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政治主導の解決策/八幡和郎
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    政治主導は正義だがルールと透明化が必要〜加計学園にしても豊洲・築地でも政治主導はよいとして不透明であるがゆえに疑惑が生じた。前川氏の反乱は単なる不祥事更迭の復讐にしか見えないが、人事の政治主導も歯止めがないと行政の活力を奪いかねない。そこでその解決策を呈示する】◆官僚は不法な政治介入に屈すべきでないし、シンクタンク的に多様な選択肢を発信することも期待されている。しかし、それと同時に政治の意思の機能的な執行者であることも期待されている。
    このふたつの矛盾しがちな要請をどのようにバランス良く実現していくかは、古今東西の官僚機構にとって頭の痛い難問であり続けてきた。
    加計問題は、中曽根政権あたりから始まり、民主党政権下でやや幼稚なかたちで進展した政治主導が、管官房長官を頂点としたリーダーシップで強い力を発揮しているなかで、
    あきれ果てた岩盤規制を守り続ける一方、無邪気に法を無視して天下りの斡旋をしていた文部科学省の事務次官が更迭されたことに端を発した。
    前川喜平氏は、大富豪であり、数千万円の退職金は既にもらっているし、息子は医師であるとなれば、政権に睨まれて困窮する小市民的な心配もない。しかも、中曽根弘文氏の実兄という背景もあれば、永田町の政治ゲームのなかで味方を見つけるのも容易な立場だった。
    私は、加計学園の問題で、政治の意向が過度に発揮されたとは思わない。志願者も多い獣医学部を新しい発想で創ってもいいのではなかということも、地方振興や業界の抵抗の少なさを考えて四国はどうかというのについて、他の要素にも目配りしながら方向性を示していくとか、出来るだけ急げということも政治家として当たり前のことだ。
    その過程で、獣医業界側の要望を呈して民進党でも玉木代議士や自民党でも麻生太郎副総理に近い人々が動いていたし、加計学園にはむしろ地元で民進党の江田五月氏などのほうが直接的な関係をもっていたが、それだって、悪いこととは思わない。
    また、政治家の意向を忖度して強い意向を誰が持っているというのも役所のなかで誇張して書くこともよくあることだ。
    正々堂々とそういえばいいのに、文書があるとかないとか、公文書かどうかとかいう議論に巻き込まれてつまらん反論をしたのが、大失敗なのである。
    ◆フランスにおける政治主導と官僚機構
    しかし、この問題を離れていえば、政治主導、官邸主導は必要なことだが、その一方で、ルール作りをし、透明性を確保しないと、行政の中立性を害するとか官僚を萎縮させるとかいう弊害も心配だ。
    すでに書いたように、安倍内閣はここ30年くらい叫び続けられてきた政治主導を名実ともに実現しつつある。そうなると、今回の加計問題は、あまりにもいじましい復讐劇でしかないので、一緒にされたくないとはいえ、このまま政治主導がなんのしばりもなく暴走することに危惧をいだく霞ヶ関の住人やOBも少なくないのである。
    私自身にとって、この問題は、40年近く前からの関心事である。1980〜1982年にオランド前大統領やマクロン新大統領の母校であるフランス国立行政学院(ENA)に留学してフランスにおける政治主導が行政の活力を奪うことなくどう実現されているかを、「フランス式エリート育成法」(中公新書)という著書や論文などで紹介して以来、ことあるごとに紹介し日本にどう導入するかを論じてきた。
    しかし、デカルト的な明晰さは日本人の好むところでなかったのか、日本における政治主導はあいまいな形で進み、その矛盾が今回の事件にいびつな形で表出したのだと思う。◆官僚人事と政治主導
    官僚の人事を仲間内の順送り人事から政治の意向も加味していこうとしているなかで、 公務員の中立性を保ちちつつ政治の意向も適正に反映させるバランスが取れたシステムが確立されるべきだ。
    官僚機構は、民間企業と違って代替するほかの組織を持たない存在である。そのときの政権の意向を反映するだけでなく、将来の別の政権のもとでも機能しなくてはならないし、その経験を活かして多様な選択肢を提供できるシンクタンクでもある。
    一方、そのときどきの政権の政治的意思をもっとも迅速に実現していくマシーンでることも要請されている。
    そのふたつの要請を両立するために、日本と並ぶ官僚国家であるフランスでは、いくつかの工夫をしているし、私はこうしたシステムの導入をENA(フランスの官僚養成機関でマクロン首相の母校)留学から帰った1982年から主張し続けている。
    たとえば、フランスには事務次官は存在しない。アメリカなどでも次官はいるが、次官補などに対して序列で一位だというだけだ。中国の官僚機構でもそうだ。日本のように、大臣が会長であるのに対して社長だというような事務次官は普通ない。人事などは総務局長が担当だ。
    フランスでは、大臣の手足になるのは、大臣官房だ。いわば補佐官室で、官房長は首席補佐官というべき存在で、大臣の代理人だ。政治任命なので、経歴は問わないが、普通は官僚出身者だ。その省の官僚が多いが、他省庁からも来る。とくに、フランスではマクロンのような財政監察院、フィリップ首相のような国務院、オランド前大統領のような会計検査院というグランコールと呼ばれる三つの組織の人間がスーパー・キャリア官僚となっており、官房長の供給減だ。
    そして、官房のメンバーは10人くらいからなるが、だいたい、官僚が半分強といったところか。
    局長などは、大臣が官房長の補佐を受けて任命するが、大統領や首相の助言もされる。実務能力がないと困るのは大臣なので、それほど極端な政治任命はされない。
    野党や大臣の政敵に近い幹部はどうするかといえば、中枢から離れたポストに待避する。それが省内ということもあるし、外郭団体のこともある。ただし、降格や肩たたきで辞職を強いられることはない。
    このようなシステムのお陰で、野党のブレーンとなっている官僚も多いし、それが、円滑な政権交代を可能にしている。
    このような官房(補佐官)システムは地方自治体にあっても適用可能だと思う。
    ◆評価や基準は客観的にしたうえで堂々と政治判断を
    もうひとつの問題は、政策決定にあたって、定められた基準に従い客観的に決定が行われてるという無理なフイクションを立てながら、実態は、 善悪はいろいろだが政治的、社会的配慮で決定が行われていることだ。
    基準や分析結果の数字の方を結論ありきで操作するという惡弊になっているのである。加計でも、実際には政治的に方向付けがされながら、後付け的に選考基準がされた印象がある。
    私は、政治的な意思を反映したら、 それと分かるように示して国民に対して責任を持つのが好ましいと思う。
    東京都の豊洲問題でも、移転に賛成派も反対派も、自分で出したい結論に合わせて効果を試算したり、基準を設定していた。
    そのあげくが、超政治的に豊洲も築地も両方という驚天動地の選挙ファーストの結論になってしまった。
    そんなことやめて、経済効果はこういう順序だ。しかし、こういうことも大事だと思うので、こういう結論を出した。これを議会でも議論して欲しいし都民も広く議論して欲しいというのが、あるべき姿だと思う。
    そうしていけば、小細工や苦し紛れの説明などせずに、客観的な評価はこうだが、あえて、こういう政治判断を行ったとして、正々堂々と政治判断の是非は選挙での有権者での投票で問えばいいことになる。

    安倍首相は、混乱をきたした原因を政治主導のあり方の未熟さにあると認め、行政の中立性ともバランスの取れた政治主導のあり方を確立することをもって、国民への提案とすることを提案したい。

    posted by: samu | 政治認識 | 09:37 | - | - | - | - |
    歴史文献としての「日本国憲法」と「九条」西村眞悟
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      我が国の朝野は、
      「日本国憲法」を「憲法」として、おおまじめに読んできた。
      もちろん、憲法=法規だと思っているので、それに縛られている。
      しかし、「日本国憲法」を
      これを「書いた者」の意図を伺うことができる「歴史的文献」
      として読み込めば、
      そこに、昭和二十年九月二日の降伏文書調印から我が国を占領統治した
      連合国最高司令官ダグラス・マッカーサーと
      GHQ(連合国総司令部)のスタッフ達が
      大東亜戦争で直面した日本という国家の強さと
      それを解体しようとする彼らの目的が浮かび上がってくる。
      そして、同時に、
      この目的のために消された我が国の歴史と陸海軍将兵の勇戦奮闘が甦るのである。

      従って、この観点から、「憲法九条」の背景を見つめる。
      そこに見えてくるのは、
      日本軍のとてつもない強さと、
      日本軍に完敗して戦場から逃げた軍司令官マッカーサーの屈辱である。

