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政治主導の解決策/八幡和郎
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    政治主導は正義だがルールと透明化が必要〜加計学園にしても豊洲・築地でも政治主導はよいとして不透明であるがゆえに疑惑が生じた。前川氏の反乱は単なる不祥事更迭の復讐にしか見えないが、人事の政治主導も歯止めがないと行政の活力を奪いかねない。そこでその解決策を呈示する】◆官僚は不法な政治介入に屈すべきでないし、シンクタンク的に多様な選択肢を発信することも期待されている。しかし、それと同時に政治の意思の機能的な執行者であることも期待されている。
    このふたつの矛盾しがちな要請をどのようにバランス良く実現していくかは、古今東西の官僚機構にとって頭の痛い難問であり続けてきた。
    加計問題は、中曽根政権あたりから始まり、民主党政権下でやや幼稚なかたちで進展した政治主導が、管官房長官を頂点としたリーダーシップで強い力を発揮しているなかで、
    あきれ果てた岩盤規制を守り続ける一方、無邪気に法を無視して天下りの斡旋をしていた文部科学省の事務次官が更迭されたことに端を発した。
    前川喜平氏は、大富豪であり、数千万円の退職金は既にもらっているし、息子は医師であるとなれば、政権に睨まれて困窮する小市民的な心配もない。しかも、中曽根弘文氏の実兄という背景もあれば、永田町の政治ゲームのなかで味方を見つけるのも容易な立場だった。
    私は、加計学園の問題で、政治の意向が過度に発揮されたとは思わない。志願者も多い獣医学部を新しい発想で創ってもいいのではなかということも、地方振興や業界の抵抗の少なさを考えて四国はどうかというのについて、他の要素にも目配りしながら方向性を示していくとか、出来るだけ急げということも政治家として当たり前のことだ。
    その過程で、獣医業界側の要望を呈して民進党でも玉木代議士や自民党でも麻生太郎副総理に近い人々が動いていたし、加計学園にはむしろ地元で民進党の江田五月氏などのほうが直接的な関係をもっていたが、それだって、悪いこととは思わない。
    また、政治家の意向を忖度して強い意向を誰が持っているというのも役所のなかで誇張して書くこともよくあることだ。
    正々堂々とそういえばいいのに、文書があるとかないとか、公文書かどうかとかいう議論に巻き込まれてつまらん反論をしたのが、大失敗なのである。
    ◆フランスにおける政治主導と官僚機構
    しかし、この問題を離れていえば、政治主導、官邸主導は必要なことだが、その一方で、ルール作りをし、透明性を確保しないと、行政の中立性を害するとか官僚を萎縮させるとかいう弊害も心配だ。
    すでに書いたように、安倍内閣はここ30年くらい叫び続けられてきた政治主導を名実ともに実現しつつある。そうなると、今回の加計問題は、あまりにもいじましい復讐劇でしかないので、一緒にされたくないとはいえ、このまま政治主導がなんのしばりもなく暴走することに危惧をいだく霞ヶ関の住人やOBも少なくないのである。
    私自身にとって、この問題は、40年近く前からの関心事である。1980〜1982年にオランド前大統領やマクロン新大統領の母校であるフランス国立行政学院(ENA)に留学してフランスにおける政治主導が行政の活力を奪うことなくどう実現されているかを、「フランス式エリート育成法」(中公新書)という著書や論文などで紹介して以来、ことあるごとに紹介し日本にどう導入するかを論じてきた。
    しかし、デカルト的な明晰さは日本人の好むところでなかったのか、日本における政治主導はあいまいな形で進み、その矛盾が今回の事件にいびつな形で表出したのだと思う。◆官僚人事と政治主導
    官僚の人事を仲間内の順送り人事から政治の意向も加味していこうとしているなかで、 公務員の中立性を保ちちつつ政治の意向も適正に反映させるバランスが取れたシステムが確立されるべきだ。
    官僚機構は、民間企業と違って代替するほかの組織を持たない存在である。そのときの政権の意向を反映するだけでなく、将来の別の政権のもとでも機能しなくてはならないし、その経験を活かして多様な選択肢を提供できるシンクタンクでもある。
    一方、そのときどきの政権の政治的意思をもっとも迅速に実現していくマシーンでることも要請されている。
    そのふたつの要請を両立するために、日本と並ぶ官僚国家であるフランスでは、いくつかの工夫をしているし、私はこうしたシステムの導入をENA(フランスの官僚養成機関でマクロン首相の母校)留学から帰った1982年から主張し続けている。
    たとえば、フランスには事務次官は存在しない。アメリカなどでも次官はいるが、次官補などに対して序列で一位だというだけだ。中国の官僚機構でもそうだ。日本のように、大臣が会長であるのに対して社長だというような事務次官は普通ない。人事などは総務局長が担当だ。
    フランスでは、大臣の手足になるのは、大臣官房だ。いわば補佐官室で、官房長は首席補佐官というべき存在で、大臣の代理人だ。政治任命なので、経歴は問わないが、普通は官僚出身者だ。その省の官僚が多いが、他省庁からも来る。とくに、フランスではマクロンのような財政監察院、フィリップ首相のような国務院、オランド前大統領のような会計検査院というグランコールと呼ばれる三つの組織の人間がスーパー・キャリア官僚となっており、官房長の供給減だ。
    そして、官房のメンバーは10人くらいからなるが、だいたい、官僚が半分強といったところか。
    局長などは、大臣が官房長の補佐を受けて任命するが、大統領や首相の助言もされる。実務能力がないと困るのは大臣なので、それほど極端な政治任命はされない。
    野党や大臣の政敵に近い幹部はどうするかといえば、中枢から離れたポストに待避する。それが省内ということもあるし、外郭団体のこともある。ただし、降格や肩たたきで辞職を強いられることはない。
    このようなシステムのお陰で、野党のブレーンとなっている官僚も多いし、それが、円滑な政権交代を可能にしている。
    このような官房(補佐官)システムは地方自治体にあっても適用可能だと思う。
    ◆評価や基準は客観的にしたうえで堂々と政治判断を
    もうひとつの問題は、政策決定にあたって、定められた基準に従い客観的に決定が行われてるという無理なフイクションを立てながら、実態は、 善悪はいろいろだが政治的、社会的配慮で決定が行われていることだ。
    基準や分析結果の数字の方を結論ありきで操作するという惡弊になっているのである。加計でも、実際には政治的に方向付けがされながら、後付け的に選考基準がされた印象がある。
    私は、政治的な意思を反映したら、 それと分かるように示して国民に対して責任を持つのが好ましいと思う。
    東京都の豊洲問題でも、移転に賛成派も反対派も、自分で出したい結論に合わせて効果を試算したり、基準を設定していた。
    そのあげくが、超政治的に豊洲も築地も両方という驚天動地の選挙ファーストの結論になってしまった。
    そんなことやめて、経済効果はこういう順序だ。しかし、こういうことも大事だと思うので、こういう結論を出した。これを議会でも議論して欲しいし都民も広く議論して欲しいというのが、あるべき姿だと思う。
    そうしていけば、小細工や苦し紛れの説明などせずに、客観的な評価はこうだが、あえて、こういう政治判断を行ったとして、正々堂々と政治判断の是非は選挙での有権者での投票で問えばいいことになる。

