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「 己への信頼を憲法改正で勝ち取れ 」櫻井よしこ
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    『週刊新潮』 2018年1月18日号
    日本ルネッサンス 第786回

    世界が大きな変化を遂げつつあるのはもはや言うまでもない。70年余りも日本が頼ってきたアメリカは強大ではあるが普通の民主主義国へと変化していくだろう。

    日本は価値観を共有するそのアメリカを大事にしなければならない。頼るばかりでなく、助け合わなければならない。日本にできることはもっと実行していかなければならない。アメリカが世界の現場から少しでも後退すれば、そこに生ずる政治的空白に、中国やロシアがさっと入り込み、私たちとは全く異なる価値観で席巻しようとするだろう。そのような悪夢を上手に防ぐことも日本のやるべきことになるだろう。

    そのとき、日本が担うべき課題が国際社会のルール作りだ。わが国はこれまでそんなことは他国の仕事だと考えていた節がある。だが、やろうと思えば日本はきちんとやれる国なのだ。昨年末にも、日本とEUが経済連携協定(EPA)で合意した。現在はアメリカ抜きの環太平洋経済連携協定(TPP)で、11か国をまとめようとしている。合意したEPAについて安倍晋三首相が答えた。

    「EPAで関税が下がることよりも、21世紀のルール作りで日本が中心になれたのは大きかったと思います」

    ルール作りとは、どのような価値観を掲げるかという問題である。日欧EPAは、中国を念頭に、彼ら流の価値観でこちら側の経済や生き方、法律の解釈などを仕切られるのは絶対に避けたいとして、決めたものだ。世界の国内総生産(GDP)の約3割を占める巨大経済圏は、不透明な中国方式の世界と向き合う為に誕生したのである。TPP11が加わればさらに事態は明るくなる。

    習近平主席は中国に立地する外国企業に、会社の中に共産党支部(細胞組織)を設けよと要請する。企業経営でも共産党の指導を受けよという意味だ。それだけではない。彼らは国際政治のやり方、国際法、領土領海のルール、歴史さえ変えようとする。中国は歴史修正主義の権化である。

    根絶の政策

    日本が中国に相対峙し、アメリカを助け、共に自由や民主主義を守る役割を担うとしたら、どうしても改めなければならないことがある。それは日本人が祖国や歴史を真っ当に評価しない、或いはできないという現状を変えることである。

    アメリカが「根絶の政策」として日本に与えたのが現行憲法だ。アメリカの国際政治学者サミュエル・ハンチントンは『軍人と国家』でこう指摘したが、70年間一文字も変えることができないのは、日本が悪い戦争をしたと心中、思っているからではないか。

    だが、そうではないのだ。大東亜戦争は「好戦的な日本」が無謀にも始めた邪悪な戦争ではないのだ。なぜ日米は戦ったのかを理解するには3冊の本を読めばよい。.▲瓮螢歴史学会会長、チャールズ・ビーアド博士の『ルーズベルトの責任』、▲蓮璽弌璽函Ε奸璽弌実臈領の『裏切られた自由』、コーデル・ハルの『ハル回顧録』である。

    ビーアドの書は1948年に出版された。ルーズベルト大統領はすでに死亡していたが、評価はまだ高かった。そのような中で、ビーアドはルーズベルトには日米開戦の責任があると明確にした。アメリカ社会は、学界も含めてビーアドを非難した。彼は出版から4か月後に亡くなったが、その後の展開は彼の指摘と分析が正しかったことを示している。

    ビーアドは、たとえば、昭和16(1941)年11月26日にハル国務長官が日本に手交した10項目の要求、通称「ハルノート」についてこう書いた。「1900年以来、アメリカのとったいかなる対日外交手段に比べても先例をみない程強硬な要求であり、どんなに極端な帝国主義者であろうと、こうした方針を日本との外交政策に採用しなかった」。

    ビーアドは野村吉三郎駐米大使や来栖三郎特使が日米戦争回避の道を探り、暫定措置を決めて、そこから本交渉に入ろうと懇願しても、ハルは相手にしなかったと、公表された政府資料、報道などを入念に分析して、詳述している。

    敗戦した日本を裁いた「東京裁判」で、ただ一人、戦犯とされた日本人全員の無罪を主張したインドのラダ・ビノード・パール博士は、ハルノートを「外交上の暴挙」と喝破した。それまでの8か月にわたる交渉の中で一度も話し合われたこともない過激な条項が、理解し難い形で日本に突きつけられていたからだ。

    祖国の歪んだ基盤

    昨年夏に日本で訳本が出版されたフーバーの『裏切られた自由』(草思社)は、ビーアドとは異なる情報源によるものだが、開戦の責任はルーズベルトらにあると、同じ結論に達している。

    同書には生々しい会話が頻繁に登場する。たとえばハルノートを日本に手交する前日、41年11月25日に、ルーズベルトはハル国務長官、スチムソン陸軍長官、ノックス海軍長官らを招集した。その会議でルーズベルトは「問題は、いかにして彼ら(日本)を、最初の一発を撃つ立場に追い込むかである。それによって我々が重大な危険に晒されることがあってはならないが」と語っていた。

    11月28日の戦争作戦会議では、日本に突きつけた10項目の条件についてハル自身がこう述べていた。「日本との間で合意に達する可能性は現実的に見ればゼロである」。日本が絶対にのめない条件を突きつけたのだ。

    もうひとつの事例は、12月6日、ルーズベルトが天皇陛下にあてて送った平和を願う公電である。公電の文案を下書きしながらハルが語った言葉をフーバーは次のように明かしている。

    「この公電は効果の疑わしいものだ。ただ公電を送ったという事実を記録に残すだけのものだ」

    ハルも回顧録を書いている。だが、日米開戦やハルノートについては殆ど触れていない。日本側が再三再四、和平交渉を求めたことも、自身がそれを無視したことにも触れず、こう書いている。

    「われわれとしては手段をつくして平和的な解決を見出し、戦争をさけたい、あるいは先にのばしたいと考えた。(中略)一方日本は対決を求めていた」「最後まで平和をあるいは少くとも時を求めて(われわれは)必死の努力をつづけた」