      五十歳の若さでアメリカ陸軍の参謀総長に就任するという輝かしい経歴を持つ
      ダグラス・マッカーサーは、
      六十一歳になった日米開戦時には、
      フィリピンのアメリカ極東陸軍の司令官をしていた。
      そして、十二月八日未明、日本海軍の真珠湾奇襲の報に接したマッカーサーは、
      人種的偏見から有色の劣等な日本人は飛行機の操縦ができないので
      ドイツ人が飛行機を操縦していると思い込んでいた。
      しかし、その時、台湾から発進した帝国海軍のゼロ戦、一式陸攻そして九七式陸攻合計一〇六機がフィリピンのアメリカ軍のクラークフィールド基地に襲いかかり、
      ヨーロッパ戦線で撃墜されたことの無かったB17など一〇八機のアメリカ軍機が破壊され撃墜されてアメリカ軍の航空戦力は一挙に半減し、
      十二月十三日には航空戦力が壊滅する。
      マッカーサーは、このクラークフィールドでの、一〇六機の日本軍機の攻撃を、
      七五一機の攻撃であると本国に虚偽報告をしている。
      負けたことの言い訳を嘘ででっちあげたのだ。
      さらに、十二月十日からルソン島北部と南部から上陸してきた日本軍はとてつもなく強く、
      アメリカ軍は蹴散らされて退却を繰り返し、
      十二月二十二日に、
      マニラ西部のリンガエン湾に上陸した本間雅晴中将に率いられた第十四軍が
      マニラに向けて進軍を開始するにおよび、
      マッカーサーは、
      早々にマニラを放棄してバターン半島とコレヒドールに逃げて立て籠もる。
      翌年一月十日、本間雅晴第十四軍司令官は、
      バターン半島に立て籠もったマッカーサーに降伏勧告を伝達する。
      マッカーサーは、降伏勧告を無視するが、
      軍司令官が日本軍に生け捕りにされる状況になってきたので、
      先に前線から逃亡するフィリピンのケソンに、秘密軍事顧問料の支払いを要求し、
      ケソンはニューヨークの口座からマッカーサーに五十万ドルの軍事顧問料を支払って逃亡する。
      続いて、マッカーサーも逃亡した。
      以上、マッカーサーの、
      ワシントンにおける、輝かしい軍事官僚としての経歴と、
      フィリピンの戦場における、有色人種と軽蔑していた日本軍にコテンパンに負けて生け捕りにされかかって逃亡した屈辱と虚言癖を述べた。
      彼に虚偽報告をさせ敵前逃亡をさせた日本の陸海軍は、
      マッカーサーにとって、とてつもなく強かったのである。
      そして、「日本国憲法」は、
      この日本軍に負けた屈折した男の指揮の下に書かれている。
      さらに、
      負け戦における日本軍の恐ろしさを身にしみて知ったのもアメリカ軍である。
      ガダルカナル、ラバウル、パラオのペリリューとアンガウル、サイパン、硫黄島、
      そして沖縄における日本軍の戦いは、アメリカ人の想像を絶した。
      つまり、死ぬのが分かっているのに戦いを止めない日本軍、
      さらに、死ぬために突撃してくる日本軍は、アメリカ人にとって戦慄すべき軍隊であった。

      「戦後という時期」は、現在に至るも、
      戦場でアメリカ軍が日本兵を射殺し、火焔放射器で焼き殺し、
      日本の婦人がサイパンの崖から身を投げる影像が、
      毎年、八月十五日が近づけば、我が国のTVで放映されるが、
      あの影像は、アメリカ軍が、日本軍が弾も武器も食料も無くなって戦うことができなくなってから、
      本国における戦意昂揚と予算獲得の為に撮影したプロパガンダ影像であり、
      日本軍との戦闘の実相を映したものではない。
      第一に、アメリカ軍が日本軍との戦闘の最前線に使った黒人兵は
      一人も映っていないではないか。
      日本軍兵士の回想に、最初に来る敵は全て黒人なので、
      「俺はアフリカと戦争をしているのかと思った」
      とあるのを読んだことがある。

      さて、我らは、
      マッカーサーのGHQに「太平洋戦争」という呼称を強要されて
      そのまま使っているので、
      太平洋の島々の負けた戦いしか知らず、
      「大東亜」つまりアジアの大地での実態は視ていない。
      日華事変の直後に召集され七年近く北支と南支で戦い、
      昭和二十年の終戦後に伍長で帰還した作家伊藤桂一氏の戦場の回想である
      「草の海 戦旅断想」に、
      終戦後の八月十七日のことを書いた次のような記述がある。

      槍兵団の一部が、駐屯地から北上を続けていたとき、
      新四軍(共産軍)に包囲されて
      「武器を捨てれば貴隊を保護してやる」という勧告を受けた。
      その勧告に対して部隊長は
      「道をあけろ、あけねば武力で通る」と応じて、
      交戦して撃退し、敵の小銃七十挺を鹵獲して、悠々とある町に着いた。
      すると、いく分当惑して寄ってきた中国人が言った。
      あんたらは、もう戦争にまけているのだ・・・
      いつまでも勝っている気分でいられちゃ困ります。

      また、他の箇所で、伊藤氏は、
      戦争が終わったという知らせが来た時、
      捕虜のイギリス軍将校が負けたと泣いたので、日本軍将校が彼を慰めた。
      すると、負けたのは日本だとの知らせが入り、
      今度は、しょげた日本軍将校を、泣いていたイギリス軍将校が慰めた、
      という情景も書いている。

      以上は、伊藤桂一氏の体験した情景であるが、
      中国戦線、インドシナそしてインドネシアにおいては、
      八月十五日にも日本軍は最強の軍隊として存在していた。
      この地域を支配したい蒋介石軍と共産党軍、
      この地域に帰りたいイギリス、フランス、オランダにとって
      この最強の健全無傷な日本軍が武装を解除するか否かが最大の関心事であった。

      従って、この日本の帝国陸海軍を武装解除させることが、
      昭和二十年九月二日に調印された「降伏文書」の主目的となっており、
      さらに、五か月後の昭和二十一年二月四日〜十二日に起草された
      「日本国憲法」の主題、主目的となったのである。
      従って、この「憲法」を書いた者たちは、
      特に「第二章」という「九条」だけの一章を設けて
      戦争の放棄と、陸海空軍の不保持と交戦権の否定を特筆しているのだ。

      つまり、「降伏文書」と「日本国憲法」は、一体の文書であり、
      あのマッカーサーは、
      「降伏文書」で日本に約束させた陸海軍の武装解除を
      さらに追撃して
      「日本国憲法」で徹底し、かつ固定化しようとしたのだ。
      それが、「前文」と「九条」であり、
      さらに、日本人を家族と社会と国家から遊離させる「人権規定」である。
      天皇と国家と社会と家族との強い絆が、日本人の強さの源だからである。

      以上の通り、
      「日本国憲法」と、その象徴である「九条」は、
      マッカーサーが骨身に染みた
      「日本軍の強さ」、
      「天皇を戴く日本の強さ」
      を解体する目的で書かれた復讐文書であり、
      同時に、
      祖国のために日本軍兵士が如何に勇戦奮闘したのかを示す文書である。

      アメリカ軍だけは、確かに太平洋で勝った。
      そして、まだまだ余力があり、もし本土決戦になれば、
      太平洋の島々のように
      アメリカ軍の前で日本軍が簡単に崩壊すると我々は教えられている。
      それ故、我が国の本土決戦は、
      軍国主義の発狂、きちがい沙汰、だというように思い込まされた。
      果たして、そうであろうか。
      確かに、我が日本は息絶え絶えであった。
      しかし、こちらが苦しいときは、敵も苦しいのだ。
      アメリカ軍も、
      決死の日本軍との、今まで以上の本土での決戦に耐えられたであろうか。
      以下は、
      「大東亜戦争と本土決戦の真実」(家村和幸著、並木書房)より、

      フィリピン戦線で勝ったアメリカ軍師団長は、
      降伏した第十九師団長長尾中将に次のように語っている。

      戦場で相見えた仲でなければ相手の偉大さは分かりません。
      あなた方日本軍の精強さに私たちは感嘆しています。
      日系市民志願兵で編成された第四四二部隊が樹てた偉大な業績は
      米軍内で驚異の的になっています。
      私たちは、この戦場でその実際を身をもって痛感しました。

      大本営は、
      昭和二十年三月、
      要衝のラバウルを守りとおしている第八方面軍参謀の原四郎中佐を、
      ラバウルから東京の大本営作戦課に呼び戻して本土決戦担当の参謀とし、
      次いで激戦中の沖縄から決死の覚悟で小舟で脱出して
      沖縄戦の地上戦闘の教訓を伝えた神少佐と森脇大尉の報告を元に
      本土決戦姿勢を決定して、六月、参謀次長名をもって
      「本土決戦根本義の徹底に関する件」を各部隊に通達し、
      奇しくもドイツのロンメル元帥が、
      ノルマンディー上陸作戦の直前に言った通りの決戦を
      水際で実施しようとしていた。
      ロンメル元帥は、ノルマンディーの海岸でこれを実施できなかったが、
      大本営は、千葉県外房の海岸でこれを実施しようとしていたのだ。

      勝負は、この海岸で決まる。
      敵を撃退するチャンスは一度しかない。
      それは敵が海のなかにいるときだ。
      上陸作戦の最初の二十四時間が決定的なものとなる。
      この如何によってドイツ軍の運命は決し、
      連合軍にとっても、我々にとっても、
      「いちばん長い日」になるだろう。

      六月十三日は、
      「沖縄県民斯く戦えり 県民に対し後世特別の御高配を 賜らんことを」
      との訣別電報を海軍次官宛てに打電して、
      沖縄の小禄の海軍壕の地下の司令官室で自決した
      大田 實海軍中将の命日である。
      私は、千葉県茂原の大田中将の森と田園に囲まれた生家の横に建てられた
      大田中将の慰霊碑の前で、
      命日に行われる顕彰慰霊祭に参列した。
      この慰霊祭は、茂原や市原など近隣の有志が執り行って今年で三回目を迎える。
      慰霊を終えて、地元の同志の案内で、
      茂原市内に残る本土決戦用の飛行機格納壕と滑走路跡を見て回った。
      そして、翌日、外房の風が激しく鳴り波が押し寄せる九十九里浜に立った。
      アメリカ軍の上陸適地は、この浜しかない。
      相模ではない。ここがノルマンディーとなる。
      そして、ラバウルを守り抜いた第八方面軍司令官今村 均大将が部下に語った、
      敵が上陸したならば、
      目をつぶって海岸に突進して、
      敵の喉元に喰いつく、
      という壮絶な決意を思った。
      三年後の東京オリンピックのサーフィン会場は、
      七十二年前の敵上陸適地、即ち敵迎撃適地、であった。

      「憲法九条」は、まさに、
      日本人、日本軍、の強さと
      敵の恐怖を示す歴史的文書である。

      posted by: samu | 政治認識 | 22:39 | - | - | - | - |
      ユネスコ「世界の記憶」藤岡信勝
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        本日(6月24日)付けの朝日新聞朝刊7面に、<ユネスコ「世界の記憶」/「政治案件」一部除外へ/「憲法九条発案は幣原元首相」資料に通告>という見出しの記事が掲載された。骨子はユネスコの「世界の記憶」で、日本関連候補の一部について、「歴史的な判定や解釈はしない」との理由で審議対象から外す方針であることがわかった、というもの。

         主要に取り上げられているのは、憲法九条の発案者が幣原喜重郎・元首相であったとする資料で、日米の市民らが申請したという。記事は次のように書いている。

         <共同申請者で作家の荒井潤さんによると、事務局が今年4月、「『世界の記憶』は政治的党派性を有するとの非難を受けてはならない」「現在の日本政府の決定に影響を与えかねない」として審査対象から外すと通告してきたという。>

        ...

