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「議論の本位」定め大事を論ぜよ/渡辺利夫
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    維新が成って間もない明治4年、新政府は岩倉具視を特命全権大使、木戸孝允、大久保利通、伊藤博文などを副使とする総勢107人の「岩倉使節団」を欧米に派した。維新政府の要人中の要人が実に1年9カ月をかけて米国、英国、フランス、ドイツ、ロシア、その他全12カ国を訪問し、スエズ運河、インド洋、マラッカ海峡を抜けて帰国した。新政府そのものがユーラシア大陸を長駆一巡したかのごとき壮図であった。

     文明を「体得」した岩倉使節団

     後に維新三傑といわれた大久保、木戸、西郷隆盛のうち、日本に残ったのは西郷のみであった。西郷の傑出した存在感に期待しての出帆だったのであろう。実際、西郷なくして廃藩置県が成功したとは思えない。西郷は薩摩、長州、土佐3藩の藩兵を解き、これを新政府直属の御親兵として組織、その頂点にいた。西郷は信望と人物の器の大きさを備えた最高権力者であった。政府は西郷に「留守政府」を任せ、西郷もその任に辛うじて耐えた。

    しかし、使節団の派遣はある種の「政治的ギャンブル」であった。使節団の出航は明治4年11月、同年7月に断行された廃藩置県により幕藩体制というアンシャンレジームが廃絶され、家禄と地位を失った旧武士は各地で新政府に反抗の刃を研いでいた。この時期、旧武士の新政府に対する憤懣(ふんまん)は一触即発の域に達していた。実際、使節団の帰国後、不平士族により、明治7年には佐賀の乱、明治9年には神風連の乱、秋月の乱、明治10年には西南戦争が勃発している。いずれも廃藩置県が誘った既得権益者層による不満の暴発であった。

     改めて、なぜ新政府はこのように大きなリスクを賭してなお使節団を派遣したのか。維新が成ったとはいえ、新政府には国づくりの方法論がない。文明国に抗するには、文明化に邁進(まいしん)し自ら文明国とならねばならないが、そもそも文明国とはいかなる存在か、文明国の文明国たる所以(ゆえん)を指導者自身が「体得」するより他に手段はなかったのであろう。

    近代化遂行し世界に並ぶ国家に

     幕末に強圧的に結ばされた不平等条約の撤回を求めることも、使節団の目的であった。しかし、最初の訪問国の米国で不平等条約改正は時期尚早であることに早くも気づかされる。条約改正には、国内統治をまっとうする法制度の拡充、生産力と軍事力の増強が不可欠である。欧米列強と対等な文明国にならなければ、条約改正は困難だと悟らされたのである。

     大陸横断鉄道、造船所、紡績工場、水道、博物館、図書館、ガス灯、ホテル…総じて産業発展の重要性を悟らされ、さらには共和制、立憲君主制、徴兵制、議会制度、政党政治など、ありとあらゆる文明の諸側面について学び、これが久米邦武の膨大にして精細な『米欧回覧実記』に記された。

    この使節団の実感を一言でいえば、文明国のもつ文明の圧倒的な力であったといっていい。その後の富国強兵・殖産興業政策が、さらには憲法と議会制度が次々とあきれるほどの速さで実現されていったのには、使節団の体得した知恵があったからだといっても過言ではなかろう。明治前半期の富国強兵・殖産興業、すなわち軍事、鉄道、電信、鉱山、造船など近代産業の育成政策の遂行には躊躇(ちゅうちょ)というものがなかった。

     明治27年の日清戦争、明治37年の日露戦争、新政府が生まれてそれほど経過していないこの時期に、清国、ロシアという往時の世界の大国に勝利するまでの力量を日本は身につけたのである。岩倉使節団の派遣という冒険主義的な意思と行動の意味を、私どもはもう一度真剣に見つめなければなるまい。

    「事の軽重」を見誤ってはならぬ

     東アジアの地域秩序が大変動期に入った。朝鮮半島情勢の帰趨(きすう)によっては日本が存亡の縁(ふち)に立たされる危険性がある。「小事」に淫(いん)する国会議論、ジャーナリズムの大衆迎合が日本の「大事」を失することにはならないか。

     福澤諭吉の信念は「西力東漸」の帝国主義時代にあって日本が亡国を免れるには、文明開化以外に道なし、であった。いかにすれば日本の文明開化は可能か。3度の洋行での知見と数多くの欧米文献を渉猟して執筆された福澤畢生の大作が『文明論之概略』である。第1章が「議論の本位を定る事」であり、その文頭にこうある。

     「軽重、長短、善悪、是非等の字は相対したる考より生じたるものなり。軽あらざれば重あるべからず、善あらざれば悪あるべからず。故に軽とは重よりも軽し、善とは悪よりも善しと云うことにて、此(これ)と彼と相対せざれば軽重善悪を論ずべからず。斯の如く相対して重と定り善と定りたるものを議論の本位と名(なづ)く。…都(すべ)て事物を詮索するには枝末(しまつ)を払てその本源に遡(さかのぼ)り、止(とどま)る所の本位を求めざるべからず。斯の如くすれば議論の箇条は次第に減じてその本位は益(ますます)確実なるべし」

     国人よ、現下日本の「議論の本位」を見誤ることなかれ。(拓殖大学学事顧問・ 渡辺利夫 わたなべとしお)

    posted by: samu | 政治認識 | 17:52 | - | - | - | - |
    「 お家騒動の真っ只中にある文藝春秋 論壇の中心を形成する日はくるだろうか 」櫻井よしこ
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      『週刊ダイヤモンド』 2018年6月9日号
      新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1234
       

      月刊「文藝春秋」は「中央公論」と共に輝くような雑誌だった。物書きを目指す者たちが、その両方に毎月でも記事を書きたい、書かせてもらえる力量を身につけたいと願っていたはずだ。

      私はいま、物書きの端くれに連なっているが、私の物書き人生は文藝春秋から始まっている。初めて記事を載せてもらったのは34年前の1984年だった。「微生物蛋白について」という記事である。それ以前、私は英語で海外新聞用に記事を書いていたため、微生物蛋白の報告は日本語で書く最初の大型記事だった。

      微生物蛋白は元々、日本の技術で生まれ、海外で家畜の飼料として本格的に生産されていた。だが、日本では「石油蛋白」として報道されたために、印象も評判も悪く、各方面で集中砲火を浴び製品化には至らなかった。

      なぜ、この記事を書いたのかといえば、当時私は米ボストンを本拠地とする月刊新聞の仕事をしており、その編集会議がルーマニアで開かれた。チャウシェスク専制政治の下にある社会主義国に初めて行くのであれば、何かこの国について記事を書こうと考え調査したら、日本と社会主義国間の合弁事業の第一号がルーマニアにあった。それがこの微生物蛋白だったのだ。

      結論からいえば、先述のように日本発の技術はルーマニアでは活かされていたが、日本では潰された。潰したのは、「朝日新聞」だった。松井やより氏の記事を発端として、反微生物蛋白のキャンペーンが展開されたのだ。

      私は日本での取材に加えてルーマニアの現地取材を行い、当時シンガポールの特派員になっていた松井氏にも電話で話を聞いた。幅広く網をかけ、読み込んだ資料は大きな山となっていた。

