PR
Search
Calendar
New Entries
Category
Archives
Profile
Links
mobile
qrcode
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
日本に覚悟を迫る秩序の分岐点/葛西敬之
0

    世界は今、21世紀の安定的な秩序への分岐点に立っている。

     1990年代以降、ソ連崩壊の解放感のなかで、西側自由主義国の間では「歴史は終わった」「国境はいずれ消滅する」「これからは軍事力は要らない」という神話が一世を風靡(ふうび)した。しかし20年あまりを経た2016年、英国民は欧州連合(EU)離脱を支持し、米国民はトランプ大統領のアメリカ・ファーストを選択した。それは、21世紀も国際社会の構成単位は依然として国民国家であり、平和と安定を維持するのは核抑止力による勢力均衡である、という認識に根ざしているように思う。

     ≪米中関係に移行した国際政治≫

     一方、一党独裁の国家資本主義中国はグローバリズムに「便乗」して外国資本と先進技術を取り込み、経済的急成長と軍事大国化を果たした。そしていまなお核兵器・ミサイルの増強を続けるとともに海洋に進出し、宇宙・サイバー分野でも攻撃力を高めている。

     20世紀の「米ソ冷戦」あるいは「冷たい平和」は1947年からソ連崩壊の91年まで半世紀に及んだ。当初はソ連が勢力拡大を仕掛け、それを米国が阻止するという攻守関係であったが、60年代のキューバ危機を転機に、核戦力における米国の優位をソ連が認めざるを得なくなり、その上で偶発的衝突を避けるための仕組みが整えられることになった。

    今、21世紀を展望すると、国際政治の第一正面は太平洋に移り、米ソの関係は米中関係に移行したと見ることができる。しかし、この新しい関係においてはいまだ米ソ間に存在したような現状維持の相互容認は存在せず、新興の中国は専ら軍事力強化と勢力圏の拡大により米国を凌駕(りょうが)しようと志向しているように見える。

     ≪核抑止が機能したキューバ危機≫

     ソ連が米国優位の下での勢力均衡受容に方向転換したのは62年のキューバ・ミサイル危機からである。それまでソ連は現状変更・勢力拡大を策し続けていた。そしてその延長線上でキューバを傀儡(かいらい)国家化し、米国を射程に収める中距離核弾頭ミサイル配置を進めた。

     これが既成事実化すれば米国の核抑止力優位は失われ、ソ連の次なる冒険を誘うことになる。ケネディ大統領が全面核戦争も辞さずという構えのもとにソ連の船団を封鎖したとき、世界中が凍り付いた。結局、最終段階でフルシチョフが屈服し、ミサイルや核兵器を積んだ船団は大西洋で方向転換を行ったのである。

     核兵器を保有し、捨て身で使う覚悟ある者だけが核兵器を使うことなく、平和を手にすることができるという核抑止力の定理が機能したケースであった。

    今日の中国はキューバ・ミサイル危機までのソ連と近似する立場にあり、アメリカの優位に挑戦する構えを見せている。当時のキューバに当たるのが北朝鮮である。この20年間、北朝鮮は核兵器とミサイルの開発を続け、実験を繰り返してきた。米国や同盟国、国際社会は一貫してこれを非難し、核兵器開発を中止するよう圧力をかけてきたが、実効性を持たなかった。それは中国が北朝鮮を説得するふりをしつつ時間を稼ぎ、資金的・技術的にそして精神的に支援し続けたからだと見るほかない。

     北朝鮮は中国にとっては日米韓に向けた槍(やり)の穂先であり、62年のソ連におけるキューバの位置づけである。キューバのミサイル危機は直接ソ連が手を下したものであり、ソ連が手を引けば消滅したが、北朝鮮は表面的には自らの手による核兵器・ミサイル開発であり、必ずしも中国の言う通りにはならない可能性もある。今や北朝鮮は水爆を完成し、それを運搬する大陸間弾道ミサイル(ICBM)技術も1年以内には保有すると見る向きもあり、世界はまさに核拡散抑止のデッドラインに立っていると言ってよい。

    ≪実効性ある決意が平和に繋がる≫

     ここであらゆる手段に訴えてでも北朝鮮を止めることなしに21世紀の平和と安定はあり得ない。トランプ政権が「実力行使なしに平和は達成されない」、そのための「あらゆる選択肢がテーブルの上にある」、軍事力行使の「レッドラインは引かない」と宣言し、いかなる手段に訴えてでも北朝鮮の核兵器・ミサイル能力を除去する決意を表明したことは、20年に余る問題の先送りから目覚め、実効性のある行動を取る決意を固めたものと理解すべきだと思う。

     この決意が韓国内世論を安定化させ、潜在的な当事者であるロシアの動きを牽制(けんせい)すれば、最終的には中国の覇権志向抑制と対北朝鮮影響力行使に繋(つな)がるだろう。そしてキューバのミサイル危機と同様の平和維持効果を果たすことになる。

     「米国は百パーセント同盟国とともにあり、同盟国を守る」という宣明は「日本は百パーセント米国とともに行動する」という覚悟を求めるものでもある。近現代史を振り返るならば、今日の日本は幕末・明治維新の欧化革命、米ソ冷戦下での日米同盟選択に続く3度目の選択の岐路に立っているのだと思う。(かさい よしゆき)

    posted by: samu | 産経正論 | 22:17 | - | - | - | - |
    韓国大統領選は「左偏向教育」の結果 「自由主義」後退が心配だ/西岡力
    0

      韓国の新大統領に文在寅氏が当選した。日本では、日韓関係の悪化を心配する声が高まっている。しかし、私が心配するのは韓国の反共自由民主主義体制の弱体化である。それが進めば韓米同盟が崩れ、日本の安保にも悪影響を与えるからだ。

      ≪新政権は左派運動勢力の指令塔に≫

       次点となった「自由韓国党」の洪準杓候補は選挙最終日、ソウル徳寿宮前で「今回の選挙は韓国の自由民主主義体制を守るための内戦だ」と声をからして叫び、支持者らは韓国国旗である太極旗と米国国旗の星条旗を激しく振って賛同の声を上げた。車道を埋め尽くしたのは年長者ばかりだった。

       洪候補の絶叫を聞く前、私は徒歩5分の距離にある光化門広場で文在寅陣営の演説を聞いた。聴衆は、幼い子供を連れた夫婦など、若い層がかなり多い。元警察庁長官や退役将軍らが「文候補は従北左派ではない。自分たちが保証する。いまだに相手候補をアカ呼ばわりする洪陣営は時代錯誤だ」という演説を続けた。文候補はテレビ討論で北朝鮮を「主敵」と規定することを最後まで拒否したが、支持率は下がらなかった。

