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書評『日本は誰と戦ったのか』(KKベストセラーズ)江崎道朗
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    江崎道朗『日本は誰と戦ったのか』(KKベストセラーズ)
    矢板明夫『習近平の悲劇』(産経新聞出版)
    石平『習近平の終身独裁で始まる中国の大暗黒時代』(徳間書店)

    宮崎正弘 書評

    こういう人物が中国の『最高指導者』であることが
    中国ばかりか、世界を不幸のどん底に陥れるだろう


    矢板明夫『習近平の悲劇』(産経新聞出版)
    @@@@@@@@@@@@@@@@@

    日本のメディアの多くが「習近平が権力を掌握」し、「三期目を目指しているため、次期後継者を政治局常務委員に加えなかった」などと分析した。
    表面的な動きだけなぞると、そういう論考もあるのだろうけれども、習近平は権力を固めていない。事実上、軍権を掌握できていない。不満分子が山のようにいて習近平の失脚を狙っているというのが現実の状況である。
    ずばり、矢板氏は指摘する。
    「習による側近政治、恐怖政治に早く終止符を打ちたい各派閥の幹部も、『習降ろし』を始める可能性があり、習の三期目があるかどうかは流動的だ」。
    評者(宮崎)も過日、この蘭で論じたように、トップセブンのうち、習近平派は三人、団派はふたり、江沢民派が一人、そして無派閥が一人という「派閥均衡」の人事であることに留意すべきで、これでなぜ習の独裁体制と言えるのか?
    濱本良一(國際教養大学教授。元「読売」北京支局長)は、党大会に百歳になる宋平が出席した事実などを踏まえ「党指導層が生き残りをかけて生んだ総意」(『エルネオス』、17年12月号)だと分析したが、おそらくこれが真相に近い。
    一部の議論に「習近平が絶大な権力を固めた」などとするものがあるが、これは過大評価でないとすれば、おべんちゃらではないのか。
    こうした分析も、評者近作の『連鎖地獄』(ビジネス社)で展開したばかりである。
    じつは習近平はコンプレックスの固まりであり、肩書きばかりを欲しがり、過去五年間に習近平が着手した「改革」なるものは、すべて、ものの見事に失敗だった。
    政治改革はゼロ、社会は毛沢東の暗い時代へ後戻りし、経済改革には手を着けられず、ゾンビ企業を放置し、軍改革にいたっては大失敗という無惨な結果が、なによりも習近平の無能ぶりをあらわしている。
    しかも中国社会は以前よりぐんと暗くなった。
    国有企業をばっさりとスリム化すれば良いのに、それを李克強首相にやらせず、経済政策決定権を李首相から取り上げた。だから経済改革の一番の要が挫折している。
    通貨改革も、せっかく人民元がSDR入りしていても、習近平は中央銀行総裁の周小川にまかせっきりにせず、外交に到っては、いまも素人の範疇から抜け出せない。劣等感がなせる疑心暗鬼が、ほかの指導者の手柄にしたくないという狭窄な心理に支配され、中国経済の前進を阻んでいる。
    そのことに習は気がつかない。なぜなら彼の周りを茶坊主が囲んでしまったからだ。
    これからの習が直面するのは中国経済の破綻である。
    日本のメディアの多くが「中国経済崩壊論はあたらないではないか」と崩壊論を予測してきた評者らへの批判が喧しいが、中国経済はとうに破綻しているのであり、それを誤魔化しているに過ぎないのが実態である。
    だから矢板氏もこう書く。
    「中国経済は『タイタニック号』のような大きな船であるため、穴がたくさん開いたとしても沈むのには時間がかかる」(45p)。
    そこで「習思想」を党綱領に加えたからと言って、彼が毛沢東と並ぶ指導者であるはずがない。矢板氏は手厳しくこう言う。
    「習思想」なるものは「トウ小平が唱えた『中国の特色ある社会主義』の理論に『中華民族の偉大なる復興』をいった勇ましいスローガンを加えただけで、習のオリジナルは殆どなく、とても思想と呼べる代物ではない」(38p)
    中国報道に携わって北京特派員を十年、さすがにベテランのチャイナウォッチャーだけに、そのへんに蔓延る怪しげな中国観察とは次元が異なる。
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    FDRのホワイトハウスは共産主義スパイが乗っ取っていた
    コミンテルンの指令で暗躍した奴らに米国は完全に騙された

    江崎道朗『日本は誰と戦ったのか』(KKベストセラーズ)
    @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

    多くの機密文書やヴェノナ文書が公開され、FDR政権の内部に深く静かに浸透していた共産主義のスパイらによって、外交政策が決定され、政策は曲げられ、アメリカの国益より国際共産主義運動の勝利が目的に置き換わっていた。
    都合の悪い情報は大統領に伝えず、あるいは重要な機密電報は握りつぶされ、平和工作は妨害された。ホワイトハウスがコミュニストに乗っ取られていたからだ。
    本書の題名が象徴するように、日本がアメリカとの戦争に踏み切らざるを得なくなったのはスターリンの工作により、ワシントンが判断を間違えたからであり、近衛文麿の周辺を囲んだ昭和研究会が旗振り役となってしまったのも、中枢にいた朝日新聞記者がコミンテルンの指令をうけたスパイだったからであり、ソ連のスパイだったゾルゲの暗躍が舞台裏で進行していた。
    すでにこれらの真実はアメリカでも「歴史修正主義」を呼ばれる保守系知識人の間では常識となっている。
    ハルノートは直接的挑発であるが、仕組んだのはスパイのオーウエン・ラティモアだった。
    ヤルタ会議を仕切ったのはアルジャー・ヒスだった。こうした裏面史をアメリカは長きにわたって機密文書化し、国民に触れることを禁じてきた。
    ようやく多くの知識人、勇気あるジャーナリスト等の手によって、真実の歴史に書き直されつつある。その象徴的事件はヴェノナ文書が公開されたことだった。そしてフーバー大統領の回想録「裏切られた自由」の刊行であり、日本語の翻訳も上下巻、渡邊惣樹氏の翻訳で、いま出そろった。
    だが、歴史学界とリベラルなメディアは、「アメリカを裏切った者たちを、あたかも無実の被害者であるかのようにかばい、寧ろ英雄視してきました」(280p)
    まさに日本も同じで、尾崎某が「英雄視」され、ゾル下の愛人が悲恋の主人公扱いされ、手記がベストセラーとなり、日本を裏切った政治家が過大評価されてきた。
    最後の部分で、江崎氏は「スターリンの秘密工作員」から次の箇所を引用する。
    「突き詰めて言うと、1930年代と40年代の共産主義の共謀者たちは、一部の合衆国政府高官らに助けられ、売国しながら逃げ切ったのである。
    相対的にホンの一握りの人々だけが起訴され、有罪判決をうけたが、その他大勢は合衆国と非共産主義世界を何度もモスクワに売り渡し続け、自分たちが引き起こした政策の破壊を後にして、自分たちの行為を何ら説明することなく立ち去ることが出来たのである」
    いや日本でもゾルゲに連座して取り調べをうけても戦後は知らん顔でモスクワへ通って代理人を果たした輩は多い。
    しかし、それよりも、ホワイトハウスが乗っ取られていた歴史的事実を、現在日本の状況に当てはめると、もっとゾッとしないか。
    北京の秘密指令を受けたかのような日本のメディア、外交官、学者、ジャーナリストらが、独裁国家の報道をねじ曲げ、むしろ日本を貶めるような偏向記事やテレビ番組を日夜量産しているではないか。
    FDRのホワイトハウスが共産主義スパイで乗っ取られていたという過去を、現在の日本の中枢にあてはめて比較すると、そのあまりに無惨な自主性の喪失に身震いがする。