      それらを元に私は80枚の原稿を書いた。文藝春秋の当時の編集長は岡崎満義氏だ。彼は原稿をバッサバサと切り60枚に縮めた。赤の入った原稿を、私はまじまじと読んだものだ。あの詳細もこの描写も切られている。この情報はとても苦労して確認したのに、跡形もなく消されている……。

      しかし、ゲラになった文章を読んで深く反省した。スラスラと読める。読み易くなっている。全体の4分の1が削除されたが、言いたいことは見事に全部入っている。私の文章が下手だっただけのことなのだ。

      大いに反省した後、題について納得できない言葉があった。「朝日新聞が抹殺した“微生物蛋白”」という題の、「抹殺」は強すぎると言って、私は抗議した。

      だが、編集長は「その言葉がこの記事の本質なんだ」と言って譲らない。私は編集長を説得できずに引き下がったのである。

      その後、堤堯氏など名編集長と呼ばれた多くの編集者に多くのことを教えてもらって、私は今日に至る。文藝春秋という媒体と、そこで知り合った編集者諸氏はいわば本当の友人だ。

      その文藝春秋がお家騒動の真っ只中だ。現社長は松井清人氏で、6月に退任するらしい。松井氏が後任に選んだ社長はじめ役員に対して、文藝春秋の幹部たちが異を唱えている。

      人間関係の詳細については、私より詳しい人に任せたい。ただ松井氏に対する批判が社内にあるのは当然だと思う。松井氏の下で文藝春秋はかつての大らかな総合雑誌であることをやめ、イデオロギー色の強いつまらない雑誌になってしまったからだ。

      このところどの号を見ても反安倍政権を謳う記事ばかりだ。安倍晋三氏を「極右の塊」と呼んで「打倒安倍政権」を目指すと、会合でのスピーチで語ったのも松井氏だ。文藝春秋が左右の論客を大らかに抱えて日本の論壇の中心を形成する日はくるのだろうか。6月末に文藝春秋の株主総会が開かれる。そのとき彼らは新しい出発点に立てるのだろうか。

      posted by: samu | 政治認識 | 15:29 | - | - | - | - |
      解散「あすの会」が闘い続けた“真の敵”/門田隆将
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        私は、昨日6月3日午後1時過ぎから始まった会の一角に座りながら、さまざまな感慨に捉われていた。「あすの会」の解散式(第16回全国犯罪被害者の会=あすの会=最終大会)である。

        東京千代田区九段北にあるアルカディア市ヶ谷3階「富士の間」には、上川陽子法相をはじめ、被害者の会のメンバーや一般支援者、そして報道関係者など、数百人が詰めかけていた。

        会の冒頭、挨拶に立った上川法相は、自ら「犯罪被害者等基本法」の成立に東奔西走した政治家である。上川法相は、ひとことも言葉を発することができない犯罪被害者のためにいかに「あすの会」が凄まじい闘いを展開したか、そして夫人を犯罪で喪った「あすの会」顧問・岡村勲弁護士の功績がいかに大きかったかを語った。

        その岡村勲顧問も挨拶に立ち、この18年間の活動に対する万感胸に迫る思いと共に「あすの会が解散しても被害者問題は終わったわけではない。では、今後は誰が担うのか。それは国であり、国民である」と会場全体に語りかけた。

        母親を惨殺されて遺体をバラバラにされ、今も身体の一部しか見つかっていない被害者遺族の女性が「私たち娘は、人間不信に陥り、引きこもりになりました。しかし、(あすの会が創設に努力した)被害者参加制度で救われました」と感謝を述べるなど、登壇した犯罪被害者ご遺族は、あすの会と岡村弁護士への感謝を述べていった。

        スピーチを聴きながら、私は今から18年前、この会が発足した時のことを思い出していた。当時、私は、現役の週刊新潮デスクだった。この会ができた時、世の中は「加害者の人権」が“すべて”であり、被害者の権利など“皆無”で、法廷においても遺族の被害感情をわかってもらうだけの単なる「証拠物」としてしか扱われていなかった。

        すなわち被害者や遺族は“石ころ同然”だったのである。しかし、この会が発足してから、世の中は猛然と変わっていった。司法の世界だけではない。「世の中」自体が変わっていったのだ。

        専門的な司法の分野で言えば、前述の「犯罪被害者等基本法」の成立をはじめとして、犯罪被害者のさまざまな権利や公訴時効の撤廃など、多くの制度を勝ち取っていった。だが、この会が存在した「意義」はそれだけにはとどまらなかった。

        マスコミに巣食うエセ・ヒューマニズム、すなわち「偽善」と真っ正面から闘い、そして、それに「勝った」ことである。朝日新聞をはじめとする偽善メディアにとってもまた、当時、人権といえば「加害者の権利」にほかならなかったからだ。

        朝日新聞紙面に連載され、書籍化もされた神戸・酒鬼薔薇事件の『暗い森』が代表的だった。彼らにとっては、人権とは加害者である「酒鬼薔薇聖斗」のものであり、殺された土師淳くん(当時11歳)や、その家族のためのものではなかった。

        週刊新潮は、淳くんのお父さんである土師守さんの告白手記を掲載し、加害者の権利を過剰に擁護することを「人権」と勘違いしている本末転倒した幼稚なジャーナリズムと闘った。

        光市母子殺害事件が起こってからは、遺族の本村洋さんが犯人の少年を「実名告発」した手記も掲載し、「真の人権とは何か」を世に問うた。

        全国犯罪被害者の会(のちの「あすの会」)が発足したのは、そんなさなかのことだった。飯田橋の駅に隣接して建つビルの一室でおこなわれた発足の時のシーンは、今も忘れられない。

        「犯罪被害者は訴える」と題されたこの発足式でスピーチに立ったのは、まだ23歳に過ぎない光市母子殺害事件の遺族・本村洋さんだった。本村さんは殺された妻・弥生さんと娘・夕夏ちゃん(生後11か月)の遺影を法廷に持って入ろうとして拒絶され騒動になるなど、真の正義を見失った司法に絶望していた。

        本村さんは、妻子が遭った事件の悲惨さ、裁判で遺影の持ち込みを拒否された時の屈辱、亡き妻と子への思い……等を滔々と語った。会場は、静まり返り、涙する参加者が相次いだ。

        そして、本村さんはスピーチをこう締めくくった。「裁判は加害者に刑罰を与えるだけの場ではありません。被害者が立ち直るためのきっかけとなる場でもあります。われわれの存在を忘れないでほしい。われわれを裁判から遠ざけないでください」と。

        毅然とした本村さんの態度に出席者だけでなく、報道陣も心から感動した。私自身もそうである。本村さんや「あすの会」のその後の凄まじい闘いは、あらためて述べるまでもあるまい。

        こうして犯罪者だけが「人権」を享受していた時代が次第に崩れていった。私は、2003年には『裁判官が日本を滅ぼす』を、そして、2008年には本村洋さんの苦闘と彼を支えつづけた人々の姿を『なぜ君は絶望と闘えたのか 本村洋の3300日』という本にまとめさせてもらった。

        それは、単に「被害者の数」だけで量刑を決める形骸化した刑事裁判、すなわち官僚裁判官との闘いであり、加害者の利益を過剰に擁護することを「人権」だと勘違いした偽善ジャーナリズムとの闘いでもあったのである。