      前回、朴槿恵大統領当選の原動力になったのは50歳以上の高齢層の圧倒的な支持だった。ところが今回、文候補は50歳代でも得票率1位だった。洪候補が1位だったのは60歳以上だけだ。1980年代に大学に入学した世代が今50歳代中盤となったことがその理由だ。ある保守派リーダーは今回の選挙を「世代間の争い」だとして次のように語った。

       「今回の大統領選挙は若年層の反乱という意味がある。彼らは全教組などから大韓民国の現代史の成功の基盤である自由民主主義や法治、市場経済を否定する左偏向教育を受けた。今回の結果は80年の光州事件以後、継続している37年間の左偏向教育の結果だ。新政権は各界に布陣した左派運動勢力の指令塔になるかもしれない」

      ≪親日勢力を指弾していた文氏≫

       80年代、韓国の学生運動活動家らは左傾民族主義を媒介にして急速に北朝鮮に近づいていった。いわゆる主体思想派が韓国の左派運動の中核になるのがこの頃だ。彼らは韓国の現代史を徹底的に否定する「反韓史観」に心酔している。ソウル大学の李栄薫教授はその歴史観を次のように要約する。

      「日本の植民地時代に民族の解放のために犠牲になった独立運動家たちが建国の主体になることができず、あろうことか日本と結託して私腹を肥やした親日勢力が、アメリカと手を結んで国を建てた。そのせいで民族の正気がかすんだのだ。民族の分断も親日勢力のせいだ。解放後、行き場のない親日勢力がアメリカにすり寄り、民族の分断を煽(あお)った」

       文在寅氏は今年1月に出した対談本(『大韓民国が聞く』)で次のように語っている。

       「親日勢力が解放後にも依然として権力を握り、独裁勢力と安保を口実にしたニセ保守勢力は民主化以後も私たちの社会を支配し続け、そのときそのとき化粧だけを変えたのです。親日から反共にまたは産業化勢力に、地域主義を利用して保守という名に、これが本当に偽善的な虚偽勢力です。

       (親日勢力清算の)もう1回の機会を逃したのは1987年6月抗争(大規模な街頭デモにより大統領直選制が実現)のときでした。それ以後、すぐに民主政府が樹立していればそのときまでの独裁やそれに追随した集団をしっかりと審判して軍部政権に抵抗して民主化のために努力した人々に名誉回復や補償をしたはずであり、常識的で健康な国になっていたはずです。しかし、盧泰愚政権ができて機会をまた逃したのです。私が前回の大統領選挙で国民成長ビジョンを提示して腐敗大掃除という表現を使ったではないですか。腐敗大掃除をしてその次に経済交代、世代交代、過去の古い秩序や体制、勢力に対する歴史交代をしなければならないのです」(翻訳・傍点筆者)

      「すぐに民主政府が樹立していれば」という表現に注目したい。現行の韓国憲法下で最初に行われた大統領選挙の結果生まれたのが盧泰愚政権だが、今年1月の時点で文在寅氏はその政権を「民主政府」とは思っていなかった。

      ≪左派大統領しか認めない危うさ≫

       文在寅氏は5月9日夜、党関係者に対して「自信を持って第3期民主政府を力いっぱい、推し進めていく」と語った。文在寅氏は現行憲法下で誕生した7人目の大統領だが、自分は3番目だと言うのだ。その言葉を生放送で聞きながら私は、新大統領は金大中氏、盧武鉉氏だけが民主政府で、韓国の主流勢力を代表する盧泰愚、金泳三、李明博、朴槿恵各氏は違うと言いたいのではないかという疑問を抑えることができなかった。

       以上のような分析は的外れで、新大統領の本心を見誤っているのであれば大変うれしい。大統領就任後、現実政治に直面して選挙戦での主張をやわらげたり撤回したりすることもよくある。韓国現代史の成功の延長線上で文在寅政権が成功することを祈っている。(モラロジー研究所教授、麗澤大学客員教授・西岡力 にしおかつとむ)

      posted by: samu | 産経正論 | 22:24 | - | - | - | - |
      産経正論/国民の大多数が好感する自衛隊が学界では「違憲」/西修
      0

        ≪再認識した平和安全法制の意義≫

         北朝鮮をめぐる緊迫はいつまで続くのだろうか。北朝鮮からわが国に向けて弾道ミサイルが発射された場合、迎撃が可能なのか、もし撃ち落としもれがあったときにはどのように対応すればよいのか、多くの国民が等しく抱く不安であろう。内閣官房が「国民保護ポータルサイト」で、「弾道ミサイル落下時の行動について」を開設したところ、アクセス数が急増しているという。国民の安全保障に対する危機意識がようやく高まってきたということだろうか。政府は、核兵器に備えるシェルターの建設、整備などにも力を入れていかなければならない。

         北朝鮮有事へ対処するため、先般来、海上自衛隊の護衛艦と航空自衛隊の戦闘機が、米国の原子力空母、カール・ビンソンを主力とする打撃群と緊密な共同訓練を実施した。また今般、海上自衛隊の護衛艦「いずも」に対して、米海軍補給艦への「武器等防護」任務が初めて与えられた。

         これらの行動をみるに、わが国の防衛のためにともに活動している国が武力攻撃を受けた場合、限定的な集団的自衛権の行使を可能にした平和安全法制が、昨年3月から施行されていることの意義が再確認される。政府には、共同訓練などを通じ、同法制で認められた諸活動の運用にいかなる問題点があるのか、十分な点検をし、国民の生命と安全を保持するために、遺漏なき方策を講じていくことが求められる。

        ≪本質の議論を避ける憲法審査会≫

         それにしても、日本国憲法が施行されてから70周年を迎え、また自衛隊の発足から約63年を経るというのに、いまだ自衛力(自衛隊)の保持の合・違憲性が未決着なのは異常だ。

         自衛隊違憲説が憲法学界の多数説とされ、共産党をはじめとする一部の政党や、有識者、メディアのなかにも根強い違憲論がある一方で、世論の圧倒的多数が自衛隊の存在を支持している。内閣府が平成27年1月に実施した世論調査では、自衛隊の防衛力を、「今の程度でよい、増強した方がよい」の合計が89%、「日米安保条約が日本の防衛に役立っている」が83%、そして「自衛隊に対する好印象」が92%におよんでいる。