         ここまでのところで、ちょっとコメントしておこう。「憲法九条発案は幣原元首相」ということを示す資料が申請されていることを、この記事で初めて知った。以前、憲法九条に関する資料が「日本枠」で提出され、申請定数オーバーで却下されたという話を聞いたことがあったが、その申請グループが改めて「国際枠」の共同申請で提出し直したのか、それとも作家の荒井潤氏らは全く別のグループなのか、それは分からない。

         ここで、「日本枠」「国際枠」と書いたのは、申請のカテゴリーの区別を示すために私がつくってみた言葉である。申請手引き書の英語は、national, international となっている。どういうことかというと、ユネスコの審査は2年サイクルで申請を受け付けることになっているが、国ごとの申請は2件に限るとの制約が設けられている。

         そこで、テーマによっては、他の国の関係者と共同で申請するカテゴリーがあって、こちらは件数に制限がない。日本枠は一昨年の9月にすでに日本ユネスコ国内委員会が、「上野三碑」と「杉原千畝」の2件を決定しているので、この枠で新規に申請しても申請定数オーバーで門前払いとなる。私たちの「通州事件」も同じ事情があって、チベットと「国際枠」で共同申請している。上記の憲法九条に関する申請も申請主体が「日米の市民ら」と書かれているとおり、当然、「国際枠」での申請である。

         さて、上記の朝日新聞の記事は、続けて以下のように書いている。

         <また、旧日本軍が慰安婦を規律正しく扱ったとする資料や戦時中の中国で邦人が多数犠牲になった「通州事件」の資料(申請・日米の団体)の申請者の一人、藤岡信勝・拓殖大客員教授にも、ユネスコから「ある歴史観を示すことが目的なら、登録は不適切」との通知があった。これに対し藤岡氏は「歴史観を示すものではなく人権侵害の記録だ」と反論したという。>

         この記事を書いたのは、文科省記者クラブでユネスコ関係を担当する朝日新聞の後藤洋平記者で、私のところに2回ほど電話の取材があった。上記の記事は、私の名前が出てくるところ以降は正確に書かれていて問題はないのだが、それ以前の事実関係で混乱と間違いがある。

         後藤記者は、慰安婦の資料や通州事件の資料を提出した日米の団体があって、その申請者の一人が私である、という理解をしているようだが、根本的な誤解がある。

         ^岼舵悗了駑舛凌柔舛函通州事件の資料の申請は、全く独立の別の案件である。記事はこれら2つの案件が一つの申請であるかのように誤解している。
         慰安婦の資料を申請したのは、日米の民間団体で、日本側は「慰安婦の真実国民運動」(加瀬英明代表)、「なでしこアクション」(山本優美子代表)、「メディア報道研究政策センター(小山和伸理事長)の3団体、アメリカ側は「日本再生研究会」(目良浩一代表)である。申請書のタイトルは、「慰安婦と日本規律に関する文書」。
         D冥事件に関連する申請は、テーマは通州事件とチベット問題にまたがり、申請者は、日本側は「通州事件アーカイブズ設立基金」(藤岡信勝代表)で、チベット側は元チベット亡命政府国会議員のギャリー・ブトックである。申請タイトルは「20世紀中国大陸における政治暴力の記録−チベット、日本」というものだった。ところが、4月10日にユネスコの「世界の記憶」登録小委員会から手紙が来て、上記の記事にあるような趣旨であった。そこで、誤解を防ぎ、申請の趣旨をよりハッキリさせるため、「概要」の文章を書き換え、申請タイトルも「人権侵害事件−チベット、通州の場合」とした。タイトルが変更されても、「MoW2016-75」という登録ナンバーが同じなので、同一性は保持される。

         後藤記者に悪意があったとは思わないが、やはり、電話で取材をすませるのではなく、面会してしっかり取材すべきだったと思う。朝日には記事の訂正を求めたい。

         さて、この記事の本論は、1992年に始まった「世界の記憶」事業が、本来「マグナ・カルタ」など歴史的な文書や絵画などを保存・公開することが目的だったのに、2015年に中国政府が「南京大虐殺」をごり押しして登録させてしまったため、さすがの日本政府も反発し、ユネスコが制度の見直しに着手し、その一環として「政治的案件」を審査対象から外すことにした、というものである。(ただし、朝日の記事はそこまで露骨に書いてはいないが、慧眼な読者はそう読み取るだろう)

         憲法九条に関する資料の申請は、内容的には、日本の左翼が9条護憲の口実として盛んに持ち出している「9条日本側(幣原喜重郎)発案説」をユネスコの権威で認めさせようとする魂胆で感心しないが、そもそもこういうことになった原因は、中国が日本に仕掛ける歴史戦のために、捏造した「南京大虐殺」を登録させたことに原因がある。「マグナ・カルタ」の保存などを想定してつくられたこの制度に、場違いな「政治」を持ち込んだのは中国である。中国はパンドラの箱を開けてしまったのである。

         我々の手紙には、審査対象にしないという趣旨の内容はなかったが、もしユネスコが上記の方針を貫くのであれば、日本政府主導の改正案は今年から適用されるということであり、その趣旨から、「南京大虐殺」も取り消されるべきことを声を大にして訴えなければならない。

         なお、老婆心ながら、朝日新聞が記事を訂正するとすれば、
         <また、旧日本軍が慰安婦を規律正しく扱ったとする資料や戦時中の中国で邦人が多数犠牲になった「通州事件」の資料(申請・日米の団体)の申請者の一人、藤岡信勝・拓殖大客員教授・・・>
        のところを、
         <また、旧日本軍が慰安婦を規律正しく扱ったとする資料(申請・日米の団体)や戦時中の中国で邦人が多数犠牲になった「通州事件」とチベット虐殺の資料(申請・日本の団体とチベットの関係者)も申請されている。後者の申請者の一人、藤岡信勝・拓殖大客員教授・・・>
        などとすべきであろう。

        posted by: samu | 政治認識 | 16:59 | - | - | - | - |
        前川喜平氏の「たった一人の満州事変」池田信夫
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          加計学園の騒動は、菅官房長官が文書の存在を全面否定したため、かえって野党に攻撃材料を与えてしまったが、存在していても大した話ではない。霞ヶ関には山のようにある(公印も日付もない)メモだが、おもしろかったのは、前川喜平氏の座右の銘は面従腹背という発言である。6月1日の「報道ステーション」で、彼はこう語った。

          私ね、座右の銘が「面従腹背」なんですよ。これは普通は悪い意味で使われるんだけど、役人の心得としてある程度の面従腹背はどうしても必要だし、面従腹背の技術というか資質はやっぱりもつ必要があるので、ですから表向き、とにかく政権中枢に言われたとおり「見つかりませんでした」という結論にもっていくけども、しかし巷では次々に見つかっているという状態ということを考えたかもしれない。

          霞ヶ関では、これに共感する官僚も多いと思う。自民党の政治家のゴリ押しを適当にあしらうのは官僚の処世術ともいえようが、これは「政権中枢」に対する元事務次官の言葉である。彼が高等教育局長に「加計学園を進めてくれ」といって局長が面従腹背したら、どうなるだろうか。

          役所は動かないように思えるが、そんなことはない。意思決定は課長クラスで実質的に行われるので、次官がトップダウンで命令しても現場は面従腹背で受け流し、命令しなくても現場で動く。このように中間管理職の現場主義で意思決定するのが、戦前からの日本の官僚機構の特徴だ。特にその傾向が強かったのが軍部である。

          1931年に政府の不拡大方針に反して、関東軍は満州事変を始めた。これは軍中央の命令なしで戦争を開始する重大な軍紀違反で、本来なら石原莞爾(関東軍参謀)は処刑されるところだったが、新聞は彼の面従腹背を賞賛し、国民は関東軍の快進撃に拍手を送った。

          戦前の政府の意思決定を混乱に陥れたのは「ファシストの独走」ではなく、前川氏のような中間管理職の面従腹背だった。石原の作戦がそれなりに正しかった(陸軍の中枢も黙認していた)ように、前川氏も主観的には善意でやったのだろう。マスコミも彼の「たった一人の反乱」を応援しているが、問題は彼の意図でも人柄でもない。

          彼が「民主主義のもとでは国民の監視が必要だ」というのも逆である。このような部分最適化による混乱を避けるために、国民は選挙で安倍政権を選び、内閣は国民の代表として官僚を監視しているのだ。その指示に面従腹背で官僚機構が暴走すると、よくて何も決まらない。悪くすると満州事変のようになるのである。

          posted by: samu | 政治認識 | 09:26 | - | - | - | - |
          内閣支持率/小川栄太郎
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            昨日、日経新聞の一面トップに「内閣支持率急落 49%に」とあるのを見て、申し訳ないが笑つてしまつた。49%といふのは歴代内閣が発足時を除き殆ど達成できない数字である。急落といふ言葉と全くそぐはない。戦後最長の佐藤内閣は最初から大して人気がなかつたが中盤から30%前半を中心に推移し続けた。
            菅直人内閣とか鳩山由紀夫内閣なら、「内閣支持率驚異的回復 29%に」といふ風に20%台後半に伸びても驚異的な支持率回復になるやうな有様だつた。まして背伸びしても逆立ちしても切腹しても49%など狙ふこともできなかつた。
            ただし。
            10%内外落ちた事については安倍政権の対応や与党の突破力に大きな問題があつたからであり、猛省を促したい。

