PR
Search
Calendar
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< September 2017 >>
New Entries
Category
Archives
Profile
Links
mobile
qrcode
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
教科書採択問題を歪めて報道するメディア.../拓殖大学客員教授 藤岡信勝
0

    歴史教科書をめぐる灘中への「圧力」事件を取り上げた9月6日のNHK「クローズアップ現代+」について、その背景も含め問題の基本的な構図を述べた拙文を、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)の「今週の直言」に依頼されて執筆しました。昨日ネット配信されましたので、こちらにも転載いたします。

    【第466】                       平成29年9月11日

    教科書採択問題を歪めて報道するメディア...
     

    9月6日、日本の公共放送・NHKは、「クローズアップ現代+」という報道番組で、教科書採択問題を取り上げた。関西の私立エリート校の一つである灘中学校が、現場の教師たちが執筆した「学び舎」刊の教科書を採択したところ、教科書を批判する同一文面のハガキが50枚も届き、不当な圧力をかけられたというものだった。だが、この報道には重大な問題点がいくつも隠されている。
    ●NHKの二重基準
     第一に、教科書採択に対する圧力といえば、従来の自虐的な歴史教育の偏向を正す立場から書かれた『新しい歴史教科書』(扶桑社刊)の採択に対する、日教組や左翼陣営からの妨害事件があった。2001年7月、栃木県でこの教科書を採択した2市8町の教育委員会に、全国から合計2万件の抗議の電話・ファクスが洪水のように押し寄せた。教育委員長の自宅には連日深夜、採択阻止の脅迫電話がかかった。この圧力に屈服して10の自治体はすべて一度決めた採択を撤回し、別の会社の教科書に変更した。マークされた教育委員の自宅にカミソリの刃が送られた地方もあった。
     しかし、NHKは現実に採択変更まで行われたこの事件を全く報道せず、参考意見を書いただけで採択の撤回を要求しているわけではない灘中の話を大きく取り上げた。常軌を逸したダブルスタンダードだ。
     ●新たな倒閣運動
     第二に、「学び舎」の教科書の偏向ぶりは凄まじいもので、日本がいかに悪逆非道であったかというアジテーションのオンパレードだ。執筆者には共産党系教育団体の役員も入っている。この進学校のPTAが知れば、ただではすまないシロモノだ。
     第三に、この歴史教科書は、学習指導要領が前提としている通史を書くという構成になっていない。教科書検定審議会歴史小委員会の委員長も「学習指導要領の枠に合わない」と認めている。この教科書は指導要領違反で、検定不合格とすべきだったが、萎縮した文科省が政治判断で合格させたもので、これは不正である。
     第四に、灘中学校の問題は大阪毎日放送の7月30日の特集番組が初めに火をつけ、多くのメディアがすでに取り上げていた。そのキッカケとなったのは、灘中の和田孫博校長のエッセイだった。その中でハガキの発案者である近現代史研究家の水間政憲氏を「日本会議の講師」と書いているが、事実無根の捏造だ。バックに日本会議や安倍晋三首相がいることを匂わせることで、灘中教科書採択問題を学校法人・森友学園への国有地払い下げ問題と加計学園の獣医学部新設問題に続く安倍政権倒閣運動の第三のネタにしようとする悪質な意図があったことを暗示する事実である。(了)

    posted by: samu | 政治認識 | 14:29 | - | - | - | - |
    「 正しく理解したい戦後日本の体制の歴史 」櫻井よしこ
    0

      『週刊ダイヤモンド』 2017年9月9日号
      新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1197
       

      8月29日午前5時58分、北朝鮮の弾道ミサイルが北海道上空を越え襟裳岬の東方、約1180キロメートルの太平洋上に落下した。

      Jアラート、つまり空襲警報が影響を受けると予想される各県に早朝鳴り響いた。その後、国民の反応が報じられたが、「子供をつれてどこに逃げればよいのか、どこが安全なのか、分からない」という若い母親の言葉には実感がこもっていた。警察への問い合わせで最も多かったのが避難場所についてだったという。

      それに対して当局が答え得るのは「近くのできるだけ堅固なビルへの避難」というような内容だ。これでは多くの人はどうしてよいか分からないだろう。しかしこれが自力で国を守ることを禁じてきた日本の当然すぎる現実である。

      憲法前文には明確に書かれている。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」、と。9条2項には「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と明記されている。

      国を守るためであっても、国民を守るためであっても「交戦権」、すなわち国家が戦う権利を認めないのである。国の最重要の責任は国民を守り、国民の暮らし方の基盤である文明や文化、価値観もみんな包摂する形で国柄を守ることにある。にも拘らず、そのために戦うことまで否定した。そんなことはおかしい、憲法改正が必要だという意見に対して、多くのメディアや言論人はこぞって反対し、憲法改正を目指すことは悪事を企むことだというような主張を展開する。

      なぜ、こんな日本になったのかという疑問を、私は幾十回も繰り返してきた。明確な答えは見つからないが、色摩力夫(しかまりきお)氏の『日本人はなぜ終戦の日付をまちがえたのか』(黙出版)が貴重な示唆を与えてくれる。氏はまず、日本の、大東亜戦争の戦い方と敗北のし方について次のように指摘する。

      「わが国における降伏は、かつて経験したことのない大事件でありながら、いかなる意味でも国内を混乱、崩壊させるものとはならなかった。そして国際社会の中で整然と規律をもって降伏を受諾し、連合国が課した降伏条件を誠実に履行した。近代国際社会の歴史を通じても、国民がこれほどの一体性をもちながら、秩序をもって終戦に対処できた例は、大戦争の敗戦国において稀有と言ってよいだろう」

      日本は「高度の規律を維持して降伏した」にも拘らず、戦後は国際社会の中で毅然とした態度をとれずにきた。その理由は日本人が降伏の本質的意義を正確に認識しなかったからだというのが、色摩氏の指摘だ。

      降伏は征服とは異なる双務的な契約である。その契約が成立したのが、東京湾、戦艦ミズーリ号上で日本代表と連合国代表が降伏文書に署名したときである。少なからぬ日本人は誤解しているが、日本の降伏は無条件降伏ではなかった。敗者ではあるが、降伏という契約を結ぶ立場においては対等だった。百歩譲って日本の降伏が無条件降伏だったと仮定しても勝者が敗者に勝手に振舞うことは許されない。

      だが「米国は日本占領の初期の段階から『降伏文書』の契約的性格を無視し、むしろそれには縛られないという立場」をとったと色摩氏は指摘する。その最たる例が「東京裁判」だ。

      契約破りのマッカーサーの前で、日本人は腰くだけとなった。歴史の事実に照らしてみれば、日本はドイツに較べても、歴史上敗戦を喫したどの国に較べても「誇り高き降伏」を実現する資格を持っていた。しかし、「それをみすみす放棄」したと、氏は惜しむ。

      北朝鮮の攻撃の前に無力な姿に陥りかねない日本の現状を見るにつけ、戦後日本を形づくった体制を正しく理解したいと願うものだ。

      posted by: samu | 政治認識 | 09:57 | - | - | - | - |
      現在只今の危機、平和主義者が戦争を造る/西村眞悟
      0

