるのではないでしょうか。また他の大言論機関がこの手法を模倣すれば、日本は事実上、マスコミ、大企業による言論封殺社会になりかねません。一命を賭しても、今回の朝日ファシズムを容認するわけにはゆきません。
                    裁判は当然徹底的に受けて立ちますが、裁判以外の広く開かれた日本社会で、「森友加計は朝日新聞の捏造か否か」、「拙著が描く朝日の報道犯罪は妥当な論評と言えるか否か」、「今回のような訴訟は言論弾圧であるか否か」などを、朝日新聞が社会的に決して逃げられない形で訴えてゆく所存です。以上

                    posted by: samu | 頑張れ日本 | 09:37 | - | - | - | - |
                    ある自衛隊の知られざる沈黙の行動/西村眞悟
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                      先の時事通信で、
                      一九七七年(昭和五十二年)九月と十一月の、
                      北朝鮮による
                      能登半島からの三鷹市ガードマンの久米裕さんと
                      新潟からの十三歳の横田めぐみさんの拉致に関し、
                      まさにその時、我が国政府(福田赳夫内閣)は、
                      その二人の失踪が、北朝鮮の拉致によるものであることを察知していたと書いた。
                      つまり、能登半島と新潟の現場の警察が、まず北朝鮮による拉致だと察知し、
                      その情報が東京に届き、東京の政府が察知したのである。
                      しかし、
                      この北朝鮮という国家による我が国家主権の侵害という
                      「戦争」に対して、
                      時の我が政府は、国民を救う為の適切な対抗措置を断行することができないが故に、
                      もしくは、その対抗措置という発想自体がないが故に、
                      国民が知らないのを奇貨として「不問」に付して葬ってきた。
                      国民が知らないのを奇貨として
                      韓国が竹島を占拠したことを見て見ぬふりをしたのと同じである。
                      そして、現場で察知した警察官をはじめとした人たちも、
                      「おかしい」と思いながらも黙して年月が過ぎていった。
                      ただ、日本海側に面した府県の沿岸沿いの住民の間では、
                      この海岸から人が忽然と連れ去られるという「人さらい」の口伝が広がっていた。

                      こういう、
                      国民を救わず、国土を守らない、
                      戦後体制即ち日本国憲法体制による冷酷な政治の不作為のなかで、
                      封印され、社会に知られることなはなかったが、
                      次に、記すように、
                      国民の命を救うための行動が為されていたことを知っておかねばならない。
                      この事例は陸上自衛隊によるものであるが、
                      もちろん、知られてはいないが警察官による多くの事例があることも確かである。

                      平成十四年九月、
                      訪朝した小泉総理に対し、北朝鮮の金正日が日本人を拉致したことを認めた。
                      そして、これを、我が国報道機関が衝撃的な事実として我が国に伝えた。
                      これを報ずるTVを息子とともに見ていた
                      帝国陸軍士官学校五十八期の元自衛官(故人)が、

                      「とっくの昔に、北朝鮮が日本人を拉致していることは分かっていた」

                      と言い、
                      北朝鮮の日本国民拉致を察知してから、
                      その北朝鮮から国民を救うために、
                      何をしたかを、
                      次の通り息子に語り、
                      その息子(友人)から私が聴いた。

                      昭和三十年代から四十年代初頭、
                      夜間、訓練名下に、密かに部隊を日本海沿岸地帯に出動させ、
                      それを指揮して、北朝鮮の工作船が沿岸に接近するのを待ち伏せて、
                      至近距離に来た工作船に発砲を命じた(但し、空砲)。
                      工作船は慌てふためいて闇の日本海に逃げ去った。

                      この訓練名下の部隊行動を何度敢行したのかは黙して不明ながら、
                      この方は、四十五歳の時、大佐(一佐)で自衛隊を退官した。
                      その時、自衛隊から、
                      この行動を公表しない旨の宣誓書に署名を求められ、署名して退官したという。

                      東日本大震災と巨大津波の際、
                      多くの人々が、
                      津波に向かって走ってゆく警察官の姿を見ている。
                      また福島第一原発の破壊された原子炉の上で停止して
                      約40トンの水を灼熱の原子炉に落としたCH47チヌークの姿を世界が見た。
                      これを見た中共の将官が、
                      日本人は戦前から今も、全く変わっていない、簡単に命をかけてくる、
                      と驚嘆し、
                      アメリカ軍の将官が、
                      人の命をなんとも思わない作戦をするべきではない、
                      と自衛隊の指揮官に語り、
                      しかし、自衛隊が、それを敢行したのを見て、
                      アメリカ軍は、目の色を変えて本気モードで救援活動に入った。

                      この東日本大震災の警察官と自衛隊の決死の姿が、
                      危機における日本人の本質を世界に示し、
                      中共や北朝鮮に対して、
                      無言の強力な抑止力となったように、
                      この黙して語らなかった帝国陸軍中尉にして自衛隊の指揮官の行動は、
                      北朝鮮に対する強烈な抑止効果となって、
                      それがなければ、拉致されたであろう、
                      多くの日本国民を救っている。

                      拉致に関して、我が国政府の冷酷で許しがたい不作為は、
                      いまや明らかであるが、
                      その政府の不作為の重圧下で、
                      国民を救う努力を続けた無名の警察官や自衛官がいたことを忘れてはならない。

                      posted by: samu | 頑張れ日本 | 18:02 | - | - | - | - |