         いったいこの矛盾をいかにして解消すべきか。憲法できちっと解決しなければならないと考えるのが通常であろう。

         本来、この問題は両院に設置されている憲法審査会で積極的に議論されるべきである。にもかかわらず、設置されてからすでに約10年を経ているのに、いっこうに行われる気配がない。自民党が憲法改正項目の絞り込みに向けて、民進党などへ提起しているのは、参政権の保障(一票の格差是正等)、緊急事態(議員の任期延長等)、基本的人権(環境権、教育無償化等)などであり、平和主義については、国際平和協力関係のあり方を検討課題としている。本質が違うのではないか。第9条そのものが問われるべきである。

        ≪自衛力の合法性を確立せよ≫

         私は、第9条に関し、2段階で国民投票にかけるのがよいのではないかと考える。

         第1段階は、自衛力の保持の必要性を問うことである。自衛力の保持すら憲法違反であるとの解釈が多く存在するかぎり、議論が前に進まない。まずそのネックを取り除くことから始めなければならない。そのためには、憲法改正国民投票法附則第12条にある予備的国民投票制を整備、活用することを提案したい。

         同条は「国は、(中略)憲法改正を要する問題及び憲法改正の対象となり得る問題について、(中略)必要な措置を講ずるものとする」と定めている。この予備的国民投票は、国会が憲法改正を発議するにあたり、世論の意思を把握するための諮問的な国民投票であるとされる。自衛隊違憲論を解消し、自衛力の存在の合法性を国民の意思として確立することが何よりも肝心である。もっとも、この投票で自衛力の存在が否定されることになるかもしれない。そのときは日本国の消滅に値し、日本国民の覚悟が試される。

        予備的国民投票で、自衛力の存在の必要性が認められることになれば(私はそうなると確信するが)、第2段階として、いかなる自衛力を保持することが適切か、各党が広く国民各層の意見を聴取し、国会で現実的な改正案を作成すべく力を結集し、国民に提起する−こういう手続きを踏むことが、第9条改正にとって最善なのではないかと考える次第である。

         このような2度にわたる国民投票は手間がかかるとの指摘も予想される。けれども、第9条の改正という、戦後を画してきた、またわが国の安全にとってもっとも重大な条項の改正であることに鑑みれば、慎重な手続きをとることこそ意義があると思われるが、いかがだろうか。

         ともあれ、現今の国際情勢は、第9条を放置したままにしておくことが許されないという認識を、国民全体で共有することが最重要である。(駒沢大学名誉教授・西修 にし おさむ)

        posted by: samu | 産経正論 | 11:03 | - | - | - | - |
        正論/国民の大多数が好感する自衛隊が学界では「違憲」/西修
        0

          ≪再認識した平和安全法制の意義≫

           北朝鮮をめぐる緊迫はいつまで続くのだろうか。北朝鮮からわが国に向けて弾道ミサイルが発射された場合、迎撃が可能なのか、もし撃ち落としもれがあったときにはどのように対応すればよいのか、多くの国民が等しく抱く不安であろう。内閣官房が「国民保護ポータルサイト」で、「弾道ミサイル落下時の行動について」を開設したところ、アクセス数が急増しているという。国民の安全保障に対する危機意識がようやく高まってきたということだろうか。政府は、核兵器に備えるシェルターの建設、整備などにも力を入れていかなければならない。

           北朝鮮有事へ対処するため、先般来、海上自衛隊の護衛艦と航空自衛隊の戦闘機が、米国の原子力空母、カール・ビンソンを主力とする打撃群と緊密な共同訓練を実施した。また今般、海上自衛隊の護衛艦「いずも」に対して、米海軍補給艦への「武器等防護」任務が初めて与えられた。

           これらの行動をみるに、わが国の防衛のためにともに活動している国が武力攻撃を受けた場合、限定的な集団的自衛権の行使を可能にした平和安全法制が、昨年3月から施行されていることの意義が再確認される。政府には、共同訓練などを通じ、同法制で認められた諸活動の運用にいかなる問題点があるのか、十分な点検をし、国民の生命と安全を保持するために、遺漏なき方策を講じていくことが求められる。

          ≪本質の議論を避ける憲法審査会≫

           それにしても、日本国憲法が施行されてから70周年を迎え、また自衛隊の発足から約63年を経るというのに、いまだ自衛力(自衛隊)の保持の合・違憲性が未決着なのは異常だ。

           自衛隊違憲説が憲法学界の多数説とされ、共産党をはじめとする一部の政党や、有識者、メディアのなかにも根強い違憲論がある一方で、世論の圧倒的多数が自衛隊の存在を支持している。内閣府が平成27年1月に実施した世論調査では、自衛隊の防衛力を、「今の程度でよい、増強した方がよい」の合計が89%、「日米安保条約が日本の防衛に役立っている」が83%、そして「自衛隊に対する好印象」が92%におよんでいる。

           いったいこの矛盾をいかにして解消すべきか。憲法できちっと解決しなければならないと考えるのが通常であろう。

           本来、この問題は両院に設置されている憲法審査会で積極的に議論されるべきである。にもかかわらず、設置されてからすでに約10年を経ているのに、いっこうに行われる気配がない。自民党が憲法改正項目の絞り込みに向けて、民進党などへ提起しているのは、参政権の保障(一票の格差是正等)、緊急事態(議員の任期延長等)、基本的人権(環境権、教育無償化等)などであり、平和主義については、国際平和協力関係のあり方を検討課題としている。本質が違うのではないか。第9条そのものが問われるべきである。

          ≪自衛力の合法性を確立せよ≫

           私は、第9条に関し、2段階で国民投票にかけるのがよいのではないかと考える。

           第1段階は、自衛力の保持の必要性を問うことである。自衛力の保持すら憲法違反であるとの解釈が多く存在するかぎり、議論が前に進まない。まずそのネックを取り除くことから始めなければならない。そのためには、憲法改正国民投票法附則第12条にある予備的国民投票制を整備、活用することを提案したい。

           同条は「国は、(中略)憲法改正を要する問題及び憲法改正の対象となり得る問題について、(中略)必要な措置を講ずるものとする」と定めている。この予備的国民投票は、国会が憲法改正を発議するにあたり、世論の意思を把握するための諮問的な国民投票であるとされる。自衛隊違憲論を解消し、自衛力の存在の合法性を国民の意思として確立することが何よりも肝心である。もっとも、この投票で自衛力の存在が否定されることになるかもしれない。そのときは日本国の消滅に値し、日本国民の覚悟が試される。

          予備的国民投票で、自衛力の存在の必要性が認められることになれば(私はそうなると確信するが)、第2段階として、いかなる自衛力を保持することが適切か、各党が広く国民各層の意見を聴取し、国会で現実的な改正案を作成すべく力を結集し、国民に提起する−こういう手続きを踏むことが、第9条改正にとって最善なのではないかと考える次第である。