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    なぜ習近平が訪日を嫌うのか。それは戦争を準備しているからでは?
    元中国人民主活動家だった石平だからこと言える「彼らのメンタリティ」


    石平『習近平の終身独裁で始まる中国の大暗黒時代』(徳間書店)
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    第十九回中国共産党大会と、その後のトランプ訪中、習近平の大歓待演出劇以後の状況を踏まえての中国最新報告と近未来予測が本書の骨格だが、論の展開の基調は題名の通りに、いささか暗い。
    そもそも習近平は、どのような妄想に取り憑かれて「神格化」などという途方もない破滅的行動を取るのだろう。そうした夢遊病者のような発想の源泉は何か?
    ちょっと日本人では考えも及ばない論理の組み立て方が、元中国人であったがゆえに著者は独創的解釈を披瀝する。
    なぜ習近平が訪日を嫌うのか。それは戦争を準備しているからでは? という仮説から、民主活動家だった石平氏は彼らのメンタリティを掘り下げる。
    永久政権が達成可能と錯覚するのは一種病気でもあるし、妄執でもある。
    人権派弁護士への弾圧、政敵をつぎつぎと冤罪で失脚させ、軍隊再編に乗り出した。ネット監視団を置かないと不安で仕方がないらしい。暗殺を恐れて、軍内に残存する江沢民派の根こそぎ粛清を狙うようだが、張陽(陸軍大将。政治工作部主任)が首つり自殺してように、この自決は、日本流に言えば「諌死」ととれなくもないと評者は考えている。
    しかし習近平の妄執による独裁は、次ぎに必然的に戦争を引き起こし、世界に破局をもたらすと石平氏は指摘する。
    なぜなら言論空間は窒息寸前、企業活動には党細胞が義務づけられ、外資の経営方針にも党細胞が介入すると、自由市場原理は成立しなくなり、すべてが統制経済の昔に陥れば、社会と経済は締め上げられて、不満の爆発を待つしかない。
    これをすり替えるには日本に戦争をしかけることも躊躇わないだろうと、論理的に帰結するわけだが、こうしたシナリオも実現性を全否定できないほどに、中国の現況は不気味である。
    また北朝鮮を習近平は政治の道具として活用しているのだと分析する。
    「ある意味では、北朝鮮危機のお影で習主席は、本来なら中国に向けられるはずのトランプ政権の矛先をうまくかわすことが出来た(中略)。世界に脅威を与えている北朝鮮の核が、世界の脅威であればあるほど、その脅威が現実的なものとなればなるほど、アジアや世界に対する中国の軍事的脅威は影を薄め、忘れられてしまうからだ」(181p)。
    つまり習近平の軍事的野心を隠すにも、怖れを知らないほどに世界に恐喝を続ける金正恩の核を取り除くのは中国だと宣伝して、自らは経済制裁に協力するふりをしつつも、自らの核を忘れさせ、「隠れ蓑」として活用していると指摘するのである。
     

    posted by: samu | 書評 | 09:38 | - | - | - | - |
    書評『小池百合子氏は流行神だったのか』(勉誠出版)加瀬英明/
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      宮崎正弘/書評

      韓国人に日本侮蔑をやめて国際的常識に還れと説くのは
      アーミッシュやオーソドックス・ジューに生き方を変えろと説得するようなもの


      加瀬英明『小池百合子氏は流行神だったのか』(勉誠出版)
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      実に痛快な評論集である。
      加瀬英明氏のエッセイはいつも楽しい。深刻な問題をさらりとユーモアを交えて、楽天的な解決策を提示する。憂鬱な議論が嘘のように、濃霧がさっと晴れるような気分を味わえる稀有の文章家である。
      本書のタイトルは小池劇場だが、表面的な現象に触れているのは三ページ程度で、もっと深く、その背景にある日本人の宗教心、歴史観に言及してゆく手法が鮮やかである。
      そもそも日本は北朝鮮の核ミサイルの脅威を目の前にして、「もりかけ問答」に明け暮れるという体たらくは、何が原因なのだろうか?
      加瀬英明氏はこう言われる。
      「護憲派が信仰する平和主義は、精神が何よりも尊いとする精神主義であって、精神が日本の平和を護ってくれるというものだ。北朝鮮も、中国も、この崇高な精神を理解してくれるはずだから、日本を害することがないと、確信しているのだろう」
      一時的狂信と言うべきかも知れないが、やはり「伊勢詣で」や「いいじゃないか運動」のように、一過性の流行現象であり、60年安保も流行神だったのだ。
      「国会を取りまいていた、時には十万人をこえたデモ隊は、改定された日米安保条約が発効すると、潮が引いたように姿を消した。まるで、嘘のようだった」。
      そこで当時、加瀬氏は『文藝春秋』に寄稿して次のように書いた。
      「『悪霊どもはその人から出て、豚に入った。豚の群れはいきなり崖を駈け下って、湖に入り溺れ死んだ』という『新約聖書』の一節を引用した。私は60年安保の体験から、日本における左翼運動は風俗にしか過ぎないと、確信するようになった。お祭りのような一過性のデモは、日本の国民性に適っているが、思想がイデオロギーとして根付くことがない」。
      案の定、小池劇場は流行神のように終息した。

      また韓国の病的な、出鱈目な歴史観に関しても次のように言われる。
      韓国の日本侮辱、滅茶苦茶な日本非難の合唱も、腹が立って仕方がないという誇り高き日本人が多いが、あれは韓国人の歴史的な宿痾、長きにわたるDNAであり、哀れとおもって接したほうが良いというのが加瀬氏の持論である。
      「アメリカにキリスト教の一派のアーミッシュの共同体があるが、電気も電話も自動車も、いっさいの機械の使用だけでなく、聖書以外の読書、賛美歌以外の音楽を禁じている。(中略)アーミッシュや、オーソドックス・ジューに、生き方を変えるように求めるものだろうか? 韓国人もそうだと、思うほかはない」(77p)
      圧迫された感じのあるもやもやした靄が去った。