    安倍首相は、混乱をきたした原因を政治主導のあり方の未熟さにあると認め、行政の中立性ともバランスの取れた政治主導のあり方を確立することをもって、国民への提案とすることを提案したい。

    posted by: samu | 政治認識 | 09:37 | - | - | - | - |
    「 米国防総省の報告に見る中国の脅威 」櫻井よしこ
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      『週刊新潮』 2017年6月22日号
      日本ルネッサンス 第758回

      米国防総省が6月6日、「中国の軍事情勢」に関する年次報告書を発表した。海洋、宇宙、核、サイバー空間の4分野を軍事戦略の要として、中国が世界最強の国を目指して歩み続ける姿を描き、警告を発している。
       
      報告書は、中国の目標が米国優位の現状を打ち砕くことだと分析し、そのために中国は、サイバー攻撃によって、軍事技術をはじめ自国で必要とする広範な技術の窃取を行い、知的財産盗取を目的とする外国企業への投資や、中国人による民間企業での技術の盗み取りなどを続けていると、驚くほど率直に告発している。
       
      この件に関して興味深い統計がある。中国政府は長年、経済発展を支えるイノベーション重視政策を掲げてきた。2001年から複数回の5か年計画を策定し、研究開発費をGDP比で20年までに2・5%に引き上げようとしてきた。だが、目標は一度も達成されていない。理由は、彼らが必要な知的財産を常に他国から盗み取ることで目的を達成してきたために、自ら研究開発する風土がないからだとされている。
       
      ただ、どのような手段で技術を入手したかは別にして、中国が尋常ならざる戦力を構築しているのは明らかだ。中国は世界で初めて宇宙軍を創設した国だ。米国家情報長官のダニエル・コーツ氏は今年5月、「世界の脅威評価」で、ロシアと中国はアメリカの衛星を標的とする兵器システム構築を宇宙戦争時代の重要戦略とするだろうと報告している。
       
      15年末に、中国は「戦略支援部隊」を創設したが、それはサイバー空間と宇宙とにおける中国の軍事的優位を勝ち取るための部隊だと分析されている。
       
      国防総省の報告書は、中国を宇宙全体の支配者へと押し上げかねない量子衛星の打ち上げに関しても言及しているのだ。

      大中華帝国の創造
       
      昨年、中国は宇宙ロケットを22回打ち上げ、21回成功した。そのひとつが世界初の量子科学実験衛星の打ち上げだった。量子通信は盗聴や暗号の解読がほぼ困難な極めて高い安全性が保証される通信である。「仮に通信傍受を試みたり、通信内容を書き換えようとすると、通信内容自体が猜壊瓩垢襦M論的にハッキングはまず不可能」(産経ニュース16年9月3日)だと解説されている。
       
      量子衛星打ち上げの成功で、地球を包み込んでいる広大な宇宙を舞台にした交信では、どの国も中国の通信を傍受できないのである。
       
      中国は07年に地上発射のミサイルで高度860舛亮国の古い気象衛星を破壊してみせた。攻撃能力を世界に知らしめたのだ。衛星破壊をはじめとする中国の攻撃の狙いは、「敵の目と耳を利かなくする」こと。違法なハッキングで世界中の技術を盗んできた中国が、選りに選って絶対にハッキングされない技術を持てば、世界を支配する危険性さえ現実化する。
       
      中国は現在独自の宇宙ステーションを構築中だが、来年には主要なモジュールの打ち上げが続く見込みだ。東京五輪の2年後には、中国だけの宇宙ステーションが完成すると見られる。さらに、中国は月に基地をつくる計画で、月基地の完成は27年頃と発表されている。習近平氏の「中国の夢」は、21世紀の中華思想の確立であり、宇宙にまで版図を広げる大中華帝国の創造ではないのか。
       
      中国の遠大な野望の第一歩は、台湾の併合である。その台湾に、国防総省報告は多くの頁を割いた。「台湾有事のための戦力近代化」(Force Modernization for a Taiwan Contingency)という章題自体が、十分注目に値する強いタイトルだ。付録として中国と台湾の戦力比較が3頁も続いている。
       
      台湾と中国の軍事力は比較にならない。中国の優位は明らかであり、将来も楽観できない。たとえば現在、台湾は21万5000人規模の軍隊を有するが、2年後には全員志願兵からなる17万5000人規模の軍隊を目指している。しかし、この縮小した規模も志願兵不足で達成できないだろうと見られている。他方、中国は台湾海峡だけで19万人の軍を配備しており、人民解放軍全体で見れば230万人の大軍隊である。
       
      台湾、南シナ海、そして東シナ海を念頭に、中国は非軍事分野での戦力、具体的にはコーストガード(海警局)や海上民兵隊の増強にも力を入れてきた。
       
      10年以降、中国のコーストガードは1000徹幣紊梁膩秦イ60隻から130隻に増やした。新造船はすべて大型化し、1万鼎鰺イ膨兇┐訌イ少なくとも10隻ある。大型船はヘリ搭載機能、高圧放水銃、30世ら76惜い鯣えており、軍艦並みの機能を有し、長期間の海上展開にも耐えられる。
       
      ちなみに1000徹幣紊梁膩秦イ130隻も持つコーストガードは世界で中国だけだと、国防総省報告は指摘する。海警局は、もはや海軍そのものだ。

      ローテクの海上民兵隊
       
      海警局とは別に海上民兵隊も能力と規模の強化・拡大を続けている。事態を戦争にまで悪化させずに、軍隊と同じ効果を発揮して、海や島を奪うのが海上民兵隊である。
       
      彼らは人民解放軍海軍と一体化して、ベトナムやフィリピンを恫喝する。16年夏には日本の尖閣諸島周辺にまで押し寄せた。国防総省報告は、この海上民兵隊に重要な変化が表れていることを指摘する。かつて海上民兵隊は漁民や船会社から船を賃借していた。それがいま、南シナ海に面する海南省が、84隻にも上る大型船を海上民兵隊用として発注した。独自の船を大量に建造しているのだ。
       
      海上民兵隊は南シナ海を越えて尖閣諸島や東シナ海、さらには小笠原諸島、太平洋海域にも侵出してくる。
       
      宇宙軍と量子衛星、そして海上民兵隊。ハイテク戦力とローテク戦力を併せ持つ中国が世界を睥睨しているのである。サイバー時代においては、先に攻撃する側が100%勝つのである。その時代に、専守防衛では日本は自国を守れないであろう。
       