        いま真の正義を見失ったジャーナリズムが叩き落とされつつある最大の要因は、もちろん「インターネット」にある。しかし、2000年1月に発足したこの「あすの会」の闘いと、そして、もうひとつ、北朝鮮による拉致被害者を奪還する闘いを展開した「家族会」が果たした役割はとてつもなく大きかったと思う。

        あすの会が、そのひとつの役割を終えて、解散した。司会は、光市母子殺害事件遺族のその本村洋さんであり、会の議長を務めたのは假谷さん拉致事件の遺族・假谷実さんだった。

        先に書いたように私と出会った時の本村さんは、23歳の青年だった。18年後、本村さんは奇しくも、本村さんと出会った時の私の年齢と同じになった。「ああ、時が経ったなあ……」と思いながら、私は本村さんの司会を見守った。

        会が終わって私は、二次会・三次会と、あすの会のメンバーたちと遅くまでこの18年間の闘いについて話し合った。本村さんと土師さんにも「本当にお疲れさまでした」という言葉をかけさせてもらった。

        私は、時を一にして「北朝鮮拉致問題」が今、ラストチャンスを迎えていることにより感慨を深くしている。そして、正義はいつかは勝つのだ、と思う。

        司法だけでなく、日本のマスコミの「偽善ジャーナリズム」を敵にまわして闘い、正義を実現した人々に深く頭(こうべ)を垂れながら、私自身もその闘いを「今後も引き継がなければ」と誓わずにはいられなかった。

        posted by: samu | 政治認識 | 10:31 | - | - | - | - |
        書評/『私たちは中国が世界で一番幸せな国だと思っていた』(ビジネス社)石平v 矢板明夫/
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          宮崎正弘/書評
          不思議な独裁者、習近平が現代中国にどうして生まれたのか
          あの日中友好ムードが、何故とげとげしい日中関係に陥没したのか

          じつにスリルに富んだ体験談に溢れた本である。
          ともに文革時代を中国で生きて、目の前で起きた惨劇を体験しただけに全ての経験談が迫真に満ちているのだ。
          「子供の時分からこのような密告社会に身を置いていると、結論としては誰もホンネを言わなくなる。嘘しかつかなくなる」(矢板)という実体験が身に染みる。
          誰も信用しない社会は表面上、のっぺらぼうのシステムに見える。
          残留孤児として天津で育った矢板氏は、日本人であることがすなわち「外国のスパイ」だとしていじめにあった。
          ところが田中訪中があって、日中国交回復がなると、途端にちやほやされ始め、その豹変ぶりになんとも言えない違和感を抱く。

          対談相手の石平氏のほうはと言えば、両親は大学教授だったがために「知識青年」として下放され、少年期を石さんは祖父の元で育った。漢方医だった祖父は論語を教え、世間の常識を教える人だった。
          それでも周囲の環境を見ながら育つから、世の中はこんなものだと認識していた。
          毛沢東の写真が掲載された新聞に芋を包んだだけで処刑されたおばさんがいた。肉は配給で週に一度。極貧のなかにあっても、アメリカはもっと貧しいと洗脳され、中国は世界一幸せな国民と信じてきた。
          あの時代、情報が閉鎖され、操作されてきたからである。

          地獄の十年といわれた「文革」が終息し、やっとこさ大学が再開されると、一斉に統一試験が行われたが、高校の先生と現役の生徒と、そして老齢のひとも一斉に試験を受ける有様だった。生徒が合格し、先生が落ちたという悲喜劇もあった。
          日本の映画が解禁されるや『君は憤怒の河を渡れ』と『幸せの黄色いハンカチ』が凄まじいブームとなって、中国では高倉健がヒーローになった。中野良子がヒロインだった。
          当時は日本を批判する社会的ムードは皆無に近く、友好友好と叫んで、すこしでも日本に近付こうという社会風潮になった。
          北京大学をでて「配給された」仕事場が四川大学。そこで教鞭をとることになった石平氏は、本当のことを教えると周りから疎まれ、やがて日本留学中の友人から『日本に来たら』と誘いを受けた。
          じつに衝動的に日本語も出来ないのにふらりと日本に留学を決めたという。

          天安門事件で批判の嵐に直面した中国共産党は、突如『反日』に舵取りを換え、爾後、中国において日本は敵となった。
          無知蒙昧の大衆を統治するには、つねに仮想敵を必要としているからだ。
          なにしろ日本の温泉ブームにあやかった中国で、ならば一儲けと温泉発見のために、日本から専門家を呼び寄せたが、それが『スパイ』とイチャモンをつけられて、まだ一年以上も勾留されている。我が物顔で中国にいた「日中友好屋」も、なぜかスパイといわれ、まだ拘束されている。不思議な国である。
          習近平がいかに無能であるかを、両人はその体験を踏まえて、実例を具体的に挙げて描き出す。じつに示唆に富んでいる。

          posted by: samu | 書評 | 09:27 | - | - | - | - |
           神社に宿る日本人の「和の心」/加瀬英明
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            4月24日に、カナダ最大の都市トロントで、男がバンを運転して、歩行者を次々とはね、多くの死傷者が発生する事件が起った。まだ、犯人の動機が判明していないが、イスラム国(IS)がかかわるテロ事件ではないか、疑われている。

             ヨーロッパも、イスラム過激派のテロに戦(おのの)いている。中東では、シリア、イエメン、リビアをはじめとする諸国で、イスラムの2大宗派のスンニー派と、シーア派による凄惨な抗争に、出口が見えない。宗教戦争だ。

             もっとも、アフリカ、アジアに目を転じると、イスラム教徒がキリスト教徒を迫害しているだけでなく、中央アフリカ共和国では大多数を占めるキリスト教徒が、ミャンマー、タイでは多数を占める仏教徒が、弱者のイスラム教徒を圧迫して殺害している。

             ミャンマーでは、事実上の最高指導者である、アウンサン・スーチー女史が黙認するもとで、イスラム教徒のロヒンギャ族を迫害している。70万人のロヒンギャ族が国外に脱出し、数百人が虐殺されている。

             タイでは、分離独立を求める南部のイスラム教徒を弾圧して、この15年だけで、7000人以上のイスラム教徒が殺害されている。

             スリランカでも、人口の70%を占める仏教徒が、17%に当たるイスラム教徒を迫害して、多くの生命が失われている。

             日本では、仏教は平和の宗教だと思っているが、日本のなかだけで通用することだ。

             インドは平和国家として知られているが、毎年、多数派のヒンズー教徒がイスラム教徒を襲撃し、多数の死者が発生している。イスラム教徒が、ヒンズー教の聖牛である牛を殺して、食べることから敵視されている。

             アメリカでも、人権が高らかに謳われているのにかかわらず、人種抗争が絶えない。「個人」が基本とされている社会だから、人々が対立しやすく、人と人との和を欠いている。銃による大量殺戮事件が多発している。

             中国では、漢民族が新疆ウィグル自治区でイスラム住民を、世界の屋根のチベットでジェノサイド(民族抹殺)をはかっている。

             そこへゆくと、日本は幸いなことに、太古の時代から宗教戦争と、無縁であってきた。

             「宗教」という言葉は、明治に入るまで漢籍に戴いていたが、使われることがなかった。

             明治初年に、キリスト教の布教が許されるようになると、それまで日本には他宗を斥ける、独善的な宗派が存在しなかったために、古典から「宗教」という言葉をとってきて、あてはめたのだった。