       

      書評
      税金で養ってもらっている筈の地方公務員が国家に反逆し、自治体を破壊する
      なぜ公務員がこうも優遇されるのかは「自治労」という伏魔殿の存在だ


      森口朗『自治労の正体』(扶桑社新書)
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      自治労という伏魔殿がある。革マル派や中核派が拠点にするとも言われ、首長を巻き込んで自治体を支配している。闇政治の黒幕である。なんと、80万人の地方公務員が、この自治労に加盟している。
      本書は誰も書かなかった巨大な組織の実態、その暗黒の闇に迫る。
      「保守政党であるはずの自民党も、彼ら左翼が跋扈する状態を野放しにしています。日本は共産党が国会の議席を有する、先進国としては珍しい国です。また、2017年10月の総選挙まで野党第1党であった民進党には、共産党よりも暴力的な新左翼と呼ばれた人たちの末裔もいます。(中略)共産主義国家・中国では政府がチベット人やウィグル人を弾圧し、北朝鮮では金正恩政権が核とミサイルを開発し世界を恫喝しているのに、なぜ日本の国会議員はこれらの国に堂々とモノを言えないのでしょう。そこにも自治労は大きく関与しています」。
      まさにその通りで、ミサイルの脅威より、「もりかけ問題」を捏造して安倍政権つぶしに狂奔していた朝日新聞と同様に自治労は悪質である。
      著者はこうも言う。
      「日本は平和な国だと言う人がいますが、我が国は韓国に竹島を奪われ、中国の警察権力である海警の船舶は尖閣諸島付近に侵入し、北朝鮮に拉致された同胞は帰ってきません。これらは全て、日本国に対する主権侵害です」。
      つまり自治労に巣くう暴力革命を志向する活動家らの状態を放置すれば、いずれ日本にも全体主義の独裁政治に転落すると警告を発している。

      独裁の狂気は毛沢東とスターリン、その毛沢東を狙うのが習近平。スターリンにいまもあこがれているのが自治労の活動家の中核組織である。
      スターリンの独裁を思い出す、として著者は次の点をあげる。
      「個人崇拝はマルクス、レーニンによって戒められていたにもかかわらず、レーニンの死後、党と国家の指導者となったスターリンは、自らを対象とした個人崇拝を許すどころか奨励し、党生活や社会主義建設に重大な障害をもたらした」(61p)。
      習近平も「個人崇拝」を奨励し、党規約などに「習近平思想」を書き込ませた。スターリンと行動パターンが酷似する。
      そしてスターリンは第十七回党大会(1934)で選出された「中央委員、同候補139名のうち、70%にあたる98名が処刑された。(中略)代議員全体を見ても、1966名のうち1108名が同様の運命をたどった」
      習近平が粛清した公務員、党員は10万を超えるが、さすがにスターリン時代とは異なり、処刑には到っていないが、刑務所内での突然死は続発している。
      その後、中ソは決裂し、対立するが、この間隙を衝いてスターリンの個人崇拝に似たことをやってのけたのが北朝鮮だった。
      その全体主義の走狗となって日本で暴れまくる極左の中核に自治労の活動家が多く紛れ込んでいるという実態が、本書を通じて浮かび上がる。

      posted by: samu | 書評 | 10:31 | - | - | - | - |
      「森友・加計事件」 朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪』(飛鳥新社)/小川榮太郎
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        宮崎正弘/書評
        なにも繋がりがなかった、一つの証拠もあがらなかった「森友、加計事件」
        すべては朝日新聞の安倍つぶしの陰謀から情報が捏造されたのだ


        いま真実が明らかになった。所謂「もりかけ」問題は朝日新聞の「創作」、つまり安倍政権を潰すために仕組まれた世紀の冤罪。報道はことごとくがでっち上げであったと小川榮太郎氏はいう。
        スクープの捏造は、この新聞社の一貫した得意技、これは中国が発明したのか、いや中国の宣伝機関が朝日の手法を真似ているのか?
        もりかけ事件に関してはいまさら説明の必要もないので経緯は省略する。というより、それを緻密に精密に検証し直したのが本書である。

        要するに「森友問題」なるものは交渉過程での「不明朗処理の問題に過ぎない。安倍に関係がないどころか、国政案件とさえ言えない」
        ましてや「加計学園問題に到っては『問題』すら存在しない」のである。いや「本当の構図は、長年獣医学部新設を阻んできた勢力と、規制を打破して獣医学部新設のために動いた人たちの間の戦いだった」。
        しかし「何より衝撃的なのは、仕掛けた朝日新聞自身が、どちらも安倍の関与などないことを知りながらひたすら『安倍叩き』のみを目的として、『疑惑』を創作したことだ」
        かくして本書は「無双の情報ギャング 朝日新聞に敬意を込めて捧ぐ」と皮肉たっぷりの号砲から始まる。
        評者(宮崎)は当初から、この事件は背後にある左翼メディアの陰謀、その印象操作の悪質性を認識していたが、突っ込んで検証しようという意欲はなかった。小川氏は勇気を持って、この仕事に挑んだ。
        その勇気とエネルギーとを高く評価したい。

        嘗て日本の左翼メディアがいかなる犯罪的報道に熱狂したかは、三つの例をあげるだけでたちまち検証できる。
        全日空雫石事故は、自衛隊機が激突したという第一報が巨大な誤解を与えてしまった。検証なしで、最初から自衛隊が悪いというバイアスがかかっていた。裁判の過程で真相が明らかとなった。全日空機が予定の飛行ルートを大きく外れ、しかも全日空機が自衛隊機にぶつかったのだ。
        ところがメディアは、この真実を小さくしか報道しなかったため、国民の大半がいまも雫石事故を自衛隊が悪いという印象をもっている。

        潜水艦「なだしお」が遊び人を乗せた釣船と衝突した事故も、最初から自衛隊がわるいという、とんでもない因縁をつけることからメディアが報道した。
        救急車がサイレンを鳴らして通るときに、道路上で、それを遮る行為をしたらどちらが悪いのか?
        しかし日本のメディアは自衛隊の断罪が先にあり、真実にはふたをした。これもトンデモナイ報道機関の犯罪である。

        歴史教科書を「軍国主義風に書き換えた」とかの事件でもそうだった。共同通信の誤報は「侵略を進出と書き換えた」歴史教科書が登場したなどと意図的な報道をして、修正をしなかった。検証の結果、書き換えた教科書は一冊もなかった。しかし「誤報」だったと謝罪したのは産経新聞だけだった。