           このような2度にわたる国民投票は手間がかかるとの指摘も予想される。けれども、第9条の改正という、戦後を画してきた、またわが国の安全にとってもっとも重大な条項の改正であることに鑑みれば、慎重な手続きをとることこそ意義があると思われるが、いかがだろうか。

           ともあれ、現今の国際情勢は、第9条を放置したままにしておくことが許されないという認識を、国民全体で共有することが最重要である。(駒沢大学名誉教授・西修 にし おさむ)

          posted by: samu | 産経正論 | 11:54 | - | - | - | - |
          露は米のシリア空爆に激怒しているのか? 本音はシリアから手を引きたい?ロシア/木村汎
          0

            米国のトランプ政権は、シリアの空軍基地に巡航ミサイルを撃ち込んだ。アサド政権が反体制派に対して化学兵器を用いた嫌疑にもとづく懲罰行為だった。アサド大統領は同兵器使用の事実を否定し、米国の空爆を国際法違反と見なした。ロシアのプーチン政権は、シリア政府の主張を支持する一方、米国のティラーソン国務長官の訪露を受け入れた。首尾一貫しない言動から、一体どのようなクレムリンの意図を読みとるべきなのだろうか。

             ≪トランプ政権のメッセージ≫

             ロシアは、米国によるシリア空爆にどのぐらい激怒しているのか? この問いに答えるためには、まずトランプ政権側の意図を正確に知る必要がある。

             確かに、米軍はシリア政府の空港設備を破壊したが、空爆は限定的な性格のものだった。まず、米軍が攻撃の事前通告を行ったために、ロシア側の人的被害はほとんどゼロにとどまった。また、空爆は1回限りで、アサド政権に対する「象徴的」懲罰の意味をもつ警告にすぎなかった。

            空爆はむしろ政治的、外交的な機能を狙っていた。まず、米国内に向けて、トランプ政権がオバマ前政権とは異なり、アサド大統領による化学兵器使用に関し、毅然(きぜん)とした措置を取る姿勢の誇示。次いで、核兵器開発をエスカレートさせる一方の金正恩・北朝鮮、それを阻止することに不熱心な習近平・中国に対する牽制(けんせい)の意味合いで実施された。

             アサド政権は自らが化学兵器を使用した事実それ自体を否定し、米国空爆をシリアの主権を侵す重大な行為と見なした。プーチン大統領はシリア政府側に与(くみ)し、次のような皮肉すら口にした。結局、大量破壊兵器の保有が証明されないままに終わった「2003年のイラクでの出来事を思い起こさざるをえない」。

             もしプーチン政権がトランプ政権によるシリア攻撃に本気で激怒しているならば、口頭だけでなく行動においても抗議の意図を表すべきだろう。例えば、米国務長官の訪露のキャンセル。にもかかわらず、プーチン大統領自らがティラーソン長官との会談を行った。

            ≪「二正面作戦」は望ましくない≫

             このことから、次のように大胆な推測も成り立つだろう。シリア内戦への関与の是非や方法をめぐって、ロシア指導部には2つの考え方が存在し、現在そのどちらが優勢とは必ずしも言い切れないのではないか。

             1つ目は、シリア内戦からそろそろ手を引くべき潮時が到来しているとの見方だ。プーチン大統領は、原油安、ルーブル安、西側制裁といった経済的“三重苦”からロシア国民の目をそらす狙いで、シリア空爆を始めた。ところが、「勝利を導く小さな戦争」にあまり長くかかずらわっていると、泥沼に陥る危険がある。

             シリアへの軍事介入によって、ロシアは、1日当たり約100万ドル以上の出費を余儀なくされている。ウクライナ東部とシリアの「二正面作戦」の続行は望ましくない。このような判断に基づき、ロシアは「出口戦略」を模索し始めた。実際、イランやトルコと協議して「アスタナ和平案」をまとめ、自らも空母「アドミラル・クズネツォフ」などロシア艦隊に撤収を命じた。

             しかし他方、アサド大統領の思惑は異なる。同大統領は、シリア第2の都市アレッポの奪還だけでは満足できず、この機に反体制諸勢力の息の根を止め、己の安泰を完全なものにしたいとの誘惑に駆られているのではないか。この推測が当てはまる場合、アサド大統領がロシア側から事前の承諾を得ることなく、独断でサリン攻撃を敢行したシナリオすら排除できなくなる。だとするならば、プーチン大統領はアサド大統領によってコケにされたことにも等しく、13年に仲介者役を買って出た面目は丸つぶれとなろう。

            ≪突きつけられた深刻なジレンマ≫

             右に述べたようなプーチン指導部の意図を十分承知しているティラーソン長官は、ロシア側に向かいシリアと米国のどちらを選ぶのかと迫った。ところが、目下のプーチン大統領にとっては、これら両国よりもさらに重要なメッセージの発信相手が存在する。ロシア国民に他ならない。というのも、氏は、来年3月にロシア大統領選を控えているからである。

             確かにその人気と支持率は盤石に見える。とはいえ、現ロシアでは経済の“三重苦”が解消されるめどがつかない一方、地方でのデモ、地下鉄テロなど不穏な動きも続出している。そのため、プーチン大統領は米国の言いなりになってロシア国民から弱腰との批判を浴びるのを警戒せねばならない。

             要するに、プーチン政権は「進むも地獄、退くも地獄」というシリア問題で深刻なジレンマを突きつけられている。この難問を解く鍵は、アサド政権が果たして化学兵器を使用したか否かの事実解明だろう。おそらくその答えを知っているロシアは、その証拠の提出を他のどの国よりも欲しているにちがいない。(北海道大学名誉教授・木村汎 きむらひろし)

            posted by: samu | 産経正論 | 11:25 | - | - | - | - |
            国際秩序が「世直し」的激変…日本人は精神の心棒たる「遠代」の回想失うな/新保祐司
            0

              「建国記念の日」の2日前、橿原神宮に参拝した。いうまでもなく、神武天皇をお祀(まつ)りしている神宮である。かねてより日本人として一度は行かねばならないと思っていたが、この度、実現することができた。雪のちらつく寒い日であったが、近鉄奈良駅から電車に乗って橿原神宮前駅に降り立つと、清冽(せいれつ)な寒さに気が引き締まるようであった。