             それまで、日本には「宗門」「宗旨」「宗派」という言葉しかなく、宗派は抗争することなく、共存したのだった。

             「宗教」は、英語の「レリジョン」(宗教)を翻訳するのに用いた、明治訳語である。

             英語の「レリジョン」、フランス語の「ルリジオン」、ドイツ語の「レリジオン」の語源であるラテン語の「レリギオ」は、「束縛」を意味している。

             「個人」も、明治訳語だ。日本人は世間によって生かされ、そのなかの一人だった。

              日本人のなかで、日本人は年末になると、クリスマスを祝い、7日以内に寺の“除夜の鐘”を謹んで聴いて、夜が明けると初詣に急いで、宗教の梯子をするからいい加減だと、自嘲する者がいる。

             だが、これが日本の長所であり、力なのだ。古代から「常世(とこよ)の国信仰」といって、海原の彼方から幸がもたらされると信じた。日本では何でも吸収して、咀嚼して役立てるのだ。

             神道は私たちが文字を知る前に生まれた、心の信仰であって、文字と論理にもとづく宗教ではない。人知を超える自然を崇めるが、おおらかで、他宗を差別せず、中央から統制する教団も、難解な教義も、戒律もない。

             神社を大切にしたい。私たちは、心の“和”の民族なのだ。

             


              大嘗祭は国事として行うべきである

              

             1年以内に、新天皇が即位され、御代(みよ)が替わる。

             前号で、私は天皇陛下が来年4月30日に退位され、皇太子殿下が翌日、第126代の天皇として即位されるのに当たって、もっとも重要な祭祀である大嘗祭(だいじょうさい)を寸描した。

             126代も続いてきた天皇が、日本を日本たらしめてきた。

             天皇は日本にとって、何ものによっても替えられない尊い存在であり、日本国民にとって、もっとも重要な文化財である。

             大嘗祭は来年11月に、皇居において催される。大嘗祭は法律的にすでに皇位につかれておられるが、天皇を天皇たらしめてきた民族信仰である惟神(かむながら)の道――神道によれば、まだ、皇太子であられる皇嗣(こうし)(お世継ぎ)が、それをもって天皇となられる。聖なる秘儀である。

             私は前号で大嘗祭に当たって、皇太子が横たわれ、しばし、衾(ふすま)(古語で、夜具)に、身をくるまられると、述べた。

             これは、天照大御神の皇孫に当たる瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が、「豊葦原(とよあしはら)の瑞穂(みずほ)の国(くに)を治めよ」という神勅に従って、赤兒として夜具にくるまれて、天孫降臨されたことから、皇太子が身を衾に包む所作を再演されることによって、瓊々杵尊に化身されるものである。

             今上天皇が今年の新年に宮中参賀のために二重橋を渡った、13万人をこえる善男善女に、皇后、皇太子、皇太子妃、皇族とともに会釈され、お言葉を述べられたが、天皇はモーニングを召された瓊瓊杵尊であられた。

             天皇は皇位をただ尊い血統によって、継がれるのではない。

             日本では、日本神話が今日も生きている。神話は諸外国では、遠い昔の過去のものであって、ただの物語でしかない。日本は時空を超えて、永遠に新しい国なのだ。

             歴代の天皇は、日本を代表して神々に謙虚に祈られることによって、徳の源泉として、国民を統(す)べて、日本に時代を超えて安定(まとまり)をもたらしてきた。

             神道は、人知を超えた自然の力に、感謝する。世界のなかで、もっとも素朴な信仰である。

             教義も、教典ない。人がまだ文字を知らなかった時代に発しているから、信仰というより、直感か、生活態度というべきだろう。

             神道は、人が文字を用いるようになってから、生まれた宗教ではない。感性による信仰だから、どの宗教とも競合しない。

             宗教法人法によれば、宗教法人は教義を広め、信者を教化する団体として、規定している。神道は布教しないし、もし宗教であれば、「信者」と呼ばれる人々も、存在しない。

             アメリカ占領軍は、自国では国家行事や、地方自治体の式典が、キリスト教によって行なわれていたのにもかかわらず、まったくの無知から神道を、キリスト教と相容れない宗教だと信じて敵視して、日本に「政教分離」を強制した。当時のアメリカは、日本を野蛮国とみなしていたのだった。

             政府は日本が独立を回復した後にも、現行憲法下で、天皇を天皇たらしめている宮中祭祀を、皇室の「私事」として扱ってきた。

             私はかねてから、宮中祭祀は国民の信仰の自由を浸すことがないし、日本国民にとって何より重要な無形文化財であると、主張してきた。

             大嘗祭は、国事として行うべきだ。現行憲法は皇室と日本の姿を、歪めている。
            posted by: samu | 歴史認識 | 09:31 | - | - | - | - |
            『高山正之が斬る朝日新聞の魂胆を見破る法』テーミス/高山正之
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              宮崎正弘/書評

               

              朝日新聞という巨悪の根源を斬る名刀が冴えわたる
              切支丹伴天連たちは、戦国の世に何をしたのか

              このシリーズも第四弾。巨大メディアが毎日、息を吐くように平気でつく嘘を抉りだし、真実に迫る快著である。
              とりわけ朝日新聞の欺瞞と虚偽とフェイクの作り方、その見破り方など、いつもの高山節が冴える。
              朝日新聞はマッカーサー元帥が押しつけた憲法を「良い」と称賛するICU副学長の談話を利用しているが、ICUとは、キリスト教布教のためにマッカーサーから強要されて、創設された戦後の大学である。
              ところがGHQの意図に反して、卒業生はキリスト教に染まらず、要するに日本ではキリスト教は、上から強圧的に布教しても、末端には普及しなかった。
              なぜか。
              この先はメディア批判ではなく、高山さんの切支丹伴天連批判となる。
              ポルトガルの火縄銃が種子島に漂着した。
              「30年もしないうちに自分たちで工夫して世界最大の鉄砲王国となった。キリスト教も、もう八百万の神がいる。一人増えても気にしなかった」
              のである。
              しかし伴天連の宣教師らの意図は、日本をキリスト教化し、支配権を握り、ポルトガルの植民地に作り直し、富を搾取することにあった。
              「ついでに彼らはその調査費用稼ぎも兼ねて商売をした。日本の美術品の売買とかもあるが、主な商品は奴隷だった。キリシタン大名は乞われるまま、例えば有馬晴信は領民の子供達を召し上げて『インド副王に献呈した』記録がある」(中略)「敵の城主も妻も子も大奥の女も捕らえ、ときには百姓領民も捕虜にして海外に売った。鉄砲の火薬に欠かせない硝石1樽は女50人と交換された。大友宗麟らが出した遣欧少年使節はその旅の先々で日本女性が鎖に繋がれ、秘所を丸出しにして売買される姿を目撃している。切支丹大名は領内の神社仏閣を打ち壊し、僧侶にキリスト教への改宗を迫り、拒絶する者を焼き殺した」
              なんとも凄まじい。
              マッカーサーも、これに倣って神道を敵視し、靖国神社を破壊してドッグレース場にしようとした。
              そのうえ、日本政府の金で2000万冊の聖書を運びこみ、日本に1500人の宣教師を呼び寄せ、しかも日本の金でICUを建てさせ、教育にキリスと教を混入させた。
              しかしながら伴天連には秀吉の時代から懲り懲りだったので、日本での信者は増えなかった。
              一気に読むと清涼飲料10本に値する快著だ。

              posted by: samu | 書評 | 14:13 | - | - | - | - |
              拉致被疑者解放と慄然とする東アジアの情勢/西村眞吾
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                歴史は、過ぎ去った過去の日付けのところにあるのではなく、
                現在の我らと共にある。
                従って、過去を見ないことは、現在を見ないことである。
                それ故、先に、
                明治維新百五十年を祝いながら、
                明治の日本が遭遇した最大の国難と、それを克服した劇的な日、
                即ち、「陸軍記念日」と「海軍記念日」
                を意識しない明治維新百五十年は「空虚」だと書いた。