        その朝日が捏造を認めて謝罪したのが吉田証言だった。直後から朝日が三流のデマゴギー媒体であったことが露呈し、部数は激減、影響力はゼロに近くなった筈だった。ところが左翼の執念深いフェイク創作集団は、あの新聞社の中で生息していたのだ。

        posted by: samu | 書評 | 12:08 | - | - | - | - |
        『平和の夢に支配された日本人の悲劇』(自由社ブックレット)/ケント・ギルバート
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          宮崎正弘 書評
          GHQのポチに成り下がった日本学術会議
          明日の技術の発展は経済発展の基礎。それが嬉しくない左翼のたまり場

          このところ、ケントさんの活躍がめざましい。お笑い番組のタレントから突然変異的に変身して日本の左翼をけちょんけちょんとぶった切っている。
          氏の議論は、もちろん保守知識人の間では常識的であり、とくに詳細を論じる必要はないが、ケント氏が主唱する中で、独自なポイントがいくつかある。
          第一は沖縄の危機、本土の日本人が抱いている危機は隔靴掻痒、げんじつにアメリカ人であるケントさんは、切迫した問題としてアメリカ軍基地の問題があることに警鐘とならしている。
          第二に憲法や平和論で左翼を非難する論法に、従来の保守の主張との乖離は見られないが、こういうロジックに立つアメリカ人がたくさん出てきたという現象を、その傾向が昨今の『ケント現象』が証明していることになる。
          つまりアメリカの知識人の間に急速に拡がる日本核武装容認論だ。
          第三に、もっともケントさんらしいポイントが、じつは軍事技術に関する、アメリカ人的な考え方に裏打ちされた見解である。
          本書の第九章は「技術立国、日本を守れ」である。
          とくに日本学術会議なる、おかしな学者の集まりが、軍事的な研究を行わないと声明を出したが、この背景をケントさんがうんと力点を入れて、掘り下げる。
          そもそも「軍需産業は、国の技術と経済をめざましく発展させます。これは経済の常識です。マスコミや左翼政党、文化人が、こんな基礎知識を知らないわけがありません。つまり彼らの正体は、日本経済を発展させたくない人々です。(中略)零戦(零式艦上戦闘機)の高度な技術に散々痛い目にあったアメリカは、戦後、日本の飛行機製造を禁止しました。19952(昭和27年)年にサンフランシスコ講和条約で日本が再独立すると、民間企業による飛行機の運航や製造の禁止は解除されました」
          しかし航空機産業は米国の監視下におかれ、独自な技術的発展には足かせが嵌められている。
          歳月が流れ、日本は自動車産業からカーナビを産んだ。
          アメリカの専門家が「これは、もう、アメリカの軍事用GPSと同じじゃないかって、びっくりしていました。日本の方が発達していた」。
          電子レンジ子も、パソコンも、ネットも軍事技術から発展した民生の成果であり、この「軍事的研究を(日本学術会議が)頭ごなしに否定することは、すなわち世界の技術から取り残され、日本が技術的後進国に陥没する」と警告を強くしている。
           

          posted by: samu | 書評 | 22:56 | - | - | - | - |
          書評『美し国 日本の底力』(ビジネス社)加瀬英明 vs 馬淵睦夫
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            書評  宮崎正弘

            こころある日本人は、日本が心ゆたかな国であることを知っているが
            最近の日本の若者はこころが分からないからAIやスマホ中毒になった

            宗教論を基軸に国際的な文化比較を多角的に論じつつ、日本文化のユニークさ、美しさ、その伝統について縦横無尽に語り合った本で、元となったのはDHCセアターのテレビ番組である。
            加瀬氏は国際派評論の元祖、馬淵氏はウクライナ大使(モルドバ兼任)、イスラエル、印度、キューバなど世界情勢に明るい元外交官。
            話題はユダヤ教とユダヤ人から始まり、日本の神話にいたる。世界はロジックでは変化しないが、感性で変えられるという対話の中味は、豊富な示唆に富んでいて、日本の歴史の悠久さこそが日本の強みであると強調される。
            馬淵大使はまず相撲が神道行事の一つであり、「宗教」であると断言される。
            「白鵬関が以前優勝したときにインタビューで、『天皇陛下がずっと相撲を守って下さった』ということを話していた」のだが「その部分に注目したメディアは皆無でしたが」
            相撲場には大きな日章旗が飾られ、優勝式では君が代を合唱することを、相撲中継のテレビは忘れたかのような画面を作為する。

            加瀬氏はユダヤ人が笑いを重視するとして面白い逸話を紹介している。
            「ヨーロッパのとある公国の領主が、狩りに出かけるためにお城をでました。その間にお后が、こともあろうに、その公国の大司教をベッドルームに引き入れて、してはいけないことをベッドの上でしているのです。そこに領主が忘れ物をしたので慌てて帰ってきて、自分のお后がおかしなことをしているところを見てしまいます。
            ところが、領主はそれに構わずにバルコニーに出て、下を通ってゆく領民に対して十字を切り始めます。大司教が半裸でバルコニーに走り出して、『公爵様、一体何をなさってらっしゃるんですか』と尋ねました。そうすると領主は落ち着いて、『あなたが私のすべきことをしているから、私はあなたがすべきことをしているのだ』と言った」
            とか。

            馬渕大使は日本文化の特質は、外国の事物を国情にあうように取り入れる。つまり「日本の力、我々の力というのは、破壊する力ではありません。造り変える力なんです」と芥川龍之介の『奉教人の死』にある文章を紹介している。
            加瀬氏は最後に『日本人は心の民である』という。
            国語辞典には「心つかい」とか『心付くし』とか、上に「こころ」が付く言葉を数えたら、なんと400以上数えてもまだ終わらない。一方、英語のコンサイスの英和辞典を引いてheartがつく言葉を引いたら[heart burn=胸焼け][heart attack=心臓麻痺とか、10ちょっとしかない」
            にもかかわらず最近の日本人は頭だけ使ってAIロボットに熱中しているが、ロボットには親友も家族もいないのである。
            かくて心ある日本人は、こうした特質環境の中で育ったが、はたして将来の日本は、価値観の異なる新世代が蔓延り始めて、どうなるのか、と深刻な懸念が広がるのである。
             

            posted by: samu | 書評 | 09:03 | - | - | - | - |
            書評『天皇の平和 九条の平和(安倍時代の論点)』(産経新聞出版)小川榮太郎
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              宮崎正弘 読書特集
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              小川榮太郎『天皇の平和 九条の平和(安倍時代の論点)』(産経新聞出版)
              水間 政憲『完結「南京事件」』(ビジネス社)
              高橋 洋一『日本を救う最強の経済論』(育鵬社)
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              書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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              「歴史によって鍛えられた思想であり、日本精神の中核にあるもの」が「平和」
              「憲法九条」なるものは、精神ではなく法律の条文でしかない。