        九月九日の、現時点で、
        まさに今が、東アジアの、
        「戦争か平和かの分岐点」
        であると感じる。
        分岐点というより、
        我が国は、今、爆発の予兆がする噴火口の上に乗っているのだ。
        従って、ジタバタすることなく、覚悟を決めることだ。

        ところが、我が国の世情は、
        相手を激しく罵ることによって名を上げた女性議員の不倫報道と
        当の本人が、どや顔で情け容赦なく糾弾していた他人の白々しい言い訳を、
        まさにその本人が真面目な顔をしてしている漫画のような報道が繰り返され、
        マスコミの政治的関心といえば、
        お決まりの衆議院解散はあるのかないのか、だ。
        我が国を取り巻く厳しい開戦前夜のような状況のなかで、
        解散などあり得ない、
        という状況判断など皆無である。

        危機は将来にあるのではなく、
        現在只今の、この状況が、「危機」なのだ。

        そこで、本日、「月刊日本」次号誌の「歴史の教訓に学ぶ」連載欄に
        次の一文を送稿したので、
        それを本時事通信にて公表したい。
        ご一読いただければ幸甚です。

        ・・・ ・・・ ・・・

        第一次世界大戦と第二次世界大戦の間は、「危機の二十年」と言われる。
        何故なら、その間に未曾有の戦争が準備されたからである。
        イギリスの戦時内閣を率いて、
        その未曾有の戦争つまり第二次世界大戦を戦ったウインストン・チャーチルは、
        第二次世界大戦を、起こらなくてすんだ戦争と言い、
        平和主義者が造った戦争だった、と回顧した。
        そこで、チャーチルの回顧録を中心にして、
        如何にして第二次世界大戦が造られたかを見てみよう。

        一九一九年六月の第一次世界大戦の終結を告げるベルサイユ条約(Treaty of Peace)によって、
        ドイツは、空軍、戦車、潜水艦の保有を禁止され、
        陸軍兵力は十万以下に限定されて参謀本部と陸軍大学校は解体され
        軍事的弱小国に固定された。
        そして、対フランス国境地域のラインラントは非武装地域にされた。
        しかし、戦後の疲弊したドイツの国民経済の破綻のなかで、
        このベルサイユ体制打破を訴えてヒトラーが急速に台頭し、
        一九三三年一月、第一次世界大戦の英雄ヒンデンブルグ大統領の下で首相に就任する。
        そして、翌年、ヒンデンブルグ大統領の死去により、
        首相であるヒトラーは、大統領と首相を合体した地位であるドイツの総統に就任し、
        長年の同志であったレームらの粛正を断行する。
        このヒトラーの出現に際して、チャーチルは次のように書いた。
        「レームらの粛正は、ドイツの新しい主人は何事にも停止しないことを示したものであり、ドイツの実情はおよそ文明とは似ても似つかぬことを示すものであった。恐怖と白煙の上に立った独裁体制は世界と対決していたのだ」。

        ところが、このときのイギリス政界の主流は、
        このドイツの独裁体制の文明とは似ても似つかぬ危険な本質を見つめなかった。
        つまり、
        「労働党と自由党の平和主義者は、ドイツの国際連盟脱退という重大事件によってすら、影響を受けなかった。両党は相変わらず平和の名において、イギリスの軍縮を進め、これに反対する者(チャーチル)は、すべて『戦争屋』と呼んだ」。
        さらにチャーチルは続ける。
        「一九三三年なら、あるいは一九三四年でさえも、まだイギリスにとっては、ヒトラーの野心に必要な抑制を加えるだけの空軍、あるいはおそらくドイツ軍部の指導者達に、ヒトラーの暴力行為を制止させることができるだけの空軍を造ることが可能であったろう」。
        しかし、イギリスは、
        この「戦争屋」の警告を無視して軍縮を続ける。
        そして遂に、一九三五年、ヒトラーは、ドイツの再軍備と徴兵制の復活を宣言し、
        ドイツ空軍の公式編成を発表した。
        即ち、「秘密裏に、あるいは偽装の下に準備を進めていた数年はいまや終わり、ついにヒトラーは、公然たる挑戦に出るに必要な力を蓄えたのを感じた」。

        そこで、運命のターニングポイントが翌年に起こる。
        即ち、一九三六年三月七日のヒトラーによる非武装地帯ラインラントへの進駐である。
        このヒトラーの公然たるヨーロッパ諸国への軍事的挑戦に対して、
        フランスとイギリスの平和主義者達の政権は、
        ドイツに対する軍事的対応をせずに傍観したのだ。
        しかし、ヒトラー本人は、
        「このラインラント進駐の四十八時間は、私の人生で最も不安な時であった」
        と述懐し、
        後に連合軍の捕虜になったドイツ軍将校は、
        「あの時、フランスが直ちに軍事的行動を開始すれば、脆弱な武器しか持たなかった我々はたちまち撃破され、ヒトラーは失脚していた」
        と述べている。

        つまり、このヒトラーのラインラント進駐、
        これが平和主義者が戦争を造った第一歩である。
        さらに、この第一歩に成功したヒトラーは、
        直ちに大規模な第二歩を踏み出して、世界は急速に第二次世界大戦に傾斜してゆく。
        即ち、一九三八年の
        ヒトラーのオーストリー併合とチェコスロバキアのズデーデン地方割譲要求だ。
        そして、同年九月、
        イギリス、フランス、イタリア、ドイツの首脳はミュンヘンで会談し、
        イギリスとフランスとイタリアは、
        平和のためにヒトラーのズデーデン地方割譲要求を呑む。
        実に、この「独裁者との融和」即ち「ミュンヘンの融和」が、
        第二次世界大戦の開始を告げたのである。

        「ミュンヘンの融和」からイギリスに帰ったイギリス首相のチェンバレンは、
        ヒースロー空港に出迎えたイギリスの民衆に対し、
        ヒトラーとの合意文書をかざして「私は、平和を持ち帰った」と得意げに宣言した。
        しかし、彼がイギリスに持ち帰ったのは「戦争」だった。

        以後は次の通り、欧州は戦争へ転がり落ちてゆく。
        翌一九三九年八月二十三日、独ソ不可侵条約(モロトフ・リッペントロプ協定)締結。
        九月一日、ドイツ軍とソビエト軍が東西から同時にポーランドに侵攻し、
        第二次世界大戦が勃発する。
        そして、翌一九四〇年六月十四日、
        ドイツ軍、パリ入城。
        九月七日、ドイツ空軍、ロンドン空襲開始。

        以上の経過を概観すれば、
        最も注視すべき、戦争と平和の分岐点は、
        一九三六年三月七日のヒトラーによるラインラント進駐であったことは明らかである。
        これを断固阻止するか傍観するか、
        見過ごすか見過ごさないかが、
        二十世紀の運命を変えたのだ。
        つまり、独裁者に戦争をさせてから除去するのか、
        戦争の前に独裁者を除去するのか、
        戦争か平和かの分かれ道が、
        この時点に存在し、平和主義者達は、傍観し、戦争への道に進んだ。