      日米同盟はいまや、責任分担論が強調される。アメリカはかつてのアメリカとは異なる。国家基本問題研究所の太田文雄氏が問うた。

      「仮にアメリカのトランプ政権が、爛魯ぅ謄の宇宙・サイバー空間における脅威はアメリカが対処する。そこで責任分担で、ローテクの海上民兵隊には日本が対応してほしい瓩噺世辰討たら、わが国はどうするのでしょうか」
       
      日本を守る力は結局、日本が持っていなければ、国民も国土も守りきれない。そのような事態が近い将来起きることは十分にあり得るのだ。
       
      折りしも安倍晋三首相が自民党総裁として憲法改正論議に一石を投じた。この機会をとらえて、危機にまともに対処できる国に生れかわるべきだ。

      posted by: samu | 政治認識/中国韓国 | 09:13 | - | - | - | - |
      AIIBの正体は「アジアインフラ模倣銀行」/田村秀男
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         中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)の正体はアジアインフラ模倣(Imitation)銀行である。北京は加盟国・地域数でアジア開発銀行(ADB)を上回ると喧伝するのだが、自力でドル資金を調達、融資できず、ADBや世界銀行のプロジェクトの背に乗って銀行を装っている。元締・中国の外貨準備は減り続け、対外借金がなければ底をつく。ドル本位のAIIBに限界を見て取った習近平政権はユーラシアのインフラ整備構想「一帯一路」の決済通貨を人民元にしようともくろむ。
         韓国・済州島でのAIIB第2回年次総会会場では韓国企業などが最先端の情報技術(IT)インフラ設備の売り込みを競っているが、AIIB目当てでは「とらぬたぬきの皮算用」同然だ。ドル建て金融のAIIBの信用の源泉は元締・中国の外貨準備で、残高は3兆ドル余りだが、帳簿上だけだ。海外からの対中投資や融資は中国にとって負債だが、当局はその外貨を強制的に買い上げて、貿易黒字分と合わせて外準に組み込む。外貨の大半が民間の手元にある日本など先進国とは仕組みが違う。
         グラフを見よう。外準は3年前をピークに急減している。対照的に負債は急増し、昨年末には外準の1・5倍以上だ。外国の投資家や企業が中国から資金を一斉に引き揚げると、外準は底をつくだろう。
         中国外準を見せ金にして昨年初めに開業したAIIBには世界最大の債権国日本とドルの本家米国が参加を見送った。当然のように国際金融市場はそっぽを向く。米欧の信用格付け機関はAIIBの格付けを拒否するので、AIIBはドル建て債券発行ができない。
         AIIBはやむなくADBや世銀との協調融資で当座をしのぐ。5月末時点の融資額は授権資本金1千億ドル(約11兆1千億円)に対し21億ドル余りにすぎない。加盟国の多くは割にあわないことを恐れ、当初約束した出資金の払い込みを渋る。
         習近平国家主席は5月中旬、北京で開いた一帯一路の国際会議で、人民元資金、7800億元(約12兆8千億円)をインフラ整備用にポンと出すと表明した。国際通貨としての信用力が貧弱な人民元でも不自由しない企業は中国の国有企業に限られるので、韓国や欧米企業は受注で二の足を踏むだろう。借り手国は人民元の返済原資確保のために、対中貿易に縛りつけられる。AIIBに見切りをつけた習政権は中国による中国企業のためのプロジェクトを周辺国に押し付けるだろう。
        posted by: samu | 経済認識 | 22:33 | - | - | - | - |
        「 情報機関の調査機能の一掃を目論む韓国の現状を日本は注視すべき 」櫻井よしこ
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          『週刊ダイヤモンド』 2017年6月17日号
          新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1186
           

          46年前の1971年に、東京・渋谷で沖縄返還協定反対デモがあり、警備に当たった新潟県警の中村恒雄警部補、当時21歳が殺害された。「渋谷暴動事件」である。その犯人と思われる大坂正明容疑者が6月7日、逮捕された。実に46年間も逃げ続けていたのだ。
           
          人々が忘れ去っても、ずっと事件を追い続けた公安と警察の働きがあって初めて、大坂容疑者の逮捕となった。国や社会の安全は、このような地道な息の長い努力によって守られていることを改めて認識する。
           
          いま、欧州、中東、南アジアなどではテロが続発し、国内治安を守るのは容易でない。国内の不穏な動きを厳しく監視できなければ、安全な国民生活は守りきれないといってよい。
           
          とりわけ南北に分断されている朝鮮半島では、韓国は北朝鮮の対南工作に晒されてきた。他のどの国と較べても、国内治安維持のための監視体制が必要な国だ。ところが、文在寅氏が大統領に就任して日も浅い6月1日、早くも非常に憂うべき決定が下された。
           
          国家情報院(国情院)を「改変」するというのだ。第一報を、私は6月5日付の「産経新聞」櫻井紀雄記者による、ソウル発の記事によって知った。国情院は北朝鮮の独裁政権から韓国を守るために、あらゆる謀略工作に目を光らせる機関である。国家保安法を執行する、日本でいえば公安調査庁と警察を合わせたような組織だ。その国情院院長に就任した徐薫氏が、これまで、国情院のみならず各種の機関で情報収集に当たってきた国内情報担当官(IO)制度の廃止を指示したという。もし、実行されれば、日本でいえば公安調査庁、警察を筆頭とする全情報機関の調査機能が一掃される事態が生ずる。

          「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏が語る。

          「もし、そのようなことを実行したら、スパイ捜査もできなくなります。全ての公安関係の組織活動が根底から切り崩されます。果たしてそんなことができるのか、疑問です」
           
          実は、金大中、盧武鉉、金泳三各氏ら歴代の左翼系大統領は皆同じ提案をした。しかし、流石に国家の基盤である情報組織を解体することはできなかった。今回も同じ展開になるのではないかと、洪氏は見る。
           
          一方で懸念すべきは、これまで北朝鮮の工作員など韓国に害をなすと思われる勢力に向けられていた情報機関の活動が、逆に国民の方に、とりわけ、保守勢力に向けられてくるのではないかということだ。洪氏の解説である。

          「日本からでは韓国の実態はわかりにくいかもしれません。朴槿恵前大統領があっという間に弾劾、逮捕され、収監された背景を頭に入れておく必要があります。民労総(全国民主労働組合総連盟)や全教組(全国教職員労働組合)などの勢力が反朴運動を支えましたが、これらは日本の自治労や日教組をもっとずっと激しい極左にしたような組織です。彼らの支持の上に現在の文政権があるのです」
           
          彼らは文氏も含めて、北朝鮮の破綻が明らかな現在も、金日成氏の主体思想を信奉する人々である。
           
          文氏は盧政権下の秘書室長(官房長官)だった。盧大統領は事実上、国情院によって、北朝鮮に従う余り韓国を裏切ることになった行動を暴露されている。今回の措置は、文氏が盧氏の失敗に学んで、まず、韓国内の情報機関の潰滅を狙った可能性も考えられる。隣国の状況の深刻さが窺える。
           