                何故、「空虚」なのか。
                その訳は、明治と現在は、切断されて別の国になっていると思っているからである。
                即ち、現在とは違う「明治という国家」があったと思っているので、
                明治に遭遇した国難は、「別の国の国難」だと無意識に思っている。
                これこそ、戦後教育の精華である。
                つまり、「日本国憲法」があるから現在は「明治とは別の国」になった。
                その結果、我が国の西に展開する国々も別の国つまり
                「平和を愛する諸国民」の国になっているという訳だ。

                しかし、言っておく。
                明治維新から、百五十年の円環を経て、改めて気付くことは、
                現在の我が国が遭遇している情勢は、
                明治の日本が遭遇した情勢と同じである。
                従って、現在の我が国も明治と同じように
                この情勢に取り組みこれを克服しなければならない運命にある。
                渡部昇一先生が、
                バルカン半島のことであったと思うが、
                一定の地域には、歴史上、同じことが繰り返し起こる、と書かれていた。
                我が国の西に、海を隔ててある地域、
                朝鮮半島とその背後の地域も歴史上同じことが起こる。

                そこで、改めて、明治に遭遇した我が国の西のユーラシア、
                つまり、北からロシア、朝鮮そして支那を見つめてみたい。
                そうすれば、古代ローマ以来の、
                「平和を望むならば、戦いに備えよ」
                という鉄則が現在も生きていることが分かる。

                <ロシア>
                ロシアは、モスクワの小さな土公国だったが
                織田信長と同年代のイワン雷帝の時代に版図を固め、
                以後我が国の徳川時代全期に渡って東に拡大し、
                一八五八年のアイグン条約と一八六〇年の北京条約によって、沿海州を獲得し、
                西のバルト海と東の日本海にまたがるユーラシア大陸の帝国となった。
                この東の海に出たロシアが、直ちに、沿海州に立って海を眺め、
                この太平洋に通じる海洋を支配するために両手を広げて掴もうとしたのが、
                北の樺太と南の対馬である。
                まずロシアは、一八五三年に樺太に上陸して日本人を追放して砲台を築いた。
                次に、北京条約の翌年の一八九六一年、
                太平洋への通路を確保するために
                対馬の浅茅湾芋崎にに軍艦ポサドニック号を侵入させ、兵舎を建設して半年間も駐留した。その間、抗議に来た対馬藩士二人を射殺した。
                このように、陸を制覇したロシアは直ちに海洋制覇に乗り出した。
                従って、明治維新後もロシアの圧力は減じることなく、
                我が国はロシアに樺太を奪われる(千島樺太交換条約)。
                次に、さらに、十九世紀後半から二十世紀にかけて
                沿海州の南の満州を奪い朝鮮半島を伺うロシアの対日姿勢は、
                次のような驚くべきものであった。
                防衛大学前教授の平間洋一氏の発掘したロシア側資料、
                ロシア海軍軍令部が作成した「露日海戦史」によれば、
                ロシアは、
                極東で絶対優位を確立せんとすれば須く日本を撃破し、
                日本の艦隊保持権を喪失せしめねばならない。
                さらに、
                対日戦争では、朝鮮半島の馬山浦を前進根拠地として、
                日本人を撃破するのみにては不十分で、
                更にこを撃滅しなければならない。
                との方針を明確にもっていた(同氏著「日露戦争が変えた世界史」)。
                そして、この飽くなき南下と東の海洋への進出という帝政ロシアの意図は、
                スターリンに受け継がれ、
                現在のプーチンに引き継がれている。
                つまり、我が国の意識は、
                第二次世界大戦前後で断絶しているが、ロシアに断絶はないのである。
                プーチンは、
                ゾビエト国家のメロディーに新しい歌詞をつけたロシア国歌を作った。
                それには、
                「おお、南の大海原から、北の大森林まで、
                これらすべて、ロシアの聖なる大地」
                とある。
                では、その「南の大海原」とは何処か。
                それは、日本周辺の海、西太平洋である。

                以上、ロシアの拡大の歴史を概観した訳は、
                ウラジーミル・ウラジーミロビッチ・プーチンが背負っている
                「ロシア」のスターリンと同じ覇権主義的衝動を理解すべきだからである。
                プーチンは、
                ソビエト共産党に対する反革命・テロ・サボタージュ取り締まりの為の国家機関である
                KGB(国家保安警察)で出世してのし上がり、
                この「ロシア」の覇権主義的衝動に基づいて
                四年前の三月八日にウクライナのクリミアを武力で併合したのだ。
                これによって、プーチンは、
                武力で国境線を変更させないという第二次世界大戦後の秩序を欧州において破り捨てた。
                それ故、欧州のバルト三国において、
                再びロシア軍が出現するということが現実味をもって語られている。

                では、このプーチンは、極東で何をしてきたのか。
                私の記憶するところでは、
                プーチンが朝鮮半島の韓国を訪問し、日露戦争において我が海軍が
                仁川沖でロシア軍艦ワリアークとコレーツを撃沈した仁川沖海戦のロシア軍の戦死者を
                日本の侵略による犠牲者として弔う慰霊碑を韓国と共同で仁川に建設し、
                更に韓国が北朝鮮からソウルまでの鉄道である京義線を開通させたことを歓迎していることである。
                この京義線の開通が意味するものは、
                戦前と同様にシベリア鉄道が直接朝鮮半島南端まで延伸するということだ。
                この前提で、韓国に、釜山から対馬までの約五十キロの海底トンネル掘削の提案が出てきたことの意味が分かるであろう。韓国はロシアを背景にしてこの提案をしている。
                従って、この計画は、
                ロシアがシベリアから直接対馬に現れるということだ。
                では、ロシアにとってこの対馬と一対の地政学的要衝である樺太に関して
                プーチンは何を計画しているのか。
                それは、スターリンが開始し、その死によって中断した
                大陸と樺太間のダッタン海峡・間宮海峡を橋かトンネルで連結し、
                鉄道とパイプラインを通すことである。
                更に、その樺太と北海道間の宗谷海峡四十三キロの海底トンネルを
                日本の資金で建設することを、
                プーチンは、ウラジオストックで安倍総理に持ちかけた。
                世界一の海底トンネルである青函トンネル五十四キロを
                完成させた日本の技術と資金で宗谷トンネルもやってくれと。
                このように、プーチンは、ロシアの大陸から
                南は朝鮮半島から直接対馬まで、
                北はシベリア鉄道とバイカル・アムール鉄道によって
                樺太から直接東京まで結ばれるロシアの鉄道網とパイプライン網を造ろうとしている。
                これは、ロシアのプーチンの経済的動機からではなく、
                地政学的動機、つまり伝統的な覇権的・軍事的動機から発した
                日本を直接勢力圏に取り込む計画である。
                従って、建設資金を日本に出させようとしている。
                これによって、
                ロシアとトンネルによって直結した日本の、
                ロシアに対する、石油、天然ガスというエネルギー依存度を高めて
                日本をロシアの覇権内に引き入れる。
                つまり、プーチンは、かつてソビエト(ロシア)が
                東欧の旧社会主義国家群を縛り付けた同じ手法を我が国に対して仕掛けているのだ。
                このプーチンの予行演習が、
                ウラジーミルと呼ぶのが友好のあかしと思っている日本の首相と政界に実施させている
                日本の資金による「ロシアの北方領土」の経済開発である。