        そこで、以上の教訓を元に、
        目を現在の東アジアに転じて、
        かつてのヒトラーのドイツのように
        「文明とは似ても似つかぬ」危険な独裁体制の国である北朝鮮の動向を見つめ、
        我らは、戦争か平和かの分岐点における決断を迫られていることを自覚せなばならない。

        平成二十九年六月十三日、
        百四歳で亡くなった支那、朝鮮、満州そして台湾を熟知されていた
        元満鉄特務機関員の門脇朝秀翁は、
        亡くなる前に見舞いに来た人に、
        あなた方はうらやましい、
        あの支那共産党や北朝鮮の一党独裁の暴力政治が
        音をなして崩れる将来が見られるのがうらやましい。
        私は予言することができるが見ることができない、
        と言われた。

        門脇翁の言われるとおり、
        ヒトラー独裁のナチスドイツはもちろん、
        二十一世紀の現在の暴力的独裁政治も必ず崩壊する。
        そして、我が国とアメリカが決断を迫られている現在の東アジアの問題は、
        北朝鮮の独裁者に核を実戦で使用させてから除去するのか、
        独裁者が核を使用する前に除去するのか、
        である。
        ヒトラーのラインラント進駐を傍観して戦争を勃発させるのか、
        その進駐を粉砕して戦争の根源を絶つか、
        これと同じだ。

        本年の夏の北朝鮮のICBMの発射と九月三日の百六十キロトンの核爆発実験は、
        「ラインラント進駐」である。
        従って、いま、この独裁者を除去する行動(斬首作戦)を開始するか否か。
        これが二十一世紀の東アジアの運命を分ける。
        そして、この分岐点においては、
        独裁者と融和し独裁者と話し合うことしか考えない者が戦争を造り、
        独裁者を粉砕しようとする者が平和を造る。
        現在の「平和のための戦略」とは、
        北朝鮮の独裁体制を、あらゆる選択肢を駆使して粉砕することである。
        チャーチルに代わって言うが、
        八十一年前と同様に、現在の平和主義者も戦争を造るのだ。
        そこで、現時点(九月八日)の
        我が国政府とマスコミの雰囲気そしてアメリカの動向を眺めれば、
        我が国のマスコミに登場する「有識者」の主流は、平和主義者であるが、
        安倍総理とアメリカのトランプ大統領とマティス国防長官のコンビは、
        頻繁に連絡を取り合って非融和の覚悟を固めた模様である。
        その覚悟を歓迎する。
        両首脳は、
        「断ズルニ当タッテ断ゼザルハ、返ッテソノ乱ヲ受ク」
        との警告通り、直ちにそれを実践されよ。
        古代ローマ以来の警句
        「平和を望むならば、戦いに備えよ」
        は、現在只今の真理である。

        posted by: samu | 政治認識 | 10:44 | - | - | - | - |
        日本の誇りとすべき帝国軍人たちの「偉業」/加瀬英明
        0

          このところ、国連の人権機関が、日本を誹謗する「特別報告書」を、つぎつぎと発表している。

          今年に入ってから拷問禁止委員会が、一昨年の慰安婦に関する日韓合意を見直して、元慰安婦にさらに補償するように勧告した。

          その後、人権理事会が任命した「特別報告者」のJ・ケナタチ・マルタ大学教授による、国会で審議中だった「テロ等準備罪法案」が「プライバシーと表現の自由を制約する」という報告書と、D・ケイ・カリフォルニア大学教授による「日本で報道の自由が危機に瀕している」という報告書が、発表された。

          どれも内容は杜撰(ずさん)きわまるものだが、日本のテロ等準備罪法は、国際組織犯罪防止条約に加盟している、百八17の国々の国内法に較べたら、ごく緩やかなものだ。

          日本ほど、報道が野放しにされている国は、少ない。なぜ矛先を同じ国連加盟国である、中国、北朝鮮、ロシアなど、表現の自由が存在しない国々へ向けないのか。
          1996(平成8)年に国連人権委員会によって「特別報告者」として任命された、スリランカのクマラスワミ女性弁護士が、『女性に対する暴力』と題する特別報告書を発表して、旧軍の慰安婦が「明確な奴隷制度」で、「組織的強姦」が行われたと、断定した。事実は、慰安婦は将兵を顧客にした民間売春施設で働く売春婦だった。

          日本は先の大戦の戦勝国が、日本が残忍で、非人道的な国だというイメージをひろめたのに加えて、韓国、中国が日本を貶(おとし)める宣伝を精力的に進めてきたために、世界の多くの人々が「南京大虐殺」や、慰安婦が「性奴隷」だったと、信じるようになっている。

          2月に、日本にも多くの読者を持つ、ユダヤ教僧侶のラビ・マービン・トケイヤー師が、ニューヨークで日本政府から多年にわたって、日本の正しい姿を世界に紹介した功績によって、旭日双光章を受勲した。

          トケイヤー師が月刊『WiLL』8月号に、先の大戦前に、アメリカ、イギリスをはじめとする諸国がナチス・ドイツの迫害から必死に逃れようとするユダヤ人の受け入れを、反ユダヤ主義から拒んだために、多くのユダヤ人がガス室へ送られたが、日本だけがユダヤ人を救った人道的国家だったと寄稿している。

          トケイヤー師は、今年80歳になった。とくに1938(昭和13)年に、関東軍参謀長だった東條英機中将とハルビン特務機関長だった樋口季一郎少将が、シベリア鉄道で満ソ国境まで到着した2万人のユダヤ人難民を、ソ連がドイツへ送り帰すところを救ったことを、「偉業」「快挙」として賞讃している。

          これは、杉原千畝(ちうね)リトアニア領事代理が、数千人のユダヤ人難民を「生命(いのち)のビザ」を発給して救った、2年前のことだ。

          トケイヤー師は戦後の日本人は、日本がすべて悪かったと思い込まされて、東條、樋口両将軍が軍人だったために、大量のユダヤ人を救った業績が無視されて、杉原ばかりに脚光が当たっているといって、嘆いている。

          そして、日本では杉原領事代理が本国政府の訓令に違反して、ビザを乱発した罪によって、外務省を追われたということが定説になっているが、それは嘘で、リトアニア勤務後に昇進したうえ、昭和天皇から勲章も授けられていると、指摘している。

          トケイヤー師はアンネ・フランクの父親が、アメリカ大使館、領事館に日参して、一家のビザの発給を哀願したのにもかかわらず、断られたが、もし、ビザがおりていたら、今日、アンネは88歳で、アメリカで暮らしていたはずだと、書いている。

          トケイヤー師は「いま大きな夢を描いている」といって、両将軍がユダヤ人難民を救った実話を中心にした、ユダヤ民族と日本の絆についてドキュメンタリーを製作して、アメリカのテレビに提供することを思い立って、日米で募金を始めたいと、述べている。

          posted by: samu | 政治認識 | 17:19 | - | - | - | - |
          北朝鮮ではなく「日本人が敵」だった/門田隆将
          0