              ≪「古代」を漂わす橿原神宮≫

               まず、駅舎の風格に感銘を受けた。緩やかな曲線の大きな屋根が美しい。昭和15年、「紀元二千六百年」の年に村野藤吾の設計により建てられた。村野といえば、昨年の伊勢志摩サミットの会場となった志摩観光ホテルの設計をした人である。名建築が今も数多く残っている大建築家であり、昭和42年には文化勲章を受章している。こういう建築家が、「紀元二千六百年」の年に橿原神宮前駅の駅舎を設計したことはすばらしい。

               昭和15年、「紀元二千六百年」の年には、横山大観が「海山十題」を描き、山田耕筰は交響詩「神風」を作曲し、北原白秋作詩、信時潔作曲の交声曲「海道東征」が作られた。この前後は近代日本の文化的高揚が見られたといってもいいであろう。明治以降、近代化に邁進(まいしん)してきた日本が、この時期になって、ようやく日本の歴史を回想するに至った。やはり、真の文化は、歴史を回想する深い経験から生まれるのである。

              駅から5分ほど歩くと橿原神宮に着く。まず、目を引くのは大きな木の鳥居である。そして、その先に遠くまでまっすぐに広がっている空間である。この空間の清明さは無類である。雪模様ということもあってか、人はほとんどいなかった。それが、この清明さを強調していたのかもしれない。

               参拝した後、森林遊苑を歩いていると、折口信夫の歌碑があった。「畝傍山(うねびやま)かしの尾のへに居る鳥の鳴きすむ聞けば遠代なるらし」。この「鳥」は、八咫烏(やたがらす)に思いを致させたのかもしれない。確かに、この森厳な空気の中では、「遠い古代」にいるような気分になってくる。

              ≪「毒気」にあてられた占領後≫

               歴史とは回想である。「古代」の歴史を知るということは、古代史の本などを読むことにとどまらない。例えばこの橿原神宮の地に佇(たたず)んで「遠代なるらし」という経験に没入することである。大いなる回想ができる民族が、偉大なる民族なのである。明治が偉大なのは、単に文明開化を成し遂げたからではなく、「神武創業」の根本にまで遡(さかのぼ)るという偉大なる回想に基づいたものだったからである。

              このような「遠代」の回想を戦後の日本は失ってきた。「古代史の謎を解く」というような関心しか持てなくなったのである。神武東征で印象深い場面の一つは、熊野に至ったとき、毒気にあたって病み気を失うところである。「熊野の高倉下(たかくらじ)」が「一ふりの横刀(たち)」を捧(ささ)げると、神武天皇は目覚めて「長く寝つるかも」といわれた。

               思えば、占領下に与えられた「毒気」は、戦後七十余年の長きにわたって保存されてきた。この「毒気」にあたって日本人は、気を失ってきたのである。今や「長く寝つるかも」と覚醒しなければならない。

              ≪濁流に流されない心棒を貫け≫

               お守りなどを扱っている所に、保田與重郎の『神武天皇』という小冊子が置いてあった。これは、保田が易しく神武天皇の事績を書き下ろしたものである。

               最後の章「神武天皇と国民」に「国家に一大事という時、国の存亡の危機を国民が意識した時、建国の日の苦しみを回想することは、東西古今に見るところです。危機再建の日に、建国の大事業を回想するということは、興隆の原動力です。わが国の過去の歴史を見ましても、万葉集の時代から、国の重大な危機には、神武天皇建国の日を思って、更生の活力を、自他の心にふるい起こしました。その第一人者は、わが国の最大の詩人だった万葉集の柿本人麻呂です」と書いている。

              そして、人麻呂が壬申の乱という未曽有の危機の日に、神武天皇建国の史実を歌いあげることによって、自他の心に永遠の信実を強調したのだと続けている。それから、『万葉集』を作った大伴家持が、一族の若者を教えるときに、神武天皇の橿原宮の回想からせよ、と言ったことを挙げている。

               今や、戦勝国が拵(こしら)えた国際秩序が「世直し」的な激変を迎えようとしている。国際主義から国民主義へと時代思潮は回帰しつつある。この濁流の中で日本が流されてしまわないためには、日本人の精神に心棒が貫かれていなければならない。それが、「神武天皇の橿原宮の回想」である。国家の始原への遥(はる)かなる回想なのである。 4月19日、東京で公演される交声曲「海道東征」が、国民必聴の楽曲となるべきなのは、この精神の心棒が形成される経験が与えられる音楽だからである。今回の公演のチケットも完売になったという。この曲の公演会が全国各地で次々と開かれていくことを、日本のために祈念するものである。(文芸批評家・都留文科大学教授・新保祐司 しんぽゆうじ)

               

              posted by: samu | 産経正論 | 14:28 | - | - | - | - |
              聖徳太子を「厩戸王」とし「脱亜入欧」を貶める 「不都合」な史実の抹消狙う左翼に警戒を/平川祐弘
              0

                昭和の日本で最高額紙幣に選ばれた人は聖徳太子で、百円、千円、五千円、一万円札に登場した。品位ある太子の像と法隆寺の夢殿である。年配の日本人で知らぬ人はいない。それに代わり福沢諭吉が一万円札に登場したのは1984年だが、この二人に対する内外評価の推移の意味を考えてみたい。

                 ≪平和共存を優先した聖徳太子≫

                 聖徳太子は西暦の574年に「仏法を信じ神道を尊んだ」用明天皇の子として生まれ、622年に亡くなった。厩(うまや)生まれの伝説があり、厩戸皇子(うまやどのみこ)ともいう。推古天皇の摂政として憲法十七条を制定した。漢訳仏典を学び多くの寺院を建てた。今でいえば学校開設だろう。

                 仏教を奨励したが、党派的抗争を戒め、憲法第一条に「和ヲ以テ貴シトナス」と諭した。太子は信仰や政治の原理を説くよりも、複数価値の容認と平和共存を優先した。大陸文化導入を機に力を伸ばそうとした蘇我氏と、それに敵対した物部氏の抗争を目撃したから、仏教を尊びつつも一党の専制支配の危険を懸念したのだろう。

                支配原理でなく「寛容」をまず説く、このような国家基本法の第一条は珍しい。今度、日本が自前の憲法を制定する際は、前文に「和ヲ以テ貴シトナス」と宣(の)べるが良くはないか。わが国最初の成文法の最初の言葉が「以和為貴」だが、和とは平和の和、格差の少ない和諧社会の和、諸国民の和合の和、英語のharmonyとも解釈し得る。日本発の世界に誇り得る憲法理念ではあるまいか。

                 ≪独立自尊を主張した福沢諭吉≫

                 ところで聖徳太子と福沢諭吉は、日本史上二つの大きなターニング・ポイントに関係する。第一回は日本が目を中国に向けたとき、聖徳太子がその主導者として朝鮮半島から大陸文化をとりいれ、古代日本の文化政策を推進した。第二回は Japan’s turn to the West 、日本が目を西洋に転じたときで、福沢はその主導者として西洋化路線を推進した。