            支持率が軒並み大きく落ちたのには、国民からみて「明らかに些細な問題なのに、なんでこんなに対応にもたつくんだ」といふ政権の対応能力へのいら立ちと呆れである。森友や加計に深刻な疑惑や総理の違法な関与があつたとは国民は思つてゐない。もし国民がさう感じてゐたらこんな微小な支持率低下では済まない。本当はどうでもいいことだとは分つてゐるのである。要するに虫けらに翻弄されてだらしないぞ、さつさと決められる政治、堂々たる政治に戻つてくれといふ事だ。
            そもそも加計学園「問題」は存在しない。
            存在しない問題に足を取られてゐる段階で政権の対応能力に問題があるとされても仕方ない。
            内部文書なるものの流出で一々政治が遅滞してゐたら誰も内部メモを作ることさへできなくなる。内部文書は外部に出た段階で「怪文書」なのである。裏での話し合ひのテープがいつ流出していいか分らないとなれば、何一つ打合せはできなくなる。民主主義政治では、重大な犯罪が伏在してゐると見込まれた段階までは、正規のプロセスのみが全てで、内輪で何があつたかを一々問題視するのは恐怖政治に他ならない。
            そもそも...、行政の決定に総理や官邸の意向が示されるのは当然だ。「政治主導」は30年来の日本政治の鍵概念だつた筈だらう。官僚主導を批判し続けてきたのは民進党であり野党だ。問題は、意向の範囲、程度、方針、具体性……要するに利益誘導や政治の私物化の問題だけだ。
            私の知る限り、ちよつとした口頭のやり取りでさへ安倍総理は権限に関する事になると具体的な事案の指示には極端に慎重な人で、まして知人の学校になれば後で問題になるやうな指示どころかほのめかしがあつたとさへ考へられない。
            だが、それもこの際どうでもいい。
            内部文書などといふ内容の信憑性、決定プロセスでの位置付け、権限や決定への影響など全て不明な紙つぴらの真偽で騒動を起こす反国民プロパガンダを徹底して潰さずして日本の正常化はなし。
            もし、私が共産党に入党し(して悪い理由はあるまい)内部に食ひ込み、会議の備忘録を取り、それを然るべき仕込みの後に内部文書として公開したとする。私の恣意や創作と事実の区別は永久に誰にも分らない。そんなものを元に共謀罪を構成していいのか。
            今の森友、加計「問題」はまさに、左翼陣営が政党とマスコミとグルになつて、日本を暗黒社会化する内乱だと言つていい。
            本来なら、客観的な決定プロセスを別の委員会で検証させて、国会の争点から外せばいいだけの話である。
            そして、本来国会で論ずべき安全保障を中心とした課題、内政上の人口問題に端を発する高度海外人材の問題、都知事不作為による東京五輪スキャンダル、幾らでも与党が攻めて逆転する主題は転がつてゐた。
            相手の攻め方が理不尽でも、こちらが逆転できなければ現実社会では負けである。政権も与党もトンデモな相手をきちんと処理できる力を付け直してほしい。

            posted by: samu | 政治認識 | 09:11 | - | - | - | - |
            日本射程の北朝鮮ミサイル、国家存亡の危機/加瀬英明
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              硫黄島は本土から1300キロ離れている。栗林忠道中将が率いる小笠原兵団が、アメリカ軍に対して健闘して玉砕したが、アメリカ軍にわが軍の戦死者よりも多い出血を強いた。

              だが、日本は硫黄島を奪われた時に、命運が盡きた。硫黄島から飛来するP51戦闘機が小学生にまで、機銃掃射を加えた。

              東京から朝鮮半島の日本海側の南北軍事境界線(DMZ)まで1000キロ、ピョンヤンまで1300キロ、九州から黄海側のDMZまで500キロしか、離れていない。

              このままゆけば、朝鮮半島で戦争が始まる可能性が、高まっている。日本は戦後最大の窮地に、立っている。

              アメリカ鷲と中国龍が、4月6、7日に、フロリダのトランプ別荘で対決した。

              初日の午後8時40分(フロリダ時間)に、地中海に浮ぶアメリカの2隻の駆逐艦から、ミサイルがシリア空軍基地に撃ち込まれた。

              私たちはテレビの映像で、夜闇のなかをアメリカの駆逐艦から巡航ミサイルが閃光に包まれて、発射されるのを見た。

              トランプ大統領が習主席に「いま、シリアへミサイル攻撃を加えた」と告げて、支持するように求めた。習主席は一瞬、呆然としたが、「多くの赤ん坊が殺されたから、仕方がない」と力なく答えた。習主席に随行した幹部のうち何人か、唖然としたにちがいない。

              この数時間後に、ロシアがアメリカのシリアに対するミサイル攻撃は侵略行為だと、激しく非難した。

              中国は2ヶ月前に国連安保理事会で、シリアのアサド政権が2013年から化学兵器を用いたという化学兵器禁止機関(OPCW)の調査結果にもとづいて、シリアへ制裁を加える決議案が提出されたのを、ロシアとともに拒否権を行使して、葬ったばかりだった。

              習主席は自分と、プチン大統領の顔に泥を塗ったのだった。

              習主席は今秋の第19回共産党大会で、中国13億人の「核心」である最高指導者として、もう1期5年選出されるために、アメリカとできるだけ波風をたてたくなかったから、トランプ大統領にとっさに媚びたのだった。

              トランプ大統領は習主席に北朝鮮の核ミサイル開発を阻むために、中国がよそ見せずに、真剣に協力するように求めた。それでなければ、アメリカが「ゴー・イット・アローン」(単独で行動する)といって、凄んだ。

              北朝鮮に龍をけしかけたのだが、ここしばらくは中国の出方を見守ろう。

              アメリカは原子力空母『カール・ビンソン』を中核とする機動打撃群を、朝鮮近海へ急行させた。北朝鮮は怯んで、予定していた6回目の核実験を半年か1年か、延期したにちがいない。

              アメリカはシリアへミサイル攻撃を加える2時間前に、ロシア軍要員を殺傷することがないように、ロシアへ通告した。シリアへのミサイル攻撃は、あきらかに北朝鮮に対する警告だった。

              トランプ大統領は、オバマ政権が中国という暴れ龍を仕付けることを怠り、北朝鮮の核・ミサイル開発を放置していたツケを、支払うことを強いられている。

              私はトランプが大統領選に勝ったのを、喜んだ。もしヒラリー夫人が勝っていたら、オバマ政権の8年間の対外政策の無策が続くことになって、世界がいっそう安定を失うことになったろう。

              トランプは予測不能だ。それに選挙事務所にレーガン大統領とジョン・ウェインの等身大の写真を飾って、「メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン」と叫んでいたが、「メイク・アメリカ・タフ・アゲイン」と聞こえた。

              トランプ大統領は、北朝鮮がアメリカまで届く核ミサイルを完成することを、「絶対に許さない」といって、北朝鮮が核実験を強行したら、核施設を攻撃することになろう。

              いったい、北朝鮮は何を求めているのだろうか?

              北朝鮮は何よりもアメリカと交渉して、アメリカが北朝鮮を核保有国として認めさせ、米朝間に国交関係を結ぶことによって、金王朝の存続を保証することを、強く望んでいる。
              ところが、トランプ政権は「北朝鮮が核開発を放棄しないかぎり、話し合いに応じない」と、繰り返し言明している。

              3月6日に、北朝鮮が4発のミサイルを発射して、3発が秋田県沖合に弾着した直後に、北朝鮮は「在日米軍基地を狙った演習だった」と声明した。日本の沖合に4発とも落すつもりだったが、1発が外れたにちがいない。

              4発のミサイル発射は、北朝鮮のアメリカへの熱烈な“ラブコール”だった。

              その7日後にマレーシア空港で、異母兄の金正男氏を、VXガスを用いて暗殺した。なぜ、他の毒物をいくらでも使うことができたのに、そうしなかったのか。VXガスを大量に貯蔵していることを、示したかったのだ。

              おそらく、安倍首相がアメリカの袖に縋って、北朝鮮と話し合うように哀願することを、期待したにちがいない。

              4月13日に米大手テレビが、「トランプ政権が北朝鮮が核実験を行う確証をえたら、先制攻撃を加えることを決定した」と、報じた。北朝鮮は「最高指導部が判断した時に、いつでも核実験を実施する」と反発した。

              朝鮮半島は一触即発だ。トランプ大統領と、金正恩朝鮮労働党委員長の予測不能の2人が、朝鮮半島と日本に戦火を招こうとしている。

              ところが、日本の国会は朝鮮半島の危機が刻々と募っていたのをわきに、米国に任せておけばよいと、与野党ともに属国根性を丸出しにして、4月に入ってからもわずらわされることなく、森友学園問題におもしろおかしく没頭していた。

              5月3日には、日本国憲法が70周年を迎える。アメリカが70年前に日本を属国とすることをはかって、押し付けたものだ。

              私は「平和無抵抗憲法」と、呼んでいる。きっと護憲派が全国にわたって、属国憲法の記念日を祝う集会を催すことだろう。属国根性で国民の生命を守れない。私は日本国憲法や、森友学園の籠池夫妻と心中したくない。

              4月15日は、金王朝の創始者の金日成主席の生誕105周年を祝う「太陽節(テャンチョル)」だった。ピョンヤンで新型のミサイルが次々と登場し、“虎の子”の部隊が行進した。