            いよいよ北朝鮮情勢に対するアメリカの「決断の時」が近づきつつある。多くの専門家が「6回目の核実験こそ、戦端が開かれるトリガー(引き金)になる」と、くり返し述べてきたが、その「6回目の核実験」の壁は、あっさりと取り払われた。

            9月3日、北朝鮮は6回目の核実験を強行し、朝鮮中央テレビは、「前例がないほどの大きな威力で実施された」と、「水爆実験」の成功を宣言した。

            北朝鮮が初めて核実験をおこなったのは、2006年10月である。11年後の今、北朝鮮は、核技術を供与してきたパキスタンをも驚かせる、この分野での目覚ましい発展を遂げたことになる。核と弾道ミサイルの開発を同時に押し進める北朝鮮は、確実にアメリカの「脅威」となったのだ。

            前回のブログで、「私たちは、このまま北朝鮮が“核弾頭の小型化”と“起爆装置の開発”が成功することを待つのか」という問題提起をさせてもらった。6回目の核実験で「いよいよか……」という独特の感慨がある。

            今から24年前の1993年6月、週刊新潮のデスクをしていた私は、〈東京を睨む北朝鮮核ミサイルに怯える「第九条」〉という記事を書いた(6月24日号)。旧ソ連製の戦術弾道ミサイル・スカッドを北朝鮮が独自に改良・生産した「ノドン1号」が日本海で試射され、500キロ離れた目標物に命中したことが明らかになったことを受けての記事だった。

            戦後50年が近づき、“平和ボケ”した日本に突きつけられたこの問題を〈東京を睨む北朝鮮核ミサイルに怯える「第九条」〉と表現した記事は当時、かなりの話題を呼んだ。しかし、今、この記事を読み返すと、これを明日出しても、そのまま通用するのではないか、という錯覚をしてしまう。

            それは、“平和ボケ”は今も「まったく変わらない」という点だ。今朝、各紙に目を通していたら、朝日新聞の「天声人語」に目を吸い寄せられた。そこには、こう書かれていた。

            〈迷惑千万な隣国への「怒り」は、尽きることがない。それでも「冷静さ」は併せ持ちたい。始めなくていい戦争を始めてしまった経験が、人類にはいくつもある〉

            「冷静さ」は、もちろんアメリカを含めて国際社会の側は持っている。持っていないのは、これまで叔父の張成沢氏ばかりか、実兄の金正男氏、さらには、多くの軍の幹部たち、果ては罪のない人民を無惨な方法で処刑・粛清してきた金正恩当人である。

            33歳の若きこの領袖が「もはや正気ではない」と各国が分析しているのは周知のことだ。その人物が核ミサイルの発射ボタンを持つことの「意味」を言うまでもなく、トランプ大統領だけでなく、国際社会が認識している。だからこそ、北朝鮮核ミサイル問題は極めて深刻なのである。

            しかし、この24年間、父・金正日時代から国際社会の「対話」による解決への模索は、ただ核開発のための「時間稼ぎ」に利用されただけだった。その結果、北朝鮮は、ついに、アメリカの「殲滅」を公言するに至ったのである。

            天声人語子は、「対話」の陰で、ついに「起爆装置の開発」が成されたら、それでも同じことを言うのだろうか。2013年4月に労働新聞紙上で宣言した「東京」「横浜」「名古屋」「京都」「大阪」の5都市に向けた核ミサイルの発射ボタンを、いつでも押すことができる状況下で、どんな主張をするのだろうか。

            日曜日(9月3日)の朝、民放のテレビを観ていたら、番組の中でジャーナリストが「朝鮮半島の分断には、日本に歴史的な責任がある。朝鮮半島が平和になるために日本が努力しなければならないことを忘れちゃいけない」などと言っていた。北朝鮮の核ミサイル問題も「日本に責任あり」という、お得意の「悪いのはすべて日本」という論である。

            また、最近話題になっている東京新聞の女性記者が記者会見で、菅義偉官房長官に「米韓の軍事演習を続けていることが、金委員長のICBM発射を促している。日本は、軍事演習について、(米韓に)金委員長側の要求に応えるよう働きかけをしているんでしょうか?」などと、完全に「北朝鮮の立場」からの質問を浴びせていた。

            さすがに、菅官房長官も「北朝鮮の委員長に聞かれたらどうですか?」といなしていたが、「なんでも悪いのは日本」という人たちの発想と論理には恐れ入る。

            これまで何度も書いてきたように、日本人は、ほぼ全員が平和を望んでいる。日本は、平和主義者の塊(かたまり)と言える。しかし、その平和主義者は、二つに分かれている。「空想的平和主義者」と「現実的平和主義者」だ。

            平和を唱えていれば平和が保たれると思う“ドリーマー(夢見る人)”と、あらゆる現実的手段を執って戦争を防ごうとする“リアリスト(現実を見る人)”である。ドリーマーの特徴は、なんでも「悪いのは日本」で、日本が戦争を起こすのを「どう防ぐか」とばかり考えていることだ。

            残念ながら、マスコミには、このドリーマーが非常に多い。彼らは自分たちを“リベラル”と称して、「私たちはペンで戦争をしたい人たちと闘っている」と思い込み、自己陶酔に浸っている。

            彼ら彼女らにとっては、「北朝鮮は守らなければならない国」なのである。自然と発想が「北朝鮮寄り」になり、北の利益になるようなことばかり「代弁」するようになる。彼らがいかに北朝鮮の力強い味方だったかがわかる。

            彼らは、日本人が「拉致」されるという最大の「主権」と「人権」の侵害に直面しても、決して北朝鮮を糾弾せず、常に「対話」を主張し、「核開発」のための時間稼ぎに大いに力を貸してきた。大多数の日本人にとっては、彼らこそ「敵だった」のである。

            それは、この問題が勃発した24年前も、そして「今」も変わらない。かつて北朝鮮を“地上の楽園”と囃(はや)した新聞が、今も脈々とドリーマーを育てつづけていることに、ほとほと感心する。

            しかし、事態がここに至り、アメリカのとり得る手段は「2つ」に絞られてきたといっていいだろう。ひとつは、北朝鮮を核保有国とみなして、米朝高官交渉を始めること。もうひとつは、核兵器の除去、つまり、軍事行動で北朝鮮を瓦解せしめることである。

            その時は、金正日時代に彼を“斬首”するために立案・計画されていた「作戦計画5026」と「作戦計画5030」が再び甦(よみがえ)ることになるだろう。

            在韓アメリカ人の秘かな移動、つまり国外脱出は、どのようなかたちで進行しているのか。それが、明らかになった段階で、世界はアメリカの「決意」を知るに違いない。

            「まるでキューバ危機」という声がアメリカ国内にも出始めた。トランプ大統領は、記者から「北朝鮮を攻撃するのか」と問われ、「そのうち分かる(We will see)」と発言した。いよいよ「決断の時」が近づいている。

            posted by: samu | 政治認識 | 16:52 | - | - | - | - |
            NPT条約第10条発動の時が来た/西村眞悟
            0