    ハルの回想は、ビーアド、フーバーなどの研究によって偽りであると明らかにされた。ドイツと結んだのは日本の間違いではあったが、日米開戦に関して日本が一方的に、好戦的だ、帝国主義的だといって責められるべきではないのである。ビーアドやフーバーらの書き残した歴史の真実を知れば、日本人は賢くなり、自身への信頼も強化できる。祖国の歪んだ基盤を直す第一歩、憲法改正も可能になるだろう。

    posted by: samu | 歴史認識 | 17:43 | - | - | - | - |
    書評/『プーチンとロシア人』(産経新聞出版)木村汎
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      宮崎正弘/書評
      独裁制度の矛盾を気にもしない国民性、ロシア人気質とは何か
      プーチンの飽くことを知らない闘争心、政治哲学なるものは如何にして形成されたか

      一気に読める本である。そのうえ面白い。その活力ある筆致と簡潔な比喩、人間の描写が生き生きとしている。
      プーチンが柔道をこよなく愛しているから日本のことが好きだと日本のロシア分析が飛躍するのは暴論のたぐい、プーチンが柔道に励んだ動機は、彼の幼少のころ、「いじめられっ子」だったからだと木村氏は言う。
      プーチンの闘争の哲学は、このところに原点がある。
      兄二人が夭折したため、母親が41歳で生んだプーチンは溺愛され、それゆえにサンクトペテルブルグの『通り』でよくイジメられた。『通り』というのは不良少年のたまり場である。
      いじめっ子より強くなれば良い、こう結論したプーチンは猛烈に体を鍛える。環境が強い意志をはぐくんだことになるが、短距離出世を狙ってKGBにはいるという直線的な人間でもある。
      つまり、この人生への強い姿勢こそロシア人の基本の掟である。

      「力が正義」なのである。
      「強くなる意志を一貫して抱き」続け、「相手を徹底的にたたく」。そうした人間がロシアでは英雄である。
      ロシア人との交渉事で、妥協は禁物である。そもそも「ロシア語」には「妥協」というボキャブラリーはない。交渉事で、論理が一貫しなくても、ロシア人は気にしない。倫理をまったく重視しないし、交渉においては友情も交友関係も過去の貢献もまったく度外視される。
      つまり「交渉は闘争」であり「交渉は戦争」であり、そして「交渉は武器」なのである。
      なんだか中国人と似ている。ロシアのチェスも中国の将棋にも、そういえば捕虜駒がない。妥協の発想がないという一点に関しては、中ロは二卵性双生児かもしれない。
      「『インテリゲンツィア』という言葉は、日本語における『青白きインテリ』という用法から想像される内容のものではない。必ずしも人間の出自、教育、職業に直目する概念ではなかった。ロシアにおいて「インテリゲンツィア」とは、その人間が自身の高い理想や使命感を抱くとともに、その使命の実現のためには全生命を賭けて戦う準備や姿勢を持ち、かつ闘いを実践中の知識人を意味する言葉だった」(62p)。

      どうしてロシア人がこういう性格を形成してきたのかといえば、第一に気候、天然資源、寒さ、そしてあまりにも広大な土地が原因であると木村教授は言う。
      ロシア人が二律背反を気にしないのも、論理的思考をしないからである。領土は戦争で奪うものであり、政府が何をしていようが、個人レベルでのロシア人はほとんど気にも留めない。
      あれほど凶暴な謀略をめぐらし政敵を粛正しても、ロシア人がスターリンを好きなのは、かれが「大祖国戦争」に勝ったからである。ゴルバチョフに人気がないのは彼が西側に屈服したと感じているからである。

      「ロシア人は、外部の世界に劣等感を抱いている。外国の列強諸国は、隙さえあればじぶんたちに襲いかかろうとする。頭からこう信じている。彼らは外部の世界を疑い、恐れおののいているのだ。(中略)彼らは善意によって差し伸べられた友好の手をいうものを信じようとしない。そこには、何か巧妙な落とし穴のようなものが隠されているのではないかと、疑る。この世に純粋な好意など存在するはずがなく、あるのは闘いのみだ」(178p)

      このようなロシア人気質を了解するならプーチンの謎を解くカギが読める。
      プーチンは強いもの、力を信奉する政治家を好むから、優柔不断で人権と民主とか、浮ついたことを主張したオバマを軽蔑し、短絡的なトランプが好きなのである。三木武夫を嫌い、田中角栄がすきな日本人と、この点は似ているのかもしれない。
      とどのつまり民主政治をロシアに期待するのは無理な注文であり、ロシア人は準独裁、強い指導者が好きなのだ。
      だからシリアへの空爆で、もやもやしたロシアの脆弱政治を吹き飛ばしたプーチンに89%ものロシア国民は賛同し、クリミア併合でも83%が賛成し、西側の制裁なんぞどこ吹く風である。

      すなわち「プーチン外交には、必ずしも確固とした原則や戦略など存在しない。時々の国際状況、とりわけ、『力の相関関係』の変化、そして主要プレーヤーや相手方の出方などを注意深く観察する。その隙間を縫って自国ロシアの影響力の拡大、ひいてはプーチン自身のサバイバルを図ろうとする。すぐれて状況主義的、機械主義的、便宜主義的な行動様式を採る」(143p)
      プーチンは過去18年間、事実上ロシアの命運を左右し、そして次の六年間も最高権力を掌握するだろう。合
      計24年におよぶロシアの最高権力者は、ピョートル大帝を尊敬しているという。したがってトリックを用いて、自国を実力以上に見せる戦いを続ける。
      プーチンは「勝利をもたらし、ロシア人の不安を吹き飛ばすために,『小さな戦争』を好む」だろう。
      繰り返すが、一気に読了した。快作である。

      posted by: samu | 書評 | 09:52 | - | - | - | - |
      東アジア情勢を見誤ってはならない:中国こそが最大の脅威/鈴木けいすけ
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        案の定というべきか、1月10日から11日にかけて、尖閣諸島の接続水域に中国軍の潜水艦が潜航したまま侵入するという前代未聞の挑発行動に出ました。このような中国共産党の対外政策のエスカレーションが、国際政治的には当然に予測し得たものだということは、私のこれまでの文章を読まれてきた皆さまにはご理解いただけると思います。

        昨年10月に行われた5年に一度の中国共産党大会で、党内の政治的基盤固めを行った習近平国家主席ですが、そもそも共産党の一党独裁体制に加え、習近平氏自身の強権的な手法もあって、中国共産党というよりも習近平氏という個人の独裁の色合いが増してきています。