              雛壇から朝鮮労働党副委員長が、「核戦争には、核攻撃で応える!」と、叫んだ。

              大型のミサイルが登場すると、世界でもっとも若い、33歳の最高指導者である金正恩委員長が、お気に入りのオモチャ箱の兵隊を見るように笑顔となった。

              この夕方、岸田文雄外相が記者団に、「いかなる事態にも対応できるように、万全の態勢を整えている」と、語った。

              トランプ大統領は北朝鮮が核実験の準備に取り組むか、アメリカまで届くICBM(大陸間弾道弾)の試射をはかる場合に、先制攻撃を加えると、繰り返し警告している。

              アメリカが北朝鮮の核施設とミサイル基地を摘出する、限定的なサージカル・ストライク(外科的攻撃)を加えたら、北朝鮮は体制の威信を賭けて、南北軍事境界線から45キロしか離れていないソウルを砲撃を開始し、日本へ向けてミサイルを発射しよう。韓国にある多数の原発が被弾したら、偏西風に乗って、日本全国が放射能によって覆われる。

              1950年から3年にわたった朝鮮戦争の再演には、ならない。北朝鮮は全面戦争を戦ったら国家的自殺になるから、開戦5、6日以内に国際世論を背景にして、国連、中国、ロシアが間に入って、停戦が成立することを見込もう。

              北朝鮮が日本へ多数のミサイルを、同時に撃ってきたら、日本は迎撃して全て破壊する能力がないから、ひたすら耐えるほかない。

              岸田外相が「万全の態勢を備えている」と述べたが、前大戦で米国が日本全土を空襲する前に、軍部が「来るなら来い! 我に鉄壁の備えあり」と、豪語したのと変わらない。

              トランプ大統領は核実験を強行するか、アメリカまで届くICBMを試射する確証をえたら、先制攻撃を加えると警告している。「アメリカ・ファースト」――「アメリカの安全(アメリカン・セイフティ)ファースト」なのだ。

              日本が頭から火の粉をかぶることになるが、トランプ政権は、剣道でいえば「肉を斬らせて、骨を斬る」ことになる。肉は日本だ。

              いつ、朝鮮半島に火の手があがることになるのだろうか。私は時間的な余裕が、まだ1年か、2年あまりあると思う。

              中国の習近平主席は「偉大な5000年の中華文明の復興」、英訳すれば「メイク・チャイナ・グレイト・アゲイン」と叫んで、中国国民の人気を博してきたのに、北朝鮮のおかげでアメリカに対して威張れなくなった。

              といって、米国のいうままになって、北朝鮮に核開発を放棄するように、真剣になって迫ることはしまい。

              北朝鮮が核開発を放棄することはありえない。核やミサイル実験を行わなくても、性能を高めることができる。このまま進んでゆけば、アメリカはいずれ北朝鮮を攻撃することとなろう。

              国会は与野党が一致して、ミサイル迎撃システムを強化し、北朝鮮のミサイル基地を攻撃する能力を保有するために、防衛費を画期的に増額することを、集中審議すべきだ。

              72年前に、朝日新聞と狂気に取り憑かれた軍人たちが、日本精神さえあれば「神州不滅」だと叫んで、「一億総特攻」をあおった。護憲派が「平和憲法」さえあれば、「日本は不滅」だと説いているが、72年前に「一億玉砕」の道を突き進んでいた亡霊が、さまよっているとしか思えない。

              戦後の日本は弱いことがよいという風潮によって覆われてきたが、一刻も早く改めよう。
               

              posted by: samu | 政治認識 | 08:58 | - | - | - | - |
              シビリアン・コントロールと拉致被害者奪還/西村眞悟
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                六月十日、午後三時より、
                日本会議世田谷・目黒支部春期時事講演会において、講師として、
                「今こそ拉致被害者を奪還すべし」
                と題した講演をさせていただいた。

                まことに、「今こそ」!
                拉致被害者を「奪還」!
                せねばならない。
                そこで、「シビリアンコントロールと拉致被害者奪還」について話の概要を記したい。
                即ち、拉致被害者奪還は、
                内閣総理大臣の「シビリアンコントロール発動」によって達成されねばならない。
                従って、安倍総理が、四月に拉致被害者救出集会において、
                「私が司令塔になって拉致被害者を取り戻す」
                と挨拶したことは適切だった。
                総理しか司令塔になれないからだ。
                しかし、総理が司令塔になって、「話し合うぞ」、では羊頭狗肉そのものであろう。
                総理がシビリアンコントロールを発動し「奪還」しなければならないのだ。
                それは、つまり、総理が自衛隊の最高指揮官として、
                自衛隊に北朝鮮域内にいる拉致被害者の奪還を命じ、
                自衛隊が、その命令を遂行するということだ。

                従来、我が国では、シビリアンコントロールという言葉を、
                文民が軍隊をコントロールすること、
                具体的には、
                防衛省内局(背広)が自衛隊(軍服)を雁字搦めにすることと理解してきた。
                従って、かつてアフリカで数十万人の難民がでた内戦の終息を目指したPKO活動に
                我が国の自衛隊が参加するに際し、
                政治(細川内閣)が「携行する機関銃は二挺ではだめで一挺にせよ」と指示し、
                自衛隊がその指示に従って機関銃一挺だけを持ってアフリカ現地に赴いたことがあったが、これをシビリアンコントロールであると理解されてきた。
                しかし、これは違う。
                これは、シビリアンコントロールではなく、
                自衛隊のオペレーションに対する軍事の素人の干渉・介入である。
                これは例えば、病院のオペレーション室に入って手術に臨む医師団に対して、
                病院の事務局が、持参するメスは、
                二本ではなく一本にするべしと指示するのと同じだ。
                こんな指示に医師が従えば、手術ができない、患者が死ぬ。
                これと同じだ。

                真のシビリアンコントロールとは、
                国民に対して最高の政治的責任を負う者が
                同時に軍隊の最高指揮官である体制の中で、
                その最高指揮官が軍隊を動かすか動かさないかを決定することである。

                即ち、我が国に於いては内閣総理大臣、アメリカにおいては大統領が、
                軍隊(自衛隊)を動かすか否かを決定し、軍隊に命令を発すること、
                これがシビリアンコントロールである。
                そして、動くとの決定があれば、
                次は、軍(自衛隊)の作戦実施(オペレーション)の領域に入る。
                つまり、医師団が手術室に入るのと同じ段階に入る。
                例えば、我が国の空母機動部隊が真珠湾を奇襲した際に、
                その知らせを受けたF・ルーズベルト大統領が、
                参謀総長を振り返り、
                「問題解決を君の領域に移す」
                と指示したと伝えられている。
                これがシビリアンコントロールが発動された瞬間である。

                つまり、安倍総理は、
                自衛隊を動かして拉致被害者を奪還するか否かを決定する立場にあり、
                朝鮮半島の予想される激動のなかで、
                必ず、その決定を迫られる状況が発生する。
                その状況とは、
                あたかも、昭和五十二年(一九七七年)九月三十日、
                日航機が日本赤軍によってハイジャックされてダッカに着陸させられたうえで、
                ハイジャックした日本赤軍から六百万ドルと服役囚九名の釈放と引き渡しを要求され、
                要求を受け入れなければ乗客の人質を順次殺害すると迫られた福田赳夫総理と
                安倍総理は同じ立場に立つことになるということである。
                その時、福田総理は、人質を救うために、
                「超法規的措置」を決断した。
                従って、安倍総理も、拉致被害者を救うために、
                断固たる「超法規的決断」をしなければならないということだ。

                ところで、この「超法規的」措置や決断とは、何か。
                それは、「法律に書いていない分野」での措置・決断ということである。
                つまり、「ネガリストの領域」での決断ということだ。
                「ネガリスト」とは「法によって禁止されていなければできる」ということであり、
                これは即ち「軍隊を動かす原則」のことにほかならない。
                これに対して、「ポジリスト」とは
                「法律に書いてあるからできる」ということであり、
                これは、「警察が動く原則」である。

                奇しくも、この日航機ハイジャック事件と同時期に
                西ドイツのルフトハンザ機が西ドイツ赤軍によってハイジャックされ、
                日本赤軍と同様の要求を西ドイツ政府に突き付けた。
                この西ドイツ赤軍に対して、
                西ドイツのヘルムート・シュミット首相は、
                軍の特殊部隊をルフトハンザ機に突入させて犯人を射殺して人質全員を救出した。
                西ドイツは、その措置を「超法規的措置」と云わずに、
                「特殊部隊をルフトハンザ機内に突入させてはならないという法律がないからした」
                つまり「ネガリスト」、軍隊を動かす原則によって行動したと説明した。
                実は、福田首相の「超法規的措置」も、
                この西ドイツ政府の説明と同じなのだ。
                即ち、福田首相も、シュミット首相と同じように、
                「犯人の要求に従ってはならないという法律がないからした」のだ。
                福田首相とシュミット首相の違いは、
                一方は、ネガリストの原則によってテロリストの要求を受諾し、
                他方は、ネガリストの原則によってテロリストを射殺したことである。

                この福田首相の措置を先例として、
                安倍総理は、ネガリストの原則によって、
                自衛隊(軍隊)を動かして拉致被害者を救出する決断を迫られているということだ。
                アメリカ軍に動いてもらって自衛隊がそれを見守って待機するのではない、
                もちろん、アメリカ軍の協力を要請するが、
                総理が自衛隊を動かして拉致被害者を救出する
                その決断を迫られているということだ。