              今、着眼すべきは、
              核兵器の不拡散に関する条約(NPT条約)第10条
              各締約国は、
              この条約の対象である事項に関連する異常な事態が、
              自国の至高の利益を危うくしていると認める場合には、
              その主権を行使して、
              この条約から脱退する権利を有する。
              北朝鮮の八月二十九日のミサイル発射に続く九月三日の水爆実験に直面し、
              我が国は、政府と国会、また朝野のいずれの場においても、
              このNPT条約第10条の発動
              を念頭に置かない議論は、
              無責任な空論、空想の論、と承知すべきである。

              振り返れば、かつて、一九七七年秋、
              ソビエトは、中距離核弾頭ミサイルSS20を
              西ドイツ(NATO)に向けて実戦配備した。
              これに対して、西ドイツのヘルムート・シュミット首相は、
              アメリカから中距離核弾頭ミサイルパーシング兇鯑各して
              モスクワに向けて実戦配備し、
              「相互確証破壊!」
              の体制を構築した。
              この結果、ソビエトは、
              自らに迫った核の脅威を除去するために、
              軍縮要求に応じてSS20をヨーロッパ方面から撤去した。
              しかし、その時、
              ソビエト崩壊後にソビエトの工作によって起こされたことが判明した
              大規模な反核運動、パーシング暁枷反対運動が
              ドイツはじめヨーロッパ諸国で巻き起こった。
              しかし、シュミット首相は、
              赤くなるより、死ぬ方がましか
              Dead is better than Red.
              死ぬより、赤くなる方がましか
              Red is better than Dead.
              と国民に問い、
              国民は赤くなるより死ぬ方がましだ、と応えた。
              この西ドイツの決断を、
              当時、日航機ダッカハイジャック事件で頭一杯の我が国の福田内閣もマスコミも
              見て見ぬふりでうち過ごした。
              そして、天網恢々疎にして漏らさず、
              ドンピシャリとつけが、四十年後の現在回ってきて、我が国は、
              まさに核の脅威を如何にして断固抑止するのか、という決断を迫られている。
              即ち、
              NPT条約第10条を発動して、
              自ら核弾頭ミサイルを製造し保有する方向に前進するか。
              西ドイツのように、
              アメリカの核を借りて(リース)、北朝鮮と中共とロシアに向けて実戦配備するか。

              以前、アメリカの中央情報機関CIAの元幹部と親しくなった時、
              彼は、CIAを退職して三年が経ったので言うが、
              アメリカの政府や議会筋から、
              CIAにくる日本に関する問い合わせのなかで、何が一番多いと思う、
              と私に質問してきた。
              私が、はて、さて何かな、と思案していると、彼は、
              日本の国会ではなく国民のなかに、
              核武装の意見がどれほど高まっているか、
              この問い合わせが一番多い、と言った。
              そして、彼は続けて言った。
              核は既に
              「通常兵器」なのだ。
              我々は、五十年以上、ソビエトと核を如何にするかせめぎ合ってきたのだ、と。
              以後私は、選挙に際して、
              我が国が核を抑止するためには核を保有しなければならない、
              とつとめて主張し続けることにした。
              何故なら、大阪の一つの選挙区であろうと、
              我が国民の意識の中に核保有論があることを周辺諸国に知らしめることが
              核抑止の効果を発揮すると思ったからだ。

              さて、いよいよ、九月三日、
              今まで軍事面に関する言及を慎重に避けてきた
              あのジェームズ・マティス国防長官が、
              ダンフォード統合参謀本部議長と共に立って、
              米国やグアムを含む米領土、
              そして、同盟国に対するいかなる脅威も、
              大規模な軍事的対応、
              効果的かつ圧倒的な対応に直面するだろう
              と述べた。
              彼は、大言壮語するタイプではない。腹をくくったのだ。
              我が国は、アメリカがすることと他人事のように見ていてはだめだ。
              今こそ我が国は、
              我が国自身で、如何に核を抑止するか決断しなければならない。

              posted by: samu | 政治認識 | 11:50 | - | - | - | - |
              あまりに幼稚な左派の「北朝鮮核容認論」これでは日本が滅びる/ 高橋洋一
              0

                次は「軍事オプション」もあり得る

                9月3日、北朝鮮は国際社会の意表を突くかのように核実験を行った。北朝鮮は水爆実験が成功したと報じている。これに対して、政府は、北朝鮮に厳重に抗議し、最も強い言葉で断固として非難すると表明した。と同時に、更なる重要な措置をとるべく国連安保理の調整を開始した。

                さすがに、中国も「断固たる反対と強烈な非難」を表明。ロシアも、国連安保理の決議や国際法を軽蔑するものであり、最大限の非難に値するとしている。隣国・韓国は、国際社会と共に最大級の反撃措置を取ると表明した。

                アメリカは不気味である。トランプ大統領は北朝鮮の核実験後8時間は何も言及しなかった。その直前までは、対話は解決策ではないとつぶやいており、その発言が注目されていた。

                ようやくトランプ大統領はツイッターでつぶやきを投稿したが、北朝鮮は引き続きアメリカにとって非常に敵対的で危険であるというものだった(https://twitter.com/realDonaldTrump/status/904305644651634688)。そして、「北朝鮮は、ならず者国家であり、中国にとってもやっかい者である」ともつぶやいた(https://twitter.com/realDonaldTrump/status/904307898213433344)。

                また、「韓国は北朝鮮との対話懐柔が機能しなかったことがわかっただろう」と韓国の対応にも言及した(https://twitter.com/realDonaldTrump/status/904309527381716992)。北朝鮮をならず者国家と断定したところに、アメリカが軍事オプションにさらに一歩踏み込んだ、と筆者は感じた。

                今回の北朝鮮の核実験については、日米中ロ韓、いずれも最高レベルの言葉で非難したことになる。ここまでくると、残されたものは、国連のさらなる制裁、それに国連軍を含む軍事オプションになった。

                当面、石油禁輸が国際社会で検討されるが、軍事オプションも視野に入りつつあることは間違いない。イラクの時にも、類似の国連政策が採られた後、多国籍軍の軍事オプション行使、という事態になった。国際政治のリアリズムからは同じような経緯になっても不思議でない状況であることを指摘しておきたい。

                的外れな批判が目につくが

                さて、核実験にさかのぼること5日前の8月29日早朝6時頃、北朝鮮は日本列島の上空を越える弾道ミサイルを発射した。

                北朝鮮のミサイルが日本列島の上空を本格的に通過するのは2009年以来で、金正恩体制になってからは初めてだ。2009年の時には人工衛星のためのロケットと称していたが、今回はミサイルといっており、事態は深刻だ。

                発射後されたあと、日本の北部地域の住民にミサイル発射を知らせる緊急警報が発せられた。Jアラートも稼働したが、この音で早朝に起こされた人の一部から「対応しようにもどうしようもない」と政府への批判があった。

                悪いのは、情報提供した政府ではなく北朝鮮である。しかも、Jアラートは着信の設定を変えれば、設定着信不可にもできる。実際にミサイルが飛んできた場合、初期段階の対応で生死を分けることもあるので、情報提供は重要だ。