        そもそも、共産党一党独裁の中国にあってはリーダーが選挙で選ばれているわけではありませんから、民意により選ばれたという正統性を持ちえないのが中国のリーダーです。それゆえに、これまで中国共産党の行動原理の根底には、権力の維持の正統性のために、(1)国民に経済的な富を与える、(2)偉大な中国を実現できるリーダーというイメージを与える、この2通りの動機があったわけです。ましてやそれが個人の独裁ということであれば、これらの正統性を守ることが出来るかが、習近平氏個人の政治生命はおろか生命を守れるかという観点で死活的に重要、というのが現在の状況だと思われます。

        「一帯一路」という構想を見るまでもなく、中国の経済は今後の発展は望めません。一つには一人っ子政策という人工的な少子高齢化を作り出した結果、世界で初めて「豊かになる前に高齢化してしまう」国になるということ。そして特に、発展する沿岸部でその傾向が顕著であるということ。そして国内の経済の構造改革、近代化に失敗し、旧来の重厚長大産業と非効率な国営系の企業を多く抱える構造を脱却するチャンスを逃したということ。

        これらを考えれば、上に挙げた(1)の経済的な富を国民に与えるという正統性は、もはや習近平氏には与えられません。そうなると、(2)の「偉大な中国」という正統性を意地でも追及せざるを得ない、というのが今の実情です。

        最近見られている、台湾に対する異常なまでの軍事的、政治的な圧力、アメリカを東アジア・西太平洋から追い出すための政治的・軍事的布石、その一環としての東シナ海のガス田や尖閣諸島における実質的な制海権・制空権の強引な追及、南シナ海、インド洋における同様の軍事的な挑発行動、これらはまさに習近平氏の生命がかかっているといっていい正統性を確保するために、習近平氏が極めて合理的に行動している証左です。

        今般の尖閣における行動も、中国にとって何よりも大事なアメリカのアジア・西太平洋における影響力を低下させるという目的、そのために戦略的に必要なA2ADのための布石、あるいはもっと大胆なアメリカのアジアにおける拡大核抑止(核の傘)を骨抜きにすることを狙った戦略としての、戦略核・戦術核を搭載可能な潜水艦の太平洋への安全かつ探知不能な進出への大事な一歩であると考えれば、中国にとっては何が何でも進めておきたいステップであることに疑いの余地はありません。

        そのような大戦略の前に日中関係改善など、習近平氏にとってはどうでもいい話のはずで、逆に日本の姿勢を見極めようとしているといえます。ここでさらに日中融和と日本が思うのであれば、中国は一気に尖閣や東シナ海、台湾に対する攻勢を強めてくるはずです。

        その観点から、朝鮮半島においても、もっとも彼や中国にとって合理的な結論、つまりは金正恩というリーダーを取り除き、中国の影響力を行使しやすい政権のもとでの北朝鮮の存続、というシナリオを追及すると思われます。

        中国共産党、あるいは習近平氏としては、トランプ大統領への信任の揺らぎや、パリ協定、TPPからの離脱という動きの中で、多くのアジア諸国において、アメリカの東アジアへのコミットメントという観点での対米不安が高まりつつある中で、これを好機とみて攻勢を強めているわけです。

        日本はまさにこうした認識に基づいて、誤ることなく外交・安全保障政略を進めていかねばなりません。

        その観点からすれば、日本が一帯一路構想への積極的あるいは好意的なコメントを出したり、対中友好をアピールするということは、なんら中国の行動を融和的にする効果は持ちえず、逆に、「日本も中国に近づくという方向に舵を切ったのだな」との誤ったメッセージを発信してしまうことで、日米をどのくらい信頼できるかによって、中国との距離感を慎重に図っているアジアの国々を、好むと好まざるとにかかわらず中国のほうに近付けてしまうことになりかねません。このことは日本の国益どころか地域の安定を損なう行為です。

        政府・与党が一枚岩となって、いまアジアにおける、この非常に重要な国際政治の底流を見誤ることなく行動、発信をしていかねばなりません。私も微力ながら世界の政治リーダーに対してこうしたメッセージを正確に発してまいりたいと思います。


        アゴラ編集部より:この記事は、自由民主党青年局長、衆議院議員の鈴木馨祐氏(神奈川7区)のブログ2018年1月13日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「政治家  鈴木けいすけの国政日々雑感」をご覧ください。

        posted by: samu | 政治認識/中国韓国 | 09:46 | - | - | - | - |
        「 中国の野望の牽制へ十分な抑止力を 現実主義で対峙する日本政府は評価に値 」櫻井よしこ
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          『週刊ダイヤモンド』 2018年1月13日号
          新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1214
           

          中国の実像は、その言葉ではなく行動の中にある。1951年、建国間もない中華人民共和国はチベットに「17か条の協定」を突きつけた。中国共産党がチベットを支配するという強硬策の表明だったが、彼らはこうも約束していた。

          (1)ダライ・ラマの地位及び職権は変更しない、(2)宗教の自由を守り、ラマ寺廟を保護する、(3)チベット固有の文化、言語、教育を発展させる。

          チベット人懐柔を狙った公約なのだが、周知のように、後にこれらはすべてが反古にされた。

          カリフォルニア大学教授でトランプ政権の通商製造業政策局委員長のピーター・ナヴァロ氏が、著書『米中もし戦わば』(文藝春秋)で書いている。54年、インド初代首相のジャワハール・ネルーは「インドと中国は兄弟だ」というスローガンの下、相互不可侵条約を結んだ。当時ネルーは友好の証として両国間に横たわる辺境山岳地帯の地図を周恩来に贈った。

          国家機密の地図の贈呈は特別の友情と信頼の表現だ。地図を受け取り、周はこう述べた。

          「中国はこの山岳地帯の飛地やインドの領土に何の下心も抱いていない」

          だが2年後、中国は同山岳地帯で横断道路の建設に取りかかった。現在、両国が激しく領有権を争うインド北部のジャム・カシミール州東端のアクサイチン問題の、これが始まりだった。アクサイチンはスイスとほぼ同じ面積を持つ重要な戦略地点だ。

          さらに2年後、中国の公式地図にアクサイチンが中国領として記載された。チベットに対する約束もネルーの友情も、中国は無視したのだ。

          さて、中国は2017年12月末、南シナ海における埋め立てや建設を「軍事防衛」のためだと正式発表した。中国政府の特設サイト「中国南シナ海ネット」には、「中国は必要な軍事防衛の強化などのために島嶼の面積を適切に拡大した」「面積はさらに拡大し、関連設備の配置ニーズはより満たされるだろう」などと書かれている(「産経新聞」12月26日)。