                 明治維新を境に日本は第一外国語を漢文から英語に切り替えた。19世紀の世界で影響力のある大国は英国で、文明社会に通用する言葉は英語と認識したからだが、日本の英学の父・福沢は漢籍に通じていたくせに、漢学者を「其功能は飯を喰ふ字引に異ならず。国のためには無用の長物、経済を妨る食客と云ふて可なり」(学問のすゝめ)と笑い物にした。

                このように大切な紙幣に日本文化史の二つの転換点を象徴する人物が選ばれた。二人は外国文化を学ぶ重要性を説きつつも日本人として自己本位の立場を貫いた。聖徳太子はチャイナ・スクールとはならず、福沢も独立自尊を主張した。太子の自主独立は大和朝廷が派遣した遣隋使が「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙(つつが)なきや」と述べたことからもわかる。日本人はこれを当然の主張と思うが、隋の煬帝(ようだい)は「之(これ)を覧(み)て悦(よろこ)ばず、〈蛮夷の書、無礼なるもの有り、復(ま)た以(もっ)て聞(ぶん)する勿(なか)れ〉と」いった(隋書倭国伝)。

                 中華の人は華夷秩序(かいちつじょ)の上位に自分たちがおり、日本は下だと昔も今も思いたがる。だから対等な国際関係を結ぼうとする倭人(わじん)は無礼なのである。新井白石はそんな隣国の自己中心主義を退けようと、イタリア語のCina(チイナ)の使用を考えた。支那Zh●n★は侮蔑語でなくチイナの音訳だが中国人には気に食わない。

                 東夷の日本が、かつては聖人の国として中国をあがめたくせに、脱亜入欧し、逆に強国となり侵略した。許せない。それだから戦後は日本人に支那とは呼ばせず中国と呼ばせた。

                ≪学習指導要領改訂案に潜む意図≫

                 アヘン戦争以来、帝国主義列強によって半植民地化されたことが中華の人にとり国恥(こくち)なのはわかるが、華夷秩序の消滅をも屈辱と感じるのは問題だ。

                 その中国はいまや経済的・軍事的に日本を抜き、米国に次ぐ覇権国家である。中華ナショナリズムは高揚し、得意げな華人も見かけるが、習近平氏の「中国の夢」とは何か。華夷秩序復興か。だが中国が超大国になろうと、日本の中国への回帰 Japan’s return to China はあり得ない。法治なき政治や貧富の格差、汚染した生活や道徳に魅力はない。そんな一党独裁の大国が日本の若者の尊敬や憧憬(しょうけい)の対象となるはずはないからだ。

                 しかし相手は巧妙である。日本のプロ・チャイナの学者と手をつなぎ「脱亜」を唱えた福沢を貶(おとし)めようとした。だがいかに福沢を難じても、日本人が言語的に脱漢入英した現実を覆すことはできない。福沢は慶応義塾を開設し、英書を学ばせアジア的停滞から日本を抜け出させることに成功した。だがそんな福沢を悪者に仕立てるのが戦後日本左翼の流行だった。

                 これから先、文科省に入りこんだその種の人たちは不都合な史実の何を消すつもりか。歴史は伝承の中に存するが、2月の学習指導要領改訂案では歴史教科書から聖徳太子の名前をやめ「厩戸王」とする方針を示した由である。(東京大学名誉教授・平川祐弘 ひらかわ・すけひろ)

                posted by: samu | 産経正論 | 09:37 | - | - | - | - |
                トランプ大統領にぜひ靖国神社の参拝を 同盟強化が歴史戦を封じ込める /井上和彦
                0

                  今回の日米首脳会談で、安倍晋三首相とトランプ大統領は「揺らぐことのない日米同盟」を再確認した。さらにアメリカは核および通常戦力の双方によって、日本の防衛に対してあらゆる種類の軍事力を使うと言及した。

                   ≪結束を誇示する日米関係≫

                   このところ安倍首相が日米関係を語るとき、同盟の結束という言葉を忘れない。2015年4月に米議会で演説した際、「熾烈(しれつ)に戦い合った敵は、心の紐帯(ちゅうたい)が結ぶ友になりました」と述べ、日米同盟をはじめて「希望の同盟」と例えた。昨年末のハワイ真珠湾訪問でも「和解の力」と「希望の同盟」を高らかにうたい上げた。

                   大東亜戦争で熾烈な戦いを演じた日米両国が、戦後は和解し、強固な同盟関係を結ぶに至ったことを世界に発信したのである。

                   これは昨年5月に広島を訪問したオバマ大統領も同じだった。ただしオバマ大統領のスピーチにも安倍首相のそれにも“謝罪”の言葉は盛り込まれなかった。これについて違和感を覚えた人もいただろうが、それは日本に対し、執拗(しつよう)な歴史戦を挑んでくる中国へのメッセージであったことも忘れてはなるまい。

                  中国の脅威が顕在化し、日米両国が1997年9月に「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)の見直し作業の最終報告を行った翌月、当時の江沢民国家主席は中国の元首として12年ぶりに訪米し、その途上でハワイに立ち寄って真珠湾攻撃で撃沈された戦艦アリゾナに献花した。

                   そこには中国がアメリカの負った古い傷を思い起こさせ(リメンバー・パールハーバー)、日米同盟に楔(くさび)を打ち込もうとする政治的意図が見え隠れしていた。

                   ≪効力失った中国の対日カード≫

                   そもそも日本が対米戦を前に大陸で戦っていたのは、主として蒋介石率いる国民党軍(中華民国)である。同時に当時のアメリカが軍事援助も含めて共闘していたのも国民党軍だった。

                   ところが、「中華民国」に代わって国連安保理の常任理事国の座についた中華人民共和国は、そのまま「戦勝国」になってしまった。そもそも中華人民共和国は、終戦後に勃発した国共内戦で勝利した結果、1949年10月1日に建国された国であり、日本は中華人民共和国とは戦争しておらず、まして同国が対日戦の「戦勝国」を名乗るのには無理がある。

                  毛沢東は、64年に北京を訪れた佐々木更三氏(のち日本社会党委員長)にこう述べている。

                   《日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらし、中国人民に権力を奪取させてくれました。みなさんの皇軍なしには、我々が権力を奪取することは不可能だったのです》(東京大学近代中国史研究会訳『毛澤東思想万歳』下巻)