          こんなときこそ、日本国内の状況への目配りが重要だ。沖縄での反米軍基地運動をはじめ、慰安婦問題で政府を追及する会合などが、日本各地で驚くような頻度で開催されている。少なからぬ朝鮮半島の人々や中国人が参加している。外国籍の運動家の、日本における政治活動の実態の危険度に注視し、日本は韓国の現状から学びとるべきではないか。

          posted by: samu | 政治認識/中国韓国 | 22:35 | - | - | - | - |
          書評『小池百合子 偽りの都民ファースト』(ワック)片山善博 v 郷原信郎
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            宮崎正弘/書評
            清新なイメージで「小池劇場」を売り込んだのはたいした度胸だが
            『悪代官』を退治するなんて印象操作の化けの皮が剥がれてきた

            都民ファーストと叫んではいるが、実質は『自分ファースト』じゃないのか。というのが、本書の骨格をなす基調のトーンだ。
            「詭弁」と「先送り」が得意技。
            真髄の政治信条は不明。結局、この女性知事は「地方自治を弄んでいる」と舌鋒鋭く、小池都政の欺瞞に迫るのが本書だ。
            最近、やたらと増えた小池都政バッシングだが、この本の著者をみれば、前の鳥取県知事と元検事。いってみれば地方自治の専門家である。
            彼女は『敵』と連続的に造りだして、メディアを逆利用して、『悪党』と対決するポピュリストを演じているが、それに自ら酔ってしまった。しかも、その酩酊度はリスキーな段階に来ている。
            「都民ファースト」なんておこがましく『自分ファースト』で自爆の道を驀進しているのではないのかと迫る片山元知事は現在大学教授だが、日頃の言説を聞いているとリベラル色が強い。決して保守でない。
            その片山氏が言うのだ。
            都民は「クリーンな政治を求めて」、彼女を撰んだが、「小池知事の政治姿勢に対して疑問の声」が強くなり、とどのつまり「肝腎の情報公開にしても『見せる化』には熱心でも、真の『見える化』からはほど遠い」のではないかと強く疑念を呈している。
            しかし、彼女を撰んだ本当の理由は対立候補が「バカとアカ」しかいなかったから他の選択肢がなかったからじゃないの?
            一方、郷原氏は「都民にとって小池知事に期待する部分が大きいものの、豊洲移転問題を政争の具にすることに違和感を覚え始めた」のが都民の大多数であり、都民ファーストが実際の選挙では票に結びつかないだろうと示唆する。
            片山氏曰く。「重責を担う都知事が、スター性に酔ってはいけない。政党を立ち上げ、都議会選挙に臨む時間など本来ないはずだ」
            そして郷原氏曰く。
            「『安全』を『安心』の問題にすり替え、暴走する小池都知事。このままでは東京都の『地方自治』は遠からず崩壊する」と。
            小池劇場批判の先陣を切ったのは桜井よしこ氏と有本香氏だが、この都政批判の出版ブームはまだまだ収まりそうにない。『新潮45』など、ほとんどが小池百合子都知事批判である。
            こうなると、本選挙で何割の都民が投票に行くのかな?

            posted by: samu | 書評 | 22:44 | - | - | - | - |
            歴史文献としての「日本国憲法」と「九条」西村眞悟
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              我が国の朝野は、
              「日本国憲法」を「憲法」として、おおまじめに読んできた。
              もちろん、憲法=法規だと思っているので、それに縛られている。
              しかし、「日本国憲法」を
              これを「書いた者」の意図を伺うことができる「歴史的文献」
              として読み込めば、
              そこに、昭和二十年九月二日の降伏文書調印から我が国を占領統治した
              連合国最高司令官ダグラス・マッカーサーと
              GHQ(連合国総司令部)のスタッフ達が
              大東亜戦争で直面した日本という国家の強さと
              それを解体しようとする彼らの目的が浮かび上がってくる。
              そして、同時に、
              この目的のために消された我が国の歴史と陸海軍将兵の勇戦奮闘が甦るのである。

              従って、この観点から、「憲法九条」の背景を見つめる。
              そこに見えてくるのは、
              日本軍のとてつもない強さと、
              日本軍に完敗して戦場から逃げた軍司令官マッカーサーの屈辱である。

              五十歳の若さでアメリカ陸軍の参謀総長に就任するという輝かしい経歴を持つ
              ダグラス・マッカーサーは、
              六十一歳になった日米開戦時には、
              フィリピンのアメリカ極東陸軍の司令官をしていた。
              そして、十二月八日未明、日本海軍の真珠湾奇襲の報に接したマッカーサーは、
              人種的偏見から有色の劣等な日本人は飛行機の操縦ができないので
              ドイツ人が飛行機を操縦していると思い込んでいた。
              しかし、その時、台湾から発進した帝国海軍のゼロ戦、一式陸攻そして九七式陸攻合計一〇六機がフィリピンのアメリカ軍のクラークフィールド基地に襲いかかり、
              ヨーロッパ戦線で撃墜されたことの無かったB17など一〇八機のアメリカ軍機が破壊され撃墜されてアメリカ軍の航空戦力は一挙に半減し、
              十二月十三日には航空戦力が壊滅する。
              マッカーサーは、このクラークフィールドでの、一〇六機の日本軍機の攻撃を、
              七五一機の攻撃であると本国に虚偽報告をしている。
              負けたことの言い訳を嘘ででっちあげたのだ。
              さらに、十二月十日からルソン島北部と南部から上陸してきた日本軍はとてつもなく強く、
              アメリカ軍は蹴散らされて退却を繰り返し、
              十二月二十二日に、
              マニラ西部のリンガエン湾に上陸した本間雅晴中将に率いられた第十四軍が
              マニラに向けて進軍を開始するにおよび、
              マッカーサーは、
              早々にマニラを放棄してバターン半島とコレヒドールに逃げて立て籠もる。
              翌年一月十日、本間雅晴第十四軍司令官は、
              バターン半島に立て籠もったマッカーサーに降伏勧告を伝達する。
              マッカーサーは、降伏勧告を無視するが、
              軍司令官が日本軍に生け捕りにされる状況になってきたので、
              先に前線から逃亡するフィリピンのケソンに、秘密軍事顧問料の支払いを要求し、
              ケソンはニューヨークの口座からマッカーサーに五十万ドルの軍事顧問料を支払って逃亡する。
              続いて、マッカーサーも逃亡した。
              以上、マッカーサーの、
              ワシントンにおける、輝かしい軍事官僚としての経歴と、
              フィリピンの戦場における、有色人種と軽蔑していた日本軍にコテンパンに負けて生け捕りにされかかって逃亡した屈辱と虚言癖を述べた。
              彼に虚偽報告をさせ敵前逃亡をさせた日本の陸海軍は、
              マッカーサーにとって、とてつもなく強かったのである。
              そして、「日本国憲法」は、
              この日本軍に負けた屈折した男の指揮の下に書かれている。
              さらに、
              負け戦における日本軍の恐ろしさを身にしみて知ったのもアメリカ軍である。
              ガダルカナル、ラバウル、パラオのペリリューとアンガウル、サイパン、硫黄島、
              そして沖縄における日本軍の戦いは、アメリカ人の想像を絶した。
              つまり、死ぬのが分かっているのに戦いを止めない日本軍、
              さらに、死ぬために突撃してくる日本軍は、アメリカ人にとって戦慄すべき軍隊であった。