          中国共産党はもっと島々を奪うと宣言したのである。17年10月の党大会でも習近平国家主席は、南シナ海の埋め立てと建設を自身の第1期、5年間の功績として報告した。

          フィリピンからミスチーフ礁を奪い取った95年当時、中国は嵐で難破する漁民の避難港建設のためだと弁明した。それが現在は軍事拠点であるとして誇っている。横暴な国だ。他国の思いも歴史的事実も考慮せず、自らの言葉を変えるのも平気な国だ。

          日本人が覚悟しなければならないのは、南シナ海と東シナ海の運命は重なるという点だ。南シナ海を奪い、軍事拠点とし、これからも奪い続けると言明する中国は、近い将来、必ず同じことを東シナ海のわが国領海でも行おうとする。それを阻止する唯一の方法は力を持つことだ。中国のわが国に対する野望を牽制するのに十分な抑止力、軍事力を持たなければならない。

          安倍晋三首相は12月15日、現在改訂作業を進めている「防衛計画の大綱」について、「従来の延長線上ではなく、国民を守るために真に必要な防衛力のあるべき姿を見定めていきたい」と語った。

          小野寺五典防衛大臣も同月22日、インターネット配信の「言論テレビ」で日本への配備を計画する「イージスアショア」をはじめ最新鋭の軍事設備について語った。米国がイージスアショアの装備と技術を外国に引き渡すのは、日本が初めてだということだ。

          政府は年来の専守防衛政策を事実上転換して、相手よりも長距離射程を有するスタンドオフミサイルの導入も考えている。取れる時には必ず取る中国の脅威を正確に読み取り、現実主義を以て対峙し、必要な装備を整えようとする政府の姿勢を評価する。

          posted by: samu | 政治認識/中国韓国 | 15:34 | - | - | - | - |
          書評『日本人はなぜ外国人に「神道」を説明できないのか』(ベスト新書)山村明義
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            宮崎正弘/書評

            神道がいまブームだというが、それは本当なのか?
            「神道は宗教ではない」「量子コンピュータにも通じる」


            神社はJINJAであって、SHRINEではない。いきなり納得である。英語のシュラインは墓地を併設するから「廟」と訳されるべきであり、日本の神社(JINJA)には遺骨のない神が祭られている。たとえ神官でも、仏式の葬儀、お寺の墓地に埋葬される。皇族がたは御陵に。
            神道は「アニミズム」と定義したのは英国の文化人類学者エドワード・タイラーだったが、それは「世界各地のアニミズムとは、すべての物や自然現象に、霊魂や精神が宿るという思考で、『宗教の初期段階』と定義し、日本の神道も『遅れた原始宗教』というレッテルをさんざんに張られてきました」
            ところが、現代ではタイラーの説は学界で否定され、「すべての物に魂が宿るような振るまいをするという『量子力学』が広がりつつある」という(57p)
            西欧の古都へ出かけると必ず大聖堂とか由緒ある教会があり、宗教画が仰々しく飾られ、そして地下がお墓である。
            だから、神道は「宗教ではない」と名言を口にされたのは、在日サンマリノ大使のカデロ氏であり、ご自身イタリアに『サンマリノ神社』(祭神は天照大御神)を造営され、しかもイタリア人が日本の神職資格をとって宮司を務める。
            つまり日本の神道は宗教を超えているのである。
            イタリアでは三島由紀夫の政治論文がすべて翻訳されており、小説ももちろんすべて、書棚にはムラカミハルキより、作品がならぶ。イタリアの日本理解は深い。だから前首相のレンツォも伊勢サミットのために来日したおり、伊勢神宮に参拝し、次のように感想を述べた。
            「このような歴史を持ち、示唆に富む場所で、人間の尊厳を保ちながら、経済成長および社会正義のための諸条件をより力強く構築できることを祈念する」

            また近代史の誤解の典型の一つに「戦前の国家神道」説があるが、著者は「国家神道」なるものが存在しなかったことを縷々説明している。
            いまパワースポットとか、御朱印帳を持ち歩いて、神社をあるいている若い女性が目立つ。この人たちにも分かりやすく、入門編として読める。

            posted by: samu | 書評 | 09:56 | - | - | - | - |
            新聞は「現実」を見据えよ 若者は「見限っている」/・門田隆将
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              ジャーナリズムがフェイクニュースと印象操作に明け暮れた1年が終わり、新たな年が始まったことで、私はこれまでにも増して元日の社説に注目した。

               さまざまな場で私は、現在が「左右対立の時代」ではなく、「観念論と現実論」との闘いの時代と評してきた。左と右、リベラルと保守−いまだにそんな古い価値基準にとらわれている人が多いことに、違和感を覚える。昨夏、読売がこの点について興味深い記事を掲載した。早稲田大学現代政治経済研究所との共同調査で、若者が、リベラルとは「自民党や日本維新の会」であり、保守とは「公明党や共産党」であるという認識を持っていることをリポートしたのだ(8月11日付)。

               安倍政権がアベノミクスや“地球儀を俯瞰(ふかん)する外交”を展開し、日本維新の会が大阪都構想に挑戦するなど変革を目指しているのに対して、旧来の体質のままの公明党や共産党が「保守勢力である」という斬新(ざんしん)な考えを持つ若者たちについて初めて言及したのだ。国内外のさまざまな現実に対応していこうという人々と、イデオロギーに固執して現実を見ようとしない理想論、すなわち観念に縛(しば)られた人々との意識の差について考えさせられる記事だった。

               2カ月後の総選挙では、この分析を裏づける結果が出た。各種世論調査で、29歳以下の若者の半分近くが「比例投票先」として自民党に投票していたことが明らかになったのだ。全世代の中で若年層が安倍政権の支持基盤になっていることが浮き彫りになった。だが、現実を分析できない新聞は、これを「若者の保守化」と論じた。

              観念論の代表は朝日である。元日の社説で朝日は、〈来たるべき民主主義 より長い時間軸の政治を〉と題して、安倍政権は迷走しており〈与えられた豊富な時間を大切に使い、政策を着実に積み上げてきただろうか〉と非難を展開した。だが、その根拠は〈国政選挙を実に頻繁に行ったことにある〉という珍妙なものだった。なんと、民主党の野田政権による解散総選挙も入れてこの5年間に5回も〈選挙を行った〉と批判した。実際には安倍政権は5年間に2回解散総選挙を打ったが、これはこれまでの通常の衆院選の間隔と変わらない。社説は、この強引な印象操作ののちに、〈若い人の声をもっと国会に届けるため、世代別の代表を送り込める選挙制度を取り入れてみては、という意見もある〉と、意味不明の主張を行っている。