                なを、もう一つ、
                福田赳夫内閣に関し、特筆すべきことを記しておかねばならない。
                それは、奇しくも、ダッカハイジャック事件と同時期の昭和五十二年九月、
                福田内閣は、明確に、北朝鮮が日本人を拉致しつつあることを知ったということだ。
                即ち、その時、石川県警は
                能登半島から三鷹市のガードマンであった久米裕を拉致して北朝鮮に連れ去った北朝鮮の工作員を逮捕し、その者から北朝鮮による日本人拉致の事実の供述を得ると共に、
                その工作員の居所から北朝鮮からの日本人拉致の暗号指令を解読する乱数表を押収し、
                その解読に成功した。
                そして、警察庁は、石川県警の乱数表解読の功績を称えて表彰したのである。
                ここにおいて、まさに、この頃、
                日本国政府、福田内閣は、北朝鮮による日本人拉致を明確に知ったのだ。
                従って、日本国政府は、四十五日後の十一月十五日、
                新潟から十三歳の横田めぐみさんが拉致されたことも、その頃、知った。
                日本政府が北朝鮮からの日本人拉致の暗号指令の解読に成功していたこと、
                さらに、横田めぐみさんが拉致された現場を歩いて検分し、
                その時の現場の周辺の状況を総合すれば、
                横田めぐみさん拉致も、その直後に、日本政府は知っていたという結論になる。
                何故、それから二十年以上も、
                日本政府は、
                北朝鮮による日本人拉致を知っていたのに知らぬふりをして放置したのか。
                これこそ、我が国内の闇、暗黒、である。
                その、暗黒は、日本国憲法によって造られ、そして、守られている。

                ところで、
                現在の我が国政府の方針は、
                朝鮮半島の情勢が如何にあろうとも、
                自衛隊を北朝鮮域内に入れるには、
                「北朝鮮政府の同意」がいる、
                というものである、と、思われる。
                つまり、馬鹿馬鹿しいことを大真面目に言っている。
                即ち、強盗に奪われたものを取り戻すには、強盗の同意がいる、と言っているのだ。

                そこで、言っておく。
                私が述べてきたことは、
                「北朝鮮政府の同意が無い場合」もしくは
                「北朝鮮に同意する政府が無い場合」に、
                自衛隊によって拉致被害者を奪還する方策のことである。
                法律には、自衛隊を入れるには、
                相手方政府の同意がいる、
                と書いてあるが、
                日本人を拉致した北朝鮮政府の同意がない場合に自衛隊が入ってはならない、
                北朝鮮政府が崩壊した場合に自衛隊が入ってはならない、
                とは書いていない。
                よって、総理は、
                自衛隊を北朝鮮域内に入れて拉致被害者を奪還するか否かの決断をしなければならない。
                即ち、四六時中、その地位にある限り、
                この決断を迫られているのが総理大臣の地位である。

                最後に、昭和二十二年五月三日に施行された日本国憲法と
                拉致問題について結論を指摘しておく。

                北朝鮮が
                国家の意志として我が国の主権を蹂躙して
                日本国民を拉致し続けることができたのは、
                我が国政府が、その事実を認識していたのに、
                怒りを発することもなく、国民に知らせることもせず、
                何ら防衛行動を実施せず、さらに、
                拉致された国民を断固救出しようとしなかったからである。

                この、我が国家の最も恥ずべき惨めな状況、
                この、拉致された国民への最も冷酷な無視、
                この、体制的および精神的な亡国の状況、
                これを生み出したものこそ、
                日本国憲法そのものである。
                即ち、
                戦後からの脱却、日本を取り戻す、とは、
                昭和二十一年二月四日から十二日の九日間に、
                我が国を軍事占領していた連合軍総司令部(GHQ)民政局二十五人のメンバーによって、「日本を永遠に武装解除されたままにおくこと」(チャールズ・ケーディス)
                を目的として書かれた
                「日本国憲法」
                からの脱却である。

                拉致被害者は、日本国憲法の犠牲者である。
                拉致被害者は、北朝鮮から、日本国憲法からの脱却を訴えている。

                posted by: samu | 政治認識 | 22:07 | - | - | - | - |
                加計学園問題、 野党マスコミは本質を読み間違え/高橋洋一
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                  マスコミはいつまで見誤るのか

                  加計学園問題について、本コラムで連続して取り上げてきた。この問題については、国会での追及も含めて、いよいよ最終段階になっている。

                  文科省は9日(金)、例の「文書」についてその存否を含めた再調査をするとした。これまで、文科省はあの「文書」について「存在を確認出来なかった」としてきた。さて、この方向転換について、マスコミは予想もしていなかったのか、再調査を行うと決まった瞬間、ニュース速報も流れた。

                  では、再調査を指示した官邸の意図はどこにあるのだろうか。

                  筆者はこれまで、文科省の「文書」については「存在する」という前提で書いてきている。それが「本物」で、改ざんされていないものだったとしても、あくまで文科省内で出回っていた文書であり、それだけでは獣医学部新設について「総理の意向」があったかどうかの証明にはまったく役に立たない。

                  しかも、例の文書が作成されたのは2016年9月後半である。前回コラムでも指摘したように、この文書が作成される以前に、文科省と内閣府が獣医学部の新設について議論し、既に公表されている「国家戦略特区ワーキンググループ議事録」や、閣議決定がある。これらは、文科省も内閣府も合意している文書である。それに対して、文科省の「文書」は単に一方の当事者が作成したメモにすぎない。信用の度合いが違うのだ。

                  にもかかわらず、「真相解明が必要」というマスコミ・野党は、

                  2015年6月8日国家戦略特区ワーキンググループ議事録(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/hearing_s/150608_gijiyoushi_02.pdf

                  2015年6月29日閣議決定(文科省部分、http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu22/siryo/__icsFiles/afieldfile/2015/09/02/1361479_14.pdf

                  2016年9月16日国家戦略特区ワーキンググループ議事録(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/h28/shouchou/160916_gijiyoushi_2.pdf

                  という三つの文書についてはまったく言及しない。はっきり言って、この三つの文書は文科省「文書」よりも真相解明に役立つのに、だ。

                  本コラムで既に書いてきたように、実はこれらを見るだけで、真相解明はできてしまう。

                   

                  文科省のコールド負け

                   

                  まず,鉢をみれば、内閣府・特区有識者委員vs.文科省(農水省)による規制緩和議論は、前者の規制緩和推進派の完勝であることが分かる。野球で例えるならば、前者の10対0、5回コールド勝ちである(疑ってかかる前に、ぜひ読んでほしい)。

                  △粒婬跳萃蠅任蓮要求されている獣医学部新設の需要見通しについて、許認可をもち需要見通しの挙証責任がある文科省が、まったくその役割を果たせていないことが分かる。しかも、△任蓮2015年度内(2016年3月までに)に獣医学部の新設の是非について検討するという期限が切られているが、それすら文科省は守れていない。

                  これでは、文科省のコールド負けでもしかたない。本件に係る規制緩和の議論は、課長レベルの事務交渉で決着がついてしまっているのだ。だから、この問題で「総理の意向」が出てくる余地はまったくない。

                  それでもマスコミは、あの文科省文書が本物かどうかに焦点を当てている。おそらく本物であっても、それらが作成されたのは2016年9月後半であるから、文科省への宿題の期限(2016年3月)の後になり、しかも、が作成された(2016年9月)後でもある。

                  はっきりいえば、勝負のついた後に、文科省は言い訳を言っているだけにすぎないのだ。「文書」にある「総理の意向」という文言は、文科省側のでっち上げ・口実の可能性さえあると、本コラムでは前から書いている。

                  いずれにしても、官邸としては文書が発見されたところで何の不都合もないのだ。むしろ文書が見つかれば、これらの経緯が明らかになり、文科省がまともな政策議論ができない「三流官庁」であると分かってしまうことになる。 

                  これが、官邸が文科省「文書」の再調査を容認した大きな理由だろう。仮に存在しても、安倍首相・官邸にとって痛くもないが、再調査しないことで国民から不信をもたれるのは、7月の都議選への影響も考えると、得策ではないというわけだ。

                  ここまでは、 銑を読むだけで直ぐわかることだ。さらに、ちょっと周辺の資料をみれば、加計学園問題の経緯もわかる。官邸は、文科省「文書」の再調査とともに、獣医学部新設の「真相」を一気に説明することもできる。

                  根っこにあるのが、50年以上も獣医学部の新設が認められてこなかった事実である。加計学園は、以前から獣医学部の新設希望を出していた。筆者の覚えている限りでも、小泉政権での構造改革特区のときにも要望を出していた。

                  この意味で、加計学園は20年近くも新設を要望し続けてきたわけだ。もし加計学園の理事長が安倍首相の長年の友達という関係なら、10年程前に認められていても不思議でない。ただし、獣医学会などが強烈に反対し、麻生太郎氏もこれに反対側であったので、民主党政権以前の自民党時代には実現できなかった。

                  実は、民主党政権時代にこの新設については少し議論が進んだ。そして、安倍政権が誕生し、アベノミクスの第三の矢として規制改革があげられるなかで、獣医学部と医学部は「岩盤規制の省庁」として有名になったのだ。

                  官邸の「再攻撃」が始まる

                  そこで、なにが規制緩和の妨げになっているかの法的根拠を見ると、文科省が告示する時点で全面的に門前払いであることが分かった。これは、官僚であれば、法的にはあり得ない告示であり、即時廃止でも不思議でないと思うほど酷いものだ。文科省が三流官庁と言われるのもやむを得ない。それは、2015年6月8日国家戦略特区ワーキンググループでも議論されている。

                  その後、文科省と内閣府の折衝によって、2015年6月30日閣議決定が作られた。ここで、例の「新設についての4条件」が書かれている。そして、ここで議論されたにもかかわらず、文科省が閣議決定の2016年3月の期限までに決断を下せなかったのは、上に書いたとおりだ。

                  その時点で前川氏は責任をとってもいいレベルの話なのだ。本当に文科行政に信念があり、官邸の意向でそれが曲げられていたというなら、2016年3月、閣議決定の期限が来たときに、「私は閣議の方針に反対だ」といって、辞任していたら筋が通っているのだが。もしかするとその時、前川・前事務次官は文科官僚への天下り斡旋で忙しかったのだろうか(笑)。

                  官邸が「文書」の再調査を認めた第二の理由は、倒閣運動をしている前川氏への再攻撃のためだろう。「出会い系喫茶に通っていた話」での攻撃は、正直言って評判が良くなかった。前川氏の行動も酷いと思うが、官邸からのリークの仕方があまりに露骨だと逆効果になってしまった。そこで、政策論から「再攻撃」を行おうという狙いがあるのだろう。