                もう一つ、プーチンがスターリンを踏襲している重要な、
                我が国にとって致命的な一点を指摘しておく。
                それは、スターリンがコミンテルン(国際共産主義運動)の
                「内乱から戦争へ、戦争から革命へ」という方針に基づいて
                中国共産党に日本を革命の手段としての戦争の相手に選びばせ、
                中ソ連携により、
                日本を戦争の泥沼に引きずり込んで目的を達しようとした点である。
                現在、明らかにプーチンは、中共の習近平と連携している。
                安倍首相に、ウラジーミルと呼ばれているプーチンは、
                習近平の仕掛けた対日戦勝利七十周年軍事パレードを習近平と並んで眺めていた。
                そして、中露の海軍は、南シナ海で合同軍事演習をしている。
                また、平成二十八年度の我が国に接近する外国軍用機に対する
                航空自衛隊のスクランブル発進回数は、
                冷戦期の昭和五十九年の年間944回を遙かに上回る1168回に達しており、
                対ロシア軍機301回、対中共軍機851回である。
                これは、中露が南北連携して一日2回から3回、
                軍用機を我が国領空に接近させているということではないか。

                このロシアと中共の軍事的連携は、
                我が国にとってのっぴきならない事態だと思わねばならない。

                以上、今、西のウクライナとシリアで手が一杯で資金のないプーチンが、
                東の極東では、皮を被って、
                シンゾー、ウラジーミルの演出で我が国を安心させているので、
                ロシアとプーチンの本質を
                歴史を振り返って長々と述べた次第だ。
                安心するな、プーチンは、スターリンやブレジネフと同様、
                平気で
                政敵を粛正し、親友を裏切り、武力で領土を拡張するロシアの権力者である、と。

                ロシアに関して長かったので、
                このロシアと連携する中共と、
                伝統的に中露を後ろ盾にする朝鮮に関しては簡潔に述べる。

                <中共>
                無期限の独裁者となった習近平の中共は、
                軍事力を背景とする中華帝国主義国家である。
                その掲げる「一帯一路」とアジアインフラ銀行は、
                かつてのロシアが行った鉄道と銀行による満州侵略を真似たアジア侵略のツールだ。
                これを見破って行動に移したのが、
                マレーシアのマハティール首相による
                シンガポールとマレーシアの高速鉄道計画の廃棄だ。

                中共は、北からのロシアと連携して南から西太平洋の覇権を握らんと
                南シナ海の島嶼を我が物として占領し
                ミサイル基地や海軍空軍基地として南シナ海と東シナ海を「中国の海」にしつつある。
                しかし、ハーグ国際裁判所は、中共の管理権を全面的に否認し、
                アメリカは、「航行の自由作戦」を展開して中共の既成事実化を阻止し、
                この度、イギリスとフランスも、
                「航行の自由作戦」に海軍艦艇を派遣すると表明した。
                もちろん、我が国も、「航行の自由作戦」に艦艇を派遣すべきである。
                南シナ海と東シナ海は、我が国の生命線だからである。
                この「航行の自由作戦」に参加しない総理大臣は、中共の傀儡である。

                以上の、ロシアと中共の情況を見れば、
                これは明らかに、明治二十七年・同三十七年の
                日清・日露戦役前の脅威が我が国に迫っているということであり、
                我が国と国民に、国家存立のために、
                如何なる努力も惜しまないという覚悟と実践がなければ
                滅亡に至る事態であることが明らかであろう。
                そして、その発火点は、
                またしても、朝鮮半島情勢であることも
                明治二十七年・同三十七年と同じである。

                <朝鮮>
                この地域も、昔から驚くほど変わっていない。
                従って、同じことが起こる。
                今、南北は、盛んに一つの朝鮮民族というが
                朝鮮半島は、
                支那の帝国が一千年、日本が三十六年支配していたとき統一していたが、
                ほうておけば三つくらいに分裂していた。
                そして、分裂しながら、
                それぞれ大陸の帝国とのつながりを利用しながらお互いに抗争していた。
                日本も六六三年、朝鮮半島西岸の白村江に拘わらされたことがある。
                そして、現在も北の北朝鮮と南の韓国は、それを繰り返している。

                その現在進行形の、六月十二日といわれる米朝首脳会談に関しても、
                北朝鮮の独裁者は、中共とロシアの背景をちらつかせながら、
                シンガポールに現れることになった。
                その目的は、
                核とミサイル廃絶をの約束を掲げて、
                国際的制裁解除と、
                廃絶に向かう段階ごとに、膨大な見返り資金を獲得することである。
                これに対して、
                アメリカのトランプ大統領側は、
                主目的は、核廃絶の実現であろうが、
                二度あることは、三度あるのだ。
                アメリカは、クリントン大統領とブッシュ大統領の二回、
                北朝鮮に欺されて見返りだけをせしめられてきた。
                よって、トランプ大統領を支えるスタッフの主導権を
                ジョン・ボルトン首席補佐官とフレッド・ライツ氏の北朝鮮の体制変更派か、
                ブッシュ大統領の時のライスとヒルのコンビのような国務省宥和派が握るかで差が出る。
                即ち、欺されにくいか、欺されやすいか、だ。
                前者は、交渉決裂に向かう。後者は、交渉妥結に向かう。
                前者は、拉致被害者救出に熱意があり、後者は、拉致被害者救出を軽視する。

                とはいえ、いずれにしても、シンガポールで、
                アメリカが北朝鮮の核廃絶を実現するのは困難だ。
                何故なら、アメリカは、
                北朝鮮内に、何発の核爆弾が何処にあるのか、ミサイルが何処にあるのか、
                充分に把握していないからだ。
                北朝鮮が30個の核爆弾を廃棄したとして、
                それを保有する全爆弾だと思って莫大なカネを支払い制裁を解除した二年後に、
                実はあと30発の核爆弾が温存されているということもあり得る。
                よって、結局、核での目的達成は、極めて困難。

                つまり、四月二十八日の朝鮮半島板門店での南北首脳の握手と抱擁以来、
                いかにも朝鮮らしく舞い上がったように展開してシンガポールに至る、
                この慌ただしい経過の中では、
                完璧なる北朝鮮の核廃絶の実現は困難といわざるをえない。