               「はあ?」と思わず声を上げてしまった。就職や結婚、家族の構築…といった将来の人生のために最も「現実」を見据(みす)えている若者と、主義主張にこだわるだけの新聞との乖離(かいり)は、広がるばかりだ。新聞が、自分たちの方が時代遅れであることに気づいても、もはや手遅れだろう。なぜなら若者は新聞を信用していないし、とっくに「見限っている」からだ。

              posted by: samu | 頑張れ日本 | 15:26 | - | - | - | - |
              「 歴史戦、徴用工で本格的情報発信 」櫻井よしこ
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                著名な韓国の言論人、趙甲濟(チョガプジェ)氏が12月19日、シンクタンク「国家基本問題研究所」で語った。

                「70%もの韓国国民がなぜ、親北朝鮮で反韓国の価値観を持つ文在寅大統領を支持し続けるのか。なぜ韓国人は祖国が直面する危機に気付かないのか。その理由は韓国人の考える力が低下しているからだ」
                 
                氏は韓国人の考える能力の低下の原因として、漢字を追放してハングルだけを使用するようになったことを挙げた。分析の正否は今は措く。ただ、彼らが歴史の実態に目を向ける代わりに、史実とは無関係に創り出した物語に心を奪われてしまうのは確かだ。事実と懸けはなれた「民族の悲劇」に酔いしれて、反動として強い反日感情に身を委ねる。情に偏り、理を欠く傾向が強い。
                 
                そんな彼らに対して、日本側も事実に基づく議論から逃げてきた。両国間に横たわる歴史問題の不幸な溝には、その意味で日韓共に責任がある。少なくとも、安倍政権以前はそうだった。
                 
                韓国による反日歴史戦を止める力は歴史の事実の中にある。事実を示すことで、初めて日本は韓国や中国の歴史捏造に立ち向かえる。言い換えれば、わが国には事実しかないのだ。そのことに気付いて、歴史問題に対しては事実を以て向き合おうとしてきたのが安倍晋三首相である。
                 
                だが首相がそう考えても、外務省をはじめとする関係省庁の人々の心の闇は深く、基本的な事実の指摘でさえ、韓国を刺激するとして抵抗する人々がいる。そのことを考慮すれば、12月22日、一般財団法人「産業遺産国民会議」(以下、国民会議)のウェブサイト(https://sangyoisankokuminkaigi.jimdo.com/)に、長崎県の端島、通称・軍艦島に関する資料と、元島民の証言が掲載されたのは安倍政権の快挙というべきだ。
                 
                慰安婦問題に続いて中韓両国は徴用工問題を日本に突き付ける。2017年、韓国は同問題についての酷い内容の映画を完成させ、ユネスコ関係者の前で披露した。本や絵本も出版した。2018年には各地で慰安婦像の隣に、徴用工の像も設置されかねない。

                本格的な反論がはじまる
                 
                彼らは軍艦島を、「地獄の島」「強制連行の島」と呼び、日本をナチスドイツ同様ホロコーストの国として位置づけようと躍起になっている。だが、慰安婦問題の二の舞は演じない。それが国民会議のウェブサイトに込められた決意であろう。中韓の歴史の捏造話を事実で正し、真実を知らしめる。事実に能弁に語らせることで日本の本格的な反論とすると言ってよいだろう。
                 
                その圧巻が端島の元島民のビデオ証言である。端島の歴史事実を歪めている著作や記事を、元島民は一つ一つ検証し反論している。対象となっているのは、日本が朝鮮人や中国人を強制連行し、奴隷のように働かせ、非人間的な扱いをしたと非難する各種の出版物や資料である。
                 
                たとえば、端島を、「朝鮮人強制連行の島」として描いた作家、林えいだい氏である。氏は『筑豊・軍艦島』(弦書房)の中で、「島には『地獄門』をくぐって入り、入ったが最後、一生島から出ることができなかった」と書いている。
                 
                元島民は、「(地獄門など)ちょっと聞いたことがない」と林氏の説を退ける。
                 
                一旦、島に上陸したら二度と出られないとの非難には、「島を出て他の島へ行くときには他航証明書という書類をもらわないと行けなかった。それは日本人も同じだった」とし、その背景には借金をかかえたまま、島を出て戻らないケースがあったからだと説明している。

                「中国人の取扱いは特に厳しかった。朝鮮人が話しかけたりすると、銃を持った労務係がきて『近づくな』と言って双方を殴りつけることもあった」との林氏の記述について、別の島民が語った。

                「警察が、端島に限らず銃を持ってウロウロするなんて、日本の国勢(国情)にはないですよ。あの当時」「銃を持った人なんておらんです。警察も、端島は仕事がない島だと言っていた(笑)」
                 
                最盛期5000人以上が住み、日本一人口密度の高かった島で、警察の仕事がなかったということは、それだけ人々が協力し合って和を保っていた証左だ。元島民の女性が証言したように皆が助け合い、仲良く暮らした島だったのだ。
                 
                もう1人の島民も語った。

                「本当の軍人なんて2人しかいないですよ。それも憲兵です」
                 
                軍人2人が憲兵だったというのは大事な点だ。憲兵は軍法に基づいて軍の犯罪を取り締まる存在である。島の軍人2人が憲兵だったということは、それだけ島の治安が厳しく守られていたことを意味するとみてよいだろう。林氏が描いた朝鮮人への違法な虐待、虐殺は許されるはずがなかったということだ。

                歴史の証人
                 
                坑内での採炭作業の苛酷さを、林氏は次のように書いた。

                「高さ一メートルの炭層に、朝鮮人坑夫たちは立ち膝のまま鶴嘴を打ち込んでいた」「二尺層といわれる炭層は約60センチ、短い柄の鶴嘴で寝掘りする場所だった」
                 
                元島民たちは皆坑内で働いていた人たちだ。彼らは一様に反論した。

                「坑内の石炭はババババッとエアで落としていました。鶴嘴は石炭を掘るのに使いません。少し浮いたのを、叩いて落とすくらい」
                 
                鶴嘴で力を入れて掘るという作業はなかったというのだ。

                「立ち膝のまま」掘った、或いは「寝掘り」については、「寝て掘るなんてことは全くなかった。それなら炭車はどうして入れるのですか」「朝鮮人を石炭掘りに使うのは(技術的に)危なくて仕方のない面があった。だから彼らには後方で働いてもらった。日本人が採った石炭を炭車に積み込み、それを押すのが、彼らの役割だった」という。
                 