                それにしても悪質なのは、これに乗じて安倍政権批判をする左巻きの人たちだ。たとえば、金子勝氏は、ツイッターでこのようにつぶやいた(https://twitter.com/masaru_kaneko/status/902288152722792448)。

                論理がまったく逆

                その意味から、今回のミサイル飛行ルートを見ると、南だと韓国の上空を飛び、グアム方面への発射とみなして、米韓は本気で反撃するかもしれない。もっと北寄りだと、ロシアを刺激する。というわけで、米韓ロを避けて、日本に向けたと考えられる。

                要するに、日本だけを挑発しても北朝鮮から見れば反撃される可能性はゼロだから、今回のミサイル飛行ルートが選択されたとみるべきだろう。つまり、日本がなめられたのだ。
                筆者は、なめられるだけで北朝鮮が人畜無害であればそうでもいいと思うが、北朝鮮が脅威であり、危険な国であることは間違いない。

                しかし、左派の中には、米韓合同軍事演習をするから北朝鮮はミサイルを発射するのだと、一方方向のロジックを唱える人がいる。この際、北朝鮮の要求(米韓合同軍事演習を控えるなど)を受け入れるべきという人もいる。8月31日における官房長官の記者会見に出席した、東京新聞の某記者の質問がその典型である(http://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/201708/31_a.htmlの12分30秒あたり)。

                官房長官は「北朝鮮に行って聞いてきたらどうか」といなした。なお、この記者は、最後にもあまりに的外れの質問をしているのでかなり笑える。

                有事のリアルなことになると、左派の人は「お花畑論」なので、ちょっと耳を疑う発言ばかりが目立つことになる。北朝鮮は国連決議などを無視して、核・ミサイル開発を続けていることをまったく考慮していない。北朝鮮の国際社会を無視した暴走があるから、米韓合同軍事演習もあるわけで、論理関係がまったく逆転している。

                北朝鮮の暴走が国際的にも問題であることは、今回の核実験を受けて、中ロが強く非難したことでもわかるだろう。しかし、安倍政権を批判することのみしか見えない左派には、本末転倒したものでもなんでもいいらしい。

                左派の中には、北朝鮮の核を認めよという人もいる。しかし、核保有国とされるためには、核拡散防止条約(NPT)に加盟する(米、ロ、英、仏、中)か、国際機関IAEAの監視下にある(インド、パキスタン、イスラエル)ことが条件となる。北朝鮮はどちらにも該当しないし、受け入れるとも思えないので、認めるなど論外だ。

                もし万が一、国際社会が北朝鮮を核保有国として認める動きになったら、日本は「朝鮮半島の非核化ができないと、日本としても非核三原則が堅持できなくなる」と国際社会に叫んでもいい。これは、核の抑止論から見れば当然である。

                やられたら倍返しというのが抑止論であるので、日本の核保有は一応理があることになる。しかも、日本は潜在的な技術力があるので、短期間にやろうと思えば実現できる。

                考えればわかること

                もっとも、いきなり日本が核保有国になるというと、国際社会の力学のなかで政治的に潰される可能性もあるので、核保有といわずに、「非核三原則の見直し」というのであれば理が通るし、国際社会の批判も受けにくい。実際、「核を持ち込まず」という原則が崩れていることはほぼ明白なので、見直しの好機だと言い出してもいいはずだ。

                日本が核保有となれば、韓国でも核保有の議論が始まる。そうなれば中国が黙っていないだろう。アメリカも反対するはずだ。結局、国際社会は、その「核保有論の拡散」を防ぐためにも、北朝鮮を押さえようとするだろう。朝鮮半島の非核化こそが、東アジアの安定になる、ということだ。

                こうした話は、実際に行うかどうかというより、国際政治的なメッセージとして、発することが重要だ。国際政治では、手を変え品を変え、言葉の戦いを繰り返している。その意味で、日本としてできるだけのことを、必要に応じて発信しなければいけない。

                目先のことを考えると、秋の臨時国会において補正予算で防衛費を大幅増にするというのも、北朝鮮(および国際社会)へのいいメッセージだ。実際にすぐ防衛力が高まるかというより、今の憲法の範囲内で備えをする、ということだ。

                いずれにしても、左派の人が「北朝鮮の核保有を認めればいい」というとき、日本の非核継続、防衛予算の現状維持、というのが前提となっているので、国際社会から見れば何の戦略もない「お花畑論」として受け取られる。

                何度も述べているが、国家間の軍事力が均衡しないと戦争確率が増すので、核を持った北朝鮮と真の意味で戦争をしないためには核保有や防衛力強化が必要という議論になるのだが、左派の「お花畑論」ではそれが出てこない。だから説得力がないのだ。

                このような現実味のない論が蔓延することがないよう、願いたいものだ。



                株式日記と経済展望ブログより(私のコメント)

                北朝鮮情勢は、いつ戦争が始まってもおかしくない状態なのですが、在韓アメリカ人の避難などはまだ始まっていないようだ。しかし目立たないような形で引き揚げは始まっているのだろう。このような時に韓国に観光旅行に行くといった能天気な人が後を絶たない。

                いったん第二次朝鮮戦争が始まれば、避難民が殺到して交通は麻痺するだろう。金正恩にしても東京の霞ヶ関や永田町周辺に北朝鮮のミサイルが落して国会議員や官僚たちが全員死亡するかもしれない。だから自民党の二階幹事長も防空壕が必要だと発言している。国会や中央官庁に防空壕がないこと自体がおかしなことだ。

                もっともメガトン級の水爆なら、深さ50メートル広さ2キロ四方のクレーターができるそうです。多くのテレビ局や新聞社も都心に集まっているから彼らも対象になるだろう。だから野党の国会議員も反日マスコミも北朝鮮の脅威には憲法9条があるから大丈夫と言えるのだろうか。都心にも米軍基地があるのだ。

                とりあえず出来ることは外交宣伝戦なのですが、実際にやるかどうかは別にして北朝鮮が核武装したら日本も核武装せざるを得ないとか、非核三原則を無効宣言するとか、国防予算を倍増させるとかいった宣伝戦を繰り広げることだ。このような状況では野党も反日マスコミも黙っているしかないだろう。

                このような超タカ派的なプロパガンダを、中国やロシアのみならず韓国やアメリカなどにも発することだ。それにたいしてそれらの国がどう反応してくるかを探る必要がある。もし反応がないようなら容認したとみなして、日本は粛々として国防予算を増やして非核三原則をチャラにしていけばいい。

                中国やロシアは北朝鮮制裁決議には消極的であり石油禁輸には応じないだろう。アメリカも北朝鮮の直接攻撃はしないのが常識だ。そのへんは金正恩も計算済みだ。もし中国が石油禁輸に応ずれば状況は大きく変化する。米中露による石油禁輸を含む全面制裁に出れば、北朝鮮は軍にも石油がなくなり動けなくて自滅する。これが理想的だ。

                国連の制裁決議がどう纏まるかでも私の予測が違ってくるが、様々なシナリオを用意しておいて、決して想定外の事があってはならないが、これができないのが日本の専門家達だ。それは福島第一原発事故や東日本大震災で証明済みだ。霞ヶ関の高級官僚は前例のない事に関しては無能だ。