                   ところが現在では、そんな史実は封印され、中国は「対日戦勝国」に成り上がったのである。だからこそ中国は日本に対して贖罪(しょくざい)の姿勢を求め、執拗に歴史戦を仕掛けてくるのだ。

                   日米両国首脳は昨年、大東亜戦争の最初と最後の象徴の地を相互訪問し、恩讐(おんしゅう)を乗り越えて真の和解を成し得た。これは、中国の対日歴史カードの効力を著しく低下させたといってよかろう。

                   それを示すように安倍首相のハワイ真珠湾慰霊に同行した稲田朋美防衛相は帰国後、靖国神社を参拝したが、反発はごく短期間で収束した。これで安倍首相の参拝再開の道は開かれたとみてよいだろう。そもそも「靖国問題」の実相は、中国の対日歴史戦の一環なのだ。

                  ≪トランプ大統領は靖国参拝を≫

                   中国が日本の首相の靖国神社参拝に反対表明してきたのは米ソ冷戦のまっただ中の1985年、ちょうど中曽根康弘首相とレーガン大統領が「日米蜜月」をアピールした時代だった。

                   最近では小泉純一郎首相の靖国神社参拝に対して中国が猛反発したが、これも、対テロ戦争でブッシュ大統領との強い結束が示されたときである。

                   安倍首相は積極的平和主義に基づく防衛政策や安全保障法制の整備を進め、日米同盟の強化を一段と深めている。

                   中国の対日歴史戦の目的は、日米同盟に楔を打ち、日本の安全保障政策を牽制(けんせい)することだ。中国が対日外交を有利に展開し、地域における日本のプレゼンスを封じ込めるためには、日本が“贖罪意識”を持つ戦争の「加害者」であり続けなければ困るのだ。

                   安倍首相のハワイ真珠湾訪問に際し、中国の陸慷報道官は「真珠湾以外にも南京大虐殺記念館などの慰霊施設がある」などと記者会見で述べていたが、ならば日本にも慰霊施設がある。靖国神社だ。

                  今回の訪米で、安倍首相はアメリカの戦没者を追悼するためにアーリントン墓地を訪問し鎮魂の誠をささげた。であれば年内に予定されたトランプ大統領の来日時に、日本の戦没者を祀(まつ)る靖国神社を、安倍首相とともに参拝してもらえないだろうか。これで戦後日本の軛(くびき)は取り除かれることになろう。(ジャーナリスト・井上和彦 いのうえ かずひこ)

                  posted by: samu | 産経正論 | 10:21 | - | - | - | - |
                  日台が「現状変更国家」中国に抵抗できる軍事力を持つことだ/村井友秀
                  0

                    今年も日本の安全保障に重大な影響を与える国は、米国、中国、ロシアである。ロシアは日本を攻撃する能力を持っているが攻撃意思はない。しかし、中国は日本を攻撃できる兵器を保有し、尖閣諸島を奪おうとしている。

                    ≪中国海軍を「拘束」する台湾≫

                     現在、中国海軍は西太平洋で活動を活発化させているが、中国海軍が南シナ海から太平洋へ出ようとすれば、台湾とフィリピン間の海峡を通らねばならない。台湾は西太平洋で活動する中国海軍の死命を制することができる位置にある。他方、台湾が中国軍と協力すれば、東シナ海、南シナ海、西太平洋で中国軍の作戦能力は格段に向上する。

                     将来の中台関係は次の3つの形が考えられる。(1)中台統一(2)現状維持(3)台湾独立−である。

                     (1)中台が統一すれば、中国軍は台湾を出撃基地にして太平洋に進出できる。中国軍が台湾から出撃すれば、中国軍の進出を日本、台湾、フィリピンを結ぶ第1列島線で阻止することは不可能になり、中国軍を第1列島線内に封じ込める米軍の作戦は機能しなくなる。西太平洋の中国軍は日本に向かう全てのシーレーンを脅かすことができる。

                    (2)現状維持では、台湾は政治的にある程度中国から独立した行動が可能である。台湾が独立的に行動できるためには、台湾に対する中国の軍事行動を米国が牽制(けんせい)できることが必要条件である。現状では中国軍が台湾を軍事基地として使用することはできず、台湾は中国軍が東シナ海、南シナ海、太平洋で作戦を実行する際の大きな障害物になっている。

                     (3)台湾独立とは、台湾人は中国人ではないという台湾民族主義が高揚し、独自の国名、国旗、国歌を制定し、台湾が中国の意向に反する行動を取ることができる状態である。民族主義が高揚している国家は外国との対立を躊躇(ちゅうちょ)しない傾向があり、中台関係は緊張するだろう。独立した台湾にとって最大の脅威は中国であり、独立台湾は日本や米国との関係を強化する方向に動かざるを得ない。

                    ≪米海軍が守る日本のシーレーン≫

                     他方、近未来の東アジアは次の3つの形が考えられる。(イ)米国が覇者(ロ)米中共同管理(ハ)中国が覇者−である。

                     米国が覇者の場合は、中台関係が(1)統一(2)現状維持(3)独立−のいずれにもなり得るが、米中共同管理または中国が覇者の場合には(3)の独立はあり得ない。米国の新政権が世界の警察官になることに消極的であっても、「偉大な米国の復興」を叫ぶ新政権が、アジアにおいて中国が覇者になることを許容する可能性は低い。東アジアの米中関係は、米国覇者と共同管理の間にある可能性が高い。

                    日中関係では、米国が世界の警察官であることをやめた場合、中国が「中華民族の偉大な復興」を実現し「1つの山に2匹の虎はいない」アジアを実現するために、日本に圧力をかけ、日本のシーレーンを妨害する可能性がある。日本が必要十分な軍事力を整備し日米同盟が機能すれば、中国軍の脅威を排除して日本に向かう船団の安全を確保できる。日本の重要なシーレーンは太平洋やインド洋を通っているが、陸上基地に配備されたミサイルの射程や航空機の航続距離を超えた太平洋やインド洋で米海軍に挑戦する国はない。

                     今、日中間で大戦争が起きる可能性はない。大戦争は双方の経済に致命的な打撃を与える可能性があり、何よりも双方が大戦争を望んでいない。また、大戦争になれば日米同盟によって米国が参戦する可能性が高まり、中国が戦争に勝つ可能性はなくなる。現在も近未来も、中国の指導者が大戦争を決意するほど非合理的である可能性は低い。

                    ≪軍拡に耐える力が安定を支える≫

                     戦争には「攻撃は守備の3倍の兵力が必要である」という原則がある。したがって、米国の新政権の政策に影響されずに日本の力で安定した日中関係を構築するためには、中国の軍事力の3分の1を超える2分の1の軍事力を日本が保有すれば、中国の軍事的圧力に日本は抵抗できる。同時に戦争の原則を考えれば、中国の2分の1の軍事力しかない日本が中国を攻撃することはできない。