              小川榮太郎『天皇の平和 九条の平和(安倍時代の論点)』(産経新聞出版)
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              リベラルなメディアがひたすら安倍降ろしのために日夜、浅智恵、悪智恵を絞って量産しているフェイクニュースの洪水。
              「平和憲法を守れ」などとがなり立てながら、実際にかれらほど平和を守ろうという意思は薄弱である。とどのつまり「日本固有の平和精神と憲法九条の平和主義と何の関係もない」のである。
              左翼の言う平和は欺瞞に満ちた世紀の大嘘である。
              「日本固有の平和」とは、小川榮太?氏の定義では「歴史によって鍛えられた思想であり、日本精神の中核にあるもの」であって、「平和主義者」などと嘯く手合いが喧しくいう「憲法九条」なるものは、精神ではなく法律の条文でしかない。
              にもかかわらず現代日本では、平和という言葉が、日本人の美しい「歴史的在り方への回路」ではなく、「思考停止の呪文」になりさがり、日本つぶしに狂奔する左翼の便利な道具と化けてしまった。
              ということは、平和の精神を第九条から救出しなければならず、国柄のなかに正しく位置づけしなおし、一方で正当な安全保障を九条から救い出す必要がある、と説く。
              すなわち「日本は七十年にわたり、『平和』を好むことを、『憲法九条』による国防の制約に置き換えるという根本的な欺瞞を犯してきた。自らが自らを騙してきたばかりではない。日本を弱体化させたい国や勢力にとって『憲法第九条』ほど便利な道具はない」からである。
              安全保障論議がこうまでいびつに歪むのは、この平和という概念の認識の誤謬であり、なぜか日米安保条約が守護神のごとくに取り違えられている。
              自らを自らでまもるということは、軍事同盟は一時的打算でしかないことも同時に認識するべきである。
              「もちろん、アメリカ政府は、当面日米同盟堅持を謳い、日米安保の適用を確約するでしょう。が、アメリカが日本死守を国是としていた状況から、日米中関係を天秤に載せた段階で、日本の安全保障環境は、冷戦時代から百八十度転換している」
              したがって、小川氏が力説するポイントは、「こうした世界史的な文脈も読めずに、目先のアメリカの対応に一喜一憂して、対策が後手後手になる事がいちばん恐ろしい」のであり、要するに「主権の消滅に向かって(日本が)漂流するに身を任せるのでなければ、日本人自らが主体的に国を護る「能動的」な国家に、劇的=非連続的に変貌するしかなくなっている」
              まさに正論、襟を正して読むべきだろう。
              本書は最後の章で、赤旗に利用される女優吉永小百合と、不思議な偽善者大江健三郎を俎上に載せて品よく批判しているが、これは蛇足という印象を持った。

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              書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW

              そもそも「南京事件」なるでっち上げを創作したのは誰か?
              やはり「南京大虐殺」は無かったことが最終的に証明された


              水間政憲『完結「南京事件」』(ビジネス社)
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              副題が「日米中歴史戦に終止符を打つ」とあって水間氏の長年にわたる信念と執念が籠められた作品である。
              戦後ながきにわたって日本人が自虐史観にさいなまれ、日本の軍国主義が悪かったなどと脳幹をズブズブに洗脳されてきた基本のプログラムがWGIPにあったことは、公知の事実となった。
              WGIPとはウォー・ギルド・インフォメーション・プログラムのことで、日本人をして贖罪意識を抱かせ、二度とアメリカに立ち向かえないように精神を惰弱にしてしまう洗脳工作である。
              加えて近年には「ヴェノナ文書」の存在が暴かれ、日本を戦争に巻き込んだ陰謀が明らかとなり、直近ではフーバー元大統領がルーズベルトの陰謀を明かすところなく明らかにした『裏切られた自由』の翻訳が揃い、「かれら」が言ってきた歴史解釈のすべてが間違いであることが白日の下に晒されたのである。
              本書でも水間氏は言う。
              南京事件は米国の歴史改竄がスタートだった。GHQが創作した日本人洗脳のラジオ番組から出鱈目な「日本=悪」史観が蔓延した。日本が正しかった証拠となりそうな戦前の良書は「閲覧禁止」となって図書館、書店から没収された。
              そして米国の宣伝に悪のりした中国の南京大虐殺の『証拠写真』なるものは、すべて捏造写真であったこと、本当はまったく逆で日本軍の南京入城はシナ人から歓迎されていたことも了解できるようになったのだ。
              GHQが命じたプレスコード、ラジオコードにより、新聞と雑誌の事前検閲がなされた。
              そして米国が策定した言論統制に違反したら、メディアと国民は「懲罰」の対象とされた。
              「日本社会は『見ざる、言わざる、聞かざる』の恐怖社会に貶められました。(中略)米国が『改竄』した『歴史認識』に異を唱えたら、逮捕される可能性もあり、裁判所で罰せられたら家族が路頭に迷うこともあったのです。友人知人や家庭内でも米国を批判すると、通報(密告)される危険性があり、うかつなことを子供の前でも言えなくなっていた」(21p)。
              ところがまだ洗脳されたままの哀れな日本人がいる。
              水間氏は、その典型に村上春樹をあげる。村上の『騎士団長殺し』では依然として死者が40万人と唖然とするような数字を平気で、反省もなく用いている。実際の南京城内における民間人の死者は「34人」だったにも関わらず。
              本多勝一らが書いた本にも、「だれが、いつ、どこで、を無視した写真が使われており、特定のイデオロギーに誘導する印象操作が行われています」と水間氏が言う。
              そして本書の後半で、水間氏は飛躍するかのように三島由紀夫の自衛隊乱入、最後の檄文を問題としている。なぜなら三島が諌死事件をおこした場所こそは東京裁判の法廷であったからだ。
              水間氏はこうまとめる。
              「三島由紀夫氏の真情は、『東京裁判史観』の粉砕だったように思えてなりません。東京裁判での『目玉』は「南京大虐殺事件」でしたので、本書を三島由紀夫氏に捧げます」(122p)。
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              バブル崩壊の元凶は金融緩和ではなかった
              日銀は政策を間違えて、そのうえリーマンショックでも何もしなかった