              「戦後という時期」は、現在に至るも、
              戦場でアメリカ軍が日本兵を射殺し、火焔放射器で焼き殺し、
              日本の婦人がサイパンの崖から身を投げる影像が、
              毎年、八月十五日が近づけば、我が国のTVで放映されるが、
              あの影像は、アメリカ軍が、日本軍が弾も武器も食料も無くなって戦うことができなくなってから、
              本国における戦意昂揚と予算獲得の為に撮影したプロパガンダ影像であり、
              日本軍との戦闘の実相を映したものではない。
              第一に、アメリカ軍が日本軍との戦闘の最前線に使った黒人兵は
              一人も映っていないではないか。
              日本軍兵士の回想に、最初に来る敵は全て黒人なので、
              「俺はアフリカと戦争をしているのかと思った」
              とあるのを読んだことがある。

              さて、我らは、
              マッカーサーのGHQに「太平洋戦争」という呼称を強要されて
              そのまま使っているので、
              太平洋の島々の負けた戦いしか知らず、
              「大東亜」つまりアジアの大地での実態は視ていない。
              日華事変の直後に召集され七年近く北支と南支で戦い、
              昭和二十年の終戦後に伍長で帰還した作家伊藤桂一氏の戦場の回想である
              「草の海 戦旅断想」に、
              終戦後の八月十七日のことを書いた次のような記述がある。

              槍兵団の一部が、駐屯地から北上を続けていたとき、
              新四軍(共産軍)に包囲されて
              「武器を捨てれば貴隊を保護してやる」という勧告を受けた。
              その勧告に対して部隊長は
              「道をあけろ、あけねば武力で通る」と応じて、
              交戦して撃退し、敵の小銃七十挺を鹵獲して、悠々とある町に着いた。
              すると、いく分当惑して寄ってきた中国人が言った。
              あんたらは、もう戦争にまけているのだ・・・
              いつまでも勝っている気分でいられちゃ困ります。

              また、他の箇所で、伊藤氏は、
              戦争が終わったという知らせが来た時、
              捕虜のイギリス軍将校が負けたと泣いたので、日本軍将校が彼を慰めた。
              すると、負けたのは日本だとの知らせが入り、
              今度は、しょげた日本軍将校を、泣いていたイギリス軍将校が慰めた、
              という情景も書いている。

              以上は、伊藤桂一氏の体験した情景であるが、
              中国戦線、インドシナそしてインドネシアにおいては、
              八月十五日にも日本軍は最強の軍隊として存在していた。
              この地域を支配したい蒋介石軍と共産党軍、
              この地域に帰りたいイギリス、フランス、オランダにとって
              この最強の健全無傷な日本軍が武装を解除するか否かが最大の関心事であった。

              従って、この日本の帝国陸海軍を武装解除させることが、
              昭和二十年九月二日に調印された「降伏文書」の主目的となっており、
              さらに、五か月後の昭和二十一年二月四日〜十二日に起草された
              「日本国憲法」の主題、主目的となったのである。
              従って、この「憲法」を書いた者たちは、
              特に「第二章」という「九条」だけの一章を設けて
              戦争の放棄と、陸海空軍の不保持と交戦権の否定を特筆しているのだ。

              つまり、「降伏文書」と「日本国憲法」は、一体の文書であり、
              あのマッカーサーは、
              「降伏文書」で日本に約束させた陸海軍の武装解除を
              さらに追撃して
              「日本国憲法」で徹底し、かつ固定化しようとしたのだ。
              それが、「前文」と「九条」であり、
              さらに、日本人を家族と社会と国家から遊離させる「人権規定」である。
              天皇と国家と社会と家族との強い絆が、日本人の強さの源だからである。

              以上の通り、
              「日本国憲法」と、その象徴である「九条」は、
              マッカーサーが骨身に染みた
              「日本軍の強さ」、
              「天皇を戴く日本の強さ」
              を解体する目的で書かれた復讐文書であり、
              同時に、
              祖国のために日本軍兵士が如何に勇戦奮闘したのかを示す文書である。

              アメリカ軍だけは、確かに太平洋で勝った。
              そして、まだまだ余力があり、もし本土決戦になれば、
              太平洋の島々のように
              アメリカ軍の前で日本軍が簡単に崩壊すると我々は教えられている。
              それ故、我が国の本土決戦は、
              軍国主義の発狂、きちがい沙汰、だというように思い込まされた。
              果たして、そうであろうか。
              確かに、我が日本は息絶え絶えであった。
              しかし、こちらが苦しいときは、敵も苦しいのだ。
              アメリカ軍も、
              決死の日本軍との、今まで以上の本土での決戦に耐えられたであろうか。
              以下は、
              「大東亜戦争と本土決戦の真実」(家村和幸著、並木書房)より、

              フィリピン戦線で勝ったアメリカ軍師団長は、
              降伏した第十九師団長長尾中将に次のように語っている。

              戦場で相見えた仲でなければ相手の偉大さは分かりません。
              あなた方日本軍の精強さに私たちは感嘆しています。
              日系市民志願兵で編成された第四四二部隊が樹てた偉大な業績は
              米軍内で驚異の的になっています。
              私たちは、この戦場でその実際を身をもって痛感しました。

              大本営は、
              昭和二十年三月、
              要衝のラバウルを守りとおしている第八方面軍参謀の原四郎中佐を、
              ラバウルから東京の大本営作戦課に呼び戻して本土決戦担当の参謀とし、
              次いで激戦中の沖縄から決死の覚悟で小舟で脱出して
              沖縄戦の地上戦闘の教訓を伝えた神少佐と森脇大尉の報告を元に
              本土決戦姿勢を決定して、六月、参謀次長名をもって
              「本土決戦根本義の徹底に関する件」を各部隊に通達し、
              奇しくもドイツのロンメル元帥が、
              ノルマンディー上陸作戦の直前に言った通りの決戦を
              水際で実施しようとしていた。
              ロンメル元帥は、ノルマンディーの海岸でこれを実施できなかったが、
              大本営は、千葉県外房の海岸でこれを実施しようとしていたのだ。