                  天下りと許認可は切っても切れない関係である。天下りは身内の役人という既得権にとっては甘く、それ以外の人にとっては雇用を奪われるものである。新規参入についての許認可も、既に参入している既得権者には有利で、新規参入者を不当に差別する。こうした意味で、天下り斡旋を行うことは、新規参入阻止と整合的である。

                  前川氏は天下り斡旋を当然のように行い、新規参入阻止、つまり既得権を擁護し新規参入者への不当差別を行いながら、獣医学部新設については「内閣府が文科省行政に横やりを入れてきた」という。まさに、「既得権擁護」をするだけの役人人生だった、と見ることもできるのだ。

                  前川氏の役人人生は、あまり褒められたものではないはずなのに、今は勇気ある告発者としてマスコミで扱われている。これを再び政策論に戻すことで、倒閣運動している前川氏への再攻撃を行うという意図もあるのだろう。

                  また空回りする民進党

                  第三の理由として、民進党が、7日、国家戦略特区を廃止する法案を参院に提出したことも、「文書」再調査を指示した背景にあるのだろう。

                  筆者は6月初めに、民進党が「廃止法案を出す方針だ」と聞いたときに、信じられなかった。これについて筆者はあるマスコミの取材に応じて、

                  「特区廃止法案を出すのが事実であれば、『民進党=規制改革に反対』というスタンスが明確になる。特区廃止は、規制緩和による新規参入を認めないということであり、つまり、『天下り容認』と表裏一体だ。旧民主党政権下では、天下りあっせん禁止の運用を骨抜きにしたこともある。論理的に考えると、もしも民進党が特区廃止を言い出したなら、次に天下りあっせん禁止を廃止する法案を出してもおかしくない」

                  という、軽口をいってしまったくらいだ。日経新聞も「ここまで的を外した法案は珍しい」と酷評していた。もちろん民進党内には、規制緩和の推進派も少なくない。彼らの党内での居場所もなくなってしまうが、それで本当にいいのだろうか。

                  民進党は、6月18日までの国会会期内のできるだけ早期に再調査結果を出せというだろう。国会は1週間程度の小幅延長のようである。

                  となると、再調査結果をいつ公表するかどうかは、政府のさじ加減次第である。再調査結果が出てくれば、野党は前川氏の証人喚問などを言うかもしれないが、国会会期後の閉会中審査で、という手もあるので、それだと野党の追及は困難になるだろう。

                  結局、無理筋であるはずの「総理の意向」という点にこだわり、思い込みで間違えてしまった民進党は、森友学園問題のときと同じように、何も影響を与えられないまま、またしても空回りして終わるだろう。



                  株式日記と経済展望ぶろぐ(私のコメント)

                  「株式日記」では加計学園問題も何度も書いてきましたが、法的な問題がないことは民進党も認めており、ただ総理の関与で友人に便宜が図られたことに拘ってきた。しあしこれは国家戦略特区構想で実現したものであり、監督官庁である文科省にとっては既得権益を犯されたものであり、さらに天下り問題で多くの処分者を出した。

                  だから文科省次官にとっては面子丸つぶれであり、前川氏はマスコミにリークして総理の恣意的判断で認可されたと朝日新聞にリークした。しかしこの問題は総理の意向以前に決められた問題で有り、高橋氏の記事では総理の意向で認可されたというのは時間的に整合性が取れない。

                  規制を緩和するというのは小泉構造改革からの課題であり、監督官庁である省庁では特区で規制の穴を開けられるのは面白くない。少なくとも認可するからには天下りを受け入れろということになる。その天下りで文科省では組織的な天下りを続けていたから前川次官は処分された。

                  しかし前川次官が処分されたのは、「出会い系バー」に入り浸っていたからであり、天下り問題が出たのはその後だ。二重の意味でけしからん文科省次官ですが、マスコミでは総理と戦う正義の味方のような扱いで記事にしている。文科省内の機密事項をリークしたのだから公務員機密保護法にも触れる問題であり、メモが本物だとしても総理の意向で法律が歪められて認可されたわけではない。法律を犯したのは前川次官の方だ。

                  高橋氏が指摘するのはその点であり、総理の意向なるメモは既に決定された以降の時期であり、専門家会議などと文科省との議論で規制緩和で認可が降りた後の時期であり、総理の意向で認可されたわけではない。しかし新聞やテレビを見てもピンと来ないし高橋氏の指摘を見れば時間的な経過から見ておかしい。

                  総理の意向だけで簡単にできることならまさに独裁国家ですが、民進党のご本家の中国や北朝鮮や韓国なら、国のトップの一声があれば何でも実現するが、日本は民主国家だから法令に定めた手続きがなければ実現しない。蓮舫氏が日本人か中国人かわからないような党首では、中国の意向でそう動いているのだろう。

                  高橋氏が書いているように、民進党は国家戦略特区を廃止する法案を参院に提出したそうですが、ということは規制緩和に反対するということなのだろう。これは文部科学省の以降であり、他の中央省庁の意向でもあるのだろう。規制があるからこそ役人の天下りもできるのであり、自由化されたら天下りを受け入れてくれるところがなくなる。

                  民主党政権時代に、民主党は役人の現役出向を認めたが、出戻りも認めたことで天下りがますますしやすくなった。民主党は政治主導と言って政権を取りましたが、官僚主導でなければ何もできなかった。だから民進党は官僚を味方につけて安倍降ろしを図っているのだろう。しかし今は官邸主導の政治であり、昔の政治とは違ってきている。

                  官邸と官僚との政策の主導権をめぐる問題であり、昔は官僚が政策を決めていた。政治家は官僚が書いたメモを読み上げるだけの役割であり、天下りもし放題であり給与も上げ放題で消費税も上げ放題だった。それが官邸主導の政治になると、官僚は天下りもできなくなり消費税も上がらなくなった。それが官僚たちには面白くないからマスコミに材料を流して揺さぶっているのだろう。

                  posted by: samu | 政治認識 | 09:06 | - | - | - | - |
                  サウジ、EAE、エジプトなどがカタールと断交。兵糧攻めへ/宮崎正弘
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                    サウジ、EAE、エジプトなどがカタールと断交。兵糧攻めへ
                    背後の米国、カタールに米軍基地があるが、深謀遠慮とは何か?
                    ****************************************

                    6月5日、突然、サウジアラビアが中心となってUAE、エジプト、バーレーン、イエーメンが加わり、カタールとの外交断絶に踏み切った。7日までにモルジブ、モリタニアなども加わった。
                    外交官48時間以内の立ち退き、交通遮断、商業取引停止の挙は、単に断交であるばかりか、兵糧攻めという、最終的な手段を用いている。

                    カタールは砂漠国、水と食料の99%を輸入に頼るため、断交を聞いた市民はスーパーマーケットに長い列を作った。食料は三日間で備蓄が切れる。カタールはケニアで4万ヘクタールの農地を買い付け、10年間で25億ドルの契約を結んでいるが、距離的に輸送の時間がかかる。
                    したがって断交後は、時間とともに干し挙がることになる。

                    おなじくシーア派が多数のバーレーンもサウジ主導の断交に与したのは食料事情に加え、一本の橋でつながるサウジからの軍事的行動というシナリオを加味すれば、とてもイラン寄りの選択は出来ない。

                    ヨルダンも立場は微妙だが外交関係のレベルを下げ、申請のでているアルジャジーラの支局開設を認めないとした。

                    仲介にたったのはトルコとクエートである。
                    クエート首長はただちにサウジアラビアに飛んで、国王と会見した。トルコのエルドアン大統領はプーチン大統領と電話会談を行い、政治的影響力を行使しようとした。

                    アラブのスンニ派諸国が一斉に、カタールを敵視する行動をとった理由は過激派ハマスや、エジプトのイスラム同胞団を支援しているうえ、アルジャジーラの放送内容が、アラブの立場を離れているからである。

                    米国はカタールに空軍基地を展開し中央軍司令部を置いている。駐在は一万人。したがって、サウジの断交に「どちらにも与しない」とした(国務省ならびにティラーソン国務長官は訪問席のニュージーランドで米国の中立的立場を表明した)。
                    それも米国の真意とは思えない。


                    ▲背後の米国はとてつもないパラダイムシフトを狙っている

                    しかし四月にトランプ大統領は初外遊先にサウジを撰び、国王と会見して大歓迎を受けたが、その席でカタールを名指ししないまでも「イスラムの過激イデオロギーにはもう耐えることはない」と発言している。

                    「カタールの孤立化」を示唆したと解釈したサウジはただちに行動に出たが商業行為の断絶についで、金融取引停止のレベルに到ると、国際金融のハブとしても、資金洗浄の舞台としても活用されてきたカタール。また国際航空路のハブとしても、有機的だったがゆえに、日本は多大な影響を受けることになるだろう。カタール経由ヨーロッパ便は日本からも多くのツアー客を運んでいる。
                    LNGガスの多くを日本はカタールに依存している。中国も同様である。

                    このトランプ発言の意味は、イランとオバマ前政権が結んで核合意を見直し、悪化したアラブ諸国との関係改善をはかるものであり、サウジにはインドネシアを含むすべてのイスラム圏から首脳が参加した(イラン、トルコをのぞく)。
                    つまり、トランプ政権は「アラブの春」でおきたドミノの行き着いた先がシリアであり、そのシリアを支援するイランとの敵対関係を確認し、アラブ諸国、それもスンニ派連合の、イランへの挑戦を組織化させたということである。