                私などは、東京に核爆弾が落ちることを想定して千葉にセカンドハウスのつもりで土地を買いましたが、東京のビルにも地下室が有り1週間程度はそこで過ごせるだろう。東京にミサイルが飛んでくるような状況では、電気カス水道も止まってしまうだろう。長期的には地方で自給自足的な生活も想定しておくべきだ。

                日本も北朝鮮に対してできることは、経済制裁のみならず集団的自衛権でもってアメリカ軍と共に、拉致被害者救出を目的とした特殊部隊を用意しておくべきであり、自衛隊はそのような特殊部隊のシュミレーションをしているのだろうか。最も今までの国会では、そのようなことがバレれば野党もうるさかっただろう。

                このように前もってシュミレーションしておけば、北朝鮮問題のどさくさに次々と手を打っていけば、野党もマスコミもうるさくなくて行える。しかし安倍総理は憲法改正を早く言いすぎて、モリカケ問題で国民の支持率が落ちてしまった。安倍総理の憲法改正では二項を残すものであり、私もその案には反対の記事を書いた。

                非核三原則にも私は反対であり、佐藤栄作総理の意図が良く分からない。アメリカとの密約などが関係しているのでしょうが、日米関係は密約だらけであり、官僚に外交を任せているからそうなってしまう。日本の総理大臣が何かしようとしても官僚たちはアメリカとの密約を持ち出してくるのだ。だから日本の核武装も密約でアメリカの縛りがあるのだ。

                 

                posted by: samu | 政治認識 | 12:23 | - | - | - | - |
                男女共同参画社会/藤岡信勝
                0

                  西欧と日本を比べると、歴史的に見て女性の人権はどちらがより尊重されてきたか、という問題について、伝統的女権論者やフェミニストの見方はその矛盾が暴露され、根拠がないどころか、まるで事実と反対のことを愚かにも未だに信じ込んでいる、といった体たらくであることを目撃する機会がありました。
                   なでしこアクションの山本優美子さんなどのオススメで、慰安婦問題の誤りを正す活動に取り組んで来たわれわれも、昨年の2月、内閣府の男女共同参画社会関連の部局が主催する会合に出席しました。そこは左翼フェミニスト団体と、同じ問題意識を共有しているらしい女性官僚の和気藹々の話し合いの場で、長年、「異分子」の闖入などなしに仲良くやってきたもののようでした。
                   この席で面白いことがありました。フェミニスト団体の女性たちは、国連の調査統計だかなんだかを引っ張り出して、日本の女性の町内会長の比率が小さいとか言って、女性の社会参加の度合いがいかに欧米に劣っているかを、悲憤を込めつつ満足気に語っていました。
                   ところがその時、会場から手をあげて発言した女性がいて、こういう調査はもともと西欧...人の偏見に基づいていてあまり意味がない、そもそも、日本の女性が欧米の女性に比べて社会的権限が制限されているというのは根拠がない、日本では伝統的に、女性が財布の紐を握っていたのであり、家庭内の権限の配分においても、女性は決して虐げられていたわけではない、という趣旨の発言を堂々と説得力をもっておこなったのです。
                   フェミニスト諸氏はこの発言に、鳩が豆鉄砲を食らったようにポカンとして、何が起こったのか一瞬理解出来ないようでした。実際、史実に照らしてみれば、西欧では女性の権利が昔から尊重されてきたなどというのは、真っ赤なウソといえます。
                   中世から近代にかけてヨーロッパ人のお婆さんの鼻曲がりの顔を描いた絵がありますが、あれは日常的に絶えず夫から顔を殴られていたために、ああいう顔が有夫の女性の代表見本になったということです。
                   さっきの、財布の紐の話に関連づけて言えば、英語に husbandry という単語がありますが、これは「やりくり上手」と訳します。家計のやりくり上手がどうして夫(husbannd)とのみ関連づけられるのかというと、欧米の社会では、財布は夫がもっていて、妻にはお金を支出することについて決定権がない習慣が続いてきたからです。
                   これは慰安婦問題と重要に関わる論点で、女性が銀行口座を開くことなど西欧社会では想像も出来ないことでした。最近でさえ、主婦が銀行口座を開こうとするとかなり面倒なことを要求されるらしいです。この情報は、フランスで日本企業の現地工場の役員として居住したことのある人から教えられたものです。
                   ところがどうでしょう。日本軍の将兵を相手に営業していた戦地遊郭の女性は、郵便貯金の口座をつくり、大金を貯金していたのです。終戦時には、韓国で10軒もの家を買えるほどの貯金をしていた女性もいました。こういう立場にいた「慰安婦」と呼ばれた女性を、「性奴隷」と定義するなど、とんでもないフェイク・ヒストリーです。
                   藤木俊一氏は、この話を、「郵便貯金通帳を持った『性奴隷』」という標語でまとめています。こういう短いフレーズにしておくと流通しやすくなります。今度発足した「真実の種」を育てる会は、こういうことを1個1個、「単位化」して登録・集積するようなことをしていくことになると思います。
                   それにしても、左翼系の学者が執筆した歴史教科書には、江戸時代の「女大学」などを引用して、いかに女性が虐げられていたかが書かれています。近代日本の知識人は、何によらず、「近代的で進んだ西欧vs遅れた封建的な日本」という図式で全てのものごとを理解しようとしました。時代遅れの現在のフェミニストもその名残りです。
                   そう思っていたところへ、歴史問題でかねてから興味深い発信をされているフェイスブック・フレンドの上野貴寿氏が、「レディー・ファースト」について、従来の解釈の間違いを指摘する投稿をしました。以下、引用します。

                  ◆上野貴寿氏のタイムラインから引用

                  【レディーファーストという習慣があります。女性に先を譲るという習慣です。しかし、この習慣は女性を囮にする「女性蔑視」から生まれた習慣です。

                  治安の悪い西洋では、ドアを開けて中に入ろうとした瞬間にドアの中の暴漢に襲われるというのが日常茶飯事でした。

                  その暴漢から逃れるために女性を囮にして先にドアをくぐらせ自身の安全を図ったという習慣が慣習化したものです。

                  元々は女性を優先したわけでもなんでもなく、女性を盾にした結果生まれた習慣です。

                  日本では女性は三歩下がって影も踏まずと言われましたが、これは暴漢が襲ってきても先を歩く男性が死に物狂いで暴漢と戦い、後ろに離れて付いてきている女性には被害が起きないように守るための習慣でした。

                  大陸と島国では価値が真逆です。しかし、レディーファーストを何か女性を持ち上げる紳士の行動だと勘違いしている人が多いようですが、レディーファーストとは女性を暴漢の盾とした習慣の名残なのです。

                  そして日本の女性は三歩下がって影も踏まずという習慣を女性蔑視の様に非難する人がいますが、これも女性を守る為の行動だったのです。】

                   私も「レディファースト」については、ちらっとこのように考えたこともありましたが、こう説明されると、なるほどと思います。今、日本の政界では「ファースト」ばやりですから、多くの人の興味を引く可能性もあります。
                   ただ、これについて、私は次の2点ほどの検討課題をあげて、保留にしたいと思います。