              勝負は、この海岸で決まる。
              敵を撃退するチャンスは一度しかない。
              それは敵が海のなかにいるときだ。
              上陸作戦の最初の二十四時間が決定的なものとなる。
              この如何によってドイツ軍の運命は決し、
              連合軍にとっても、我々にとっても、
              「いちばん長い日」になるだろう。

              六月十三日は、
              「沖縄県民斯く戦えり 県民に対し後世特別の御高配を 賜らんことを」
              との訣別電報を海軍次官宛てに打電して、
              沖縄の小禄の海軍壕の地下の司令官室で自決した
              大田 實海軍中将の命日である。
              私は、千葉県茂原の大田中将の森と田園に囲まれた生家の横に建てられた
              大田中将の慰霊碑の前で、
              命日に行われる顕彰慰霊祭に参列した。
              この慰霊祭は、茂原や市原など近隣の有志が執り行って今年で三回目を迎える。
              慰霊を終えて、地元の同志の案内で、
              茂原市内に残る本土決戦用の飛行機格納壕と滑走路跡を見て回った。
              そして、翌日、外房の風が激しく鳴り波が押し寄せる九十九里浜に立った。
              アメリカ軍の上陸適地は、この浜しかない。
              相模ではない。ここがノルマンディーとなる。
              そして、ラバウルを守り抜いた第八方面軍司令官今村 均大将が部下に語った、
              敵が上陸したならば、
              目をつぶって海岸に突進して、
              敵の喉元に喰いつく、
              という壮絶な決意を思った。
              三年後の東京オリンピックのサーフィン会場は、
              七十二年前の敵上陸適地、即ち敵迎撃適地、であった。

              「憲法九条」は、まさに、
              日本人、日本軍、の強さと
              敵の恐怖を示す歴史的文書である。

              posted by: samu | 政治認識 | 22:39 | - | - | - | - |
              ユネスコ「世界の記憶」藤岡信勝
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                本日(6月24日)付けの朝日新聞朝刊7面に、<ユネスコ「世界の記憶」/「政治案件」一部除外へ/「憲法九条発案は幣原元首相」資料に通告>という見出しの記事が掲載された。骨子はユネスコの「世界の記憶」で、日本関連候補の一部について、「歴史的な判定や解釈はしない」との理由で審議対象から外す方針であることがわかった、というもの。

                 主要に取り上げられているのは、憲法九条の発案者が幣原喜重郎・元首相であったとする資料で、日米の市民らが申請したという。記事は次のように書いている。

                 <共同申請者で作家の荒井潤さんによると、事務局が今年4月、「『世界の記憶』は政治的党派性を有するとの非難を受けてはならない」「現在の日本政府の決定に影響を与えかねない」として審査対象から外すと通告してきたという。>

                ...

                 ここまでのところで、ちょっとコメントしておこう。「憲法九条発案は幣原元首相」ということを示す資料が申請されていることを、この記事で初めて知った。以前、憲法九条に関する資料が「日本枠」で提出され、申請定数オーバーで却下されたという話を聞いたことがあったが、その申請グループが改めて「国際枠」の共同申請で提出し直したのか、それとも作家の荒井潤氏らは全く別のグループなのか、それは分からない。

                 ここで、「日本枠」「国際枠」と書いたのは、申請のカテゴリーの区別を示すために私がつくってみた言葉である。申請手引き書の英語は、national, international となっている。どういうことかというと、ユネスコの審査は2年サイクルで申請を受け付けることになっているが、国ごとの申請は2件に限るとの制約が設けられている。

                 そこで、テーマによっては、他の国の関係者と共同で申請するカテゴリーがあって、こちらは件数に制限がない。日本枠は一昨年の9月にすでに日本ユネスコ国内委員会が、「上野三碑」と「杉原千畝」の2件を決定しているので、この枠で新規に申請しても申請定数オーバーで門前払いとなる。私たちの「通州事件」も同じ事情があって、チベットと「国際枠」で共同申請している。上記の憲法九条に関する申請も申請主体が「日米の市民ら」と書かれているとおり、当然、「国際枠」での申請である。

                 さて、上記の朝日新聞の記事は、続けて以下のように書いている。

                 <また、旧日本軍が慰安婦を規律正しく扱ったとする資料や戦時中の中国で邦人が多数犠牲になった「通州事件」の資料(申請・日米の団体)の申請者の一人、藤岡信勝・拓殖大客員教授にも、ユネスコから「ある歴史観を示すことが目的なら、登録は不適切」との通知があった。これに対し藤岡氏は「歴史観を示すものではなく人権侵害の記録だ」と反論したという。>

                 この記事を書いたのは、文科省記者クラブでユネスコ関係を担当する朝日新聞の後藤洋平記者で、私のところに2回ほど電話の取材があった。上記の記事は、私の名前が出てくるところ以降は正確に書かれていて問題はないのだが、それ以前の事実関係で混乱と間違いがある。

                 後藤記者は、慰安婦の資料や通州事件の資料を提出した日米の団体があって、その申請者の一人が私である、という理解をしているようだが、根本的な誤解がある。

                 ^岼舵悗了駑舛凌柔舛函通州事件の資料の申請は、全く独立の別の案件である。記事はこれら2つの案件が一つの申請であるかのように誤解している。
                 慰安婦の資料を申請したのは、日米の民間団体で、日本側は「慰安婦の真実国民運動」(加瀬英明代表)、「なでしこアクション」(山本優美子代表)、「メディア報道研究政策センター(小山和伸理事長)の3団体、アメリカ側は「日本再生研究会」(目良浩一代表)である。申請書のタイトルは、「慰安婦と日本規律に関する文書」。
                 D冥事件に関連する申請は、テーマは通州事件とチベット問題にまたがり、申請者は、日本側は「通州事件アーカイブズ設立基金」(藤岡信勝代表)で、チベット側は元チベット亡命政府国会議員のギャリー・ブトックである。申請タイトルは「20世紀中国大陸における政治暴力の記録−チベット、日本」というものだった。ところが、4月10日にユネスコの「世界の記憶」登録小委員会から手紙が来て、上記の記事にあるような趣旨であった。そこで、誤解を防ぎ、申請の趣旨をよりハッキリさせるため、「概要」の文章を書き換え、申請タイトルも「人権侵害事件−チベット、通州の場合」とした。タイトルが変更されても、「MoW2016-75」という登録ナンバーが同じなので、同一性は保持される。

                 後藤記者に悪意があったとは思わないが、やはり、電話で取材をすませるのではなく、面会してしっかり取材すべきだったと思う。朝日には記事の訂正を求めたい。

                 さて、この記事の本論は、1992年に始まった「世界の記憶」事業が、本来「マグナ・カルタ」など歴史的な文書や絵画などを保存・公開することが目的だったのに、2015年に中国政府が「南京大虐殺」をごり押しして登録させてしまったため、さすがの日本政府も反発し、ユネスコが制度の見直しに着手し、その一環として「政治的案件」を審査対象から外すことにした、というものである。(ただし、朝日の記事はそこまで露骨に書いてはいないが、慧眼な読者はそう読み取るだろう)