                    ところが、カタール孤立化とアラブのスンニ派連合のイランとの対決という構図が鮮明となると、もっとも裨益する国がある。
                    イスラエルである。
                    しかもトランプはサウジ外遊の後、テルアビブへ飛んでネタニヤフ首相と懇談したうえ、「嘆きの壁」を訪れ、ユダヤ帽をかぶって祈りを捧げた。女婿のクシュナーの演出とされた。
                    ついでトランプはイタリアを訪問し、G7出席を前に、バチカン法王とも会見した。
                    かくして初外遊にイスラム、ユダヤ、キリストという三大宗教の聖地を訪問したということは、じつに大きな歴史的意味を持つのだが、日本のような無宗教国家には、このところがよく理解できないだろう。

                    パラダイムシフトを自ら演出し、イスラエルの利益も同時に両立させるという離れ業、つまりメディアが伝えるトランプ外交失敗という評価は根本的に間違いであり、大成功を収めたと評価できるのではないのか。
                     

                    posted by: samu | 政治認識 | 10:16 | - | - | - | - |
                    EUが中国と組んで打ち出す、強力な「反トランプ作戦」の中身/川口マーン恵美
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                      EUが中国と組んで打ち出す、強力な「反トランプ作戦」の中身 6月2日 川口マーン恵美

                      ドイツの完全なる方向転換

                      さて、ちょうどその頃、前日はベルリンでオバマ氏とともに上機嫌だったメルケル首相は、シチリアのタオルミーナにいた。トランプ氏との対決と言われていたG7サミットの会場である。

                      サミットは2日にわたって行われたが、ドイツの報道はいつものことながら、トランプ大統領の悪口ばかり。結局、終了後、サミットは大失敗と評価が決まり、失敗の原因はすべてトランプ氏に押し付けられた。サミット後のメルケル首相のコメントも、「非常に不満の残る話し合いだった」と容赦ない。

                      問題としてあげられたのが、ドイツの輸出超過や温暖化防止対策における意見の不一致。とはいえ、アメリカが他国と強調しないのは、何も今に始まったことではない。

                      1980年代、アメリカに日本車が溢れたときは、アメリカは凄まじいジャパンバッシングに熱中したし、1997年の温暖化防止に関する京都議定書は批准せず、挙げ句の果て、離脱。それどころか、2009年のコペンハーゲンの気候変動防止の条約案には、オバマ大統領は署名さえしなかった。

                      ちなみに、現在、問題になっているパリ協定も、目標は立派だが、中身はかなり空疎。アメリカが署名しようが、しまいが、それほど効果に影響はないだろう。ドイツだって、目標の数値はどのみち守れそうにない。しかし、メルケル氏はもちろん、そんなことはおくびにも出さない。

                      ドイツに戻ってすぐ、彼女は、「他国をすっかり信用できた時代は、ある部分では終わった。(略)ヨーロッパ人の運命は、ヨーロッパ人として、我々自身の手で勝ち取っていかなければならない」というセリフを、いつになく苦々しい表情で、吐き捨てるように言った。今までなるべく目立たないように振舞ってきたドイツの完全なる方向転換か?

                      もう一つ、ドイツのG7報道で気になったのは、安倍首相の話題が一切なかったこと。日本のニュースは、初日の昼食会で安倍氏がリードスピーカーだったとか、G7の結束を訴えたなどと報じたが、ドイツで見ている限り、安倍首相の姿は集合写真で認められただけ。やはり同じ境遇だったのがイギリスのメイ首相で、こちらも存在感ゼロ。

                      ドイツメディアは、イギリスや日本がもう重要ではないと言いたいのか、あるいは、安倍首相もメイ首相も、トランプ陣営とみなされて故意に無視されているのか、そこらへんのところはわからない。

                      今回のサミットの前、安倍首相は、トランプ大統領とEUの橋渡し役を自認していたが、ヨーロッパの首脳たちはわざとトランプ大統領との不仲を演出した。橋渡し役など、最初から誰も必要としていなかったのだろう。羽田に降り立った安倍首相、および昭恵夫人の表情がいつになく硬かったのが気になった。

                      中国、ロシア、インドを巻き込んで

                      いずれにしても明らかになったのは、EUが今、強烈な反トランプ作戦を打ち出したこと。作戦の最終目的はおそらく、中国と結んで英米に対抗する新たな覇権を構築することだ。先頭に立っているのは、もちろんドイツ。

                      EUはその覇権下にロシアとインドも引き入れるつもりなのか、30日、マクロン仏大統領はプーチン大統領をベルサイユ宮殿に招いて「率直な意見交換」をし、メルケル首相はモディ首相をベルリンに招き、これから毎年、インドに10億ユーロの援助をすることを決めた。両方ともわざとらしいほどの友好ムード。さらに翌31日は、李克強総理がベルリンを訪れた。

                      どの首脳も海千山千。トランプ大統領にかけられた網が、どんどん縮まっていく。

                      G7サミットの険悪な雰囲気や列強のヘゲモニー争いとは無関係に、29日、ヴィッテンブルクでは素晴らしい夏日の下、教会デー最後の野外礼拝で、満面の笑みを湛え、高揚した人々が世界平和を祈っていた。ドイツの二つの異なった風景。

                      それにしてもメルケル氏は、EUをどこへ引っ張っていこうとしているのだろう?



                      (私のコメント)

                      戦略的に見て一番大雑把な分け方としては、大陸国家と海洋国家の利害対立だ。大陸国家としてはロシア・中国・EUなどのユーラシア大陸国家であり、海洋国家としてはアメリカ・カナダ・イギリス・日本などの島国国家がそれにあたる。アメリカ・カナダは北米大陸国家だが、太平洋と大西洋に囲まれた島国と見ればいい。

                      大陸国家と海洋国家では、考え方も異なるし文化も経済構造も異なってくる。イギリスはヨーロッパに属しているが、大陸とは隔てられており大西洋に浮かぶ島国国家だ。日本もアジアに属していいるが太平洋に浮かぶ島国国家であり、軍備などもアメリカ・日本・イギリスは海軍国家であり、ロシア・中国・EUは陸軍国家である。

                      経済においても海洋国家では海運が輸送の主力であり、大陸国家では鉄道やトラックが輸送手段になる。海運を守るためには大海軍力が必要になるし、鉄道やトラック輸送を守るには大陸軍が必要だ。だから経済構造も軍事構造も異なってくる。それに伴って考え方にも違いが出てくる。

                      古代から近世にかけては陸運が主力であり、海運は木造船しかなく風まかせで輸送能力が限られていた。アメリカという大海洋国家の台頭は船舶の飛躍的な進歩によるものであり、鋼鉄製の船体にタービンエンジンを搭載して、巨大タンカーや巨大コンテナ船もできて、飛躍的な輸送力増大が可能になったからだろう。

                      大陸国家では、大陸に豊富な資源が埋蔵されているから領土の拡大は不可欠であり、食料も広大な農地を確保することが必要になる。それにたいして海洋国家は必要な物資を海上輸送すればよく、世界で一番安い物を買い付けて輸入すればいいと考える。日本などは鉱物資源も食料資源もないが、世界から輸入して成り立っている。

                      戦前の日本の間違いは、海洋国家でありながら自前で鉱物資源や食料を確保しようとしたことであり、それに伴って大陸に進出して大陸軍を作ってしまったことだ。そのために国防予算を陸軍に取られて、アメリカとの海軍同士の戦争で敗れてしまった。海洋国家の海軍が敗れてしまえば物資が入らず万事休すだ。

                      ソ連が滅亡したのも、大陸国家でありながら大海軍を作ろうとしたためであり、経済的に破綻してソ連は自滅した。G7も最初から日米英加の海洋国と独仏伊欧の大陸国で構成されており、これに影の主役としてロシアや中国がある。ドイツのメルケル首相の考えていることは、ユーラシア大陸国家が主導権をとることであり、アメリカは弾かれることになる。

                      トランプ大統領は、アメリカが覇権国家の座を降りてアメリカの利益を優先することですが、国際協調体制からの離脱を目指している。パリ協定からの離脱もその一環ですが、そのことがアメリカの影響力の低下に直結することになる。アメリカの影響力の低下はアメリカの利益にプラスになるのだろうか?

                      中国が世界第二位の経済力を生かして、アメリカの覇権国家の座を虎視眈々と狙っている。AIIBや一帯一路構想も、中国が主導権を持って推進していますが、いわばユーラシア大陸同盟であり、アメリカと日本は加わってはいない。それにたいして積極的なのがドイツであり、ユーラシア大陸諸国からアメリカの影響力を排除しようとするものだ。

                      このようなメルケルの構想に相乗りしてアメリカの影響力を排除しようと中国がドイツに接近している。トランプは何も知らないからTPPからいち早く離脱しましたが、TPPこそ海洋国家同盟の主軸になるはずだった。まさにトランプ大統領はメルケルから見れば飛んで火に入る夏の虫なのだ。

                      アメリカがこのような状態だからこそ、日本の安倍総理が海洋国家を主導してまとめあげる機会なのですが、安倍総理はアメリカとEUとの仲介役として行動してしまった。むしろメルケルの構想をぶち壊すくらいの策を練るべきであり、中国とEUとの分断を図らなければならない。でなければ中国に主導権が行ってしまうだろう。

                      トランプも外交戦略の誤りに早く気がついて欲しいものですが、メルケルの構想にはまるだけだ。アメリカはユーラシア大陸に築いた橋頭堡を次々と失いつつある。大英帝国の没落もシンガポールや香港などのリムランドの橋頭堡を失ったことが原因であり、アメリカはEUを失い、中東を失い、ASEANを失い、韓国も失うだろう。

                      トランプ大統領はまさに暗愚の帝王であり、アメリカの没落を早めるものになるだろう。その片鱗は今回のサミットでも見られましたが、レーガン大統領とは真逆の大統領になりアメリカを滅ぼす大統領になりかねない。トランプ大統領にはこれといった外交スタッフがおらず、娘婿が大統領首席補佐官になっている。

                      posted by: samu | 政治認識 | 10:05 | - | - | - | - |