                   ,海硫鮗瓩正しいことを裏付ける資料を公表していただきたいこと
                   他方で、Give the wall.という表現も英語にあります。道を女性と二人連れで歩くとき、
                    女性に壁側を歩かせるというもので、危険は男性が負うべしという格言として理解し
                    てきました。この理解は正しいでしょうか。正しいとしたら、欧米の社会でも両面が
                    あったということも視野に入れるべきではないか、とも思います。   (以上)

                  posted by: samu | 頑張れ日本 | 09:52 | - | - | - | - |
                  日本は世界の現実から遊離している/加瀬英明
                  0

                    憲法はいうまでもなく、世界の現実にそぐったものでなければならない。

                    稲田朋美防衛大臣が安倍内閣の支持率が急落するなかで、内戦によって混乱する南スーダンへ国連平和維持活動(PKO)に派遣されていた、陸上自衛隊部隊の日報をめぐる問題の責任をとって、内閣改造を待たずに辞任に追い込まれた。

                    部隊は比較的に安全な地域で、道路建設など民生支援の活動を行っていた。

                    ところが、部隊の付近で武力衝突が発生したのを、東京へ送った日報のなかで「撃(う)ち合(あ)い」といえばよかったのに、「戦闘」と書いた。防衛省が日報に使われていた「戦闘」という言葉が、使ってはならない言葉だったので、非公開としたために、野党やマスコミが「隠蔽」したといって大騒ぎした。

                    私は頭が悪いので、「撃ち合い」と「戦闘」のどこが違うのか、分からない。

                    稲田氏が防衛大臣になった直後に、うっかり「防衛費」を「軍事費」といったところ、国会で叩かれたことがあった。

                    一般の国民が「防衛費」のことを、「軍事費」といったら、誰一人咎(とが)めないはずだ。

                    安倍改造内閣が発足したが、もし新閣僚の一人が自衛隊をうっかり「軍」と呼んだら、きっと野党によって厳しく追求されるだろう。

                    私は自衛隊は軍隊だと思う。日本の外のすべての人々が、自衛隊を軍隊だと思っている。ところが、日本では自衛隊は軍隊ではないというのが、常識だ。

                    私は世界の人々のほうが、正しいと思う。こんなことをいうと、私は気が触れているのだろうか?

                    「あれは撃ち合いであって、戦闘ではありません」「防衛費と軍事費は、違うものです」日本の国権の最高機関である国会や、良識の府といわれるマスコミで、このような会話が当然のように行われているが、日本は世界の現実から大きく遊離しているのだ。

                    医学では、このような症状を夢遊病(ソムナムブリズム)と呼ぶが、夢遊病者は記憶や判断力を失って、夢遊状態で歩きまわるから、危険きわまりない。

                    日本国憲法が、この原因をつくっている。

                    日本国憲法の前文は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全を保持しようと決意した」と、述べている。

                    世界のあらゆる国が平和を愛しているから、日本は自分を守るために、いっさい武力を持つことなく、泰平の夢を楽しんで生きると、誓っているのだ。

                    この誓いのもとで、憲法第9条が「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と、定めている。

                    日本国憲法は、日本を夢遊病者にしている。

                    東京からだと1000キロ、九州からだと500キロしか離れていない北朝鮮が、核兵器の開発に狂奔し、日常のようにミサイルを試射して、秋田県の沖合に撃ち込んでいる。

                    やはり隣国である中国は、隙さえあれば尖閣諸島を奪おうと、毎日、武装公船によって尖閣諸島を取り囲んでいる。

                    ロシアは北方領土を軍事基地化して、ミサイル部隊を送り込んでいる。

                    いまのところアメリカが日本を守ってくれているから、よいかもしれないが、いつまでアメリカが日本を守ってくれるのだろうか?

                    言葉は現実と一致していなければならないのに、国家にとってもっとも重要な言葉である日本国憲法は、現実に大きく背いている。

                    posted by: samu | 政治認識 | 12:02 | - | - | - | - |
                    世界史の大流が促す北朝鮮と中共の崩壊/西村眞悟
                    0

                      我らの目の黒いうちに、必ず北朝鮮と中共は崩壊する。

                      これが世界史の大流だ。
                      その大流とは、
                      古代から中世そして近世を経て現在に至る諸国民の自由を求める流れである。
                      この流れから北朝鮮と中共を俯瞰すれば、
                      それらは、共に、
                      古代的もしくは中世的権威主義的暴力的独裁の中に閉じ込められている。
                      従って、その元凶の
                      北朝鮮の金独裁王朝と中国共産党独裁体制は必ず崩壊する。

                      東アジアの未来は、明るいのだ!

                      八月二十九日早朝の北朝鮮の中距離弾道ミサイル発射以来、
                      マスコミに現れる議論は、
                      この歴史観を欠落させている。
                      従って、マスコミでは、
                      ミサイルの専門家的議論に多くの時間が費やされ、
                      同時に、トランプ大統領が何をするかを憶測する議論が横行している。
                      つまり、
                      トランプ大統領が北朝鮮に対して斬首作戦を実施すれば、
                      東アジアの諸国民に動乱が襲う、
                      しかし、実施しなければ平和が続く、実施しないほうがいい、
                      また、
                      米韓が軍事演習をするから北朝鮮がミサイルを撃ったのだ、
                      だから米韓が演習を自粛すれば北朝鮮のミサイル発射は無かった、
                      さらに、
                      そもそも、アメリカが軍事大国で北朝鮮に軍事的圧力をかけたから、
                      北朝鮮は核開発とミサイル開発をせざるを得なかったのだ、とか。

                      しかし、違う。
                      北朝鮮の金独裁王朝は、発足以来暴力によって成り立っており、
                      その必然として核ミサイルの開発と武装に進んできている。
                      殺戮を好むテロリストが最強の殺戮手段を手に入れようとするのと同じである。
                      そして、アメリカのトランプ大統領が、斬首作戦を実施しなくとも、
                      北朝鮮は崩壊して東アジアに動乱が来る。
                      問題は、
                      北朝鮮の独裁者に核を実戦で使用させたあとで崩壊するのを待つのか、
                      それとも、斬首作戦実施によって、その前に崩壊させるのか、である。

                        断ずるに当たって、断ぜざるは、かえってその乱を受く
                      という警句がある。
                      今、我々に突きつけられているのは、まさに、この警句なのだ。
                      びくびくすることはない。
                      一寸先は闇ではなく、光である。

                      平成二十九年六月十三日に帰天された
                      百四歳の門脇朝秀翁は、
                      亡くなる前に自宅を訪れた人たちに、次のように言われた。
                        あなた方がうらやましい、
                        あの支那共産党や北朝鮮の一党独裁の暴力政治が、
                        音をなして崩れる将来が見られるのがうらやましい。
                        私は、予言ができるが見ることができない、
                        こちらが先に目をつぶってしまう・・・。

                      posted by: samu | 政治認識/中国韓国 | 11:52 | - | - | - | - |