                 憲法九条に関する資料の申請は、内容的には、日本の左翼が9条護憲の口実として盛んに持ち出している「9条日本側(幣原喜重郎)発案説」をユネスコの権威で認めさせようとする魂胆で感心しないが、そもそもこういうことになった原因は、中国が日本に仕掛ける歴史戦のために、捏造した「南京大虐殺」を登録させたことに原因がある。「マグナ・カルタ」の保存などを想定してつくられたこの制度に、場違いな「政治」を持ち込んだのは中国である。中国はパンドラの箱を開けてしまったのである。

                 我々の手紙には、審査対象にしないという趣旨の内容はなかったが、もしユネスコが上記の方針を貫くのであれば、日本政府主導の改正案は今年から適用されるということであり、その趣旨から、「南京大虐殺」も取り消されるべきことを声を大にして訴えなければならない。

                 なお、老婆心ながら、朝日新聞が記事を訂正するとすれば、
                 <また、旧日本軍が慰安婦を規律正しく扱ったとする資料や戦時中の中国で邦人が多数犠牲になった「通州事件」の資料(申請・日米の団体)の申請者の一人、藤岡信勝・拓殖大客員教授・・・>
                のところを、
                 <また、旧日本軍が慰安婦を規律正しく扱ったとする資料(申請・日米の団体)や戦時中の中国で邦人が多数犠牲になった「通州事件」とチベット虐殺の資料(申請・日本の団体とチベットの関係者)も申請されている。後者の申請者の一人、藤岡信勝・拓殖大客員教授・・・>
                などとすべきであろう。

                posted by: samu | 政治認識 | 16:59 | - | - | - | - |
                韓国は反日激化、日本は謝罪外交をやめるときが来た/古森義久
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                  日本は韓国に登場した文在寅新政権にどう対応すべきだろうか。別な表現をすれば、日本は文在寅大統領の下の韓国にどう対応すべきなのか。

                   日本側がまず覚悟すべきなのは、北朝鮮に異様なほど寄り添う文政権の親北の姿勢である。文大統領は当選の翌日に、親北活動家だった任鍾哲氏を大統領秘書室長に起用した。任鍾哲氏は、北朝鮮の主体思想に共鳴しているとも言われる。日本の官房長官に等しい要職である秘書室長に任鍾哲氏を起用したことも、文大統領の北朝鮮への傾斜を強く印象づけた。

                   文大統領自身、選挙戦中から北朝鮮を脅威ではなく同胞として扱い、北との統一を「国家連合」という言葉で表現してきた。北朝鮮の主体思想や独裁政治の過酷な人権弾圧を非難することもない。北朝鮮に対して韓国側の民主主義の優越性を説く姿勢は露ほどもみせないのだ。

                   日本とは根本的に異なるこの姿勢は、安全保障面で米国との摩擦を引き起こすだろう。米国が韓国との同盟関係を保ち、韓国に米軍を駐留させているのは、北朝鮮が韓国にとって明白な軍事的脅威であるという大前提の認識があるからだ。ところが文大統領は、北朝鮮を軍事的脅威とみているのかどうかさえ曖昧である。

                   米韓のこうした認識のギャップは米韓同盟を侵食し、韓国の安全保障を揺るがしていくことになる。日本としては、韓国のそうした状況を当面は静観しながら、日米同盟の強化を図ることが賢明である。

                  日本国民の悲願とも言える北朝鮮による日本人拉致事件の解決でも、韓国の協力は期待できなくなりそうだ。なにしろ文大統領はこれまで政治家として北朝鮮を無法国家とみて糾弾したことがほとんどない。むしろ北朝鮮を脅威だとか無法だとみる側に対して非難を浴びせてきた政治活動家だったのである。

                  謝罪外交は失敗だったと米国人学者

                   さらに文政権下では、「反日」志向が一段と激化することが予測される。その動きに日本はどのように対応すべきなのか。

                   日本側は年来、韓国の官民からの糾弾に対してとにかく謝罪するという対応をとってきた。そして、韓国側の当面の要求に屈服するという態度だった。慰安婦問題などでの宮沢喜一氏の連続謝罪、河野洋平氏の「河野談話」などが分かりやすい実例である。

                   こういう態度は、韓国側に同調や譲歩を示し謝罪をすれば、韓国側が態度を軟化させ当面の摩擦状態は改善されるはずだ、という前提に立っていた。

                   だが、この前提は間違っていた。日本が謝罪した後の韓国側の態度や日韓関係の実際の展開をみれば、その結果は明白である。

                   米国オークランド大学の日本研究学者、ジェーン・ヤマザキ教授は、日本の韓国に対する謝罪外交は外交としては完全な失敗であり無意味だったと総括している(なお、同教授は日系米人男性と結婚した女性で、非日系である)。

                   ヤマザキ教授は自著で、1965年の日韓国交正常化以降の日本の国家レベルでの謝罪の数々を列記し、「主権国家がこれほどまでに過去の自国の行動を悪事だとして他国に謝ることは国際的にも珍しい。だが、その謝罪によって韓国側の対日姿勢が改善することはなかった」と指摘していた。

                   ヤマザキ教授は「謝罪が効果をあげるには、受け手側にそれを受け入れる構えがなければならない。しかし韓国側には、日本の謝罪により自国の言動を変えるという態度はまったくうかがわれない」とも述べる。

                   他の米国人政治学者、ロバート・ケリー教授やジョージタウン大学のビクター・チャ教授も、日本側の謝罪は日韓摩擦を解消しないという趣旨の見解を明らかにしている。最近は日本側でも国民レベルで「韓国側への謝罪は不毛だ」とする認識が広まってきたようである。

                  虚偽プロパガンダを受け入れる日本メディア

                   ただし、日本の主要メディアの慰安婦問題報道を見ていると、韓国側の要求に応じれば事態は改善されるという認識も今なお感じさせられる。

                   例えば、朝日新聞やNHKをはじめほとんどの大手メディアが、ソウルの日本大使館前などに不当に設置された慰安婦の像を「慰安婦像」とは呼ばずに、韓国側の喧伝する「少女像」という呼称に従っている。

                   この像は、製作者側も明確にしているように、まだ幼さを感じさせる年齢の慰安婦そのものを模したブロンズ像である。韓国側は政治宣伝のレトリックとして「平和の少女像」などと呼ぶ。だが、実態はあくまで慰安婦像なのだ。それを少女像と呼ぶのは、上野の山に建つ西郷隆盛像を「男性像」と呼ぶような錯誤である。

                   そもそも慰安婦問題に関して、日本は韓国側から不当な虚偽の非難を受けてきた。韓国側が言う「日本軍による朝鮮女性の集団強制連行」「女子挺身隊も慰安婦」「20万人の性的奴隷」などは、事実とは異なる糾弾である。