              高橋洋一『日本を救う最強の経済論』(育鵬社)
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              経済論壇で八面六臂の活躍をする著者がやさしくバブル経済の本質と、その苦境から脱出するべき処方箋を提示し、同時にアベノミクスがいかに正しいかを論証したのが本書である。
              かと言って高橋氏は安部首相べったりでもなく、その前の小泉首相にも、民主党政権のときにも政治家に経済政策を説明してきた経歴がある。だが、本人が言うように、高橋氏の政策をその場で理解したのは安倍晋三首相のみだったという。
              そういえば先月「日本経済新聞」に連載された?村正彦(自民党副総裁)「わたしの履歴書」にも、安倍首相は安保問題でもことのほか理解が早いと書かれている。
              バブル経済が破裂して『失われた二十年』という、直滑降の如くどん底へ転落した日本経済の元凶は日銀の政策の間違いにあることは言うまでもないが、もともとバブルの発生は株価上昇に遅れて不動産の上昇があり、株価が異常に高くなったのは証券会社に天才的営業が居て『抜け穴』を利用したからだった。当時、大蔵省にあって著者は、この抜け穴を塞ぐ通達を出した。たちまち株バブルははじけたが、不動産は上昇し続けた。
              そこで出てきたのが総量規制である。
              「規制の適正化」によりバブルは沈静化するが、「一方で日本銀行が同じ時期に金融引き締めをしてしまったのだ。今から考えれば、これがバブル処理における最大の失敗だった。致命的な間違いを多くの方は知らないだろうが、この政策失敗でバブルの後遺症が大きくなったのだ。そもそもバブルの原因は金融緩和ではない。だから、バブルつぶしのために金融機引き締めすることが正しかったはずもない」
              と言い切る。
              しからば高橋氏によるバブルの分析とは、
              「資産バブルを産んだ原因は、法の不備を突いた営業特金や土地転がしなどによる資産売買の回転率の高さだったが、日銀は原因分析を間違え、利上げという策を実施してしまった」(47p)
              この続きがある。
              リーマンショックが起きても、白川総裁率いる「日銀は何もしなかった。その結果、円や他国通貨に比べて相対的に過小となって円高を招いてしまう」
              しかし「白川氏は間違いを認めず、日銀の失敗を海外の経済環境や日本の人口減少などの外部環境のせいにしてきた。一方で、日銀の金融政策を世界のフロントランナーなどと自己評価を高くする始末だ」(54p)
              路線が変わったのは安倍政権の登場だった。「金融政策の間違いを正し、不始末の処理を」行ったのである。

              さて以上のことは評者自身も何回となく述べてきたので、これ以上の説明を省くが、本書の後段で、高橋氏は面白いことを言っている。
              それはAIの未来像である。
              官僚機構に関して「役人のやっている仕事の殆どはAIにまかせればすんでしまう」と大胆なことを言う。
              フィンテックの導入によって、五年後に銀行員の数は半減するといわれる。ならばビューロテック(官僚行政のAI化)で公務員を半減できるではないか。
              高橋洋一氏は官僚時代に国会答弁を何回も書いていて、その経験から国会答弁はパターン化しているのだからAIでも九割は可能だと、これまた大胆な発言をしている。
              国会答弁いがいでも、日銀の金融政策はAIで可能というのだ。
              「一定期間内でインフレ率と失業率(両者には密接な関係がある)の目標達成を目指す金融政策などはまさにAIそのもので、たとえばインフレ率が低ければ金融緩和し、高ければ金融引き締めをする、というサーモスタットによる温度調節のようなものだからだ。こうした行動関数で中央銀行の金融政策の9割程度は説明できるとすれば、AIが金融政策を決めることができる」(125p)。
              ナルホド、極論すれば、いずれ日銀も不要になるわけだ。
              しかし既得権益にしがみつき、ひたすら「省益」だけを守ろうとする官僚が、そこまでやってしまう、つまり高級官僚を失業に追い込むようなAIを導入するだろうか?

               

               

              posted by: samu | 書評 | 11:18 | - | - | - | - |
              書評『韓国・韓国人の品性』(ワック)古田博司
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                宮崎正弘/書評

                地形が悪すぎるから品性も悪くなった韓国人
                いまこそ「非韓三原則」を日本外交の基本とせよ

                なにしろ韓国の専門家が言うのだから間違いはない。
                「非韓三原則」で、これからは韓国に対処せよ、という基本方針を日本の外交方針に据えるのである。
                すなわち「助けず、教えず、関わらず」という三つの基本姿勢の貫徹である。
                韓国人にかぎらず朝鮮人は見栄っ張りで嘘つきだが、法治の概念がない。卑劣という言葉の意味するところが理解できず、あるのは憎悪の反日ナショナリズム。だから救いようがない。
                膨大な援助をしても、恩を仇で返すのが常識の国、その品性にはもう付き合いきれない。
                古田教授はまず「地形と歴史が悪すぎる」と指摘する。したがって人柄も悪い。
                「もったいないのが在日韓国人である。せっかく親の先見の明で朝鮮半島から脱出し、新天地で伸び伸びと育ったのに、ナショナリズムか何か知らないが、戻ってきて韓国人から罵られる。『なんで韓国語ができないのか。おまえの親に愛情がなかったからだ』と、言われる。あんまりではないか。本当は脱出した者に嫉妬を向けているだけなのだ」と古田教授の表現力は直截で肺腑をえぐる爆弾のようである。
                とはいうものの、そういう醜悪な国家が我が国の隣にあるのだ。
                「地理だからどこかよそに引っ越すというわけにはいかない。日本人には嫌なものから眼をそらす癖がある。いま北朝鮮からミサイルが飛んできても、きっと落ちないだろうと目を逸らしている。嫌なものを見たくないので、どうしても無傷を想定してしまう。そうやってアメリカと戦争して負けたのだ」
                しかしそろそろ「歴史から学んでもよい頃だろう」
                地形が悪いというのはパレスチナに似ており、しかも戦争となると必ず国王が逃げ出す。
                したがって「王権が弱く、家臣が王の言うことを聞かない。世継ぎも国王あるいは王后と家臣団が相談して決める。テレビの在日のコメンテーター辺眞一氏が朝鮮は長子相続だと言っていたが、自国の歴史を知らないにもほどがある。たとえば、李朝の初代国王、太祖の世継ぎは家臣団が推薦する末っ子の李芳碩(11歳)に決まった。ところが、異母兄の実力者、靖安大君が立腹し、地方官の私兵を使って王宮を囲み李芳碩を暗殺、四男・李芳幹とは開城で市街戦を繰りひろげて敵対する派閥を全滅させて第三代の王位に就いた。これが太宗である」。
                いま、北の王朝も似たようなことをしている。
                本書は三年前に古田氏がだした『醜いが、眼をそらすな、隣国・韓国!』に新しく一章を加えて加筆した新版である。清涼剤をまとめて二十本ほど飲んだ気分、それが読後感だった。

                posted by: samu | 書評 | 10:28 | - | - | - | - |
                書評『小池百合子 偽りの都民ファースト』(ワック)片山善博 v 郷原信郎
                0

                  宮崎正弘/書評
                  清新なイメージで「小池劇場」を売り込んだのはたいした度胸だが
                  『悪代官』を退治するなんて印象操作の化けの皮が剥がれてきた