                    すなわち、日本が、中国との軍拡競争に負けずに耐えて中国の2分の1程度の軍事力を保有していれば、日中間に戦争はない。ただし、外交交渉で相手に圧力をかける手段である限定的な武力衝突は何時(いつ)でも何処(どこ)でも起こり得る。なお、双方が紛争の拡大を望まないとき、偶発的な武力衝突が大戦争に拡大した歴史的事例はない。

                     民主主義を維持する日本と台湾には、国際関係の現状を変えなければ解決できない重大な問題は存在しない。しかし、国内に深刻な矛盾を抱える中国は、国際関係の現状を変えて国民の不満を政府からそらそうとしている。したがって、現状維持を目指す日本と台湾が、現状変更国家である中国の軍事的圧力に抵抗できる軍事力を保有することが東アジアの平和を維持する要諦である。(東京国際大学教授・村井友秀 むらいともひで)

                    posted by: samu | 産経正論 | 14:38 | - | - | - | - |
                    日本は「良い国」か「悪い国」か 自虐思考洗脳が使命のメディア/平川祐弘
                    0

                      日本は「良い国」か「悪い国」か。明治29年、ラフカディオ・ハーンが小泉節子と結婚、わが国に帰化するや、在留西洋人はHearn went native(ハーンは土民になった)と騒いだ。19世紀の末、白人文明の優位は当然視されていた。それだから日本の女を妻とし英国籍を捨てた男は強い違和感を与えたのである。そんな陰口をきく連中とハーンは交際を絶った。それもまた悪評の種となった。

                       明治37年、ハーンが東京で死ぬや「お気の毒」と西洋人は言い出した。「彼の一生は夢の連続で、それは悪夢に終わった。情熱のおもむくままに日本に帰化し小泉八雲と名乗ったが、夢からさめると間違ったことをしでかしたと悟った」。B・H・チェンバレンが『日本事物誌』第6版に印刷したこの言葉が、西洋で定説となる。

                       フランス大使クローデルも「薄幸なハーン」と呼んだ。タトルの叢書(そうしょ)のハーンは戦後よく売れたが、背表紙に「彼の晩年は幻滅と悲哀に満ちていた」とある。若い日にハーンを愛読したバーナード・リーチは86歳の昭和48年「かわいそうなハーン、彼は友もなく死んでしまった」と詩に書いた。

                      ハーンに惹(ひ)かれて日本研究に進んだベルナール・フランクも20世紀の末年、パリのラジオで日本で生を終えたハーンを憐れんだ。いずれも本気でそう思ったのだろう。

                      ≪名作を生んだ節子との合作≫

                       だが、ハーンの晩年は本当に惨(みじ)めだったのか。日本字の読めないハーンは怪談の題材を妻の口述から得た。節子が怪談を話すときはランプの芯を暗くし、夫人の前に端座して耳をすました。話が佳境に入ると顔色を変え「その話怖いです」とおののき震えた。ハーンは素読される書物の記事には興味は示さず、すべての物語は夫人自身の主観的な感情や解釈を通じて実感的に話さねばならなかった。「本を見る、いけません。ただあなたの話、あなたの言葉、あなたの考えでなければいけません」

                       それ故、多くのハーンの著作は、書物から得た材料とはいえ、妻によって主観的に翻案化され、創作化されたものを、さらにハーンが詩文化したものである。

                       あるとき万葉集の歌を質問され、答えることができず夫人は泣いて無学をわびた。するとハーンは黙って節子を書架の前に導き、著作を見せ、この自分の本はいったいどうして書けたと思うか。みな妻のお前のおかげで、お前の話を聞いて書いたのである。「あなた学問あるとき、私この本書けません。あなた学問ない時、私書けました」と言った。

                      こんな二人の間柄を知ると、晩年のハーンを不幸とする説は根拠がないことがわかる。だが日本に帰化した西洋人が幸せなはずはない、とする固定観念が先にあったから、不幸説が世界にまかり通ったのである。実際の晩年は、萩原朔太郎が右に述べた通り、節子とハーンの世にもまれな協力の中に過ごされたのである。

                       ただ、人一倍感じやすいハーンの気持ちが激しく揺れたのも事実で、ある日は日本を憎み、翌日は日本を愛情で包み込んだ。熊本時代、西洋文学を教えたことで西洋の偉大を再確認したハーンは、西洋への回帰の情に襲われた。だがそんな彼だからこそ、西洋に深くつかった日本人が「ある保守主義者」として祖国へ回帰する心理もまた理解し得たのである。

                      ≪固定観念はしみついたまま≫

                       日本をいい国と思う人が内外で増えている。大陸と地続きでない。そんな僥倖(ぎょうこう)に恵まれ難民が押し寄せず、テロの脅威も少ない。反対意見を容赦せぬ近隣諸国と違い言論自由である。一党独裁もなければ一神教の排他的支配もない。日本人と結ばれた外国人男女が晩年をわが国で過ごしたいと願いだしたのは、他国に比べてまだしも老人に優しい社会で、楽しいことも存外多いからである。

                      私は日本に暮らしてまあ良かったと感じる。それは客観性のある変化で、たとえば2011年、ドナルド・キーン氏が日本に帰化した。それを鼻白む米国人はいたが「nativeになった」とはもう誰もいわない。壮年時のキーン氏は来米日本人が「東京の方が治安がいい」と自慢すると、たといそれが事実であろうと、腹を立てた。そんな愛郷心の強かったニューヨークっ子がいま日本を終(つい)の棲家(すみか)にしようとしている。敗戦直後に来日した米国人のだれがそんなことを考えたか。やはり日本はまあ良くなったのである。

                       70年前の日本は自信喪失で、インテリは欧米を謳歌(おうか)し、ソ連や人民中国を讃(たた)え大活躍した。しかしベルリンの壁は崩壊し、社会主義幻想は消えた。共産国御用の学者先生は失業した。でも「日本は悪い国だ」という固定観念はしみついたままである。こんなままだと、やはり日本は駄目な国か。若者を自虐思考の方向に洗脳するのが使命だと心得る増上慢のマスメディアは、東京裁判史観の再生産にいそしんでいる。それに我慢ならず愛国主義を唱える正論派もいるが、そちらはそちらでおおむね井の中の蛙(かわず)の合唱のようである。(東京大学名誉教授・平川祐弘 ひらかわすけひろ)

                      posted by: samu | 産経正論 | 13:58 | - | - | - | - |