                   そうした韓国側の虚偽のプロパガンダを、日本側のメディアはそのまま受け入れる。その態度には、不毛な謝罪外交の心理がにじむ。韓国側への理解を示せば、事態は改善するという思いこみのようにも映る。

                   韓国の反日がいつまでも続くのは、韓国側がその代償をまったく払わなくて済むからだという指摘が、米国の専門家たちから頻繁になされている。つまり、どんなに日本を叩いても日本からの反撃はなく被害を受けることはない。だからいつまでも反日の言動を繰り返す、というわけだ。

                   そんな悪循環を断つためにも、理不尽な日本糾弾には、そろそろ日本側も対抗措置をとるべきだろう。国益を守るために戦略的な強固さで韓国の「反日」に立ち向かうべき時代がついに来たということだ。

                  posted by: samu | 政治認識/中国韓国 | 22:53 | - | - | - | - |
                  前川喜平氏の「たった一人の満州事変」池田信夫
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                    加計学園の騒動は、菅官房長官が文書の存在を全面否定したため、かえって野党に攻撃材料を与えてしまったが、存在していても大した話ではない。霞ヶ関には山のようにある(公印も日付もない)メモだが、おもしろかったのは、前川喜平氏の座右の銘は面従腹背という発言である。6月1日の「報道ステーション」で、彼はこう語った。

                    私ね、座右の銘が「面従腹背」なんですよ。これは普通は悪い意味で使われるんだけど、役人の心得としてある程度の面従腹背はどうしても必要だし、面従腹背の技術というか資質はやっぱりもつ必要があるので、ですから表向き、とにかく政権中枢に言われたとおり「見つかりませんでした」という結論にもっていくけども、しかし巷では次々に見つかっているという状態ということを考えたかもしれない。

                    霞ヶ関では、これに共感する官僚も多いと思う。自民党の政治家のゴリ押しを適当にあしらうのは官僚の処世術ともいえようが、これは「政権中枢」に対する元事務次官の言葉である。彼が高等教育局長に「加計学園を進めてくれ」といって局長が面従腹背したら、どうなるだろうか。

                    役所は動かないように思えるが、そんなことはない。意思決定は課長クラスで実質的に行われるので、次官がトップダウンで命令しても現場は面従腹背で受け流し、命令しなくても現場で動く。このように中間管理職の現場主義で意思決定するのが、戦前からの日本の官僚機構の特徴だ。特にその傾向が強かったのが軍部である。

                    1931年に政府の不拡大方針に反して、関東軍は満州事変を始めた。これは軍中央の命令なしで戦争を開始する重大な軍紀違反で、本来なら石原莞爾(関東軍参謀)は処刑されるところだったが、新聞は彼の面従腹背を賞賛し、国民は関東軍の快進撃に拍手を送った。

                    戦前の政府の意思決定を混乱に陥れたのは「ファシストの独走」ではなく、前川氏のような中間管理職の面従腹背だった。石原の作戦がそれなりに正しかった(陸軍の中枢も黙認していた)ように、前川氏も主観的には善意でやったのだろう。マスコミも彼の「たった一人の反乱」を応援しているが、問題は彼の意図でも人柄でもない。

                    彼が「民主主義のもとでは国民の監視が必要だ」というのも逆である。このような部分最適化による混乱を避けるために、国民は選挙で安倍政権を選び、内閣は国民の代表として官僚を監視しているのだ。その指示に面従腹背で官僚機構が暴走すると、よくて何も決まらない。悪くすると満州事変のようになるのである。

                    posted by: samu | 政治認識 | 09:26 | - | - | - | - |
                    書評『父の謝罪碑を撤去します』(産経新聞出版)大高未貴
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                      宮崎正弘/書評

                       


                      偽証、フェイクで日本を貶めた吉田清治とは何者だったのか?
                      慰安婦問題の原点「吉田清治」長男の懺悔と悲壮な独白

                      嘗てオートバイを駆って、世界一周女性単身の冒険をなしたエネルギー溢れる大高さんが、保守ジャーナリズムが未踏の領域に力一杯斬り込んだ。
                      そのフットワークの力強さ、感受性の鋭さ。好奇心が本書に充ち満ちている。
                      いまさら言うまでのないが、吉田清治は日本を貶めるために「創作」に熱中し、あり得なかったことを次々とでっちあげ、朝日新聞と「共闘」して我が国に名誉を著しく汚した張本人である。
                      しかし朝日新聞が、この嘘を自ら謝罪したことにより、吉田証言なるものが、かえって注目を集めた。朝日新聞は、購読者数を激減させ、経営がふらつき、東大の就職希望者がほとんどいないというほどの惨状に追い込まれた。
                      長男の悲壮な決意とは、
                      「父が発信し続けた虚偽によって日韓両国民が不必要な対立をすることも、それが史実として世界に喧伝され続けることも、これ以上、私は耐えられません。いったい私は吉田家最後の人間としてどうやって罪を償えばいいのでしょうか。せめてもの罪滅ぼしに決断したことがあります」
                      それが吉田清治の謝罪碑の撤去である

                      さるにても吉田清治なるは、本当はどういう人間で、いったい何を考えていたのか?
                      本書はその生い立ち、生活ぶり、戦後の妖しげな足跡、その晩年のくらしぶりに長男の証言をもとにぐいぐいと真実に迫る。
                      吉田清治は結構な文才があり、応募作で懸賞金を手にしたり、週刊朝日の手記で佳作に入選したりした経験があった。
                      その多少の文才が、かえって作家になれるかもという幻影を追って、その夢想に取り憑かれて就職もせず、ぶらぶらとしていた。まさしく戦後の「知の荒廃」という時代の背景を鮮明に連想させてくれる。
                      下関時代に吉田は共産党から「市議会選挙に立候補し落選している」(72p)という過去があることも分かった。
                      また済州島の惨劇を吉田清治は書いたが、長男は作りごとだと明言している。
                      「父は済州島には行っていません。それは父から聞いています。それで、父は済州島の地図を見ながら原稿用紙に原稿を書いていました」(99p)
                      衝撃的な証言はまだまだ続く。
                      「慰安婦慰霊碑建立」の活動に立ち上がったある女性は、韓国からイ貞玉なる韓国人女性(運動の中心人物)の訪問を上、国会議員会館を訪ねると、
                      「土井たか子の秘書が(イに)『いつもの活動費』と言って、百万円ほどの封筒を渡したこと」があるという。
                      直後、河野談話が発表された。
                      長男も次男もソ連に留学しており、大田薫の推薦があって、逆に留学記録を書いたためにソ連から追放され、帰国後も公安の頻繁な接触があったという後日談も加わっている。
                      舞台裏の闇に繰り広げラテいる日本を貶める策謀に一端が、本書を通じて明らかになった。
                       

                      posted by: samu | 書評 | 09:26 | - | - | - | - |