                どの証言も体験を踏まえているだけに具体的である。坑内の状況や採炭の手順、仕事に入る際の服装や種々の準備、チーム編成の実態など、歴史の証人としての彼らの発言は、これまでチェックもされずに垂れ流されてきた間違った情報を正すものだ。
                 
                検証されたのは林氏の著作をはじめ、長崎市の「岡まさはる記念長崎平和資料館」のパンフレットや、「南ドイツ新聞」のひどい記事など、広範囲に及ぶ。
                 
                国民会議のウェブサイトでは、元島民の証言だけでなく、当時の島の写真、炭坑の様子を描いた幾枚もの絵も見ることができる。先人たちが作り上げた設備の近代性や、国策産業としての石炭産業に日本国が注いだエネルギーの程が窺われる。
                 
                2018年、中韓の対日歴史戦はかつてなく激化すると考えておくべきだ。日本をホロコーストの国として貶める彼らの意図を一つ一つ、事実をもって打ち砕く、そのための情報発信こそ大事である。

                posted by: samu | 政治認識/中国韓国 | 10:18 | - | - | - | - |
                韓国政府の仕打ちについて/藤岡信勝
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                  韓国政府の仕打ちについて、日本人の怒りは相当のものになっています。多くの自民党の議員だけが、その怒りに気付かぬふりを装っています。「反韓」はもはや国民的体験となりました。かつて、大の韓国ファンで、私財(その規模は「億」単位ですよ!)を投じて日韓文化交流に献身し、見事に裏切られた一人の日本人に、FBFの坂元育子さんがいます。その文章を今こそ味わってほしいものです。私も恥ずかしながら、戦後教育を受けた性善説日本人でした。慰安婦問題に遭遇し、彼らの民族的本性を知りました。2015年の日韓合意は、今日のような事態になることが私程度の関わりの者にもはっきりわかったことです。分からないふりをしている親韓派の国会議員は許せません。以下、坂元さんの投稿を2つ引用します。

                  <その1>

                  【韓国人との有効的な交流】

                  ...

                  個人的な体験ですが、私が韓国人に関する基礎的な知識皆無の頃、韓国人と音楽的な仕事を始めた。
                  私の友人たちは、その殆どが、「個人的な韓国人との交流体験を持たない人々」ばかりだった。
                  しかし、私の高校時代の合唱団で、私が尊敬する美しいソプラノ歌手の先輩は、「坂元さん、韓国人とは仕事をしてはダメよ。絶対にあなたが酷い目に合うのだから」と、熱心に忠告してくださった。しかし、そのころの私は、先に書いた通りの「典型的な性善説優先の戦後教育の成れの果て」であったため、必死で韓国人の良さを言い募った。ついに先輩の堪忍袋の緒を切らしてしまい、その後絶縁状態となってしまった。

                  私の近くで、私が情熱と、財産を入れ込んで行くうち、友人たちも心配し始めた。「やっぱり、韓国の人たちはちょっと変よ。育ちゃん騙されているんじゃない?なんだか、上手く言えないけど、利用して裏で舌出している感じがするんだけど」。。。と。。。

                  まあ、結果は、ものの見事に先輩や、友人たちの様相通りとなった。(笑)

                  なまじ肌の色が近く、「価値を共有しているという大錯覚」が、日本の韓国に対する政策を誤らせてきたのだと思う。

                  まあ、日本が全財産を朝鮮に注ぎ込むことにならずに良かったとするべきなのだろう。

                  <その2>

                  「韓国には何度も日本は怒っていると言ったが、なかなかそれが伝わらない」
                  ***********

                  韓国人は、良く怒る。だから、怒りなどは怖くもなんともない。ましてや、日本の政治家や、外交官の怒りなど、そよ風が吹きすぎるようなものだ。彼らにとっての脅威にはなりえない。具体的に、己の財や、存在が危ないと思い知らなければ、どんなに相手が怒り狂おうが、「屁でもない」のだ。
                  怒ったり、泣き喚いたり、絶叫したりは、彼らの日常にとって正常な事態なのだから。(笑)

                  韓国と、利害欲得が絡んだ個人関係を体験したものならば、こんなことは「韓国人の突出した特徴」として百も承知の筈なのだ。

                  予てから、私は例えば韓国ファンで知られた安倍首相夫人にせよ、日韓議連の議員、ジャーナリスト、学者などなど、誰にせよ、「日韓友好・交流」を自前の財布でやって来た事の無い連中(失敬)には、「日韓親善・友好」が、如何に危険な代物であるかは、絶対に理解出来ないと主張して来た。

                  彼らは、所詮「国」や、「安倍首相夫人」(野党時は元首相夫人)であり、「〇〇新聞記者」であり、韓国人の利害・地位固執が主軸として、「利用価値」がある人々なのである。
                  「人間対人間の付き合い」など、事実上あり得ないのだ。

                  韓国の価値観なのだから、日本人が「何で?」と首を傾げるのも無理からぬことなのだ。
                  だから、「韓国人がみんな悪いわけではない、良い人も、まじめな人もたくさんいる」となって、なし崩し的に相手の術中に嵌まることになるのだ。

                  「ケンチャナ(大丈夫)文化」が彼らの支柱であることを、日本人の側こそ、骨の髄まで知るべきなのだ。

                  日本国政府・外務省もようやくその実態の欠片は理解したようだ。(と、思いたいが。。。)(笑)

                   

                  /////////////////////////

                  2017年6月26日

                   

                  吉田清治氏の慰安婦謝罪碑書き換え 韓国警察が元自衛官の奥茂治氏を出国禁止 損壊容疑で取り調べ

                   

                  【ソウル=桜井紀雄】朝鮮半島で女性を強制連行したと偽証した故吉田清治氏が韓国の国立墓地に建立した謝罪碑を勝手に書き換えたとして、韓国警察が元自衛官の奥茂治氏(69)を一時拘束していたことが25日、分かった。奥氏は拘束を解かれたが、出国禁止措置が取られているという。

                   奥氏によると、24日午後、仁川(インチョン)国際空港に到着したところ、捜査員に手錠をかけられ、中部の忠清南道(チュンチョンナムド)天安(チョナン)市の警察署に連行された。容疑は公用物損壊や不法侵入の疑いだと告げられたという。取り調べで、奥氏が碑文の書き換えの事実については認めたため、25日未明に拘束を解かれ、現在は市内のホテルで待機している。今後、検察が在宅で取り調べを行う見通し。