                しかし、北朝鮮が誰を拉致しているのかが、
                ほぼ判明している拉致被害者解放問題は、
                単純明快、解放するか、しないのかという問題であり、
                何発の核があるのか不明な核廃絶問題よりも
                シンガポールで一挙に解決できる問題である。
                そして、我が日本にとっては、
                人道上も国家主権上も、核よりも重要な問題である。
                従って、我が国は、
                総理大臣以下全力を挙げて
                トランプ大統領と国際社会に、
                拉致被害者救出の重要性を伝え、
                北朝鮮の独裁者に対する圧力を高めなければならない
                現在、拉致問題顕在化以来、
                最大の重要ポイントに差しかかっている。
                例え、核問題で、欺されたか欺されてないのか、検証不能な合意があっても、
                我が国は、拉致被害者が解放されない限り、
                断固として制裁強化を国際社会と共に続けねばならない。

                posted by: samu | 政治認識 | 09:38 | - | - | - | - |
                G7分裂は中国に漁夫の利/田村秀男
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                  G7分裂は中国に漁夫の利 膨張抑止で結束、ルール破りに厳格対応

                   8日から2日間、カナダ・ケベック州で先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)が開かれる。鉄鋼・アルミなどの輸入制限を発動した米国に対して欧州が強く反発し、トランプ米大統領が孤立しかねない情勢だが、G7が仲間割れする場合ではない。G7が対峙(たいじ)すべきは中国である。安倍晋三首相は結束に向け、仲立ちできるかが問われる。
                   正論をぶったのは麻生太郎財務相である。先週末カナダで開かれたG7財務相・中央銀行総裁会議後の会見で、中国を名指しに「ルールを無視していろいろやっている」と批判し、G7は協調して中国に対し国際ルールを守るよう促す必要があるとの認識を示した。その上で、世界貿易機関(WTO)に違反するような米輸入制限はG7の団結を損ない、ルールを軽視する中国に有利に働くと、米国にも注文をつけた。
                   実際に、中国は「自由貿易ルール違反のデパート」である。知的財産権侵害は商品や商標の海賊版、不法コピーからハイテクの盗用まで数えればきりがない。おまけに、中国に進出する外国企業には技術移転を強要し、ハイテク製品の機密をこじ開ける。共産党が支配する政府組織、金融機関総ぐるみでWTOで禁じている補助金を国有企業などに供与し、半導体、ITなどを開発する。習政権が2049年までに「世界の製造大国」としての地位を築くことを目標に掲げている「中国製造2025(メード・イン・チャイナ2025)」は半導体などへの巨額の補助金プログラムだらけだ。
                   WTOに頼れば、自由貿易体制が守られるというのは幻想に近い。WTOの貿易紛争処理パネルに提訴された国・地域別件数を見ると、圧倒的に多いのは米国で、中国は米国の3分の1以下に過ぎない。提訴がルール違反容疑の目安とすれば、米国こそが「保護主義」であり、中国は「自由貿易」だという、とんでもない結論に導かれる。事実、習近平・中国国家主席はスイスの国際経済フォーラム(ダボス会議)や20カ国・地域(G20)首脳会議などの国際会議で臆面もなく自由貿易の旗手のごとく振る舞っている。
                   中国のルール破りに対し、日米欧はとにかく甘い対応しかとらなかった。理由は、中国市場でのシェア欲しさによる。WTO提訴の件数が少ないのは、ビジネス取引で報復を恐れる企業が多いせいでもある。日米欧の産業界は「中国製造2025」の目玉である半導体の国産化プロジェクトは巨大な半導体製造設備需要が生じると評価し、歓迎してきた。
                   米国歴代の政権は民主、共和党を問わず、中国との「戦略対話」を行い、中国側が小出しに提示する市場開放を評価した。中国の対米貿易黒字が米国債購入に回ればニューヨーク金融市場の安定につながるとみて、米側は対中貿易赤字削減を強く要求しなかった。中国人民銀行は対米貿易黒字で稼いだドルに合わせて人民元発行量を爆発的に増加させてきた。そのカネを国有商業銀行に流し込んで、インフラ、生産設備や不動産開発に融資させ、経済規模を膨らませる。そして経済成長率の2倍の速度で軍事予算を増やす。この資金源をたどるとドルに行き着く。
                   トランプ政権の中国への対米貿易黒字の2000億ドル(約21兆9780億円)削減要求は、軍拡モデルに打撃を与えるはずだ。
                   さらに、知的財産権侵害や高度技術流出の抑止策は中国の脅威にさらされる日本やアジア諸国の安全保障上の利益になる。拡大する中国市場での権益に目がくらんで、中国の貿易ルール破りを見過ごしてきた日欧は対中政策でトランプ政権と擦り合わすべきだ。
                   G7が分裂し、保護主義・中国に漁夫の利を提供するのはばかげている。(産経新聞特別記者 田村秀男)
                  posted by: samu | 政治認識/中国韓国 | 09:28 | - | - | - | - |
                  「 北をめぐる米中の闘いが激化 」櫻井よしこ
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                    『週刊新潮』 2018年6月7日号
                    日本ルネッサンス 第805回

                    6月12日の米朝首脳会談はどうやら開催されそうだ。劇的な展開の中で、はっきりしなかった展望が、少し明確になってきた。米国が圧倒的優位に立って会談に臨み、拉致問題解決の可能性にも、安倍晋三首相と日本が一歩近づくという見込みだ。

                    5月24日夜、トランプ大統領は6月の米朝会談中止を宣言した書簡を発表し、朝鮮労働党委員長、金正恩氏の鼻っ柱を叩き潰した。9日にポンペオ国務長官が3人の米国人を連れ戻してから2週間余り、トランプ氏の考えはどう変化したのか。

                    まず、5月16日、北朝鮮の第一外務次官・金桂寛氏が、ボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官を個人攻撃し、米国が一方的に核放棄を要求すれば「会談に応じるか再考せざるを得ない」と警告した。

                    1週間後の23日、今度は桂寛氏の部下の崔善姫外務次官がペンス米副大統領を「政治的に愚鈍」だと侮蔑し、「米国が我々と会談場で会うか、核対核の対決場で会うか、米国の決心と行動次第だ」と語った。

                    トランプ氏は23日夜に暴言を知らされた後就寝し、翌朝、ペンス、ポンペオ、ボルトン各氏を集めて協議し、大統領書簡を作成したそうだ。

                    内容は首脳会談中止と、核戦力における米国の圧倒的優位性について述べて、「それを使用する必要のないことを神に祈る」とする究極の恫喝だった。24時間も待たずに正恩氏が音を上げたのは周知のとおりだ。

                    首脳会談が開催されるとして、結果は2つに絞られた。➀北朝鮮が完全に核を放棄する、➁会談が決裂する、である。これまでは第三の可能性もあった。それは米本土に届くICBMの破棄で双方が合意し、北朝鮮は核や中・短距離ミサイルなどについてはさまざまな口実で時間稼ぎをする、それを中韓両国が支援し、米国は決定的な打開策を勝ち取れず、年来のグズグズ状態が続くという、最悪の結果である。

                    不満だらけの発言

                    今回、第三の可能性はなくなったと見てよいだろう。米国は過去の失敗に学んで、北朝鮮の自分勝手な言動を許さず、中国への警戒心も強めた。トランプ氏は22日の米韓首脳会談で語っている。