                  都民ファーストと叫んではいるが、実質は『自分ファースト』じゃないのか。というのが、本書の骨格をなす基調のトーンだ。
                  「詭弁」と「先送り」が得意技。
                  真髄の政治信条は不明。結局、この女性知事は「地方自治を弄んでいる」と舌鋒鋭く、小池都政の欺瞞に迫るのが本書だ。
                  最近、やたらと増えた小池都政バッシングだが、この本の著者をみれば、前の鳥取県知事と元検事。いってみれば地方自治の専門家である。
                  彼女は『敵』と連続的に造りだして、メディアを逆利用して、『悪党』と対決するポピュリストを演じているが、それに自ら酔ってしまった。しかも、その酩酊度はリスキーな段階に来ている。
                  「都民ファースト」なんておこがましく『自分ファースト』で自爆の道を驀進しているのではないのかと迫る片山元知事は現在大学教授だが、日頃の言説を聞いているとリベラル色が強い。決して保守でない。
                  その片山氏が言うのだ。
                  都民は「クリーンな政治を求めて」、彼女を撰んだが、「小池知事の政治姿勢に対して疑問の声」が強くなり、とどのつまり「肝腎の情報公開にしても『見せる化』には熱心でも、真の『見える化』からはほど遠い」のではないかと強く疑念を呈している。
                  しかし、彼女を撰んだ本当の理由は対立候補が「バカとアカ」しかいなかったから他の選択肢がなかったからじゃないの?
                  一方、郷原氏は「都民にとって小池知事に期待する部分が大きいものの、豊洲移転問題を政争の具にすることに違和感を覚え始めた」のが都民の大多数であり、都民ファーストが実際の選挙では票に結びつかないだろうと示唆する。
                  片山氏曰く。「重責を担う都知事が、スター性に酔ってはいけない。政党を立ち上げ、都議会選挙に臨む時間など本来ないはずだ」
                  そして郷原氏曰く。
                  「『安全』を『安心』の問題にすり替え、暴走する小池都知事。このままでは東京都の『地方自治』は遠からず崩壊する」と。
                  小池劇場批判の先陣を切ったのは桜井よしこ氏と有本香氏だが、この都政批判の出版ブームはまだまだ収まりそうにない。『新潮45』など、ほとんどが小池百合子都知事批判である。
                  こうなると、本選挙で何割の都民が投票に行くのかな?

                  posted by: samu | 書評 | 22:44 | - | - | - | - |
                  書評『父の謝罪碑を撤去します』(産経新聞出版)大高未貴
                  0

                    宮崎正弘/書評

                     


                    偽証、フェイクで日本を貶めた吉田清治とは何者だったのか?
                    慰安婦問題の原点「吉田清治」長男の懺悔と悲壮な独白

                    嘗てオートバイを駆って、世界一周女性単身の冒険をなしたエネルギー溢れる大高さんが、保守ジャーナリズムが未踏の領域に力一杯斬り込んだ。
                    そのフットワークの力強さ、感受性の鋭さ。好奇心が本書に充ち満ちている。
                    いまさら言うまでのないが、吉田清治は日本を貶めるために「創作」に熱中し、あり得なかったことを次々とでっちあげ、朝日新聞と「共闘」して我が国に名誉を著しく汚した張本人である。
                    しかし朝日新聞が、この嘘を自ら謝罪したことにより、吉田証言なるものが、かえって注目を集めた。朝日新聞は、購読者数を激減させ、経営がふらつき、東大の就職希望者がほとんどいないというほどの惨状に追い込まれた。
                    長男の悲壮な決意とは、
                    「父が発信し続けた虚偽によって日韓両国民が不必要な対立をすることも、それが史実として世界に喧伝され続けることも、これ以上、私は耐えられません。いったい私は吉田家最後の人間としてどうやって罪を償えばいいのでしょうか。せめてもの罪滅ぼしに決断したことがあります」
                    それが吉田清治の謝罪碑の撤去である

                    さるにても吉田清治なるは、本当はどういう人間で、いったい何を考えていたのか?
                    本書はその生い立ち、生活ぶり、戦後の妖しげな足跡、その晩年のくらしぶりに長男の証言をもとにぐいぐいと真実に迫る。
                    吉田清治は結構な文才があり、応募作で懸賞金を手にしたり、週刊朝日の手記で佳作に入選したりした経験があった。
                    その多少の文才が、かえって作家になれるかもという幻影を追って、その夢想に取り憑かれて就職もせず、ぶらぶらとしていた。まさしく戦後の「知の荒廃」という時代の背景を鮮明に連想させてくれる。
                    下関時代に吉田は共産党から「市議会選挙に立候補し落選している」(72p)という過去があることも分かった。
                    また済州島の惨劇を吉田清治は書いたが、長男は作りごとだと明言している。
                    「父は済州島には行っていません。それは父から聞いています。それで、父は済州島の地図を見ながら原稿用紙に原稿を書いていました」(99p)
                    衝撃的な証言はまだまだ続く。
                    「慰安婦慰霊碑建立」の活動に立ち上がったある女性は、韓国からイ貞玉なる韓国人女性(運動の中心人物)の訪問を上、国会議員会館を訪ねると、
                    「土井たか子の秘書が(イに)『いつもの活動費』と言って、百万円ほどの封筒を渡したこと」があるという。
                    直後、河野談話が発表された。
                    長男も次男もソ連に留学しており、大田薫の推薦があって、逆に留学記録を書いたためにソ連から追放され、帰国後も公安の頻繁な接触があったという後日談も加わっている。
                    舞台裏の闇に繰り広げラテいる日本を貶める策謀に一端が、本書を通じて明らかになった。
                     

                    posted by: samu | 書評 | 09:26 | - | - | - | - |
                    書評/『知の湧水』(ワック)/渡部昇一
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                      宮崎正弘/書評

                      日本が文化的先進国である一つの象徴は『神学大全』の翻訳である
                      英国、仏蘭西、伊太利亜などでしか全訳は出版されていない現実


                      渡部昇一『知の湧水』(ワック)
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                      「希代の碩学、珠玉のエッセイ」とあって「知の巨人、ラストメッセージ」という文字が本書の帯を飾っている。
                      それにしても湧き水のごとく、次々と英知が現れてくるという碩学が世の中にはいるのである。知の湧水とは、じつに適切なタイトルだと思った。
                      先日、イグナチオ教会で行われた氏の追悼ミサの入り口に看板があって、仏教でいう氏の戒名は「聖トーマス・アキナス」とあった。
                      本書を読んで、その聖名の理由がよくよく理解できた。
                      渡部氏は、このなかでドーマス・アキナスに幾多のページを割かれ、とりわけ『神学大全』について詳述されているからである。
                      なにしろ、この世界一難解とまでいわれる書物の原書を氏は三回も精読された。「神学大全邦訳完成記念」セレモニーでは、氏がスピーチもされた。

                      さて本書を通読したあと、印象的な既述が二ケ所あった。これは個人的な感想であるが、まずはアリストテレスとプラトンの差違である。
                      「この二人の大哲人の切り口は全く違った方向に向いていたと言える。つまりプラトンの切り口は『東』に開かれており、アリストテレスの切り口は『西』に開かれていた。プラトンの思想は東洋にも偏在したいたが、アリストテレスは西欧の中世に花開き、実を結び、西洋と特徴付ける哲学となった」(162p)。
                      プラトンは「不滅の霊魂とその転生について語っている」のである。『プラトン全集 第1巻』(岩波書店)には次の言葉がある。
                      「たしかに、よみがえるという過程があることも、死んでいる者から生きている者が生じるということも、そして死者たちの魂が存在することも、本当なのである」