                   吉田氏は、慰安婦らを「奴隷狩り」のように強制連行した張本人だと名乗り出て、朝日新聞が1980〜90年代初頭に紙面で集中的に取り上げた。83年には、著書の印税で天安市の国立墓地「望郷の丘」に「あなたは日本の侵略戦争のために徴用され、強制連行されて…」と記した謝罪碑を建立していた。

                  朝日新聞は2014年、吉田証言を「虚偽」と判断し、関連記事を取り消した。吉田氏の長男が「父の虚偽で日韓両国民が対立することに耐えられない」「間違いを正せるのは私しかいない」として、謝罪碑の撤去を奥氏に相談。奥氏は今年3月、撤去する代わりに、元の碑文の上に「慰霊碑 吉田雄兎(ゆうと=吉田氏の本名) 日本国 福岡」と韓国語で記した別の碑を張り付けた。

                   これを受け、韓国警察が奥氏に出頭を要請。奥氏は出頭に応じるため、24日に韓国入りした。

                   奥氏は産経新聞の取材に「韓国では吉田証言の嘘について認知されていない。裁判ではっきりと説明していきたい」と話している。

                   

                  ////////

                  2018年1月11日

                   

                  奥茂治さんの捨て身のたたかいは、かなり成功したもようです。韓国のメディアに取り上げさせたこと、「奥さんは侍だ」という好意的な評価をうけたこと、などからそう言えます。本当にご苦労さまでした。佐藤和夫さんのタイムラインから転載します。

                  ◇佐藤和夫さんの投稿から
                  ·
                  奥茂治さんに連絡をしたところ判決は懲役6ケ月執行猶予2年の判決でした。

                  ...

                  控訴については判決文を見てするそうですが、控訴するにしろしないにしろ1月下旬から2月上旬には帰国はできるのではないかと言われていました。

                  公用物損罪で懲役6ケ月は極めて軽微な判決で奥さんは気持ちよくこの判決は受け入れると言われています。

                  メディアの取材も多数来ており、吉田清治の碑文が嘘である事を伝え初めて聞いたと言う記者もいたそうだがその事は記事にされるようだ。

                  奥さんの目的が韓国民にその事を伝えるのが目的であり、その動機が私心に基づくものではなく奥さんは侍だとの声が出ているそうだ。

                  帰国後の講演会等については以前から奥さんを支援している団体があるのでそこにお任せするが、私の呼びかけでカンパをして頂いた方々のお礼をしたいと。

                  帰国の日取りが明かになった時点でネットで募金をされた方に呼びかけますので、奥さんとの交流をして頂く機会を設けたいと思います。

                  韓国の文政権が日韓合意を無視している状況について韓国メディアは批判的で、朴政権では合意前に何度も会っているのに対して文政権は慰安婦と話をあまりしていないようで、真実に向き合うのが怖いようです。

                  奥茂治さんの行動は日本人の侍精神を韓国民に見せた事で韓国民に好印象を与え、政府の態度が逆に可笑しく映るような効果をもたらした事は大きな成果でした。

                  奥さんの帰国を皆でお祝いしたい。

                   

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                  posted by: samu | 政治認識/中国韓国 | 10:11 | - | - | - | - |
                   国民を教唆扇動するテレビの「ワイドショー」加瀬英明
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                    昨年、いくつか私は暗然としたことがあった。

                    1つは神奈川県座間市で起った、9人が犠牲となった連続殺人事件だった。

                    日本を震駭させた事件だった。何日にもわたって、テレビのどのチャンネルを回しても、視聴者の好奇心を満たすために、この猟奇的な事件ばかり取り上げていた。

                    あそこまで微に入り細に入り、詳細に報道する必要があるのか。

                    日本では、テレビの「ワイドショー」が花形のニュース番組となっているが、ニュースを客観的に伝え、分析する番組であるよりも、娯楽番組仕立てとなっている。

                    キャスターを中心に、ニュースについて専門知識がないシロウトが、レギュラーの出演者として並んで、思いつきを喋りまくる。

                    中国や北朝鮮で、人を裁く資格がない村民を集めて行う人民裁判を、彷彿させるものだ。

                    連続殺人事件の犠牲者の9人のうち8人が、1人の未成年者を含めて未婚の女性だった。

                    だが、どの番組を観ても、未婚の若い女性が面識がない男性に誘われて、それも男の住居まで出掛けたことを、批判する声がまったくなかった。

                    つい3、40年前だったら、このような女性は「ふしだら」とか、「あばずれ」といって、強く非難されたことだろう。もし私がテレビに出演したとしたら、そういったはずだ。

                    もっとも、今日では娘が「ふしだら」だとか、「あばずれ」というような言葉は、死語となっているから、犠牲者にはそのような自覚がなかったにちがいない。

                    このような言葉を死語にした社会は、狂っている。

                    もちろん、凄惨な連続殺人を犯した兇悪な犯人は、厳罰に処せられるべきだ。だが、今日の社会が、8人の娘たちを殺したのではなかっただろうか。

                    テレビ局がこのような社会をつくったというのに、反省することがまったくない。

                    「アディーレ」という法律事務所が、不正を働いたといって、弁護士資格を停止された。

                    私はこの法律事務所について知らなかったが、毎日のようにテレビがCMを流していたので、法律事務所が外国名だったのが当世風かと思って、記憶に残っていた。

                    だが、この法律事務所の大多数の顧客が、テレビが流していたCMによって勧誘されたのだから、当然、テレビ局にも責任があったはずだ。テレビ局はCMを流したことを、ひとことも陳謝することがなかった。CMをただ放映すればよいというものではあるまい。テレビ局は破廉恥だ。

                    10月22日の総選挙で、俄かづくりの立憲民主党が大量得票して、野党第1党に躍り出た。

                    東京比例区では、自民党に180万票台投じられたのに対して、立憲民主党は140万票台を獲得した。

                    立憲民主党は、日本国憲法の「専守防衛」の制約を守るべきだと、公約として掲げていた。「専守防衛」では、日本を守れない。

                    2020年の東京オリンピック大会で、野球が種目となった。もちろん、日本チームも出場するが、胸に日の丸を縫い取った日本チームは、憲法解釈による「専守防衛」という束縛によって、攻撃することを許されず、守備に専念しなければならない。