                    「北朝鮮の非核化は極めて短期間に一気に実施するのがよい」「もしできなければ、会談はない」

                    トランプ氏は米国の要求を明確にし、会談延期の可能性にも言及しながら、正恩氏と会うのは無条件ではないと明確に語ったわけだ。

                    中国関連の発言は次のとおりだ。

                    ・「貿易問題を巡る中国との交渉においては、中国が北朝鮮問題でどう助けてくれるかを考えている」

                    ・「大手通信機器メーカー中興通訊(ZTE)への制裁緩和は習(近平)主席から頼まれたから検討している」

                    ・「金正恩氏は習氏との2度目の会談後、態度が変わった。気に入らない。気に入らない。気に入らない」
                     トランプ氏は3度繰り返して強い嫌悪感を表現している。

                    ・「正恩氏が中国にいると、突然報道されて知った。驚きだった」

                    ・「習主席は世界一流のポーカー・プレーヤーだ」

                    北朝鮮問題での中国の協力ゆえに貿易問題で配慮しているにも拘わらず、正恩氏再訪中について自分には通知がなく、米国が求める短期間の完全核廃棄に関して、習氏は北朝鮮同様、段階的廃棄を主張しているという、不満だらけの発言だ。

                    この時までに、トランプ氏は自分と習氏の考えが全く異なることを実感し始めていたであろう。中国は国連の制裁決議違反とも思える実質的な対北朝鮮経済援助を再開済みだ。中朝国境を物資満載のトラックが往き交い、北朝鮮労働者は通常ビザで中国の労働生産現場に戻っている。

                    こんな中国ペースの首脳会談はやりたくない、だが、米国の対中貿易赤字を1年間で約10兆円減らすと中国は言っている。2年目にはもう10兆円減らすとも言っている。どうすべきか。こうした計算をしていたところに、善姫氏によるペンス副大統領への攻撃があり、トランプ氏はこれを利用したのではないか。

                    いま、米国では民主、共和両勢力において対中警戒心が高まっている。米外交に詳しい国家基本問題研究所副理事長の田久保忠衛氏が指摘した。

                    「米国の中国問題専門家、エリザベス・エコノミー氏が『中国の新革命』と題して、フォーリン・アフェアーズ誌に書いています。習氏の中国を、『自由主義的な世界秩序の中でリーダーシップを手にしようとしている非自由主義国家である』と的確に分析し、国際秩序の恩恵を大いに受けながら、その秩序を中国式に変え、自由主義、民主主義を押し潰そうとしていると警告しています」

                    中国に厳しい目

                    エコノミー氏は、習氏の強権体制の下、あらゆる分野で共産党支配の苛烈かつ非合法な、搾取、弾圧が進行中で、米国は中国との価値観の闘いの真っ只中にあると強調する。

                    米国は本来の価値観を掲げ、同じ価値観を共有する日豪印、東南アジア諸国、その他の発展途上国にそれを広げよと促している。
                    「もう一つ注目すべきことは、米国のリベラル派の筆頭であるカート・キャンベル氏のような人物でさえも中国批判に転じたことです。彼はオバマ政権の、東アジア・太平洋担当の国務次官補で、非常に中国寄りの政策を推進した人物です」

                    キャンベル氏は、これまで米政府は中国が米国のような開かれた国になると期待して助力してきたが、期待は裏切られた、もっと中国の現実を見て厳しく対処すべきだという主張を同誌で展開している。

                    米国が全体として中国に厳しい目を向け始めたということだ。米中間経済交流は余りに大規模なために、対中政策の基本を変えるのは容易ではないが、変化は明らかに起きている。

                    5月27日には、米駆逐艦と巡洋艦が、中国とベトナムが領有権を争っている南シナ海パラセル諸島の12海里内の海域で「航行の自由」作戦を実施した。同海域で、中国海軍と新たに武装警察部隊に編入された「海警」が初めて合同パトロールを実施したことへの対抗措置だろう。

                    それに先立つ23日、米国防総省は環太平洋合同軍事演習(リムパック)への中国軍の招待を取り消した。18日に中国空軍が同諸島のウッディー島で、複数の爆撃機による南シナ海で初めての離着陸訓練を行ったことへの対抗措置か。

                    中国の台湾への圧力を前に、トランプ政権は3月16日、台湾旅行法を成立させ、米台政府高官の交流を可能にした。トランプ政権の対中認識は厳しさを増しているのである。

                    シンガポールで、中国はいかなる手を用いてでも北朝鮮を支えることで、朝鮮半島の支配権を握ろうとするだろう。それをトランプ氏はもはや許さないのではないか。許さないように、最後の瞬間まで、トランプ氏に助言するのが安倍首相の役割だ。

                    posted by: samu | 政治認識 | 09:36 | - | - | - | - |
                    書評『日本国史 世界最古の国に新しい物語』(育鵬社)田中英道
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                      宮崎正弘/書評

                      日本はいかにしてキリスト教の虚妄を嗅ぎ分け植民地化にならずにすんだか
                      大日如来と誤断したが、キリスト教は太陽さえ神がつくったという宗教なのだ

                      前作『高天原は関東にあった』は日本の学界で旋風を巻き起こしても良さそうな問題作である。にも関わらず日本の歴史論壇が、田中氏の衝撃的問題作を無視するか、黙殺にいたるのは、それなりの理由がある。
                      つまり、怖いのである。本当のことが白日のしたに晒されることが。
                      神武天皇が実在したことは明らかで、左翼学者やマルキストが否定した根拠は出鱈目、巨大な前方後円墳が何を物語るかを忖度するだけでも分かることである。
                      ちなみに仁徳天皇陵は、かの秦始皇帝の陵墓より大きい。ピラミッドなど問題ではないほどの規模である。
                      本書は白村江、東大寺、維新、三島由紀夫と、日本の長い歴史のなかで起きた節目・節目を、ヒストリー・メーキングとなった出来事として別のアングルから照射しながら、日本文化の根源に迫る。
                      田中氏はこう言う。
                      「天正18(1549)年、イエズス会宣教師、ザビエルが日本にやって来ました。このイエズス会というのは布教意欲旺盛なキリスト教の一派で、祭壇には銃を置いているという布教軍団です。鉄砲をもたらしたポルトガル人のように偶然漂着したのではなく、日本」(191p)を侵略して植民地化する手先だった。
                      ところが上陸した日本ではすでに高い文化があり、不況は難しいと悟る。
                      そう、ザビエルたちは「布教軍団」である。
                      「キリスト教では絶対的な神がすべてをつくったとしています。日本人は大日如来と同じものとして理解しようと(努力はしたものの)、大日如来は太陽神のようなもので、宇宙の中心とするのが密教の考え方です。しかし、キリスト教は太陽さえ神がつくったと考える」。
                      つまり両者には超えように超えられない異質の人生観、自然観があり、それはいずれ衝突する。文明と文化が異なるのだ。
                      信長以来の日本人の関心は鉄砲や鉱山技術、そして造船技術にあり、ザビエル等の植民地化という戦略には関心さえなく、信長はキリスト教に好意的だったという背景にも、田中氏は、「いかに日本の植民地化を防ぐかという大義があった」とする。
                      南蛮人と彼らを呼んだ文化的な言語感覚からも、多くの日本人が、切支丹伴天連を野蛮な、「侵略者と感じていたに違いない」(197p)

                      posted by: samu | 書評 | 11:00 | - | - | - | - |