                      なぜこの箇所に評者が惹かれたかといえば、生前の氏との会話(下段追悼文『附録』を参照)に三島由紀夫の転生が話題となったことがあるからだった。

                      もう一つは渡部昇一氏が子供三人、孫五人に囲まれた金婚式での感激をさらりと綴ったなかでの、次の文章である。
                      そのまま引用すると、
                      「子供を育てるということは大変なことである。しかしわれわれはそれをーー当時の大部分の日本人のようにーー当たり前のことと受け止めていた。しいて言えば子供で苦労することは当たり前の人間にとって『人生の手ごたえ』と感じたとでも表現できようか。子供の教育費がなかったらもっと贅沢な生活ができただろうになどとは考えなかったし、子どもがいるので生きる張り合い、働く張り合いができたというべきであろう」(引用止め)
                      こんにちの少子高齢化社会への警告的な譬喩である。

                      (附録)
                      「渡部昇一氏を悼む/宮崎正弘」(拙メルマガ4月19日号より再録)
                      (引用開始)
                      「渡部昇一氏が4月17日に亡くなった。振り返れば、氏との初対面は四半世紀以上前、竹村健一氏のラジオ番組の控え室だった。文化放送で「竹村健一『世相を斬る』ハロー」とかいう三十分番組があって、竹村さんは一ヶ月分まとめて収録するので、スタジオには30分ごとに四人のゲストが待機するシステム、いかにも超多忙、「電波怪獣」といわれた竹村さんらしい遣り方だった。
                      ある日、久しぶりに呼ばれて行くと、控え室で渡部氏と会った。何を喋ったか記憶はないが、英語の原書を読んでいた。僅か十分とかの待機時間を、原書と向き合って過ごす人は、この人の他に村松剛氏しか知らない。学問への取り組みが違うのである。
                      そういえば、氏のメインは英語学で、『諸君!』誌上で英語教育論争を展開されていた頃だったか。
                      その後、いろいろな場所でお目にかかり、世間話をしたが、つねに鋭角的な問題意識を携え、話題の広がりは世界的であり、歴史的であり現代から中世に、あるいは古代に遡及する、その話術はしかも山形弁訛りなので愛嬌を感じたものだった。
                      近年は桜チャンネルの渡部昇一コーナー「大道無門」という番組があって、数回ゲスト出演したが、これも一日で二回分を収録する。休憩時に、氏はネクタイを交換した。意外に、そういうことにも気を遣う人だった。
                      そして石平氏との結婚披露宴では、主賓挨拶、ゲストの祝辞の後、歌合戦に移るや、渡部さんは自ら登壇すると言いだし、ドイツ語の歌を(きっとお祝いの歌だったのだろう)を朗々と歌われた。芸達者という側面を知った。情の深い人だった。
                      政治にも深い興味を抱かれて、稲田朋美さんを叱咤激励する「ともみ会」の会長を務められ、ここでも毎年一回お目にかかった。稲田代議士がまだ一年生議員のときからの会合で年々、参加人員が増えたことを喜んでいた。
                      最後にお目にかかったのは、ことしの山本七平授賞式のパーティだったが、氏は審査委員長で、無理をおして車椅子での出席だった。「おや、具体でも悪いのですか」と、愚かな質問を発してしまった。
                      訃報に接して、じつは最も印象的に思い出した氏との会話は、三島由紀夫に関してなのである。
                      三島事件のとき、渡部さんはアメリカに滞在中だった。驚天動地の驚きとともに、三島さんがじつに偉大な日本人であったことを自覚した瞬間でもあった、と語り出したのだった。渡部さんが三島に関しての文章を書かれたのを見たことがなかったので、意外な感想に、ちょっと驚いた記憶がふっと蘇った。
                      三島論に夢中となって、「憂国忌」への登壇を依頼することを忘れていた。合掌」(引用止め)。

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                      あの巨大津波で松島基地に係留されていた戦闘機は塩漬けになった
                      奇跡の修復プロジェクトによって13機が前線に復帰した


                      小峯隆生著、柿谷哲也撮影『蘇る翼 F2B津波被災からの復活』(並木書房)
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                      こういう物語があったこと、知らなかった。
                      東日本大震災直後の2011年4月、松島基地を取材で訪れた筆者は、津波で大きく損傷したF2Bを見た。
                      塩漬けの無惨な姿で、最新鋭機が転がっていたのだ。
                      評者(宮崎)と言えば、あの日、福建省福州にいた。滞在したホテルで胸騒ぎがして、東京に国際電話を申し込んだが一時間通じなかった。災害発生を知り、部屋のテレビを入れると、生々しい被害状況が刻々と映し出されて驚愕した。
                      東京も交通が痲痺しており、評者は上海で二日間待機し、帰国したことを思い出した。

                      さて被災した戦闘機である。精密機器の塊である戦闘機を完全修復することは不可能だろうと予測された。世界中でも、そんな例はなかった。
                      航空自衛隊にとって複座型のF‐2Bは、戦闘機パイロット育成のために、なくてはならない機体だ。しかもF‐2の生産は終了しており、新たに製造することはできない。このままでは日本の国防に大きな空白が生まれてしまう。
                      安全保障上、由々しき問題であり、かと言って制約された防衛予算をみれば代替機の購入など夢の物語である。
                      塩漬けとなったF‐2Bを復活させることはできないだろうか?
                      空幕内に「チーム松島」が結成され、前代未聞の「海水漬け」戦闘機の修復プロジェクトがスタートした。

                      男たちの挑戦が始まった。ついに18機のF‐2Bのうち13機が修復され、再建された松島基地に続々と帰還したのだ。
                      壮大な戦闘機修復プロジェクトは、いかに実行され、成功したのか? 
                      筆者は数か月かけて、航空幕僚監部、松島基地、三菱重工業小牧南工場、IHI瑞穂工場、国会議員など、多くの関係者にインタビューを重ね、このプロジェクトが関係者の熱意や努力ばかりではなく、深い洞察力に裏付けられた判断力と実行力によって成し遂げられたことを知った。
                      損傷した航空機や施設、すなわち戦力をどうやって回復させるか、そのためには何をなすべきかを計画・立案した空幕の強力なリーダーシップ、予算措置など政治・財務面のサポート、そして何より損傷機の修復に取り組んだメーカーの熱い「ものづくり魂」がひしひしと伝わる感動のドキュメントが出現した。
                       

                      posted by: samu | 書評 | 10:31 | - | - | - | - |