                    日本チームの打者はバットを持たずに、ピッチャーと向かい合う。

                    バットを持つことを禁じられているから、はじめからゲームを放棄するようなものだ。「専守防衛」も同じことだ。野球界だけではなく、世界に通用しない。

                    テレビでは、「専守防衛では、日本を守れない、日本国憲法はおかしい」と発言することは、許されない。

                    新聞に休刊日があるが、テレビも毎月何日か、放映を休んでほしい

                    posted by: samu | 政治認識 | 16:07 | - | - | - | - |
                    書評/ハーバート・フーバー 『裏切られた自由(下)』(草思社)渡邊惣樹訳
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                      宮崎正弘/書評

                      20年の歳月をかけ、徹底した資料集めと証人たちとの会話をこなし
                      あの戦争は、いつ、どの歯車が狂って始まったのか。元大統領の回想と告発

                      アメリカの歴史家の多くが、いまも頑迷にFDR(フランクリン・D・ルーズベルト大統領)を高く持ち上げている。歴史の真実を語ると「歴史修正主義」と言って猛烈な批判がある。おかしな話である。
                      当時の世論は参戦に反対だった。フーバーは直前までの大統領であり、慈善事業家としても知られた高潔な政治家。その彼さえもルーズベルトに騙され、ハルノートの存在さえ知らされていなかった。
                      ルーズベルト大統領は「狂人」だったのではないのか。

                      あの戦争は、アメリカが介入したために傷口が広がってしまった。そればかりか救出しようとした国に地域がごっそりとソ連の傘下にはいった。共産主義の地獄に陥落したのはバルト三国からポーランド、ドイツの東側、ハンガリー、チェコスロバキア、ルーマニア、ベッサラビア、ブルガリア、そしてバルカン半島のユーゴスラビア、ユーラシア大陸の東側を見てもモンゴル、中国、北朝鮮が共産化した。いまもスターリンの高笑いが聞こえてこないか?
                      第二次世界大戦の結果、人的財政的被害を最大に被ったアメリカが、とどのつまりスターリンのソ連の野心に無自覚的に手を貸して、自由で闊達だった国々を全体主義の、不自由な地獄に追いやった。もし自覚して意図的にそうしたならFDRは米国史上最悪の犯罪者である。

                      フーバーは戦争の事実上の敗北責任をルーズベルト大統領に帰結する。この下巻において著者のフーバー元大統領は感情を抑え、情緒的叙述を避け、しかし第一次資料を根気よく集め、当時の関係者の証言を元にして、従来の歴史解釈を転覆させた。
                      この労作の完成には二十年の歳月がかかった。
                      評者(宮崎)はすでに本書の上巻を書評し、また訳者である渡邊氏の別の解説書の書評も終えているので、下巻をまた採り上げて書評するべきかを迷った。
                      けっきょく「ツンドク」の状態が弐ヶ月。なにしろ浩瀚で、下巻だけでもびっしりと592ページ。書くのに二十年、翻訳に二年だから、読むのみ弐週間くらいかかるのも当然といえば当然だろう。

                      ルーズベルトは「ヤルタ密約」をスターリンとの間に結んで、帰国して弐ヶ月後に急死した。
                      後を継いだトルーマンは、まったく何も知らされていなかった。ヤルタの密約なんぞ知るよしもなく、驚くべきことにFDR政権下の政府高官たちは、密約の存在さえトルーマンに教えなかったのだ。
                      トルーマンの指導者としての資質にも問題があった。彼は凡庸に過ぎた。
                      「トルーマンはどのような約束がなされていたかも知らなかった。例えば、ヤルタでの極東に関わる秘密協定などはまったく知らされていなかった。さらに彼の引き継いだ政府組織の多くに共産主義者やそのシンパが国家叛逆的な秘密グループとして潜入していた」(108p)

                      フーバーはDFRが七年間になした政策的過ちを十九項目、きわめて分かりやすく列挙したが、1933年のソ連承認、スターリンとの秘密同盟、ヤルタ会議などのリストのなかで、次の六つの対日関係の政策的誤りが指摘された。
                      ●対日経済制裁の失敗
                      ●近衛の和平案の拒否
                      ●三ヶ月の敵対行為停止案の拒否
                      ●無条件降伏要求
                      ●日本の講話要請の拒否
                      ●原爆投下

                      「ルーズベルトは国民をまったく必要のない戦争に巻き込みとんでもない厄災を招いた。エゴイズム、悪魔的な陰謀、知性のかけらもない不誠実さ、嘘、憲法無視。これが彼の遣り方に際立っていた」(507p)
                      エゴイズムと嘘とが混載されて、彼のまわりは共産主義者が囲い込み、情報はスターリンに筒抜け、要はニューディール政策の失敗を誤魔化すためにも、「国民に安全保障の恐怖を煽ることで、彼は再選を果たした」のである。

                      とくに際立つのが対日政策であるとして、フーバーは次の二つを特筆する。
                      第一は対日経済制裁だった。「制裁が続けば日本は干し上がってしまい、破滅することが目に見えていた。制裁を続ければ戦争となるのはわかっていたことだった。理由は簡単である。どのような国であれ誇りがあれば、あれほどの挑発を受けて白旗を掲げることはない」
                      第二に近衛(文麿首相)と天皇からの和平提案をFDRはニベもなくはねつけたことだった。
                      「近衛は、我が国との交渉を経済制裁の始まる弐ヶ月も前から」開始しており、この経緯はルーズベルトに報告されていたのだ。つまり「太平洋方面での和平は可能だった。そうなっていれば中国が(共産主義者に)強姦されるようなことにもならなかった」(494p)。
                      経済制裁とは戦争の一手段であり、これを発動したということはアメリカが戦争をしかけ、日本を挑発したことと同義語になる。
                      フーバーは明言している。
                      「経済制裁は、要するに飢饉をおこしたり職を奪うことによる殺人行為そのもの」であり、当然予期された日本の奇襲に驚いて見せたが、「その驚きは馬鹿げた茶番劇であった。原因は、日本に対するはったりであり日本人の性格の無理解であった」(457p)
                      こうしてフーバー畢生の歴史書は、アメリカで大きな波紋を拡げたが、邦訳版がなって、「歴史修正主義」と従来攻撃批判されてきた史観のほうが正しく、戦勝国の一方的史観が偽造の歴史であることが明らかとなった。
                      そろそろ左翼の歴史家は総退場するべき時がきた。

                      posted by: samu | 書評 | 09:47 | - | - | - | - |